第四幕終章

 微かに、何かが揺らいだ。

 揺らいだのが自分の体だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 紫電のコクピットで、自分は出撃の時を待っている。


 空が青い。よく晴れている、そう村正には思えた。

 そして、こんな青い空から、自分達の志が始まるのだ。

 蒼機兵。ハイドラはそう名付けた。その名が、何処か心を揺さぶる。


 生きている、そう実感できるような名前だった。

 ならば、自分はその蒼天を駆ける刃となろう。

 そう誓って、何年経ったのだろう。


 父がいた。母がいた。友がいた。師もいた。

 そして、弟がいた。

 左半身を失いながらも、機械の鎧に身を包んだ、そんなバカみたいな弟だった。


 バカだとは、本当に思っていたが、嫌いにはなれない。

 なれるはずがない。ただ一人の肉親なのだ。血を分けた鏡のような男。

 そんな男が、今や自分と共に、戦線を切り開こうとしている。


 だが、そんなこと出来やしないことは、村正にはよく分かっている。

 これは、夢だからだ。

 夢とは、現実にならないものなのだ。

 だが、いい夢だと、村正には思えた。


 機体が駆動していく。出撃の合図が下った。

 横にいたゼロが、大欠伸をした後紅神のコクピットへと消えていくのを見送る。

 こういうこともまた、現実では出来なかった。だが、夢の中では、不思議とそれが出来た。

 思えば、自分はこんな単純なことを望んでいたのだろうかと、何故か思う。


 先陣を切っていた蒼天が、銃剣を空へと掲げる。

 そして、振り下ろしたとき、紫電を一気に駆けさせた。後方から、自分の旗下と、ハイドラに協力することを約束した数多の軍勢が駆け寄る。


 原野。遠くに敵影が見えた。

 同時に何かが自分の横に近づく。

 友。死という名の、古い友。

 お前はもうこんな所まで来たのかと、村正は苦笑した。


 だが、今この時だけは、駆けさせろ。

 この原野を、ただひたすらに駆けさせろ。

 俺は刃だ。戦陣を切り開くための、志を成し遂げるための刃なのだ。

 ハイドラ兄の志は、これからなのだ。その意志を、せめて誰かに伝えなければならない。いるとすれば、血を分けたただ一人の弟にのみ、与えるべきだ。


 兄らしいことは、何一つしてやれなかった。

 だったら、今兄として出来るのは、無くした右腕をくれてやることくらいだ。

 しかし、まだ、止まるわけにはいかなかった。


 動いている。両足と両手に力を込めた。

 だが、体が冷めていく。

 だが、不思議と、怖さはない。


 敵がいる。斬ったのかどうかは、分からなかった。

 ただ、自分が笑っている気がした。




 村正・オークランド、ラングリッサにて戦死。享年、二三。


(第四幕・了)

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