第二十三話『引けぬ故に戦って』(4)

AD三二七五年七月二〇日午後八時六分


 斬り進んでいた。

 急にレムがいなくなった途端、すぐに敵が群がってきた。


 切り捨てたのは、全部で三一か。

 しかし、途中で面倒くさいとゼロは感じるようになった。


 これだけ派手に暴れたが、さすがに疑われ始めた。どうも忠義の士と村正の名は通っているらしい。

 そんな人間がそう簡単に訳もなく裏切る家がないというのだ。だからか、全員が本気で来る。

 しかし、所詮本気と言われても雑兵連中などたかが知れていた。一合以内で、全員斬り殺した。


 じりじりと、相手が下がっていく。包囲網が嘘のように遠のいていくのが、ゼロにも分かった。

 気を、刃に込めた。

 髪の毛こそ汗で乱れ、村正のような髪型ではなくなったが、そんなこともうどうでもいい。


 ロイドやディスの思惑などどうでもいい。ただ俺は、戦いたい。そうだ、俺に勝てる奴はいるか。

 いるわけがない。死なない限り、負けじゃねぇんだ。こんな程度の連中には、負ける気なんざぁまったくねぇぞ。


 そう思ったとき、刃が目の前を通った。

 それが両刃式のフィストブレードの刃先だと気付くまで、そう時間は掛からなかった。


 二本目が来る。両刃刀ではじき返した。直後、三本目。

 溜まらず、義手のマシンガンを展開して、それで粉砕した。


 もう正体はばれている。だったら、こんな黒のロングコートなど邪魔なだけだ。その場で脱ぎ捨てた。

 身軽になったと、本当に思った。


 殺気。気配は、また右だ。出会ったときと同じ感覚だった。

 そして、また黒のロングコートに身を包んで、村正が悠然と歩いてきた。得物は相変わらずの三枚刃のフィストブレード一対。


 これで三度目になるのか。そう思うと、長い気もする。混乱も収まったのか、銃口がこちらへと向けられる。

 だが、撃つことはないだろうと踏んでいた。

 村正もまた、一騎打ちを望んでいるからだ。


「よぅ、クソ兄貴」


 しかし、いつだって、この兄は神出鬼没だと、ゼロは思うのだ。三回とも、不意に現れたという印象がある。

 もっとも、自分は本当は村正が嫌いではないのだと、心の底では分かっていた。

 だが、引けないのだ。引いたところで何も待っていないし、第一、村正にも申し訳が立たない。


「てめぇは、ホントにいつも突然来やがるな」

「俺のモットーは神出鬼没。それを知らないお前ではないだろう、ゼロ」

「あぁ、知ってるからこそ、こんな悪態付くんだよ」


 両刃刀を、村正へと向けた。村正もまた、フィストブレードを構える。


「三度、か?」

「ああ、そうなる」

「いい加減、終わらせようじゃないか、ゼロ。どちらが強いか、などということは俺にとってはどうでもいい。ただ、俺はお前と刃で語らいたい。それだけだ」

