第二十七話『闘気を立ち上らせる者達』(2)-2
指令は、受け取ればただやればいい。暗殺者の時代から、そうだった。
プロディシオは、起動が完了した『FA-074ネナウニル』のコクピットの中で、先程影に隠れた直後にハイドラから来た命令を反芻していた。
陽炎が召還され次第、捕縛し、戦力として利用できるようにしろ。増援も送ると、言っていた。
確かに、ハイドラの言うとおり、陽炎が召還される。まるでその細身の体躯は、死神のようにも、プロディシオには見えた。
仮面が展開し、義眼となっている左眼と、コクピット脇にあるユニットとを接続させる。
視界が、片目だけ一気に広がる。側方、背面に至るまで、確認することが出来た。
両方の眼で、まったく違う視界が展開されている。しかも、右目は真正面を捉えているが、左眼は三分割されているから、正直ごちゃごちゃしていてわかりにくい。
それがこの機体の難点でもあった。要するに、脳の処理が追いつかないのだ。おかげでカタログスペックでは五時間動けるが、もって一時間がいいところである。
だが、これがネナウニルを操るための、必須道具でもあった。大量の武器弾薬を積むために二足の概念を捨て、六足にしたこの機体は、あらゆる方向からの攻撃に対処すべく、前後左右、全ての方向を見渡し、そして眼の動きと連動してそれぞれの武装が独立して攻撃する。
自分は、わざわざこの機体を操るためだけに、義眼の埋め込み手術を受けた、といってもいい。
陽炎が、釜のようなオーラ兵器を展開する。刃先から出るその気炎は、黒の中に混じる、血のような赤だ。自分よりも、よほど深いところに墜ちた人間だけが、あんな気炎を出せる。
メガオーラブレードを召還し、オーラをIDSSを用いて出現させる。自分の機体の気炎は、まだ黒いだけだ。
陽炎が、構えた。相手はプロトタイプエイジスだ、そう簡単に勝てるとは思っていないが、しかし、なんとか増援が来るまでの時間稼ぎだけでもしたい。
動く。陽炎。側方を捉えている義眼が、横に動いたことを告げた。
下半身右側面に付けられた『F-74-CIWS』二機を、全て陽炎に追随させた。
全て避けていく。本気で逃げるつもりらしい。
だが、自分も逃がすつもりは毛頭無い。背中に設置された八連装ミサイルランチャーを放つ。
陽炎のオーラサイズがくるりと回転し、オーラシューターとなってミサイルを撃ち抜きながら、避けていく。
流石に機動力があると、唸らざるを得なかった。しかし、機動力に関しては、そこまでこの機体は悪くない。
木々をなぎ倒しながら、陽炎を追う。捉えた。ミサイルを射出するが、見事に反応されて全て迎撃される。
流石に良くできていると、唸った。
直後、味方の信号。機数は一機。陽炎に、空中から銃弾が数発、降りかかってきている。
「ファルコ、か?」
『プロディシオ殿、私が足止めをする。その間に挟撃を』
ファルコのスコーピオンを、レーダーも捉えた。
いい位置に付くと、プロディシオは思った。自分とも十字砲火が出来る位置。その上、突然の強襲だ。流石に村正の従者だっただけのことはある。やり口が似ているのだ。
もっとも、奴の場合は更に直線的だったが。
一気に、ネナウニルを加速させた。陽炎。見えた。
ブレードを展開し、横に凪ぐ。
またオーラサイズをくるりと回して、大鎌の状態にして、受け止めた。しかし、力で負けるほどこの機体の出力は甘くない。
一気に、押した。徐々に、陽炎が下がり始める。
「やれ、ファルコ!」
不思議に、叫んでいた。
ファルコのスコーピオンが、横から一気に加速した。スタンナイフに、持ち替えている。
機能停止に追い込めば、こちらの勝ちだ。
陽炎のデュアルアイが、妙な輝きを帯び始めたのは、その直後だった。
急に、異様に甲高い音が、周囲に響き始めた。何かが、唸っている。
『プロディシオ、早く離れろ!』
ハイドラの声で、咄嗟にネナウニルを後退させるが、直後に衝撃が来た。
警報が鳴り響いている。左腕とCIWSが一門、消し飛んでいた。
「何だ?」
陽炎から発する気が、まるで違う。まるでこの気は、獣ではないか。
陽炎の各部装甲が、スライドを開始し、変形を始めた。頭部も、特徴的なプロトタイプエイジスの形から全く違う物に変わっている。
