第二十話『血を求め続けて』(4)-2

AD三二七五年七月一八日午前二時五六分


 時が、間近に迫っていた。

 暗闇が、一番自分を落ち着かせることが出来た。だから部屋の灯りも点けなかった。


「準備は?」


 ラウンドは闇の中から現れた私兵に問うた。

 いや、もうラウンドという男はいないのだ。既に自分は、ディスに戻っている。


 不思議と子供の頃から、闇の中で目が利いた。だからだろうか、暗殺者になった後、夜に頻繁に活動するという自分のスタイルが天職であると思えた。

 それが今やベクトーアに降り、特殊工作の一端を引き受けている。

 人生とは分からないものだと、つくづく感じる。


 もっとも、分からない人生ではあるが、最後には必ず『死』が待っている。

 自分は、その『死』を少しだけ早めてやるだけに過ぎない。だが、そういうのを、人は死神と言うようだ。

 神と言うが、所詮は全て人間のやることでしかないと、ディスはどこかで思っていた。正直、死神と呼ばれるのも、あまり好きではない。


「全て、滞りなく」

「そうか。定刻通りに仕掛けるぞ」

「御意」


 それだけ言って、私兵は闇に消えた。


 一度、目を閉じる。そうすると、いつも奇妙な光が見えた。

 迷いの光だと、ディスは思っている。

 すぅと、息を吸い、ゆっくりと吐く。それを繰り返すと、光は徐々に消えていき、自分の心が、少しずつ、そして確実に死んでいくのがよく分かる。


 それでいいと、ディスは感じていた。光があるから、殺しにも躊躇する。最初がまさにそうだった。

 だが、その光が消えたとき、急に人の命がどうでもよくなった。自分も含めて、だ。正直弟だろうがなんだろうが、ブラッドの命も割とどうでもいい。

 死ぬときは、どうせすぐ死ぬのだ。


 そして、光が見えなくなった。その時、自分は目を開け、仮面を付けている。

 恋人だった女の頭蓋骨の一部を埋め込んで作った面だ。


 得物を持つ。身長にも匹敵する大鎌だが、普段は小さく折りたたんでいる。余程のことがない限りは、これを閉まった場所がばれることはないだろう。案の定、今まで一度もばれていない。


