第二十七話『闘気を立ち上らせる者達』(3)-1
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AD三二七五年七月二一日午前一時二〇分
どうにも、引っかかることがあった。
いくらなんでも追撃の手が緩すぎる。
待ち伏せでもしているのかとも思ったが、叢雲からそういった類の通信はない。
ということは、本当に追ってきていないということか。或いは、ディスが単独で受けているのか。
ルナは、空破のモニターに表示されたマップを、再度確認した。ただひたすらに、この先は平野が続く。伏兵は、地下道でもない限りは出てこないはずだ。
「艦長、部隊の撤収状況は?」
叢雲に通信をつなぐと、モニターの一角に余計にやつれた気がするロニキス・アンダーソンの面が出てきた。
この人本当に苦労性なのねと、正直同情している自分がいる。
何せ今の部隊撤収状況は全て叢雲を中心にして成り立っているのだ。ロニキスはその指揮に追われているのだろう。自分にはまだ分からない苦労を、この人間は多く実施するのだ。
『あらかた撤収は終わった。だが、撤収する途上に華狼がいる。奴ら、一戦交える気かもしれん』
「陣容は?」
『四天王から二人にプロトタイプエイジス三機、唖然とする陣営だ。しかも会長のザウアー自ら向かってきているという話もある』
頭の痛くなる話だった。華狼のプロトタイプが全機いると言うことはスパーテインがいるということでもある。
今のところの総指揮権はスパーテインが握っていると見て間違いない。
ザウアーに関しては何処か未知数だが、あの会長は超武闘派として有名だし、実際少数の自分の旗下で三倍以上の敵を蹂躙したこともある。スパーテインに匹敵する戦上手と見て、まず間違いない。
それに、トップが来ると言うことは、必然的に士気が上がる。士気という物は存外バカに出来ないのは、よく分かっている。何度も自分がそれを体験したからだ。
「対策は?」
『傭兵を雇った。ヘヴンズゲートに連絡を取って、途中で合流することになっている。例のプロトタイプエイジスのイーグともう一人を雇った。少し金は掛かったがな』
洋上企業国家『ダムド』に拠点を置く、世界最王手のPMSCs(Private Military and Security Companies・民間軍事会社)『ヘヴンズゲート』。ルーン・ブレイドも、何度か世話になっているが、何せこの組織は何が怖いかと言えば、プロトタイプエイジスを一機保持していることだ。
それがまかり間違ってフェンリルにでも雇われればこちらの士気は異様に下がるだろうが、これはなかなかいい手を取ったと、ルナは唸らざるを得なかった。
傭兵は、金を払い続ける限り裏切らないのだ。普通ならば、そうだ。
「で、艦長、その金、何処から抽出したんです?」
先程までコクピットの後ろでいびきを掻いて寝ていたアリスが急に起き上がった。
会計監査も、アリスの仕事なのだ。なんだかんだで勝手に金を動かされると困ると、いつも愚痴っていたのを思い出して、苦笑した。
『ポケットマネーで支払わざるを得なかった。冬と夏のボーナスに三ヶ月分の給料を即金で払い、足りない分は三年がかりのローン組んでどうにかした』
「それだけでざっと見積もって、頭金二八五万コールですね……。後で領収書ください。経費でどうにかしますから……。でもローンの件はちょっと……その、後でご相談という形で……」
アリスが、頭を抱えている。そもそも傭兵をローンで雇うなど聞いたこともない。
全員が、重いため息を吐いていた。
なんだかプロトタイプエイジスのイーグを雇ったというのに、一気に士気が下がった気がした。
「で、それ以外はどうなってます?」
『本国の方は迎撃態勢を引いているが、どうも私が気になるのが、本当に偽のイーギスは、たった九〇機のM.W.S.だけで首都にまともなダメージが与えられると思っているのか?』
言われてもみればその通りだ。だいたいこの作戦も謎が多い。
まるで偽物のイーギスは餌のようではないかとも、ルナは感じるのだ。
それ以前に先程から全く来ないフェンリル軍も気になる。いくらなんでもシャドウナイツすら来ないと言うことも妙だ。
「確かに……。そこらは少し考えます。後一時間でそちらに合流できるかと。定時通信終わります」
『了解。通信を遮断する』
ロニキスの顔がモニターから消えると、もう一度ルナはため息を吐いた。
すかさず、エドと竜三に通信をつなぐ。
「どう思う? いくらなんでも追撃緩すぎない?」
『同感だな。フェンリルの連中の防衛圏はこんなもんか? 竜さんそこら詳しいだろ?』
『少なくとも、俺がまだルーン・ブレイドの隊長やってた頃の撤退戦は、もっと相手が出てきたぞ、エド。まるでこれでは意図的に逃がしているようにしか、俺には見えん』
「意図的に? 何のために?」
『そんな物、俺は知らん。だが、こうまで追撃してこないと、そう勘ぐりたくもなる』
追撃してこないとすれば、その狙いはなんだろうと、頭をひねるが出てくるわけがない。
こういうとき、ゼロならば「ただ戦え」と言うのだろう。
まだ手術しているのだろうか。聞くのを忘れたのを、今になって思い出す。
金を払う限り、傭兵は裏切らない。しかし、ゼロは本当にそうなのだろうか。
金とよく口にはするくせに、特にそこまで執着しているようには見えず、逆に感情を爆発させることもある、あの男の行動はどうも読めない。
もし目覚めたとしても、村正の死を、ゼロがどう受け取るのか、それも分からない。
退いても死ぬ、進んでも茨の道が待っている。
難題だらけねと、ルナはまた苦笑して、空破のフットペダルを更に深く押した。
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