第二十二話『復讐のために生きて』(3)-2

 殿しんがりを任された。しかし、自分を含めてわずか四機しかいない。

 なかなかに厳しい状況を突きつけると、ブラスカは心底思っていた。


 銃弾を一斉に放ちながら、徐々に後退する。当然、狙いはハイドラただ一人に絞ってある。

 しかし、あの男、平然と避ける上、銃弾を先程から手に持った銃剣で切り裂きながら突き進んでいる。


 他のスコーピオンは全て、見たことがない形状のマシンガンと、これまた見たことのない実体式のロングソードを装備していた。

 だが、そのマシンガンからは一発たりとも銃弾を撃ってこない。余程弾丸が手に入りにくい代物なのか、或いは証拠を残したくないのか。


『おい、ブラスカ、さすがにこりゃ俺ら死ぬかもしれんなぁ』


 右翼に付いていた男が、豪快に笑った。

 第四大隊は、こういう連中の集まりだった。華狼には、あまりこういう部隊はなかった。

 何処か、窮屈なのだ。それが嫌だったというのもあった。


「死ぬいう奴から、先に死ぬで」


 先に退却させるべきだ。不知火の速度はクレイモアには及ばない。

 死ぬときは、自分だけ死ねばいい。ただ、死ねば土に帰る。

 そういえば、今ある古傷を負ったときも、そんなことを思った気がする。


 ハイドラの蒼天。近づく。相変わらず、銃弾は弾かれ続けたままだ。

 直後、急に改良型のスコーピオンの隊列を小さくまとめ、蒼天を先頭に右翼に一気に曲がるやいなや、そこから一気に突き崩された。

 一気に横から来る。まるで一本の槍だ。それほど峻烈な突撃である。それで右翼と左翼は一瞬にして蹴散らされた。


 自分の横に付いていたはずのクレイモアの胴は、真っ二つに割れていた。

 思わず、『BHG-012-H』30ミリガトリングガンを捨て、腕にセットされていたオーラハルバートを抜いていた。


 せめてハイドラに一矢報いる。それが、ワイの生きる証や。


 蒼天が、再び近づいてきた。ただ、ほぼ単騎だ。どうもハイドラは、その気を感じると一騎打ちで決着を付けたがるようだ。

 振りかぶる。

 一合目は、ちょうど互いに弾いていた。


 重い。振りだけではなく、刃に混じる気から、妙に重い、哀しみが広がっているように感じる。

 咆吼、いつの間にか上げる。上から、ハルバートを振りかざしていた。

 銃剣で蒼天が抑えると、ふと、相手が笑った気がした。

 互いにまた弾いた。だが、自分は、上に弾いてしまった。


 蒼天が、剣先を一気に返し、銃剣を振りかぶった。

 間に合うかどうかは、天に任せた。

 上からの斬撃。思わず、ハルバートを出していた。柄が真っ二つに割れた。


 だが、奇跡なのだろうか。すんでの所で、頭からはかち割られなかった。

 ただ、コクピットから原風景がむき出しになっていた。モニターは、既に無い。

 ギリギリでコンソールパネルが生きている程度だが、それでもノイズが入っている。


 見ると、左腕も見事に斬られていた。どうやらとっさに左腕も使って防いだらしい。

 だが、こうでもして防がなかったら、自分の命はとうになくなっていただろう。


 ふいに、自分の体を見る。傷は、なかった。ただ、ヘルメットにヒビが入っていた。

 ヘルメットを脱ぎ捨てると、風が感じられた。


『なかなかにやるな、ルーン・ブレイド。俺の太刀を受けてここまで生きている奴は珍しい』


 ハイドラの蒼天が、目の前にいた。


「ワイは、そう簡単に死なん人間なんじゃぁ。ワイを倒さん限り、この先一歩たりとも近づけさせへんぞぉ!」


 思わず、一喝していた。

 これ以上、人を死なせるわけにはいかんのだ。

 そう思ったとき、急に、蒼天の持つ銃剣の刃から、気が消えた。


『お前、その口調、ウェルディア地方の出身か?』

「だったらどない言うンじゃぁ?」

『知り人がいる。それに免じよう』


 信号弾を、蒼天は上げた。

 同時に、下がっていく。見事な、見ほれるような隊列だった。退却もまた瞬時に行う。攻めるときはなお瞬時に攻める。だからハイドラという男は怖いのだ、考える暇すら与えてくれない。


