第二十一話『翼をもがれて』(1)
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AD三二七五年七月一八日午前三時二八分
後天性コンダクターを捕縛した。そうした急報が入ったのは、ハイドラがヘリでラングリッサに向かっている最中だった。
なんでも、突出してきたその機体を村正達が試作の電磁ネットで捕獲したようだ。
最新鋭機の飛行テスト、そのつもりで行っていたのだが、まさかこれ程相手が派手に暴れるとは思わなかった。だから止めに入らせるためにも、あの機体を迎撃に出すしかなかった。
失策であったと、ハイドラは感じざるを得なかった。出来る限りあの機体はまだ秘密にしておきたかった。いらぬ警戒心をフレイアに与えかねない。
もっとも、一般兵士に対しては、村正が何とかするだろうとは踏んでいた。
「余計な行動だったかな」
「俺はそうは思いませぬが。まだ時が必要であったのは事実ですが、近いうちに実施する必要はあったかと」
自分の向かいに座っているプロディシオが、低い声で語った。
シャドウナイツの中でも、元暗殺者という異色の経歴を持つこの男を、ハイドラは気に入っていた。
見た目は確かに怖い物があるのだろう。何せ左目の周囲に仮面を縫いつけている。その上、左目の上の額には傷があり、更にその近辺の髪の毛だけが白髪だ。昔相当の衝撃を味わったらしいが、特に知りたいとは思わなかった。
「お前がそう思う理由を聞こう、プロディシオ」
「戦力的に未だに無理があるのは事実だからです。我々の戦力は三大隊。あの存在に勝つにはまだ足りません。そういった意味で、力を見せつけ、兵を吸収していくのが得策ではないかと考えたのですが」
「悪くない考えだな」
「あなたに教えていただいたのですから、多少なりともこの考えはあなたの中にあるものと思っているのですが」
「ああ、確かにあった。だが、まだ、時が来ていない」
「時、ですか」
ハイドラは一つ頷いた。
プロディシオはこう言うときも無表情だ。この男はあまり表情を動かさない。
鉄面皮加減は、華狼のスパーテイン・ニードレストとタメをはれるだろうと、ハイドラはたまに思うときがある。
「ああ、時だ。チャンスは一回しかないから、なおのことな。一番重要な要素がまだ半分しか出てきていないのが、俺にまだ踏ん切りを付けさせんのだ」
「では、今回のベクトーアの作戦は放置すると?」
「いや、ベクトーアには本国に帰って貰う。目に見える形では惨敗という形でな。策は既に練ってある」
「行動が早いですな」
「昨日村正にも言ったとおりなのだが、何事も迅速にやれと俺が教えたのに、俺が実践できないでどうするのだ。時はまだだが、来たとすれば一気にやる」
時というのは、正直いつ来るのか、ハイドラも明確に理解できていない。それに異様なほど不確定要素が多く存在するのが、ハイドラの計画だ。
だが、確信として、成功するという思いがある。このために長い時を生きたと、ハイドラ自身が感じているほどだ。
それに、これ自体、自分自身への罰だとも考えている。これは誰にも話す気にはなれない。
そうこうしているうちに、いつの間にか基地に着陸するところまで来ていた。
ヘリのドアを開け、外に出る。夜にもかかわらずサングラスをし続けるのは奇怪すぎるこの目を、人前にあまり晒したくないというのが本音があるからだ。
しかし、降り立つやいなや、聞こえてきたのは喧噪だ。目をこらしてみると、ヤケに兵士が慌ただしく動いていた。
「何があった?」
更に周囲を見渡してみると、村正がいた。
ただ、何もしておらず、紫電の足にもたれかかって寝ていた。
紫電の横には試作型のスコーピオンが三機とも付いている。設計は自分がやったのだ、絶対の自信があった。
まさかここまで上手く行くとは、正直予想外と言えば予想外であった。これならば十分だろう。
「随分と慌ただしいな」
すぅと、村正が目を開ける。目をこすっているあたり、本当に寝ていたらしい。
「あ? あぁ、ハイドラ兄と、プロディシオさんか?」
また欠伸をした。こういう時にも堂々と寝ている村正の神経の図太さは正直賞賛に値すると、ハイドラは心底思っていた。
「慌ただしいが、何が起こっている」
「ああ、いや、後天性の機体を捕獲した後、コクピットハッチが開かなくてな。で、暫く待ってる。今電ノコ準備してるところだから、仮眠取ってた」
「よだれも垂らしてたから相当寝ていたな」
「こんな夜半に行動させられて、眠くない方がどうかしてるよ、ハイドラ兄。それに、さっきから兵士が聞いてきてうるさいんだ。こいつはいつ配備されるのかって」
はぁと、ハイドラも村正も大きく溜め息を一つはいた。
しかし、大胆というかなんというか、何にせよ村正は変わっている。
しかし、開かないというのは嫌に気になった。
最悪の選択肢は死んでいるという事実だ。フレーズヴェルグの妹らしいが、それくらいやりかねない気もする。
しかし、そう思っていた直後、急に銃声が響いた。
何か、嫌な予感がした。気付けばいつの間にか走っていた。プロディシオと村正も付いてきている。
鹵獲された機体があるという格納庫に飛び込んでみると、そこにはかなりの数の兵士がひしめいていた。
それと、マリーナがいる。十字架を担いで、相手の剣劇を受け止めていた。
「どうした?」
