第二十七話『闘気を立ち上らせる者達』(1)-2

 慌ただしく、兵が動いている。

 延々と続く荒野の先に、敵がいるのだ。地図を見ると、山すらない平面が延々と続いている。

 早駆けには絶好の土地であることが、ディアル・カーディスには嬉しくて仕方がなかった。


 もっとも、総指揮は自分ではない。もっとより相応しい人間がいる。

 スパーテイン・ニードレスト。恐らく、華狼で最強の男。いや、世界でもこの男に敵う人間は、そういないだろう。それに、模擬戦や紅白戦含めても、あの男との戦には、勝てた試しがない。

 この大地に、自分達の軍勢の機体が大挙として君臨しているのは、やはり嬉しくも思うと同時に、少し緊張する。


 敵の勢力下にいる自分達の軍勢は、自分の旗下を含めて四大隊と陸上空母一隻。

 ベースキャンプを貼り、そこの中のテントの一角で、地図を眺めた。

 戦場に出てくるといつも燃えるような熱さが無くなった片腕の傷口から迸るのだ。

 長い髭も、何処かぴりぴりしている。これが、戦場なのだと、改めて実感できるのだ。


 しかし、地図を見ると、何もない荒野が延々と広がっている。伏兵なども置けない荒野だ。全面的に戦いあうしかない、そんな荒野。

 自分の愛機である『六九式気孔兵二型「天」』を中心に、徹底的な軽量化が施されたゴブリンファイター二四機。それをもってここから敵を一直線に叩ききるのは、心底快感だろうと常々思うのだ。


 もっとも、敵は果たしてベクトーアなのかフェンリルなのかまでは、よく分からない。

 ただ、ザウアーがこちらに向かっていると言うことは、かなりの大事だ。従兄弟だが、国のトップである。

 そんな男がわざわざこの地へ来ると言うことは、講和条件を上手く考えようとしているのだろう。

 ヴォルフ・D・リュウザキが訪ねてきたのは、地図を一通り見終えた後だった。


「噂はかねがね聞いております。ディアル中佐」


 実直そうな男だ。目を見ればよく分かる。

 プロトタイプエイジスを授かっていると言うが、慢心した様子もない。将来、いい指揮官になるだろうと、ディアルは直感した。


「お前の噂も聞いているぞ、ヴォルフ。俺達の軍には、徹底して空戦能力が欠けているが、お前の機体のおかげで随分と研究がはかどりそうだとも」

「いや、やはりベクトーアには敵いませんよ、まだ。あちらさんはとうの昔に完全空戦対応型のエイジスと、それに随伴できるように改良されたクレイモアまで用意しているわけですから」

「まぁ、空戦についてはお前が第一人者であることには変わりはないからな。今回の作戦でも期待しているだろうさ、夜叉殿はな」

「行きの帝釈天の中でも、そうおっしゃられておりました。それと、いずれ空戦のための部隊編成案、及び機体の改良策についても教えて欲しいとも」

「相変わらず勉強熱心だな、あそこの部隊は」


 自分のやったことのない戦略や戦術を学び取ろうとする、異常なまでの強欲さ。それがスパーテインの最大の武器でもあると、ディアルは常々思っていた。

 スパーテインが華狼最強の座についていることは、誰もが認めている。しかし、それでもなお、その地位に甘んじることなく精進し続けるのは、正直流石だと言わざるを得ないところがあった。


「そういえば、エミリオ・ハッセス大尉には、挨拶してきたのか? お前さん、確かあいつと士官学校で同期なんだろう?」


 ヴォルフが、苦笑すると同時にため息を吐いた。

 エミリオもまた、プロトタイプエイジスのイーグだ。今回の作戦でも招集を掛け、もう既に自分の所にも挨拶に来ている。

 それに、ヴォルフと同じ士官学校を出た同期だから、積もる話があるだろうと思うのだが、反応を見るに、禁句だったようだ。

 やぶ蛇を踏んだかもしれんと、ディアルも思わず苦笑しそうになったのを、必死に抑えた。


 フェイスだったら、こういうとき如実に態度に出る気が、なんとなくした。


「確かに同期でしたが、もう関係は冷え切ってますよ。ただ単に、あいつのやり方と俺の流儀とが合わなかった、それだけです」


 この言葉からするに、相当問題は根深いのだろう。これついては、流石に当事者同士で解決してもらうしかない。


「まぁいい。作戦に支障さえ出なければ、俺はそれについては関与しないさ」

「そう言ってくださると、助かります」


 その後、作戦について二、三点報告事項があった後、ヴォルフはテントを出て行った。

 自分もまた、戦の準備に取りかかる頃だ。

 だからこそ、奴の元に向かおうと思った。

 テントを出ると同時に、月が見えた。赤い月だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 月夜が、荒野を照らしている。その様子が、この断崖の頂からは一望できた。

 大剣を、一度振るう。その度に、まるで風が鳴ったかのような、重い音が響く。


 この大剣を受け取ってから、既に一月が経つ。重さには、徐々に慣れてきた。

 物理的な重さではなく、これを打った人間の重さ。それを感じることが出来てきているように、スパーテインには思えた。

 宝剣として生まれるはずが、気づけば廃品になり、そして自分が持ち回ることになった。

 だからこそ、その宝剣として打たれた剣の思いを、一身に背負う必要がある。それが、軍人として、武人としての責務だろう。


「中佐、ディアル殿がお見えですが、お通し致しますか?」


 史栄シエイの声で、剣を振るうのをやめ、大地に剣を突き刺した。そろそろ、ディアル自身の戦の準備をする頃なのだ。

 そして、自分もまた、それをやることで血が滾るのである。


「分かった。通せ」

「そう言われなくても、俺は来るよ、スパにい


 片手で器用に、ディアルが岩山に上ってきていた。

 そして、着物から既に、己の武器である『ブレードガン』を抜いている。青龍偃月刀の刀剣部とデリンジャーが一体になったような、片手で扱うことを前提にした遠近両用武装。ディアルが、好んで使う武器だった。

