第二十六話『戦に身を馳せる者達』(3)-2

 左翼を、切り崩された。

 そして直後に急速に早く、相手は退却を始めた。


 やってくれる。ルーメル・ベルラードは、思わず舌打ちをしていたことに気づいた。

 階級は、いつの間にか大佐になっているし、齢も五〇をそろそろ超えようかという段階だが、正直前線にいる方が、自分の性に合っている。

 だからこうして、サンドスコーピオンに乗って、部隊の中にいるのだ。


 だが、今の指揮権は、自分にはない。

 何のつもりかは知らないが、シャドウナイツのヴェノム・マステマ・ゼルストルングが、総指揮を執っている。

 ふんぞり返って権力を笠に着ているだけの若造に何が出来ると、心底思う。


 シャドウナイツという組織は心底気にくわない。幹部会の直属だか知らんが、何故軍部にまで口出しをしてくるのか、さっぱり分からない。

 軍部のことは軍にやらせればいいのだ。何のために企業国家になって『軍課』という名の独立採算制になったのか、これではまったく意味がないではないか。

 しかもいちいち幹部会の連中が出張ってきて奸計を要すことも気に食わん。


『どうしたんだい、ルーメル。左翼、一瞬にして蹂躙されちゃったじゃないか?』


 くく、と嫌みたらしくヴェノムが嗤った。その面がモニターに映ったとき、そのモニターを殴りたくなったが、無理矢理心を落ち着かせた。


「戦力を立て直す、と言いたいところですが、このままの軍勢で先回りして殲滅しましょう。まだこちらの方が数の上では勝っておりますし、何より、砂漠は我らの庭ですから、地の利はこちらにあります」


 しかし、どうもヴェノムは難色を示している。

 あれは、手柄を横取りされることが気にくわないような時の面だ。だからこの男は嫌いなのだ。

 もっとも、隊長であるハイドラとかいうのも訳分からないから嫌いだし、村正は裏切った上に死んだ。他にもよく分からないメンツだらけだ。


 なんでまたこんな連中ばかりシャドウナイツにいるのかと、社長に直談判したいくらいである。


『いや、あの速度だったら、先回りしないでもどうにかなるよ。それに、今敵軍の中に、エイジス一機の反応がない。いたぶるには絶好の機会、という気がしないかい? 正面から一気に蹂躙する。それが人をいたぶるには一番いいんだ。だからルーメル、君は左翼から強襲してあの連中を足止めしてくれ。僕らはその隙に進むとするよ』


 場合によってはこの男、後ろから敵を自分達ごと撃ち抜くぐらいやるだろう。

 しかし、自分は軍人なのだ。命令には逆らえない。

 性とは嫌な物だと思いつつも、一度復唱してからサンドスコーピオンのフットペダルを踏み込んだ。


 二大隊のサンドスコーピオン部隊だ。これが自分の旗下だ。ヴェノムの旗下なんかより遙かに優秀だという自負がある。


『大佐、よろしいのですか、あんな奴に従ったままで』


 横に付いていた自分の部下のうんざりした顔が、三面モニターの端に映った。

 文句を言いたいのはこっちの方だと言い返したがったが、そんなことを上の人間が言えば士気に関わるから、飲み込んだ。


「我々は軍人だからな。与えられた仕事に専念しろ」


 中間管理職という言葉があるが、自分はまさしくそれなのだろうと、ルーメルは常々思っていた。

 部下の愚痴、幹部会の無理難題、挙げ句の果てに妻は恐妻だし娘は言うことを聞いてくれない。しかも最近は飼っている血統書付きの犬すら言うことを聞いてくれなくなった。何が悲しくてこんな事にならなければならないのだと、心底思う。

 センサーが敵影を捉えたのはそんな時だった。

 そろそろ、戦闘態勢を付けるべきだろう。


 蜂矢と鶴翼を組み合わせた陣形を作り、自分は中軍に入った。

 距離は徐々に詰まって来ている。仕留めることが出来る。そうすれば、今の中間管理職のような立場からも脱却できるはずだ。

 しかし、警報が一斉に鳴り響いた。

 本営が、奇襲をうけたから防衛するために後退しろと言うのだ。


 バカな。一度たりとも本営近辺に敵影はなかったはずだ。ほぼ完全な奇襲だと言える。

 しかも、もし仮にこのまま命令を無視して敵に突っ込んだ場合、間違いなく挟撃される。その上、もし本陣がやられれば、退路を断たれるのは自分達だ。


「全軍、戻るぞ!」


 隊を、一気に反転させた。既に敵影は、センサーには映っていない。また取り逃したと、思わず舌打ちしていた。

 そして本営に帰ってみれば、敵影など一つもない。

 だが、奇襲があったことは事実のようだ。そこら中にコクピットの上半分から先が綺麗に両断されたスコーピオンの残骸が転がっている。


「ヴェノム殿、何が起こったのです?」

『レーダーに反応しない敵だよ。一瞬だけ黒い影ような物は見えたけど、それだけだ。しかも、もういないよ』

「数は?」

『たった一機。だが、あの黒い影は気だろうから、恐らくエイジスだ。まったく、僕としては屈辱だよ。僕の前に跪かせて相手が絶望にのたうち回る様を、この目で見なきゃ気が済まないね』


 相当苛立っているのだろう。さっきから顔が真っ赤だ。

 しかし、これの愚痴に付き合っている暇はないのだ。さっさと通信を切り、副官から報告を聞く。


「状況はどうだ?」

『相手は上手く逃げましたよ。本営の奇襲まで含めて全て計算済みだったと見るべきですね。四十秒、あとそれだけあれば、我々の有効射程圏内に入ることが出来ました』

「四十秒、か」


 そういえば、前に間者が持ってきた情報の中に遠距離砲撃出来るエイジスの持つ武器の一つが冷却に四十秒かかるという話があったのを思い出した。

 恐らく、今回の退却の時に冷却時間を某かの方法でキャンセルさせたのだろう。

 やってくれると、心底思った。


 また、手柄が消えた。そう思うと、空しくなった。

 コクピットを開けた。夜の大地が延々と続いている。

 まるで、自分のようではないかと、ルーメルは苦笑した。


 ジャッカルが、自分のスコーピオンの足下で止まり、双眸がじっと自分を見つめた。

 バカにされているのだなと、なんとなく思った。

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