第二十二話『復讐のために生きて』(3)-1

AD三二七五年七月二〇日午後三時五二分


 自分の愛機である『BA-08-Lレイディバイダー』のコクピットの中が、何故か異様に窮屈に、アリスには感じられた。

 別段、変わったことは何一つない。ただ、相手が異様に巨大な壁のように見えると言うだけだ。

 スコープを最大望遠にしてセッティングした。今のところ、相手の動きに妙な動きはない。


 ただ、気になったのが一点、ハイドラが殿に立ったと言うことを、斥候として配備されていたスカウトクレイモアが伝えてきた。

 スカウトクレイモアが地形の起伏まで含めた正確な情報を伝えると同時に伝えてきたことだ。

 誘い出そうとしている。アリスにはそう思えた。


「罠、か?」


 そう思い、アリスは斥候に前方を注視するように伝えた。

 しかし、直後、斥候の反応が消えた。


「撃墜された?!」


 深く入り込みすぎたのかとも思ったが、そうではないことがすぐに分かった。

 横から一直線にこちらに向かってくる隊があると、レーダーが告げている。

 数は中隊規模。


 気付かれたらスナイパーは不利だ。こう言うときは後退するに限る。

 だというのに、相手の速度は中隊とは思えないほど速い。まさしく弾丸ではないか。

 まさか村正か、とも思ったが、何かが違う。


 動きが、先程の竜三に似ている。

 この動きのまま来られれば、恐らく小隊は全滅する。


「全機、散会しつつ後退する。竜さんに伝達を」

『了解』


 直後、何かが、自分の前を横切った。

 銃弾ではない、まるで、鎌鼬のような何か。

 それが気の塊であることを、センサーが告げた。

 エイジスが来ている。それも、突飛な機体であると、アリスの勘が告げていた。


 案の定、中隊の中から一機、エイジスが疾風の如く駆け抜けてくる。まるで陸を這うように、それは一気に駆け抜けてきた。

 ハウリングウルフβを、レイディバイダーに構えさせた。

 しかし、構えた直後、バレルの先端が切られていた。


 殺気。感じる。右側面。

 そう感じた瞬間にオーラナイフを二つとも抜いていた。

 敵が跳躍して襲い来る。手に持つは一太刀の気刀。


 ただ、それを持つ機体を見て、アリスは思わず、目を見開いた。

 真っ赤に塗られた、風凪がいた。振り乱した髪の毛のようなヒートパイプ、プロトタイプの特徴を兼ね備えた機体の外装。そのような機体と馳せ合うとは、思っても見なかった。

 風凪と目の前の機体は、細部が違うだけかとも思ったが、よく見ると、腰の気刀は二本差しになっている。

 兄弟機であることは、間違いないだろう。


 そして、そんな機体と気付けば馳せ合っていた。

 目の前で、一瞬気の混じり合いによる火花が散った後、目の前の機体はすぐさま刀を弾き、鞘に一度収めた後、自分と対峙した。

 風が吹く。相手の機体のヒートパイプが靡く。その様は、まさしく昔の鎧武者のようではないか。


『ほぅ、我が一撃を受け止めるとは。なかなかに力のある人材のようであるな』


 目の前の機体からだ。嗄れた声だ。何かに取り憑かれでもしているのではないかと思うくらい、声色は暗かった。

 フェンリルらしい人材だと、アリスはふと思い、レイディバイダーにオーラナイフを構えさせた。


『構えるか。ワシとそのようにやり合う者がおろうとは、嬉しき限りよ。名を名乗られい』


 不敵に笑った老人がいると、何故かアリスには思えた。こういうのも嫌いではない。


「ルーン・ブレイド所属、アリス・アルフォンス」

『ワシは竜一郎。姓は、今は捨てておる。おなごよ、ワシと戦え。久々にたぎってきよったわ』


 目の前の機体は腰に差していた刀の柄に手を伸ばす。

 何処か、竜三を思わせる構えだ。


 竜。竜一郎。

 まさかと思った。

 竜三の父親。旧犬神一門頭首。それがこの男だとすれば。

 だとしても自分に手加減をする理由はない。


 他の二機の様子をチラと見ると、丘の上に立ち、そこから攻め寄せてくる敵をどうにか抑えているというのが現状だ。持って後五分がいいところだろう。

 竜三が戻るか戻らないか。それで自分の死は決まる。

 こういう死すれすれの綱渡りが、アリスは嫌いではなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 スナイパーへの奇襲を知ったのは、ハイドラの隊へと距離を詰めようとした矢先だった。

