第二十六話『戦に身を馳せる者達』(3)-1
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AD三二七五年七月二一日午前一時六分
相変わらず、無茶苦茶なことばかり考える。だが、それを嫌ったことはない。
例えそれが、自分が死にそうな策であっても、だ。
気が、体から機体へと流れていく。気が流れていく度に、自分は生きているのだと、アリスは感じることが出来た。
左胸の銃創が、こういうときに疼く。
今思えば、本当にこんな銃創があって、生きているのが奇跡だと、何度も感じた。
だからこそ、自分は生きなければならない。ブラッドやディスが聞いたら怒るだろうが、神のくれたチャンスだと、そう思うからだ。
右目に、神経を集中させる。
距離は、この程度なら大したことはない。斜線軸からも、ディスの陽炎は外してある。後は、ディスが上手い具合に入り込んでさえくれれば、それでいい。
ルナの方は、ディスの血路を開くことだけではなく、レイディバイダーが持つのか、自分が持つのか、冷却が本当に可能なのか、逐一色々と考えているらしいが、自分にとってはそんなこと至極どうでもいい。
ただ、こういう馬鹿げたことをやることで、自分の命を天秤に掛けたいだけだ。生きるか、死ぬか。それで死ぬんだとすれば、所詮そこまでだった、ということだ。
だが、この考えがレムにも伝搬してしまったことだけは、正直後悔していた。
いくらなんでも、一六歳の少女が持つ考え方にしては、あまりにもドライにさせすぎた。そのことだけは、多分死んだとしても、後悔し続ける気が、アリスはしている。
そう思うと、死にたくなくなってきた。そしてそう感じると、IDSSに波紋がさらに広がったのが分かった。
ここだろうと、アリスは思った。ゲイボルクを、撃っていた。
照射は五秒。その五秒が、アリスにはいつも永遠なのではないかと感じる。
だが、それが同時にいつまでも続いて欲しいとも思う自分も、またいた。
夜を照らす光の槍。それが、何度見ても美しいと思うのだ。自分の気の光は、蒼。機体は赤だから、相反する色合いだが、それがまたいいのだと、何度かアリスは感じた。
光の槍が、敵陣の左翼を貫いたのが、遠目に分かった。
それと同時に、自軍が動き始める。冷却の時間は、やはり待たないらしい。
召還を解除すると、いつの間にか自分が地上にいる。この感覚だけは未だに慣れない。
膝を、何故か折っていた。熱い。何かが、体を駆けめぐっている気がする。召還印から、その熱を感じる。
まさか、今冷却しているのか。だとすれば、自分は何処まで保つのだろう。
いや、考えるのは後にした方がいい。
爆音が、後ろから響いてくる。M.W.S.の機動音。恐らく、フェンリルが追ってきたのだと、アリスは直感した。
立ち上がり、駆けていた。喘いでいる。
手が見えた。巨大な手。空破のマニピュレーター『ナックルクロー』だ。
距離は、大したことはない。そのはずなのに、その距離が、異様に長く感じる。
目がかすむ。汗が、目に入り込んだからだった。気温は、それほど暑くなかったはずだ。
冷却のキャンセルが、これほど体に影響を与えるとは思いもしなかった。
一瞬、ルナを恨んだが、駆けなければ、自分は死ぬ。
後ろから迫ってくる敵の音が聞こえる。
死の音。その音を聞くと、死ぬ。
だから、聞こえないように駆けた。足は重い。だが、ルナが待ってくれている。
なら、駆けるべきだろう。
転びそうになる。石ころに、つまずいた。
しかし、転んだ先は地面ではなく、ナックルクローの上。
あ、助かった。
そう感じると、一気に安心してしまった自分がいた。
疲れた。正直に、そう思った。
ナックルクローの上に、大の字に寝て、一度呼吸を整えた。
『アリス、そんな所で寝てないで早く空破のコクピットに入って!』
中耳炎になりそうな声で、ルナから怒鳴られた。とりあえず、休みも終わりだ。体の熱も、徐々に抜けてきている。
起き上がって、空破の胴体を蹴り上げながら、コクピットまで駆け上がる。すぐにルナがコクピットを開けたので、そこに滑り落ちるように入り込んだ。
直後にコクピットが閉められ、そこが密閉された空間になる。
いつもなら先に自分が死ぬだろう。普通はトップを先に殺させたりはしない。雑兵である自分のような人間から死んでいくべきなのだ。
だが、今の状況は、ルナが死ねば、自分も死ぬ。死ぬのはまったく同じタイミング。一蓮托生、という奴だ。
それに命を賭けてみるのも悪くないかもしれないと、ぼっとした頭でアリスはふと考えた。
急に、眠くなってきた。何もかもが遠いと、アリスは思った。
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