 戦い合うことで、戦に全神経を集中させる。そんなことを、四天王の間でのみ、よくやるのだ。


 スパーテインもまた、大地に突き刺していた剣を抜き、上段に構える。

 ふつふつと、体に闘気が巻き起こるのを、実感していた。


 少し、ディアルの体がかがむと同時に、動いた。

 大地を這うように疾駆して、自分の顔面にめがけて、ブレードガンから銃弾を放つ。全て見切って、切り落とした。

 ディアルは、既に自分の背中にいる。互いに疾駆し、一度剣を交え、位置を入れ替えた。

 再び正面を向く。膠着していると、スパーテインは思った。


 二度、息を吸って、吐いた。

 上段に、また構えた。ディアルは、ブレードガンを新品の物に変えていた。


 動く。また、位置が入れ替わった。二度三度と、それを繰り返した。ディアルは、大剣をいなすようにしている。やはり大剣を受け止めようという気はないのだろう。

 直後、またディアルが踏み込んできた。ブレードガンを、自分に向けて投げる。はじき返した。


 直後、ディアルの手には既に新品のブレードガンが握られていた。自分がはじき返したと同時に、持ち替えたのだろう。

 銃弾が、立て続けに放たれた。

 大剣を横にして防いだ後、一度剣通しでこすれ合った。火花が、まるで別の何かのように暴れているのが、一瞬だけだが見えた。


 咆吼を上げ、一気に押し返した。ディアルが、はじき飛ばされる。立ち上がろうとしたディアルに、剣を向けた。

 それで、ディアルは負けを認めたのか、ブレードガンを納め、一つため息を吐いた。スパーテインもまた、剣を納める。


「腕を上げたな、ディアル」

「全然余裕じゃないかスパ兄は。俺なんか心臓ばくばく言ってるんだぞ、今」

「前までなら、私は銃弾を切る前に避ける。少し、老いたのかもしれんな」

「眼の問題だろ、それは。俺の動きに完璧に追随している地点で、あんたはやはり凄いよ。まったく、敵わんな」


 ふぅと、ため息を一つディアルが吐くと同時に、傍観していた史栄が、一歩前へ出た。


「さて、気も高まったことでしょう。スパーテイン中佐、そろそろ軍議ですが」

「史栄、ディアル、お前達に、ふと聞いてみたいことがあるのだ」

「ほぅ、珍しいな、スパ兄にしては。なんだ?」

「村正が、死んだことだ」


 ディアルが、髭を撫でるのをやめる。史栄が、一度つばを飲む音が、よく聞こえた。

 岩肌に座る。落ち着いて考える時、たまには大地に腰を落としてみるのも必要だと、時々感じるのだ。


 正直、意外と言えば意外な人間が死んだと、スパーテインは思っていた。戦場では常に人は死ぬ。それは誰であろうと同義だ。

 しかし、まさか村正がこうもたやすく死ぬというのは、予想外だった。


「スパ兄、詳しくは知らんが、村正の奴、ホントにフェンリル裏切ったのか? 俺にはどうもその話の方が信じられんぞ」

「私もそう感じている。ベクトーアの方へ向かっていったのは確かだが、しかし奴の行動には焦りを感じるな」

「焦り、ですか、中佐」

「史栄、村正になったつもりで考えろ。名門にいながら、突然裏切る理由を」


 むぅと、史栄が唸り、少し考えてから、顔を上げた。


「よほどフェンリルに愛想を尽かしたという可能性は」

「それだったら今までいくらでも鞍替えする機会はあった。わざわざこの死ぬ可能性が極めて高い機会に、そんなことをやる必然性がない」

「では、私の導き出した結論は、これしかありません。まったく別の、フェンリル内部の者からの命令、かと」

「私もそれ以外はないと思っている。絶対的な意志を持たない限り、あんな行動は不可能だ。では、次はディアルに問うが、それが出来る人間は」

「そんな者、ただ一人だよ、スパ兄。ハイドラ・フェイケル。奴だけだ。村正はハイドラの副官に近かったからな」

「お前もそう思うか。恐らく、何かある。ハイドラという男には、何か別の意志がある。私はそう見ている」

「別の意志、ですか」

「ドルーキン殿からの情報なのだが、ハイドラが唯一、直轄で管理している街がある。ラングリッサの近郊だが、信じがたいことにフレイアの肖像画が一枚もない」


 史栄が、首をひねった。


「肖像画がない、ですか? フェンリルにしては珍しい」

「史栄、これは珍しいという次元ではない。異常だ。あの宗教国家と揶揄されたフェンリルの中、それも最前線の基地近郊の街がそうなっている。明らかに奴の目は、フェンリルとは別の場所を向いている」

「別の場所、ですか。しかし、それはいったい」

「ハイドラと決着を付けない限り、分からないだろうな」


 岩肌から立ち上がる。だいたい考えはまとまった。

 恐らく、近いうちに、ハイドラは大々的に動くだろう。


 それが華狼にとって吉と出るか凶と出るか、それはまだ分からない。

 だが、無人兵器まで出してきたフェンリルには、いずれ鉄槌が降る。そんな気が、スパーテインにはしていた。

 相変わらず、不気味な赤い月が空に瞬いている。

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