「はん。いいぜ、てめぇがそういうならな」


 死ぬも生きるも、全ては刃に込めた気次第。相手の気に飲まれるか否か。飲まれたとすれば死ぬだけだ。だからこそ、相手に対して全力で刃でもって語らうのだ。

 村正が、周囲の兵士に銃口を下ろさせた。彼らしい行動だと、ゼロには思えた。


 一歩、前に出た。相手もまた、一歩進んだ。

 そして、互いに大地を蹴り上げる。

 一合目で、互いの位置が入れ替わっていた。いつの間にか体が反応した、と言ってもいい。

 僅かに、頬から血が出たが、ナノインジェクションの影響ですぐにふさがった。村正も同じらしい。


 反転して、二合。互いの武器を弾いた。三合、四合もまた同じだ。

 十五合くらい、それが続いた。

 それでも、一合ごとに言葉が刃から伝わるのだ。


 お前は何のために生きようとするのか。何故強さを求めるのか。何を護ろうとしているのか。


 一言ずつが、言葉よりも重い。

 十六合目で、鍔迫り合いになった。


 村正が、フィストブレードで掴みに掛かった。三枚刃だからこそ出来る芸当だろう。

 それをはじき返した後、一度呼吸を整えて対峙した。


 ふつふつと、心の奥底から闘気がにじみ出ている。大きく、一度息を吐く。心音が、大きく耳に響いていた。

 三つ数えて、再び疾駆した。


 村正もまた同じだった。気付けば、剣劇を互いにはじき返して互いの位置が入れ替わっていた。

 ただ、違うことが一点。自分の義手が、村正のフィストブレードの刃を一本抑えていたと言うことだ。

 振り向き様に、一発放っていたのか。そして自分はそれを無意識のうちに掴んでいたと言うことか。


「ち。上手く背中をぶち抜くと思ったんだが」


 村正がフィストブレードの刃をコートから出して装填した。あのコートの裏には、どうやらかなりの数の刃が入っているようだ。


「悪ぃな。そう簡単にゃ、俺を殺せやしねぇよ」

「なら、俺も戦い甲斐があるってもんだ!」


 再び反転して疾駆。フィストブレードの刃が肩に突き刺さると同時に、マシンガンの銃弾を一発、村正の肩に当てた。

 場所を入れ替えた直後にブレードを引っこ抜いて、村正へと投げつけたが、弾かれた。


 甘い。そんな声が聞こえた気がした。直後、村正は指の間にブレードを六枚も挟み、一斉にこちらに投擲してきた。

 三本をマシンガンで破壊し、二本を両刃刀で叩き落とし、残った一本をどうにか避けた。


 なるほど、投擲武器の扱いも心得ている。

 そして投げ終わるやいなや、既に村正は疾駆している。


 早い。そう思えた。

 考えてもみれば、ブレードを消耗するだけ装備は軽くなるわけだから、動きは軽くなる。

 来る前に、何発かマシンガンを放ったが、はじき返しながら疾駆してきた。


 そうじゃねぇと面白くねぇ!


