第二十六話『戦に身を馳せる者達』(2)

AD三二七五年七月二一日午前一時三分


 手持ち武器である『CAR-No.01ゲイルレズ』の弾薬は、残り半分を切った。自分の愛機である『XA-022空破』の燃料も、残り少ない。

 だが、相手は山のように湧いてくる。いつの間にか、こちらが物量戦に追い込まれている。


 幸いしているのは、相手がそこまで必死になって追ってこないという、ただその一点に尽きる。

 いったいフェンリルはどうやって戦線の維持をしているのか、ルナ・ホーヒュニングには全くと言っていいほど分からなくなった。


 ラングリッサに潜入したが、構造はまるでつかめず、あろうことか作戦失敗と来た。それも総大将の裏切りによってという前代未聞のパターンで、だ。

 こちらの収穫は、元々シャドウナイツだったソフィア・ビナイムを裏切らせることに成功した、この一点だけといえる。

 いや、裏切ったと言うより、元に戻った、といった方が正しい。

 フェンリルに記憶を操作された末に、シャドウナイツにいたのだ。だが、何故彼女でなければならなかったのだ。


 血のローレシア。それしか、自分とエミリアを結びつけている物がない。

 こういうことを、考えたくはなかった。あの記憶操作からしても、どう考えてもなにがしかの人体実験を受けていたとしか思えない。

 そういうことを考えたくないから殿の部隊へと、ロニキス・アンダーソンにわざわざ許可を仰いで行ったのに、何故自分達はずっと対峙したままなのだ。


 もっとも、今は退却戦だからそれでいい。相手が追ってこなければ、その間に味方は撤退できる。

 しかし、対峙した状態だから、余計に頭が回転し、考えが浮かんでは消えることを繰り返している。


 苛立ちなのかも知れないと、なんとなくルナは思っている。しかし、これを繰り返すことかれこれ二時間だ。しかも、自分の部隊で連れてこられたのは、アリス・アルフォンスのレイディバイダーのみ、それ以外は修理中である。

 それに、エミリアが使っていた機体も、持ち出すわけにはいかない。さすがに元シャドウナイツということもあり、エミリアは今独房の中だ。自分の権限で連れ出すことも出来たが、それをやってはいけない気がした。

 そんな状況ではないと、頭の中では分かっている。だからこそ、冷静に考えれば、これ程心細い殿への増援もないなと、ルナは思った。


『で、何処まで悩めば気が済む?』


 声。知っている人間の、声。エドワード・リロードだ。呆れた風な声をしているところを見るに、自分は相当長時間悩んでいたのだろうと、ルナは思った。

 三面モニターの側面に、エドの愛機である『イレブンテイル』が映っている。漆黒の塗料。シャドウナイツのそれと同じではないかと、余計に苛立っている自分がいた。


『オマエさん、悩みすぎなんだよ、色々と。もう少しバカになれ、バカに』


 呵々と、エドが笑う。


「この状況で、よく余裕でいられるわね」

『余裕? お前、俺が余裕に見えるか?』

「少なくとも、モニター越しにはね」

『お前、明らかに感が鈍ってるぞ。俺、今マジ震えてるよ。小便ちびっちまいそうだ。考えてもみろ、あの大軍勢だ。その気になれば、うちらの部隊は全部踏みつぶせる。だが、一向に攻めてこない。逆に俺はそれが気になってならんな』


 言われてもみれば、その通りだ。

 攻めてこない理由はなんだと考えるが、いくらなんでもあの信号弾のせいだけとは思えない。

 だいたい、指揮をしているのがあのヴェノムだとすれば、もっと派手な戦をやりたがる。


 ヴェノムという男は、臆病な本性を残忍なやり方で隠していると、ディス・ノーホーリーから聞いたことがある。だからヴェノムとハイドラを上手く離間出来ればと一度思い、実施したが上手くいかなかった。

 臆病だから逆らいたくない、故に忠実に動いているように装う。ヴェノムのやり方は得てしてこういうところだ。今の状況ならば離間で交わりを断たせることも出来るかと思ったが、多分無理だろう。


 しかし、今のフェンリルの陣営は弛緩しているように見える。だが、ひょっとしたらそれは見せかけで、自分達が後退すると同時に一気に攻めてくると言う可能性もある。

 それが怖いから、一気に撤退できないという現実がある。だからこそ、殿の部隊に堅実極まりない指揮をするエドの隊が選ばれたのだろう。実際、この部隊が損耗をほとんど皆無のまま過ごしているおかげで、味方が順調に撤退できているのだ。残っているのは自分達のみだ。


 いや、もう一人。今思えば、自分とアリス以外にもう一人、殿を任された男がいることを、ルナは思い出した。

 表向き存在しない、否、存在してはいけないはずの男。


「どう見る、ディスさん?」

『この陣営も、その気になれば抜けるな。それも見抜けないような愚か者が、指揮を執っているようではフェンリルもたかが知れている』


 溜め息混じりに、ディスが答えた。気配はなく、音声だけがこちらの方に流れてきている。


「何処にいるの?」

『お前達とフェンリルの陣営の中間点に光学迷彩敷いて待機している』

「存外剛胆な事やるのね」

『陽炎がなければ、こんなことは出来ん』


 それはつまり、『XA-089陽炎』がいるにも関わらず、誰一人気付いていないという事に直結する。

 しかし、この大胆さと神出鬼没さ故に、本当に死神なのではないかと、いつも思うのだが、本人の前では言わないようにしている。


 ディスは、いつもこう言うときには仮面をしている。仮面からは、実際にどのような表情をしているのか、よく分からない。だが、こういう状況の時は笑っているだと、何故かいつも感じる。