一言でその変貌した陽炎を表すなら『恐竜』だろうと、プロディシオは思う。
二足歩行ではあるが、人型とは完全にかけ離れた姿を、陽炎は持っていた。変形を終えた陽炎が、獣のような咆吼を上げている。本当にこいつは機械なのかと、一瞬疑った自分がいた。
陽炎が、動いた。義眼もフルに使って、動きを追随しようとするが、捉えたときには既に攻撃がなされている。今度は、オーラカノンを一門、持って行かれた。
そのまま背中を向けながら陽炎が離脱する。ファルコのスコーピオンが陽炎の前に立ちふさがったが、スタンナイフを突きつける前に、スコーピオンの右肩から先を、陽炎がクローで粉々にした。
邪魔だと、ディスが言った気がした。
そのまま、レーダーの範囲外に、陽炎が消えていく。汗が、どっと出てきた。
こんなに汗を掻いたのは、ハイドラと出会ったとき以来だった。
増援が来たと、レーダーが告げた。『XA-004蒼天』までいる。それとスコーピオンが三機。
ハイドラ自ら出張ってくるあたり、本気だったのだろう。
モニターの一角に、ハイドラの顔が表示される。眼は、ただ澄んでいる。先程までヤケ酒をしていたようには、見えなかった。
『追うなよ』
「追いませんよ、総隊長。ネナウニルの航続距離では、追いつけません。ビリーのスカンダならば、話は別ですが」
ビリーの愛機である『FA-0702スカンダ』は全世界トップレベルの軽量級だ。何せ重量が三〇tしかないのだ。その機体ならば追いつけたかもしれないが、今ビリーは村正の母に報告に行っているらしい。
『しかし、まさか『閻』まで発動させるとはな。人材まで含めて欲しかったが』
「閻?」
『閻魔から取った、陽炎の切り札だ。イーグの気力を絞る取るだけ搾り取り、強行偵察で得たデータを持ち帰ることだけを優先した、馬鹿げた設計思想の結果付いた形態だ』
『総隊長、何故、そんなことを知っているのです?』
ファルコのスコーピオンが、ゆっくりとこちらに歩いてきた。腕がないだけではなく、胸の装甲の一部もやられていた。
『あの攻撃食らってよく無事だったな、ファルコ』
『村正殿から、体術も含めて学んでおりましたので、その要領でスコーピオンを動かしたら、避けることが出来たのです、総隊長』
『しかし、お前、何処に行っていたのだ?』
『紫電のレヴィナスの破片を、探しに行き、竜一郎殿から拝借致しました。従者としては、本望です』
竜一郎というのは、恐らく犬神竜一郎だろう。あの男も、何を考えているのか今ひとつはっきりしない。
だが、レヴィナスを渡すなど、何か魂胆があるとしか思えないが、そんなことはハイドラ達が考えればいい。
ただ、自分は愚直に戦うだけなのだ。
『お前は、良くできた副官だったな、ファルコ。いいだろう、村正の部隊は、お前が引き継げ。そして、オークランドの姓を与える。あの家名を絶やすわけにはいかんからな』
ファルコが、泣いていた。ファルコは冗談も言わない堅物だが、何処か自分を卑下しがちな所もあった。しかし、村正の元であれだけやっていたのだ。そろそろ、評価されてもいい頃だった。
「しかし、総隊長、ファルコの言うことももっともです。陽炎のあのようなシステム、何故知っているのです?」
正直、最初から疑問だったことがある。
何故、ハイドラは昔から何も姿が変わっていないのか、ということだ。
「総隊長、あなたは、何者なのですか」
ハイドラが、ため息を一つ、吐いていた。
後悔の念、慚愧の念。様々な感情が、ハイドラの表情からは読み取れる。
業を何処まで重ねたら、こういった表情が出来るのか、プロディシオにはよく分からなかった。
『分かった。どうせそろそろ伝えなければならないことだったからな。ビリーが来たら、話そう。ただ、一つだけ言っておく』
ハイドラの眼が、モニター越しにも伝わるほど、強い意志を持った。
『俺は、人間ではない』
ぽつりと、ハイドラが言った。
『人間では、ないのだ』
心に、何かが突き刺さった。
そんな気が、プロディシオにはしていた。
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