 斥候の反応が消えた。その時に悟ったのだ。

 後方を上手い具合に攪乱されたと、竜三は心底思った。さすがに距離を開けすぎたのかも知れない。


 しかし、嫌な予感が過ぎった。

 最初からハイドラは逃げていたのではなく、ここにスナイパーを置くことを読んでいたとしたら。

 目的は逃亡ではなく、戦線の分断。後方を壊滅させた末の挟撃。最初からそれが目的だったとしたら。

 このままでは、やられる。


「全軍、反転! |殿【しんがり】、ブラスカいけるか?!」


 モニターの一角にブラスカの顔が映ると、ただ一つだけあの男は頷く。目は、たぎっていた。

 それを見届け、すまんと、ただ一言いうと、竜三は一気に風凪を駆けさせた。

 ブラッドの愛機である『BA-012-Sファントムエッジ』が、自分の横にぴたりと付いている。後方からは、自分の旗下と、ブラッドに率いられた六機のクレイモアが付いてきている。

 なかなかにブラッドの指揮する部隊も悪くない。よく鍛え上げられている。


 直後、警報。後方から敵が迫っている。

 やはり、ハイドラは転進してきた。最初から攻め込む姿勢だったとすれば、あの男が殿にいた理由も納得できる。反転すれば、殿はそのまま先鋒になるのだ。いかにもハイドラらしい勇敢さである。