 直後、方々で爆発音が響いた。


 時が来たのだ。後は、自分がどれだけ人を殺せるかどうかだろう。

 部屋を、なんてことないように出た。


 周囲は混乱のただ中にあり、何人もの人間が部屋から出てきた。

 そういう連中の首を、本人も気付かぬうちに、一つ、二つと、鎌で切り裂く。


 五人ほどの首を斬ったところで、相手がようやく後方の異変に気付いたらしく、自分の方を振り向き、短銃を向ける。

 スルト社製の『M-68「ディズィー」』だ。


 しかし、知ったことではない。駆けた。二つ、三つと首を斬る。

 兵舎の廊下は割と狭いため、相手が上手くフォーメーションを組めないでいる。だからマンツーマンで殺すことが出来た。

 首を刈り続ける作業をやっていけばやっていくだけ、自分の体が赤く染まっていく。


 異様な高揚感が、こう言うときに襲ってくる。表に出すことが許されなかったのは、この本能が原因なのだろうと、何故かぼんやりと考えた。

 そうこうしているうちに、いつの間にか自分の体は赤く染まり果てている。屍の数は、既に二〇を越えている。どれもこれも首だけがない。

 さすがにこれだけやると、相手もひるむらしい。


 俺もまた人間だぞ。とち狂ったただの人間だぞ。なのに何故撃たない。何故怯える。所詮全ては人間のやっていることだろう。

 お前の持っている銃を、俺の心臓に当てろ。そうすればすぐ死ぬぞ。さぁ、殺せ、殺せ、俺を殺せ。


 だが、目の前の相手は、我先にと逃げようとしている。

 ディスは心が冷めるのを感じた。異様な失望感が、自分の心を満たし始めている。


 失望感を与えた罪は重い。ならば、殺すまでだ。


 そう感じた直後、室内が一瞬で真っ暗になった。私兵にあらかじめ仕掛けさせていた停電の罠がようやく起動したらしい。

 目の前の連中は混乱の渦中にある。

 これでやりやすくなる。一気に疾駆した。


 一階につくまでの間に、逃げようとする者、抵抗する者、命乞いをした者、全てを殺した。

 入り口に着いたときには、既に我先に逃げようとする兵士であふれかえっていた。

 殺す価値があるのか、ディスは今更少し疑問に思う。


 血染めの鎌を構えた、その直後、急に明るくなり、電灯が付いた。

 早い。既にトラップが解かれたらしい。

 ならば、早急に暴れるだけ暴れて脱出しようと、ディスは思った。


 すぅと、瞳を閉じ、神経をとぎすます。

 相手が撃ってくることはなかった。警戒しているのだろう。

 邪魔だてが入らなくてちょうどいい。


 右肩の印が光り出す。まるで血のような赤に、染め上がっている。


「来い、陽炎」


 そう言った直後、自分の体は、いつの間にかコクピットの中にいるのだ。

 今まで自分の立っていた場所には、兵舎を踏みつぶして立ち上がった一体のプロトタイプエイジスがいる。


『XA-089陽炎』。強行偵察を行うために存在した、プロトタイプエイジスの最後期に作られた機体。

 そのコクピットの中に、自分はいるのだ。相も変わらず血に染まったまま、である。


 ふとモニターを見ると、既にスコーピオンが何機か展開している。

 それらもデータを取りながら狩っていけばいいだけのことだ。


 一見、陽炎は何の変哲もないプロトタイプエイジスに見えるが、実際にはかなりの情報集積能力が備わっている。

 もっとも、そんなことだから、標準武装として与えられたのがオーラサイズ『サーキュラー』のみなのだ。しかも、一撃の威力に関しては今一歩の所だ。

 しかし、それを十分に凌駕するだけの機動力を、陽炎は持っている。

 何せ重量は空破よりも、いや、ベクトーアに現存しているどのエイジスよりも軽い。


 だからブースターを使わず、ジャンプのみで一気に駆けた。

 スコーピオンが編隊を組み、『FM-67』五〇ミリマシンガンを放ってくるが、当たる気すらしない。


 サーキュラーに気を送ると、黒々とした中に、何処か赤みがかすかに入った鎌の刃が形成された。この色合いが、自分は割と気に入っている。

 そして一閃すると、目の前にいたスコーピオンの胴体が見事に真っ二つに割れていた。


 すかさずその場で反転し、後ろにいたスコーピオンの首を二つ取る。轟音を立てて、二機とも大地に伏した。

 レーダーをチラと見ると、徐々にスコーピオンの数が増加していく。


 それと同時に、格納庫の場所もある程度は掴んだ。これだけやれば十分だろう。

 そこそこの成果も上げたため、さっさと離脱するか。


 そう思っていた矢先、急速に接近してくる一機の機影。

 漆黒に塗られたスコーピオン、いや、違う。

 そこかしこに強制冷却用の改造パーツが付けられているのみならず、まるで十字架のような銃剣を所持している。

 こんな奇妙な武装を付ける奴など、マリーナ・ゴドウェイくらいしか、ディスの頭には浮かばなかった。


 確か、昔資料を盗み見したときに見たことがある。エイジス最大の欠陥であるM.W.S.と比較した際の戦闘行動可能時間の短さをカバーするために、スコーピオンに強引にマインドジェネレーターを積み、戦闘可能時間の延長を測るというプロジェクトがあった。

 もっとも、実際に製作されたのはたった二機のみらしい。如何せん中途半端だったのが悪かったらしい。


 だったらそんな機体はすっこんでろ。


 そう思うと、相手に向けて互いに大地を蹴り上げていた。

 相手の剣は巨剣だった。十字架のような形状をしているが、所詮はオーラが出るだけのただの両刃剣にすぎない、とはディスには思えなかった。


 よくよく考えれば、あの女はいつもあの巨大な十字架を離さなかった。あの中に武器が入っているのだろうが、その武器がどういった武器かはまだよくわかっていない。


 一合、まずは互いの武器を一度はぜ合う。

 二合、陽炎が上からサーキュラーを振るうが、いとも簡単に横に相手は避け、そのまま三合目で、相手が下から一気に剣を上げてきた。青いオーラが剣先に纏っている。

 避けたが、頭上に行った直後、急に刃の動きが一本から二本になった。


 一度舌打ちした後、後方へと飛んで一度距離を取った。

 モニターで一度眺めると、目の前の機体の武器が、二本に増えている。

 あのブレードは分割式だったのだ。巨大な両刃剣として扱うことも出来るし、場合によっては二本の片刃剣として使うことも出来る。


 陽炎の機動力がなければ、今頃真っ二つにされていたのかも知れない。

 そして、気付けばいつの間にやら、自分は包囲されている。どうも相手を甘く見過ぎたようだ。


『このガブリエルの攻撃を避ける邪教徒がいる……。殺す、邪教の主は、殺す』


 そう言えば、自分が調べた機体コードの中に『FA-069-βガブリエル』とかいう機体があったのを思い出した。

 機体に天使の名前を付けているというのが、彼女らしいといえばらしいが、反吐が出ると、ディスは思った。宗教にすがりつくのは弱い奴のやることだと、いつの頃からか感じているからかも知れない。

 だが、そんなことを頭に浮かべている状況ではないらしい。一機で相手にするには、この数は多すぎる。

 さて、どうしたものか。ディスは考え込みながら、再び陽炎にサーキュラーを構えさせた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 空が、夜の中で少しだけ赤く染まっている。

