第二十一話『翼をもがれて』(2)-2

AD三二七五年七月一九日午後一〇時九分


「しかし、あんたにしては珍しいよな、あんなガキんちょに興味持つなんて」


 村正がコブラの助手席で苦笑しながら述べた。

 確かに、自分はあのレムという少女にやたら執着している気は、ハイドラにもしている。


 ラフィの若い頃に似ていた。仕草や声、見た目も似通っていた。

 世の中には似た人間が三人いると言うが、レムもそんな一人なのだろうかと、ふと考える。


「あの少女の機体の搬入、終わってるのか」

「データは全部吸い出したが、重要なところはほとんど全部削除されてたよ。どうやら自動的にそうなるようにセットしてあったらしい。上手いことやってくれた」

「さすがに、そのまま運用するのは無理、か」

「バイオメトリクスの認証がかなり面倒くさいからな」


 レムの機体は解体こそしなかったが、自分達の機体の改良には役立つだろうと、ハイドラは見ていた。

 ベクトーアは空中戦に関しては異様なほど進んでいる。完全空戦対応型の機体は、残念ながら自分達も持っていないし、華狼ですらない。

 そう言った技術を取り入れられれば、一段と有利になることは事実だろう。

 だが、もとよりレムは逃がすつもりだったので、こちらの権限で機体は回収し、修理も終えてある。

ただ、今は召喚を封印させて貰っている。召喚はイーグから半径五キロ以上機体が離れると反応しなくなるからだ。


 既に荒野の中に敷かれた一本の舗装路をコブラで爆走すること二時間。もう周囲は闇に包まれ、道に点在する外灯以外と月以外に灯りはない。

 しかも、このままでは予定された時間に間に合うかどうかが微妙だ。最近そう言うことがヤケに多い気がする。


「おい、ハイドラ兄。このままじゃ間に合わんぞ。もっと飛ばせ飛ばせ」

「ガソリンの消費とかを考えろ、村正」

「今時ガソリンとかに拘るからこんなことになるんだよ。さすがにそれだけは古くさいと言わざるを得んぞ」


 村正がグチを言い始める。

 こうなるとなかなか止まらないので、黙らせるために更にアクセルを深く踏み込んだ。急加速した車の衝撃で、流石に村正も黙った。

 自分の悪いクセは怒るとムキになることだと、ハイドラも自覚していた。


 だが、これだけ飛ばした甲斐があって、無事に時間通りに目的地に着くことが出来た。

 止まった瞬間に村正の顔がヤケにホッとしていた。


「やっと目的地か、ハイドラ兄」

「あぁ、志のある場所だ」


 駐車場に車を止め、そこから徒歩で町に入る。

 規模は町というより村である。石造りの建物が軒を連ね、いくつかの屋台が出店を出している。この地域では有り触れた村の一つだ。

 だが、ここに志が存在する。


「ハイドラ様、お待ちしておりました」


 村長が駆け寄ってきた。既に老境に達している、ヒゲが立派に生えた長老だった。

 元々この村長は傀儡だ。それに、重要なのは村ではなく、その村の地下三百メートルにある、極秘に作られた工廠である。


「例の宿に行く」

「かしこまりました」


 いつもハイドラが泊まる宿の地下が、工廠の入り口となっている。

 宿自体は非常に質素な物で、部屋自体も同様に、ベッドと机があるだけである。

 ベッドを村正が傾け、そこから現れたへこみに仕掛けられた静脈認証センサーが反応すると、縦穴が現れる。そこにあるハシゴを下りて暫くすると、エレベーターがある。


 そのエレベーターを降りた先にこそ、自分達が作り上げた工廠が存在するのだ。

 ドアが開くと、既にそこには、七二機分の真っ青に塗られた試作型スコーピオンが大挙して待機している。


「相変わらず思うが、この工廠も巨大だよな」


 村正が柵に手を当てながら言った。


「ちょうどいい時間に到着なさいましたね、総隊長」


 プロディシオが横から来て述べた。相変わらず無表情のままだし、服装もシャドウナイツの黒ロングコートのままだ。

 それでもいいとは、ハイドラも思っている。実際、シャドウナイツ組はみんなこの服装だ。


 プロディシオから状況について聞いた。武器弾薬、機体の状況、バックアップしてくれる企業国家群に至るまで、全て頭に入れた。

 その後、ハイドラは兵を全て中心に集めた。


 こうしてみると、改めて同志の数が増えたと思う。現在総勢一五六名。パイロットだけでも自分を入れて七六名にもなる。

 しかもそのほぼ全てが、フェンリルの戸籍を抹消したり、家族と離縁してまで来てくれた者達なのだ。


「同志よ、我が志と共に動かんとする者達よ。よく、この辛い潜伏生活に耐えている。今、ベクトーアがアフリカに迫っているが、未だ時は来ない。だが、俺の魂が言う。半年経たずに、時が来る。後天性コンダクターが俺の手にあるのも、そうした天の理かもしれん」


 ハイドラは背中に背負っていた銃剣『YFSG-598カウモーダキー』を天に向けて構えた。


「我が機体の名の通り、我らが蒼天の元に帰る日は近いだろう。そしてその時こそ、我ら『蒼機兵そうきへい』が世に風を吹かすときだ。フェンリルの庇護を離れてでも、我が元に来た者よ、もう一度言う、共に、戦おう」


 一斉に歓声が上がった。士気はどの軍勢に勝るとも劣らないだろう。練度もかなりの物がある。

 後は、彼らを実戦に出してやるだけだ。だから更なる見せつけとして六機ほど、地上に出すことにした。

 何かが言うのだ。そろそろ戦が、大々的な戦が始まる、と。


 さて、ゼロ、お前はどう出る。


 思わず、天井に目をやりながら、そんなことを思った。

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