 だが、ハイドラという男は自分がフェンリルのナンバー2という重鎮であることを分かっているのだろうかと、何故かこんな時にもかかわらず、敵ながら呆れていた。


 ブラスカの小隊が敵と接触したという報告が入ったのは、その直後だった。

 相手は七機だが、殿は僅かに四機だ。さすがにブラスカをここで死なせるのは得策ではない。


「ブラッド、迂回してハイドラの後方を攻めろ。奴らを分断させ、ブラスカを生き延びさせろ」

『あいよ』


 ただ短く、ブラッドは返事をし、隊を反転させ、左側方へと向かっていった。

 これで自分の旗下である三機を含めた四機のみでアリスの増援に向かうことになった。

 後は相手がどう攻めてくるか、それ次第で決めた方が得策だろうと、竜三は思った。


 しかし、先程から漂う、この肌を刺す気は何なのだ。昔、何処かで戦った気がする。

 何故か、その気を懐かしいと感じる、自分がいたことに、竜三は少し驚いた。

 アリスに近づくにつれ、より深く、肌に差し込んでくる。


 なんだ。


 コンソールが敵の情報を知らせたのは、そんな時だった。

 スコーピオン十機と、奴がいる。


 それを見た瞬間に、自分の周囲の音が、何も聞こえなくなっていた。

 そしていつの間にか、相手に対して犬神一刀流の居合『鎌鼬』を放っていた。横一文字に広がるオーラの衝撃波が、奴に向かっていく。


 探していた。四年もの間である。俺は、このためにいるのだと、竜三には思えていた。

 四年の間に、母は衰え、姉は死んだ。それでも、奴は己のために生きていた。

 奴が旅に出たとき、自分の額に決闘の末に傷を付けたとき、言ったのだ。


『力を付けることで人を護るようになる。だから旅に行くのだ』と。


 守護の家系。そう呼ばれることが、竜三の誇りであった。だから許せていた感もあった。

 だが、今の彼は、フェンリルの持ついびつな力に取り憑かれているように、竜三には思えた。


 だが、それでもなお、犬神一門の元頭首だっただけのことはある。すぐさま鎌鼬をはじき返し、腰に差していた気刀を抜いていた。

 竜三はアリスとの間に割って入り、風凪に気刀を抜かせ、構え、一度はぜ合った。


 XA-025|草凪【くさなぎ】。風凪の兄弟機、いや、同型機と言っても差し支えのない、プロトタイプエイジス。

 そして、それを奪った男にして実の父親、犬神竜一郎と、四年ぶりに刃を合わせた。


 一合はぜ合っただけで分かる。腕は、まるで衰えていない。

 互いに背を向けた状態から、ほぼ同時に正面に向いた。


 正面を向くと、急に草凪のコクピットが開いた。

 互いに顔を合わせてから再び死合おう、ということなのだろう。

 父らしいと、竜三には思えた。応じ、コクピットを彼もまた開けた。


 あれから、既に四年にもなる。

 だが、目の前に対した父はどうだ。本当に会っていなかったのは四年であったのかと、疑いたくなるほど髪と髭は白くなっていた。


『来よったか、息子よ』


 声もまた、随分と嗄れていた。昔は、もう少し太い、たくましい声だった気がしたのだが、それは全く感じられない。


「老いたな、父よ」


 この感想以外、何が出てこようかと、竜三は思うほか無かった。父である竜一郎の目には、どす黒い殺気が浮かんでいるのがよく分かる。

 力に取り憑かれている。そう思えた。


「どうであろうな。老いの代わりに力を得たとすれば、ワシはそれで良いと思っているのだがな」

「父よ、あなたは日本を救う力を得るために旅に出ると、俺に四年前に言ったはずだ。今の俺には、あなたはただ力に取り憑かれた亡者にしか見えぬ」

「そうかもしれぬな。井の中の蛙、大海を知らず。故に大海を知ろうと思った。そして、その大海の一つと出会えた」

「ハイドラ・フェイケルが、それであるというか、父よ」

「然り。あの男にとってみれば、我らはただの点に過ぎぬ」


 それもそうだろう。だから強くなろうと国を出た。それは分かる。


「ならば、何故にフェンリルを離れない」

「己が力のみでは国を救えない、そう思えたからだ。より多くの力を見て、ワシはより巨大な力を付け、やがては日本を、世界四個目の巨大企業国家連合体にしたいのだ。それでこそ、天下は見えてくる」

「天下国家の考えに至ったか、父よ。しかし、四年で母上は弱り、姉上は死に、それに春美は常に神経をすり減らした」


 黒々とした怒りが、竜三の腹の奥底から起こってくる。


「己が家族すら護れぬ者が、天下国家を語ろうなど笑止千万だ、父よ」


 これに尽きた。しかし、それを聞くやいなや、にやりと竜一郎は笑う。


「かもな。しかし、天下を得るには多少なりとも犠牲は必須。それが我らで良かっただけ、ありがたく思えぃ!」


 議論は間違いなく平行線に終わる。そうしか思えなかった。


「ふん、いつまで経ってもまとまらんようじゃのぅ」

「なら、どちらが正しいか、刃で語り合うとするか、父よ」


 竜一郎が、待っていたとばかりに、にやりと笑った。

 その顔だけは、ヤケに若い。


 風凪のコクピットに戻った。機体の駆動音が、甲高く響いている。

 三面モニターを見ると、竜一郎も草凪のコクピットに戻ったようだ。

 後は、存分に死合うのみだ。


 IDSSに触れる。直後、周囲が戦闘を再開した。しかし、それでもなお、自分達の領域には誰一人立ち寄らない。

 アリスもまた納得したのか、それとも呆れたのか、オーラナイフを抜き、戦陣を駆けている。瞬く間に、二機のスコーピオンのコクピットにオーラナイフを突き刺していた。

 そうやられると、負けられない。

 久しぶりに、魂が熱くなるのを、竜三は感じていた。

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