第二十四話『そして刃は流星となり墜ち行く』
AD三二七五年七月二〇日午後九時三分
久々に、静かな夜だった気がした。
カーム・ニードレストは、星空を眺めながら、ふとそう思った。
昔から、星を眺めることは好きだった。特に、今配属されている鉱山基地は、周りに何もないおかげで都心よりも遙かに多くの星が見える。
天体望遠鏡を持ってくれば良かったと、ふと思うのだ。スナイパー用のスコープでは、さすがに星空は上手くのぞけない。
「よぅ、いい夜だな」
フェイスが、賽子を掌で転がしながら、自分の横に座った。若干だが、酒の臭いがある。
もっとも、この男は酒を飲んでいようが平然と敵をなぎ倒すだろう。それに、弁えも結構知っている。
スパーテインは、西の方の戦線へ移動した。ディアル・カーティスと共に、追撃戦を行うらしい。
信じられないことだった。まさか味方の総大将がフェンリルへ降り、砲撃して艦隊を崩したというのだ。それでラングリッサ戦役は終わったと見ていいだろう。
ただ、フェンリル側も被害は甚大な物らしい。だが、彼らは勝ったのだ。
しかし薄気味悪い戦だと、カームは思わざるを得なかった。何か奇妙な流れを感じる。
「カーム、お前は今回の戦、どう見る」
フェイスが、真剣な顔で自分を見た。
「オイラは、正直胸くそ悪い」
「スパ兄が言うならまだしも、オマエさんもそういうか」
「当たり前だろ。味方もお構いなしの砲撃、それも総大将がやった。そんなことが戦で許されるはずがないだろう」
「フェンリルの謀略が、ベクトーアに勝った。ただ、確かに気に食わんやり口だな」
「兄貴は行くって言ってたけど、オイラは、正直追撃とか駆けたくない」
率直な気持ちだった。敗残兵を漁夫の利を狙って襲撃するのは、やはりやり口としては好ましくない。正しい選択だというのは分かるが、しかし納得がいかない。
もしくは、別の考えがザウアー・カーティスにはあるのだろうか。
空に聞けば、分かるだろうか。
そう思い、見上げたときだった。
将星が、一つ墜ちた。あの将星は、確か村正・オークランドの物だったはずだ。
自分は今まで、将星について、外したことはない。
「フェイス、村正の将星が、墜ちた」
「何?! ってことは……」
「あぁ。フェンリルは間違いなくこれから荒れるぞ」
同時に、絶句した物がもう一つあった。
スパーテインの将星も、何か奇妙な瞬きがある。それについては、フェイスは気付いていないようだった。
何か、嫌な予感がする。
自分の見間違いでなければいいのだが。
しかし、考えてもみれば、自分で予言したのではないか。スパーテインの将星に危機が訪れたとき、踏ん張れれば安泰であり、そうでなければ墜ちると。
後はもう自分の兄の元の力に頼るより他ないのだ。
あの兄が、武人として、自分が最も誇りに思うあの兄が何をやるのか、どうするのか。
ふと、見届けようと思った。
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AD三二七五年七月二〇日午後九時五分
誰かの将星が落ちた。
スパーテイン・ニードレストは帝釈天たいしゃくてん級陸上空母『カドプレパス』の一室の窓からそれを眺めていた。
誰の将星なのか。かなり、大きな星だった。
西の彼方に星は流れ、そして消えた。
ということは、ラングリッサだろうと、スパーテインは直感した。
夜の荒野は夏でも冷える。別にそれに当たりながら戦地に行っても良かったが、迎えが来てしまった。それがこの帝釈天級陸上空母というわけである。
自分と同じくプロトタイプエイジスの保持者である『ヴォルフ・D・リュウザキ』の所属している部隊だった。
会ってみて思ったのは、意外にも実直な男だと言うことだ。それに、空戦にかなり精通している。
もっとも、愛機であったプロトタイプエイジスのレヴィナスはほとんど『緊那羅きんなら』の称号を持つ華狼屈指の技術者『張チョウ・文雷ブンライ』によって回収され、華狼製エイジスと言っても差し支えのない機体にされてしまったという噂は、本当だったようだ。
今のところ行軍は順調だ。明日の昼には部隊を展開できると、スパーテインは踏んでいた。その時には、ヴォルフを存分に使おうと思った。
任務は非常に単純だ。今退却中のベクトーアの大軍を追い払い、フェンリルの領土に穴を開けろと言うのである。
ただ、穴を開けろとだけ言われた。ザウアーの言葉だった。あいつはよく、こういう謎かけをする。
ザウアーは追い払えとだけ言った。つまり、敵であろうとベクトーアになるべく損害を出すなと、暗にいっているような物だった。
既にフィリムに侵攻を開始している反乱部隊もあるという。
しかし、どうもその反乱というのが引っかかる。正直ベクトーアは統治がかなり行き届いているし、部隊の中に反乱を仕掛ける理由が全くと言っていいほど見あたらないのだ。
確かに、一部の国会議員には、企業国家との癒着や汚職があるというが、ただそれだけで反乱を仕掛けるには理由が足りなさすぎる。
こう言うときだけは、スパーテインはルクス・フォン・ドルーキンの旗下である諜報部隊を利用した。それで情報は色々と入ってくる。
信じられない情報を聞いたのは、そんな時だった。