 気を、再び刃に込めた。

 剣が、ぶつかる。火花を一度散らした後、鍔迫り合いになった。


 互いに脂汗が浮かんでいると同時に、村正の目には、狂気が浮かんでいるように思えた。

 だが、恐らくそれは自分もなのだろう。

 楽しくて仕方がないのだ。ただただ、戦って戦い続ける。それが自分には最高に楽しいのだ。


 死ぬすれすれまで戦う。その果てに、何かが見えるらしい。

 村正もまた、同じなのだろうか。何故か、この目を見ていると聞きたくなった。

 刃から、答えが返ってきた気がする。


 志のために、俺は戦っている。フィストブレードの刃から、そう帰ってきた。


 志。そうか。それがあんたの戦う理由か。


 俺の、戦う理由は。


 なんだ。俺はなんのために戦っている? 楽しむため? 何か違う。死に場所を探すため? いや、それも違う。復讐? それも、何かあやふやだ。

 俺は、何のために戦うのだ。


 拳が来たのは、そんな時だった。

 思いっきり、腹に拳が来ていた。胃の中で、何か別の化け物が暴れ出した。そんな印象をゼロは持った。

 すかさず、殴り返していた。


 一度距離を取って、口から何かを吐いた。

 赤い。赤い物。血か。

 村正もまた、血を吐いている。


「返してくるとはな。あんだけ迷いだらけの剣を入れておきながら。やってくれるな、ゼロ」


 村正が口をぬぐいながら言うが、喘いでいるため途切れ途切れだ。


「当たり前だ。俺が、そう簡単にくたばると、思ってンじゃねぇ」


 こう言ったつもりだが、相手に伝わったかは分からない。


 ただ、後は剣で伝えりゃいい。


 そう思うと、まだ体は動いた。

 それから、何発やったのかは、よく覚えていない。

 ただ、いつの間にか村正のフィストブレードが全部で一本だけになり、自分のマシンガンの弾丸がなくなっていた。


 刃も、いくつか刃こぼれが出始めた。

 次が、最後だろうと思った。

 それに、一本になったとは言え、村正は侮れない。


 いや、最後であるが故に、全力で来る。

 そういえば、これ程語り合ったのは、いつ以来か。

 それもまた、終わりだ。


 少し、前に出た。床に、血痕が大量に付着している。

 自分達の流した血だ。いつも夢で見る、あの血の池を思い出させる。

 だが、そんなことどうでもいい。


「さぁ、来やがれ、クソ兄貴」

「最後だな、ゼロ」


 すぅと、三度息を吸った。

 後は、駆けていた。

 咆吼を上げる。互いにあげていた。

 何に対しての咆吼かは分からない。ただ、生きている事への、咆吼。


 俺は、俺達は、生きているのだ。

 生きた、血の流れた、人間だ。


 一つだけ、金属音が鳴って、気付けば、互いの位置を入れ替えていた。

 刃が、両刃刀の片刃が、無くなっていた。


 笑いが、何処かから起きた。

 乾いた笑いだ。声。誰の声だ。

 後ろを向く。村正だった。


 立っているその姿は、何故か、心が熱くなってくるのを感じる。


 そうか、俺はこの背中を無意識に追いかけていたのかと、ゼロは感じた。


 結局、自分はまだまだ弱いらしい。村正には、まだ少し余裕があるように見えたが、要するに自分の実力はまだこの程度なのだろう。

 頂点は、まだ遠い。


「おい、俺のブレード、全部折れたぞ」


 村正は、何故か軽快に言う。こういうところが惹かれる要因なのだろうと、ゼロは何となくだが思った。

 どっと、村正が倒れたのは、その言葉の直後だった。


 ただ、闘気は登り続けている。死ぬことはないのだろう。あれだけやっても、まだ生きている地点で村正はしぶとい。

 恐らく、この壁を越えるには、まだ修練が必要なのだろうと、ゼロは思った。


「少し寝る」


 それだけ言うと、急に村正は血だらけの状態でも、いびきをかいて寝始めた。

 なんというか、変わった兄だ。そう思うと、笑えてきた。


 殺気を感じたのは、その直後だ。銃口が、こちらに向けられている。

 同時に、一人の男が、悠然と歩いてくる。

 どくんと、心臓が唸った。


 バカな。何故、何故奴は、十年前と姿を変えていない。

 やつれはしたし、髪の毛も伸びた。だが、入り口から悠然と現れたハイドラは、十年前と全く変わっていないではないか。


 いや、一つ大きく違うとすれば、頬に一本の刀傷があることくらいか。そういえば、あんな傷を自分が付けたのだ。


 エビル。いや、今はハイドラ・フェイケルか。

 サングラスの奥からは、目の動きを知ることは出来ない。だからだろうか、余計に何かふつふつと、黒い怒りが自分の心を暴れ回っている。

 地面に突き刺さっていたフィストブレードを抜いて、二刀流に構えた。


「ほぅ、二刀流など何処で学んだんだ?」


 サングラスを、ハイドラが外した。

 昔と変わらない、赤と黒の目。それを見る度に、自分の目に対する劣等感がにじみ出た。


 今は恐らく適わないだろう。それに、弾薬も尽きたし、刃は片刃がない。

 それでも、自分を通さなければ意味がないのだ。だから刃を構える。

 一歩、前へ出る。それだけで、心臓が高鳴っていくのを、ゼロは感じる。


「一枚上げたな、ゼロ」


 ハイドラが背中に背負っていた銃剣を抜いた。

 戦えるのだ。やっと。

 気付けば、疾駆していた。

 二刀流は不慣れだが、やってみる価値はあるだろうと、疾駆している最中に思った。

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