 その様子をレムは、自分の愛機である『BA-09-S-RCホーリーマザー』のコクピット越しに眺めていた。


 出撃前に全員が言った。危なくなったら任務捨ててでも逃げてこい、と。

 だが、ルナをこれ以上心配させたくなかったし、既に自分は軍に身を投じている。今更職務の放棄など、出来るわけがない。

 だいたい、たかが一人の兵士と、ベクトーアにとって最大の暗部にしてスケープゴートにして、表向き存在しない最強の工作員とを天秤に掛けたら、レムでも後者を取るだろう。


 自分が愛されているというのは、肌でも感じている。正直、自分はまだ子供と大人の中間点に立っている存在に過ぎないのだ。全員が心配するのは分かる気がした。

 しかし、古来よりこの年齢より下で初陣に臨んだ者は多い。別に、どうということはなかった。


 一度既に死んだ命だ。それで死ぬんだったら、所詮はそこまでのことだろうと、レムは思っている。

 しかし、奇妙でもある。未だに、何も迎撃が成されていない。あまりにも静かすぎる。


「こりゃ、もう終わっちゃったのかねぇ?」


 むぅと、レムは唸った。

 既に防衛圏内に入っている。何かしらの迎撃ぐらいは、あってもいいはずだ。

 正直、不気味だ。


 フットペダルを踏み込むと、遠くの地平にラングリッサが見えた。

 カメラでズームアップさせると、陽炎が囲まれている。

 その包囲の中心にいるのは漆黒のスコーピオンのように見えるが、よく見ると、オーラ兵器を持っている。ということは、シャドウナイツの機体の一つであるガブリエルとやらであろう。


 まずはディスを脱出させることが賢明だ。ウィングに取り付けられたミサイルを全て撃つ。むろん、陽炎の近辺に、だ。

 ミサイルポットを切り離すと、重量が一気に軽くなった。一気にフットペダルを踏み込んで疾走する。


 そしてラングリッサの直上に到達するやいなや、一斉に包囲していたスコーピオンに向けホーリーマザーが両手に持つ『T-09特殊銃剣「ブレードライフル」』を放った。

 複数の青い気の弾がマシンガンのように一斉に射出され、スコーピオンを貫通していく。

 そして、ガブリエルに対しても放ったが、上手く避けられた。


『すまない、助かった』


 ディスの少し低い声がコクピットに伝わる。ただ、サウンドオンリー状態だったから、表情などは分からなかった。

 ただ、笑ったところだけは、想像が出来ない。


「気にしない気にしない。今のうちに脱出を」

『わかっている……む?』


 陽炎が移動を開始した直後だった。急にレーダーに反応が現れた。

 その数は全部で四機。小隊規模なのだが、桁外れに早い。

 そして、カメラをズームして見ると、現れたそれにレムは驚愕を禁じ得なかった。


 真っ青なスコーピオンだ。しかも、頭部が変わっている上に、背部には小型のウィングバインダーまで付いている。それが三機と、その更に後方から一気に村正の愛機であるプロトタイプエイジス『XA-012紫電』が疾駆してきた。


 今まで見たことのない型のスコーピオンだ。それに、村正が部隊を指揮している。それも、普通にだ。それがレムには信じられなかった。


 だが、所詮はフライトユニット装備型。このホーリーマザーの敵に非ず!


 そう思い、一気に疾駆した。


『レム、待て』


 ディスの低い声がしたが、気にすることもなかった。

 しかし、その三機はどうだ。ホーリーマザーがそこに突っ込むやいなや、隊を二つに分けた。

 それも異様に早い。今まで戦ってきた連中とは練度が違う。


 気付けばいつの間にか背後を取られている。

 そして、電磁ワイヤーが、ホーリーマザーのそこかしこを縛った。


『レム!』


 ディスが声を荒げたが、同時にガブリエルが襲いかかった。それをすぐさま陽炎は避ける。

 ここまで来たら、もう覚悟するより他ない。


「ディスさん、先に行って」

『バカ言うな、お前を置いていくなど』

「いいから! 大丈夫、私は死なない。コンダクターだから、殺されるはずがないからね。だから、後で必ず行く」


 ディスの歯ぎしりが聞こえた気がした。

 少しして、


『わかった』


と、低い声で言った直後、スモークを炊いて一気に陽炎は離脱した。


 直後、ワイヤーから電流が流れ、機体がオーバーヒートを起こした。

 完全にモニターが暗くなっている。


 ディスにはああいったが、自分は死ぬかも知れないとレムは思っていた。

 何かされることがあったとしたら、自分が自分でなくなるのだとしたら、その時は、その前に派手に暴れて死んでやろう。


 あぁ、また、姉ちゃんは泣くんだろうな。まったく、自分もまた、心配かけてばっかりだ。


 はぁと、自分らしくもなく、レムは溜め息を吐いた。

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