シャドウナイツの村正・オークランドが、同じシャドウナイツのメンバーであるヴェノム・マステマ・ゼルストルングに撃たれ、その後居並ぶフェンリルのスコーピオン四一機をたった一機でなぎ倒してベクトーアの部隊へと向かったというのだ。
たった一機で四一機を撃破したという話にも驚いたが、それ以上にフェンリルで何が起こったのか。
裏切りがあったのだろうか。だが、村正は忠義の士と知られている。実際、自分も一、二度戦ったことがあるが、将来的には養父であったインドラ・オークランドに勝るだろうと思えるほどの将器と気概を持っていた。
ということは、先程落ちたあの星は、村正の星なのか。
どちらにせよ、一人の戦士が死んだ。誰であれ、死は平等だ。
自分もまたそれは同意義である。自分は、目を切られた。後数センチで、自分の頭蓋が切られていたのだ。
ただ自分は、運が良かっただけだ。ほんの少しの運で、生きも死にもする。
だが、例え戦場で死んでも自分が不幸だとは思わない。むしろ、死ぬとすれば、戦地で死にたい。
月が、大きく見えている。
「史栄」
言って思いだした。彼は今自分の旗下の機体の整備を行っているのだ。いるはずがない。
無性に、誰かと語らいたくなった。
カーム、ディアル、フェイス、ザウアー。この四人と、一番語らいたいと思った。
今度の戦地では、ディアルと行動を共にする。
たまには語ろうと、思った。
部屋の片隅の己の大剣が、月明かりを帯びている。
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AD三二七五年七月二〇日午後九時六分
夜なのに、明るかった。
フェンリルの首都『アルティム』。眠らない街とはよくいった物で、この時間でも未だにビルには電気が煌々と輝き、まるでここが昼間であるかのような、そんな錯覚にいつも襲われる。
だが、この首都を護っているパリエース山脈を抜けた先には、何もない砂漠が延々と広がっている。
ここは箱庭なのだ。いつも、ビルの上から都市を眺める度に、ビリー・クリーガーは思う。
元々は寺で住職をやっていたのだが、いつの間にかシャドウナイツに任命されて、既に一〇年。齢は三二にもなった。
八年前のことになるか。ハイドラ・フェイケルが訪ねてきて、自分を蒼機兵という部隊に入れ、第一大隊の大隊長にすると言ってきた。それも秘密裏に、である。
最初はなんのことか分からなかった。だが、次第にハイドラの考えをくみ取っていくと、これは地下で行わなければならない一つの壮大な策であると同時に、夢なのだと、思うようになった。
志、という言葉がある。次第に、自分の志は、ハイドラのそれになっていったのは自覚していた。それでもいいと思えるようになったのは、弟弟子である村正がいたからかもしれない。
何処か、のんびり屋だった。だが、実戦では全くその素振りを見せず、むしろ神出鬼没かつ苛烈な戦を好んだ。
そういう男が一人いるだけでも、隊は引き締まった。
そういえば、この前村正が何処かからハイドラと一緒にヤケに巨大な魚を一尾、釣ってきていた。
自分は坊主だから、肉を食うわけにはいかないので、正直非常に助かった。
既に寺を破門されて一八年になるのか。
しかし、何故そんなことを急に思ったのだろう。
気配を感じたのは、そんな時だった。
殺気かと思ったが、違うと分かった。
天を見る。星が一つ、流れたのが見えた。
将星。あれは、村正の将星だ。
まさかと思った。死んだのか、あの村正が。
いや、人はいずれ死ぬ。それが少し早まっただけのことではないか。
涅槃に、先に行っただけのこと。僧として、兵として、武人として、自分もまた多くの人の死を見てきた。自分の師匠の死も眺めたのだ。
だというのに、何故止めどなく涙があふれるのだ。
死ぬのが早まってしまっただけではないか。なのに、何故だ。
小生は、疲れているのか。それとも、何かに滾っているのか。
こう言うときは念仏を唱えることしか、自分には出来ない。死は、一人で受け入れる物だからだ。
ただ、念仏を唱えよう。
涙が出ようが、声が途中で詰まろうが、それだけは成し遂げようと、心に決めた。
その後どうするかは、追って考えよう。
そろそろ、ハイドラも動くときだ。
プロディシオから連絡があったのは、読響を全て終えたときだった。
ハイドラが、行動を開始すると宣言した。だがまだフェンリルからは離反しない。要するに、吸い取るだけフェンリルの財源から吸い取るというのである。
ただ、今のハイドラはそれで精一杯の状況だとも言ってきた。相当精神的に参っているらしい。
さすがに帰還命令も下った。本格的に動く、ということだろう。
しかし、ハイドラは常々村正を買っていた。自分が死んだときの後継者とまで言ったのだ。
実際、弟弟子だからか、ビリーも成長を楽しみにしていた感はある。結構な数話はしたし、子供の時から知っているが、結構ああ見えて利発なところもあった。
だからインドラの跡も継げたのだ。
齢は、二三だった。自分より九も下だ。若いクセに慢心した所もなく、常に謙虚で、何処か心に引っかかる男だった。
何故、先に逝ったのだ。
空を見る。
答えは、帰ってこなかった。
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