 荒い息づかいが、ようやく聞こえてきた。それが自分の息づかいだと分かったのは、ブラッドが声を掛けてきてからだった。

 いつの間にか、彼の顔が目に入っていた。コクピットブロック近辺は、パージされている。


 何でもブラッドは後方から迂回して攻めようとしたが、退却途中だったハイドラと鉢合わせになり、あっという間に蹴散らされたという。二合張り合って右腕を持って行かれた、とのことだった。

 だが、不思議に死者は出ていなかった。深手こそ負っている人間が多いが、命に別状はないらしい。

 最初から命を奪う気がなかったのか、それとも偶然かは分からなかった。


「ズタボロにやられたな、ホント」


 ブラッドが、溜め息混じりにタバコを吸う。

 確かに、完敗、いや、惨敗であった。

 アリスから通信が入り、竜三達の方の戦線も、終息したとの報告が入った。


 実の父親と竜三が三十七合打ち合い、結局決着が付かぬまま、敵側が信号弾に従って退却したそうだ。

 竜三は、先に帰り、エドの元に詫びを入れると言っていたらしい。

 いいように、してやられた。そうとしか思えなかった。


 しかし、気がかりが一つあった。ウェルディア地方と、ハイドラが言ったことだ。

 昔、自分が住んでいた場所は、確かにそう呼ばれていたときもある。

 だが、そう呼ばれていたのは、もう三百年以上前の話だ。

 何故そんな名で呼んだのか、ブラスカには、よく分からなかった。それに、この状況ではそんなことを考えている余裕もなさそうだ。


 M.W.S.移送用のヘリが、ボロボロのクレイモアを運んでいく。それを見上げながら、空を見た。

 日は、西の彼方へ埋没しようとしている。

 敗北した。それは、全員が感じていることのようだ。

 ヘルメットを地面に投げ、絶叫を上げる兵もいた。


「ワイらは負けたんやな」

「ああ、豪快に、負けた」


 考えてもみれば、ゼロもまた同じ思いを抱いたのだろうか。だが、それだけではない気もする。


「しかし、俺らの戦力は見事に三分の一になった。残ってるのは紅神とレイディバイダーだけだ。ファントムエッジも、右腕やられちまったしな」

「こっちに至っては多分オーバーホールせんとダメやな。まったく、情け容赦ってもん、あの男にゃあらへんみたいやな」


 今更吐く言葉が、何もかも空しい気がする。


『いつまで感傷に浸っている』


 ロニキスの声が、ノイズ混じりに不知火のモニターから聞こえてきた。


「艦長、ここまでボロクソにやられたんはホンマ久しぶりですさかい。どないすんですねん、ホンマ」

『策は既に考えられている。一度帰還しろ、話を盗まれる』


 何か策があるのだろう。こういう時のロニキスは、普段胃を痛めている彼からは想像できないほど鋭い目つきをする。

 そして帰ってみると、案の定、ウェスパーからどやされた後、衛兵に即座に奥の方の艦長室まで呼ばれた。


 意外にも、ブラッドだけではなく、アリスに、他の部隊からエドと竜三も来ていた。

 そういえば、先程からゼロの姿が見えない。だが、気にするほどのことでもないのかもしれないと、ブラスカは黙っていた。


「艦長、策ってのはなんですかい?」


 話を切り出したのは、意外にもブラッドだった。少し、苛立っているような口調をしている。


「策より前に、報告しろ。あの部隊は、どうだった?」

「ハイドラの奴はほんま強いですわ。こっちの損害は大破七機に中破二機。そのくせ相手は損害無しですさかい。圧倒的以外の何もありませんわ」


 この言葉に尽きていた。

 少し、自暴自棄になりすぎている気がすると、ブラスカは思った。ルナとレムがいないせいなのかもしれない。


「俺の指揮が迂闊だった。それさえなければ、討ち取ることも不可能ではなかった気がする」


 竜三は深い自責に駆られているようだった。だが、ブラスカからすれば、竜三はしっかりと指揮をやっていたように思えた。粘り強さは悪くないのだ。

 ただ、ルーン・ブレイド最大の弱点が露呈したようにも感じた。


 絶対的な指揮が出来る人間が、今の部隊ではルナしかいないのである。

 この前『副官が欲しい』と愚痴をこぼしていたことがあったが、その意味が何となく分かる気がした。

 そう思うと、ふがいない気分になる。


「あれは仕方が無かろう。相手の準備が良すぎた。それに、お前も父親相手ではやりづらかっただろうに」


 竜三がはっと顔を上げた。


「ロイドが手の者を遣って報告してきた。歩兵として各地にあいつは斥候を放っているからな。それくらいの情報は手に入る」

「そこまでお見通しか。なら、さすがに俺を雇い続けるのは、疑われるという観点でもまずくないか?」

「もしお前がフェンリルに降るというなら、止めはせん。傭兵とは得てしてそういうものだからな。だが、始末される可能性は常に考えていろ。それだけが抜けるとしたら条件になる」


