第二十一話『翼をもがれて』(3)-1

AD三二七五年七月二〇日午後二時一五分


 既に、対陣してから二日が経過していた。両軍表だった動きがないまま、二日である。

 もっとも、ルーン・ブレイドだけはやたらと派手なことになっていた。ラングリッサに奇襲をかけたのだ。

 だが、ラングリッサにいた工作員の脱出時に、脱出をサポートするはずだったレムが捕まったという。


 そして、ここから先が、エドワード・リロードは聞いたときに唖然としてしまった話だった。

 ルナが、単身でラングリッサに行ったというのだ。あの要塞の近辺の街に潜入したという。


 なんでも、レムが捕まったことは、ルーン・ブレイド子飼いの諜報員が知らせたらしいが、その時のルナは狼狽するかと思いきや、恐ろしいほど冷静だったという。

 その後部隊の指揮をブラスカに委ね、自分は早々にラングリッサに行ったようだ。ロニキスとも相談した上だったらしい。


 それを聞いたとき、自分の率いる陸軍第四M.W.S.大隊も、いよいよ動くときかとは思い始めた。あの女のことだから、大がかりな作戦を考えているのだろう。

 しかし、ルナのその時の静けさだけが、正直怖い。あの女は学生時代からそうだったが、何をしでかすか分からないところがあった。


「竜さん、どう思う?」


 後ろを振り返り、相棒の犬神いぬがみ竜三りゅうぞうに聞いた。

 この男と付き合って既に二年と少し。部隊の用心棒としては、想像以上の働きをしている。さすがに元ルーン・ブレイド二代目戦闘隊長だっただけのことはあった。


 だが、やはり竜三はこの性格もあり、大がかりな指揮や策略と言うよりも、先陣を切って戦うタイプの人間だった。

 そういった人間が自分以外もう一人欲しいと思ったから、エドは問答無用で竜三を入れたのだ。

暢気に木と木の間に作ったハンモックの上に寝そべりながらキセルを吹かしているが、何故かそんなことをやっていても許せてしまうところが、竜三にはあった。


 そんなことだから、彼はゼロですら袖を通したベクトーアの制服であるジャケットには一切手を出さず、着流しであることも許しているのかもしれない。その上常に髪を長く結ったその様は、正直日本のバクマツとかなんとかいう一四〇〇年以上も前の人物がそのまま出てきたかと思わんばかりだ。


「レムが捕まった事に自責の念を感じての行動が先行しているようにしか、俺には見えん」


 竜三の言うとおり、それ以外には考えられなかった。ルナはそういう感受性が昔から強い。

 もっとも、それだからエドはルナが好きだった。


 だが、どうもやはり聞いた限りでの冷静ぶりの方が気がかりだ。何か、何か嫌な予感がしてならない。


「隊長、ルーン・ブレイドの奴ら、ヤケに頻繁に偵察してますぜ? なんかあるんじゃないですか?」


 一人の兵士が近づいてきて報告した。

 予想通りだ。何かでかいことをやる気でいる。聞いてみると四方八方に偵察を飛ばしているという。


 しかし、この時エドの頭に過ぎったのは、レムを探しているわけではないということだ。

 だとすれば、この行動自体が陽動、或いは、現れたという新型をおびき出すための罠、その二つが考えられる。

 そしてルナ本人が囮となって、中からラングリッサを破壊する。それくらいやりかねない。


 だが、それではまるで、自分で自分を殺しているような物だ。仲間を思う心が誰よりも強いはずの彼女が、その仲間を捨てる気でいる。

 それは本来のルナのやり方ではないし、そうなったとき、ルナは間違いなく負ける。


 自分を捨てた人間が、勝てるはずがないのだ。

 動かす準備を整えた方がいいと、エドはすぐに判断した。


「竜さん、あんたの機体、いつでも動かせるか」

「面倒な事は聞くな、当たり前すぎて話にならんぞ」


 竜三が起き上がり、ハンモックから飛び降りる。

 空気が乾いていると、エドは感じた。

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