5th Attack

第二十五話『時の止まった男』

AD三二七五年七月二〇日午後一一時一六分


 衝撃的、と言う言葉はあまり好きではなかった。

 大概の場合は期待はずれや取り越し苦労で終わることが多かったからだ。

 だが、この現状は、それ以外に言葉が見あたらないと、ウェスパー・ホーネットは感じていた。


 プロトタイプエイジスが一機、叢雲むらくもに運ばれてきた。

『XA-012紫電』、フェンリルの近衛部隊『シャドウナイツ』のメンバーである村正・オークランドの愛機だ。

 いや、そうであった、と言う方が正しい。

 コクピットを開けた時に漂ってきた血の臭いが、まだ鼻にこびりついていた。


 村正は何カ所も体に銃弾を受け、左腕を失った状態でも、横脇にゼロ・ストレイを抱えながら、死んでいたのだ。だが、その死に顔は、不敵にも笑っているし、何処か鬼気迫る物も感じられた。

 これが武人という奴の死に様なのだろうかと、なんとなくウェスパーは感じることが出来た。自分は整備士であるため、こういうことはよく分からないが、ただ、自然に黙祷を捧げていた自分がいたことには、さして驚かなかった。

 しかし、話には聞いていたが、まさかゼロと村正が本当に双子だとは思いもしなかった。実際、見ると驚くほど顔も背格好も似ていたのだ。


 そして、互いに腕を失ったことも、また然りだ。ゼロは今、村正の遺言通り、村正の血と右腕を移植する手術を受けており、その対応にレイ神龍シェンロンは追われている。

 ただ、玲は万が一のことがあったら、ゼロのアーマードフレームを溶かしてELの足しにしろと言ってきた。

 あの玲が言うのだ、相当厳しいのだろう。実際、ゼロは虫の息だった。意識はなく、右腕と胸から大量の出血を起こしている。


 だが、例え死んだとしても、人の半身を覆う程度のELは、M.W.S.にはさして役に立ちはしない。それでも、ウェスパーは最悪そのつもりでいた。


「ヘッド、第六小隊の連中が着艦します!」


 上の方から、ブラー・ラウンドの怒声が響いた。

 ヘッドと言うな。いつも言っている言葉だが、もう出そうという気力すら湧いてこない。そんなこと言うこと自体、体力の無駄でしかない。


 既にメンテした機体は一〇機を超えた。それも僅か三時間の間で、である。

 簡単なメンテならまだいい。M.W.S.は簡略化されているから、最悪十分あれば修理出来る場合もある。


 しかし、こっちに回されてくるのは、その場で修復が不可能に近い機体ばかりだ。手足がない、動力がイカレたなど、そういう類ばかりである。

 もう修復不能だと見た機体は、その小隊を率いる大隊長に許可を貰ってその場で解体して使える部品を別の機体に回している。そうでもしなければまともに戦えない。


 殿しんがりの部隊が取っ替え引っ替え来ては整備して出撃させる、今はそれの繰り返しになっていた。

 もっとも、そこまで追撃は厳しい物でもないらしい。村正がこちらに切り込んできたときに、誰かが上げた信号弾の影響か、そこまで追ってくる敵がいないそうだ。だが、それでも頻繁に敵が襲撃してくるのは間違いないため、疲労の色が濃くなっていくのは、ウェスパーも感じている。


 自分の部下、全一八〇名を導入してもこれだ。フィリムに着くまで、どの程度の機体が修復できるか、それが勝負所になるだろうと、ウェスパーは踏んでいた。

 それに、玲達医療班は、自分達の整備した機体の数以上の人を治している。桁外れの効力を持つナノマシンを前に玲が開発したことが要因で、それを求めて今や叢雲の中は野戦病院のようになっている。実際、本当にこれを用いた注射一本でどうにかなるケースが多く、大概の負傷した人間は割とすぐに修理した機体を受領してさっさと自分達の部隊へと帰っていってくれる。


 それでも、先程来た玲の表情は今まで見たことがないほど疲れ切っていた。それだけ、負傷者の数が多いと言うことだ。

 自分は、機械の医者なのだと、ウェスパーはなんとなく今感じている。玲と、久しぶりに話したから、そんなことを思うのかも知れない。


「ブラー、機種は?」

「クレイモア三機。うち一機は左足首のサスペンションがイカレてるとのことです」

「なら大したことねぇな。で、紫電からのデータの吸い出しと、ホーリーマザーのOSの復旧作業、それとファントムエッジと不知火の修理は?」

「真ん中と後者はあらかた終了しました。ただ不知火はもう全部装甲取っ払って新規に装甲取り付けた方が早いです。それに紫電は無理ですね。こっちが必要なデータはもう残ってませんでしたよ」


 確かに、不知火は前面装甲があらかた消し飛んだ上に左手もないのだ、そうした方が早いだろう。それに、元々から不知火は重装甲と言うには何か足りない点があったから、改造する気でいた。それが少し早まっただけだと、ウェスパーは思っている。

 そのために、わざわざ改造パーツを持ってきたのだ。出来ることなら本国で改修作業を実施したかったが、今の状況だとそうも言ってられない。あれだけの重火力を持てる機体はそういないからだ。


 それに、気がかりなこともある。はっきり言って、いくらなんでも紫電が強すぎる。

 ここに運び込まれる前に、たった一機でスコーピオンを四一機も撃破したのだ。それも何機かは跡形もなく破壊されている。


 プロトタイプエイジスの力なのか、それとも村正の力なのか。正直どちらが原因なのか知りたかった。もし前者だとすれば、自分達の軍勢が抱えるプロトタイプエイジスの強化も可能になる。

 が、その解答を聞いた地点で、解析は後回しにせざるを得ないと、ウェスパーは感じた。

 さっきの三機が、誘導員の指示に従って整備デッキにたどり着いたからだ。機械の整備をしようと思うと、いつも心が躍る。

 それは、今でも同じなのだ。こんな最悪の状況かも知れない、今であってもだ。


 それが自分の持つ、整備士としての誇りだと、ウェスパーは自分に渇を入れながら思った。

 一つだけ気合いを入れてから、整備対象のクレイモアに足を運んだ。


 相も変わらず今回もまた、トラッシュ・リオン・ログナーが語り部とさせていただこう。

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