 ロニキスという男も、なかなかに黒い男だと、ブラスカには思えた。体のいい脅迫である。そして、ロイドと組み合わせれば、間違いなく彼はやるだろう。

 だが、竜三は間違いなく抜けないと、ブラスカは踏んでいた。


「まさか。俺が今このタイミングで抜ければ、それはまさに俺がフェンリルのスパイだったと口外しているような物だ。それをやった時、お前、間違いなく春美を人質に取るだろう? それに、それをやれば我らの一門の名に傷が付く」

「そう言ってくれると思っていたよ」


 ふっと、ロニキスが笑う。

 いつも思うが、この表情だけは、ヤケに年老いた老人のように見える。何故かは未だに分からない。


「で、策は何かあるんでしょうね?」


 アリスが壁にもたれながら言った。


「そこなんだかな、ロイドの奴が、妙な策を思いついた。ストレイ少尉を使うと」

「あいつをぉ? 使えるンスか?」


 ブラッドは頭を抱えている。そう言いたくなる気持ちは、分からないではない。


「兄弟であることを利用した、離間だ」

「離間?」

「村正との関係を利用する。それ以外は言えん」


 そう言われて、ブラスカは肺腑を突かれた気分になった。

 村正とゼロは双子の兄弟らしい。しかも背格好もかなり似ている。

 となれば、ゼロが村正に変装してラングリッサの内部に行かせる。そこで戦闘を起こせば、それは敵の攻撃ではなく、内部の、それも重要人物の一人である村正が反乱を起こしたという事実にすり替わる。

 賭けの要素は随分強いが、やる価値はある気がした。


「他に、何か言うことはあるか?」


 ブラッドが、手を挙げた。


「ハイドラの部隊だが、俺の考えを述べさせて貰ってもいいか? 多分に俺の直感が入っているし、確信もないのだが」

「聞こう」


 ロニキスが身を少しだけ乗り出した。

 ブラッドの直感は妙に働く。割と無視できないところがあるのだ。


「あの部隊、本当にフェンリルの直轄軍か?」

「何? 根拠は何だ?」

「言葉で表すのは、ちと難しいな……」


 ブラッドが頭をかき始めた。この男に根拠という言葉は割とないに近いのは、よく分かっている。


「あの精強さ、今までのフェンリルの部隊では見たことがないから、だろう?」


 竜三が、少し身を乗り出した。


「フェンリルはシャドウナイツの体質からしても、かなりスタンドプレーを重視する傾向がある。奴らは実力第一主義だから、それで一番評価が分かると言うことが関係しているのだろう。だからこそ、あんな異常に精強な部隊が一部隊だけ、ルーン・ブレイドのように存在していることに違和感がある。スタンドプレーからは大きく外れているからな」

「ああ、そういう感じ。ってことは、竜さん、あんたも感じてたのか?」

「更に言うなら、あんな異常な部隊が、この十年で秘匿できていたことの方が不思議だ。もしフェンリルに最初からいたとすれば、シャドウナイツを作る意味合いはほとんどない。仮に極最近出来た部隊だったとしても、否が応にも調練の跡が残るはずだ。それすらないのは、余程秘匿されていたか、或いは、ハイドラ個人の私兵か、そのどちらかしかない」

「俺は、後者の方が高いと思っている」


 エドが、手を挙げていた。


「竜さんの言うとおりのこともあるが、聞いた話だと、全機武装がフェンリルで今まで使ったことのない武装だったらしいな?」

「ああ。俺の見た限りだが、FM-67ではなかったな」

「だとすれば、何かフェンリルの思惑からハイドラが離れてるんじゃないか?」

「確かに、リロード大尉の言うことも一理あるな。この件は、ある程度諜報部にも追わせよう。とりあえず、これで軍議を終いとする」


 そう言うと、次々と艦長室から人が退室していく。

 ブラスカもまた、それを追った。途中で、溜め息を吐いている自分がいることに気付いたのは、廊下を歩いているときだった。

 空気が重いと、何処かで感じていた。

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