第二十七話『闘気を立ち上らせる者達』(2)-1
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AD三二七五年七月二一日午前一時一八分
敵は、追ってこない。追ってくるはずもないし、追いつかれるとも思っていない。
森に入ったら、更に分からなくなったはずだ。陽炎の召還を解除したのだ、生態レーダーでも使わない限り、引っかかることはないだろう。
しかし、不自然な森だと、ディスには思えた。この森自体が、まるで迷路のような作りになっている。
月明かりを目印に進まない限り、絶対に迷うように出来ている。それだけ、重要な秘密があるということだろう。
ここさえ抜ければ、ハイドラが何を目指すか分かる、そんな気がするのだ。
枝から枝へと跳びながら、森を行く。動物の鳴き声一つ、森の中には聞こえない。ただひたすらに、静寂が続いている。
枝の上に立って、月を見て方角を確かめる。さっきからこの行為の繰り返しだ。
遠くに、かすかだが月明かりとはまったく別の明かりが見えた。人工の明かりだ。
そろそろ、森を抜ける頃なのだろう。
不意に、視界が反転した。乗っていた木が、倒されたのだと気づき、離脱する。
地に着地した瞬間、甲高い音と共に、斬撃が来た。身をかがめて避けると同時に、胸にしまっていた小型のナイフを三本、投げつける。
はじかれた金属音が、響いただけだった。
「さすがに反応が早いな、ディス」
一瞬、その声に対して自分が唸ったことに、正直驚いていた。
「殺したと、思っていたんだがな」
「死にかけだったさ。俺以外は、みんな死んだ」
闇から出てきた巨躯は、昔とあまり変わらないように見えた。確かに、顔面の半分は仮面で覆われているが、何処か無機質で淡々とした雰囲気は、三年前から何も変わっていないと、ディスには思えた。
シャドウナイツのコートを羽織っているが、さして違和感は覚えないのも、それが原因なのかもしれない。
「お前は豪運だな、プロディシオ」
「ブラッドがあまかったからな。あいつの拳が、もう少し深く入っていたら、俺も死んでいただろう」
プロディシオが、仮面を指で叩きながら、言った。
いつだって、ブラッドは甘い。三年前、ベクトーアに高飛びするために、組織の追っ手が来ないよう、ギルドの連中を皆殺しにすることを考えたのも自分だったが、ブラッドはなんだかんだで躊躇した。
プロディシオがいる、というのがその理由だった。よほど自分よりも、兄に近い感情を持っていたのだろう。ブラッドを指導したのも、プロディシオだった。
だが、慈悲なぞいらないのだ。既に血塗られた存在だし、『千人殺し』とまで揶揄された俺達が、今更殺しを躊躇すると言うこと自体、ばかばかしいとディスが言って、それにブラッドも渋々乗った。
他の連中はまったく来ないことを見るに、上手く殺したのだろうが、それにしても一番厄介な人間を残したことが、何より腹立たしかった。そんなことだから、余計に嫌いになるのだ。
半端物のくせにこの稼業勤まるかと、いつも思う。もっとも、誰が死のうと別に興味はない。ルーン・ブレイドの連中も、ブラッドも、また然りだ。
「同じ過去を持つ上に、同じように仮面か」
「やはり殺し合うか、ディス」
「今更、殺しを躊躇する必要が何処にあるんだ、プロディシオ。俺には俺の任務がある。そしてお前が邪魔だ。だから殺す、それだけだ」
「お前は、弟の尻ぬぐいも兼ねているんだろうが、生憎俺もまだ死ねなくてな」
プロディシオが、担いでいた大剣を抜く。バイクのエンジンのようなユニットが三個付いた、大型チェーンソーのような大剣だ。
スイッチを入れると、甲高いエンジン音が鳴り響く。恐らくこれで、自分の乗っていた木を切ったのだろう。
自分もまた、担いでいた大鎌を抜き、刃と柄の部分に、それぞれ分割した。森の中では、長柄武器は邪魔なだけだ。しかし、分割すればそれぞれ小回りのきく武器に変わるのだ。わざわざそういう改造を仕込んである。
三個数えてから、疾駆した。地雷は、ないだろうとディスは踏んでいた。ハイドラはそういった戦術を嫌うし、何より、プロディシオほどの男を捨て駒に使うとも考えにくかった。死に兵、捨て駒も、ハイドラは嫌っている。
プロディシオが、剣を振りかぶった。大地に剣が突き刺さるより前に、柄を地面に突き刺し、棒高跳びの要領でプロディシオの後方へと回る。
地面に大剣が深々と突き刺さっている。踏み込んだ。殺せると感じた。
しかし、プロディシオは剣のスイッチを入れてエンジンを吹かし、その振動で地面を抉って大剣をすぐさま抜いた。
舌打ちして、一度下がる。あれを受け止めようと思えば、恐らく真っ二つにされるのは自分だろう。あれを支えきれるほど、大鎌は頑丈ではない。
引っこ抜いてからすぐに、大剣を横に凪いだ。後ろに下がりながら、ナイフを投げる。
プロディシオが、横に避けた。あの巨体で、よくもまぁああも早く動ける物だと、心底思う。
一度、互いに木の影に身を隠す。
耳元のイヤホンから通信が聞こえてきたのは、木の陰に一度隠れているときだった。
ロイド・ローヤーからだった。
『回収の限界、そろそろ過ぎますが』
「この先にハイドラがいるのは、やはり間違いないな。警備が厳重すぎる」
『そこまで分かれば十分でしょう。後退命令です。陽炎と共に叢雲に合流されたし』
「いいのか?」
『ここであなたが同業者を倒しても、怪しまれるだけです』
それもそうかと思った直後、急に、今までにない甲高い音が鳴った。
よく聞いているから知っている。マインドジェネレーターが、動く音だ。
後ろを振り向くと、異形のエイジスが一機、起動を終えていた。
六脚の下半身と、そこに付随する多種多様の武器、そして人間型でミサイルまで背中に付けた上半身。
これを考えた奴は、よほどバカか天才だろうと、正直感心した。
「ロイド、まずいことになった。エイジスを起動された」
『なおさら脱出してください。これから先に必要なのは、あなたのような闇の人間だ。それに、陽炎を回収されても困りますので、早急に脱出されたし』
「了解」
通信を切る。あれだけ静寂だった森には、甲高いエイジスの駆動音しか聞こえなくなった。
状況が状況だ。陽炎を召還するより他なかろう。
脱出の流れは、その場で考えるより道はない。そういうのも、嫌いではないのだ。
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