 狂気じみているとも思うが、戦の場面になるとこうして頭が回転し始める自分もまた、同類なのだろうと、ルナは思った。


「しかし、そこに待機させてるって事は、何か探りたい物がある、ってわけね」

『ロイドが俺を殿に回したのも、それが理由だ。ハイドラを探りたくてな』

「なんでまた?」

『奴の行動が気に掛かる。この格好の時期に、何故奴は姿を現さない?』

「それと、噂に聞いたけど、新型機出たんですって?」

『ああ、それがどうした』

「あたしは、どうもそれがフェンリル全体の意志からの離脱に思えてならないのよね」


 宗教国家とまで言われるフェンリルだが、自分が立ち寄ったハイドラが統治する街は、明らかにそれとは違っていた。

 違和感が、未だにぬぐえないのだ。まるで、ハイドラがフェンリルの意志から離れようとしているかのような、そんな印象を持つ。


「ハイドラってのは、何者なのかしら?」

『だから俺はそれを探りに行く』

「当てはあるの?」

『そうでなければ、こんな事は言わん。ヤケにハイドラ達が頻繁に出入りしているという、妙な村があるから、そこに行く』

「近いの?」

『まぁな』


 こうなってくると、ディスのための血路も開かなければならない。

 退却をしつつ、ディスを敵陣の後方に一気に進軍させる策を、考えなければならない。

 目の前にいる機体はざっと見積もって三大隊はいる。一方のこちらは三中隊だ。数の上では圧倒的に不利だが、プロトタイプエイジスは二機いる。


 しかし、今の状況ではあまりプロトタイプエイジスは使いたくない。ともなれば、残るエイジスであるレイディバイダーを使うのが上策だろうと、ルナは思った。

 そう思ったら、手がいつの間にか動いている。アリスへと、通信をつないでいた。


「アリス、レイディバイダーのゲイボルク、冷却までの四〇秒ってキャンセルできると思う?」


 怪訝な顔を、アリスから返された。

 エイジスの持つ召還技術を応用すれば、理論上はゲイボルクの冷却時間はキャンセル出来るはずであると、ルナは考えていた。

 それに、これを利用すれば、ディスを敵陣深くまで突入させることが出来る上、退却も同時に進行できる。


 要するに、ゲイボルクを撃っては召還を解除し、敵軍が混乱している間に瞬時に退却。追いついてきたところで再び召還し、ゲイボルクを撃つ。これを繰り返す。

 召還を解除している間もゲイボルクの冷却が続くのだとすれば、これは有効になる。それにディスのことだから、一度ゲイボルクを撃てば、その隙を突いて探索に行くだろう。

 問題は、アリスの体力が持つか、そして、本当に召還解除中でも冷却は行われるのか。この二点だ。


「どう思う、アリス?」

『まぁ、やったことないからわからんわね。でも』


 一度、アリスが上唇を軽く舐めた。


『やってみる価値は、十分あるでしょ』


 実際の結果がどうなるかは、やってみないと分からないところもある。

 冷却中の召還解除など、普通のイーグならばやろうとすらしない。何が起きるか分からない上に、召還自体、戦艦の整備能力の向上や未だに持たれ続けている召還に対する忌避感で、最近ではほとんど実施されない。

 だからこそ、データ取りもかねて意味がある。


 もっとも、こんなことレイディバイダーでなければやらないだろう。紅神ならば、デュランダルのガンモードを一撃撃っても、まだ若干ではあるが余裕があるし、冷却時間も少ない。

 こんな時にゼロがいてくれれば。そう考えると、頭が痛くなってくる。

 それに、いないといないで、どこか寂しくも感じる。


 あの男は、いつもいつも、諦めないと言っている。それは、言葉にするだけなら簡単だが、常に実施し続けるのは、相当の胆力がいる。

 ゼロは、それを実践してきた。有言実行、まさにその言葉の通りの男だった。

 そして、いてくれれば、何故か安心できた。


 いつの間にか、ゼロを頼っている自分がいたことは、正直驚いていた。

 何故あれほど頼れる存在だと思えるのかは、よく分からない。だが、信用してはいる。

 自分もまた、ゼロのように諦めずに生きていけるのだろうか。何故か、そんなことを今になって思うのだ。


「エド、後三十秒後に、一気に部隊を反転させるわよ」

『退却を早めるか、ルナ』

「策も思い浮かんだしね。ゲイボルクでどうにかしていくしかないわね」

『お前の作戦は、相変わらず賭けの要素が強そうだよな』


 お前らしいと、エドが笑った。

 直後、エドが全軍に対し、声を荒げた。


『全軍、帰るぞ! 全員死ぬか、全員生きるか、選択肢はそれだけだと思え! 合図と同時に転進、一気に後退する!』


 一斉に、そこら中から鬨が上がった。

 これが本当に敗軍の将なのか。エドはこういうのが本当に上手いと、ルナは思った。

 いつの間にか、身震いをしている自分がいることに気づく。

 こういうところを見ると、本当に自分は隊長にふさわしい人間なのか、分からなくなってくる。


『お前は、本当に退屈しないで済む作戦を考える』


 少し低い声が入ったのは、そんな時だった。犬神竜三の声だった。


『つまらないことを考えていると、死ぬぞ。それに、隊長であるお前が沈むと、士気に関わる。そのことを忘れるな』


 そこまで沈んでいたのかと、ルナは自分で自分を笑いたくなった。

 一度、両頬をたたいて、気合いを入れ直す。

 レイディバイダーも、準備が整ったようだ。


 自分がたてた作戦だ。それに、エドも生きると言った。

 ならば、生ききるべきだろう。


 これもまた、諦めないと言うことなのだろうか。

 何故か、こんな時なのに、ぼんやりとそんな言葉が頭に浮かんだ。

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