ハイドラが近くの兵士に聞くところによると、電ノコで開けた瞬間に中のイーグが飛び出してきてマリーナに斬りかかってきたらしい。
何とも豪気だと思う。
その後、マリーナが一気にはじき飛ばすと、勝負は付いたのか、一斉にその対象に銃口が向いた。
「そこまで仰々しくやる必要もなかろう」
ハイドラが言うと、数名がこちらを向き、列を開けた。
さて、どんな人物か。
そう思い、ハイドラは歩を進める。
だが、そこにいた少女を見て、ハイドラは絶句してしまった、
ブロンドの髪に、エメラルドの瞳、そして、気の強そうな目。
似ていた。あまりにも、そっくりだった。
最高の友であり、相棒であり、そして、妻だった女性に。
「ラフィ……?」
思わず、呟いていた。
死んだはずだ。俺は、彼女を守れなかったはずだ。生きていたのか。いや、そんなわけがないだろう。もう彼女が死んだのは、遙か昔だ。
少し、歩を進めた。
直後、その少女は自分の手に持っていた双剣の一本を、自分の喉に突きつけた。
「これでコンダクターとして、変な実験されて一生を送るなら、死んだ方がマシだね」
唖然とした。声も似ていた。
「バカ、よせ!」
兵士が数名、声を荒げた。
「ここが、死に場所かな」
ははと、力なく少女は笑う。
本気で、この少女は死ぬ気だ。何を考えているのだと、絶句せざるを得なかった。
そして、一筋の涙が通った後、一言だけ、言った。
「ありがとう、親父、姉ちゃん、それに、みんな」
そう言って、刃を一気に突き刺そうとしたとき、咄嗟にハイドラは、胸ポケットにしまっていた『スルトT-74P「ガゼル」』を取り出し、少女の持っていた剣をはじく。
直後、走っていた。この後、本気で舌をかみ切るなどをやりかねない。
少女の近くに寄ると、一度つばを吐かれた。何処までこの少女は勝ち気なのだと、心底思った。
しかし、同時に、怒りを覚えた。つばをはかれたことにではなく、こんな簡単に自分の命を捨てようとしている少女に、である。
「お前は、自分の命がどれ程の物か、分かっているのか」
「え……?」
少女は、目を丸くしている。
近くで見ると、ますますラフィに似ていた。
しかし、今はそんなことは、割とどうでも良かった。
まずは、この少女の自決を止めるのが先決である。
「お前は、自分の命を、志を、そんな簡単に捨てるのか」
「どうせコンダクターとして変な実験されて一生送るくらいなら、今死んだ方がよっぽど幸せだね。そうした方が、仲間も絶望に合わずに済む」
そう言った瞬間、ハイドラは思わず、この少女を平手打ちしていた。
「死んで喜ぶ奴がお前の仲間にいるのか? 残された人間が、どれ程の絶望を味わうか、分かっているのか」
あの時、ラフィを護れなかった。レナも、アインも、護ってやることが出来なかった。未だに、それが悔いとして残っている。
あの時味わった絶望は、桁外れの物があった。
親友であったマークもまた、絶望を感じたのだろう。あれ以後の彼は、生来の明るさが全くなくなった復讐鬼と化してしまった。
その時、自分とマークの関係に亀裂が入り、今までの関係が全て瓦解していくのを感じたのを、ハイドラは忘れることが出来ない。
「絶望を克服できないまま生き続けると、人間は辛いぞ。心が、何処かで死んでいく。お前の家族が、友が、そう思わない確証は何処にある。お前は、それをやることが、幸せだと思うのか。それは、ただの自己満足でしかないぞ」
サングラスを、外した。しかし、少女は目を見ても驚かなかった。
一度、少女の頭に手をやる。少女の表情は何処か疲れたがにじみ出ていた。
「少し、眠れ」
そう言うと、どうと、ハイドラの体に少女が倒れ込んできた。吐息を立てながら、眠っている。
「この少女は、少し俺が預かる。今の調子なら自決しかねん。少し説得する」
「しかし、ハイドラ殿、危険では」
「こういうのには、慣れてる」
懐かしい気分に、ハイドラは襲われていた。
考えてもみれば、一七歳の時再会したラフィが、こういう状態だった。虐待を受け続けていたことによる、精神的ショックが原因だった。
あの頃は若かった。マークと、仲間数名と共にラフィを囲っていたマフィアの事務所に殴り込んでいったのだから。
そこで男をかれこれ十人ほど、病院送りにしたのを思い出した。
ハイドラは、思わず苦笑していた。
少女を背中におぶった。静かな寝息を立てて少女は寝ている。
こうしてみると、年頃の少女だ。
女子供には、本来剣を持たせるべきではないのだ。
「村正、武器は拾っていけ」
「リョーカイ、リョーカイ」
そう言うと、村正はすぐさま少女の持っていた双剣を持ち出し、自分の左に付いた。
プロディシオは、既にいない。手はず通りならば、既に工廠へと向かっているはずだ。
「ハイドラ様、機体はどうしますか?」
「暫く放置しておけ、マリーナ。明日俺が見に来る」
「了解いたしました」
それだけ聞いて、マリーナは下がった。実際、この機体の運用方法には非常に興味があるのは事実だ。試作型のスコーピオンにも応用できるかも知れない。
しかし、久しぶりに後先考えずに行動してしまった気がする。
ラフィに似ていたことが、自分をそう言う感情にさせたのかとも思ったが、それ以外にも何かあると、魂が言っている。
やれやれな荷物を持ってきてしまったなと、ハイドラは夜空を眺めながら思った。
夜風が、冷たく吹いている。
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