第二十話『血を求め続けて』(4)-1

AD三二七五年七月一七日午後一一時三八分


「あいつを使うのは、危険すぎたんじゃないのか?」


 会議室の中でのブラッドの発言は、彼にしては珍しいくらい暗い口調だった。

 会議室の雰囲気は異様に暗い。いつもは割とおちゃらけている、自分の妹のレミニセンス・c・ホーヒュニング(レム)ですら口をつぐんでいる。


 ただ、作戦の成功には必要不可欠だ。何度計算しても、これが失敗した場合、勝利は絶望的になりかねない。

 もうルナはなりふり構っていられなかった。ロニキスも、既に覚悟しているだろう。


 ただ、ロイド一人だけが、使うことに異様に積極的だ。ああ見えて意外に酷薄なところもある。

 普段、ロイドは温厚であるため忘れてしまいそうになるが、戦闘の時は一歩進んだ手法を採るのみならず、情けという物が一切無い指揮を行う。敵にも、味方にもだ。

 何処か苛烈なところがあるが、そうでもなければ、間諜の管理を一手に引き受けるなど無理である。


「しょうがないでしょ、この作戦成功させなきゃ、徒労なんてレベルじゃ済まないわ。なりふり構ってられないのよ」


 ルナからしてみれば、正直この通りであった。

 ディス・ノーホーリー。ブラッドの兄ではあるが、あまり兄弟としての付き合いがいいとも思えない。


 何処かで何かがずれた。それがノーホーリー兄弟であるように、ルナには思えた。考えてもみれば、ゼロと村正もそうなのだろう。

 でも自分は、妹であるレムと、上手くやれているのだろうか。時々、何故か不安になる。


「弟である俺が言うのもなんだが、リスクがでかすぎだ、あいつを導入すんのは」


 ブラッドがタバコを灰皿に押しやった。

 随分と濃いのを吸っていると言うことは知っているが、銘柄まではよく分からない。

 しかし、普段より苛立っているというのは、ルナにも分かる。灰皿に積まれている吸い殻の量が普段より多いからだ。


「ンなにやばいのか?」

「あの基地の中の連中が一カ所に集まんねん。首だけやけどな」


 ゼロの質問に対し、ブラスカ・ライズリーが吐き捨てるように答えた。ゼロはただ口笛を一つ、感心したように吹くだけだ。


「で、俺らが招集されたっつーこたぁ、その首だけにして派手に暴れる野郎と共に基地陥落させようっつー魂胆か?」

「たった一機の力で陥落させられるんだったら、デュランダルを最大出力で撃てばなんとかなるかもしれないわよ、ゼロ」

「もっとも、その昔レイディバイダーの前々機種がゲイボルクと似たようなの使って同じ事しようとしたけど、それ前に蹂躙されて全滅したから、そうなりたいならどうぞって感じね」


 アリス・アルフォンスが口を挟むと、むぅと、ゼロが唸った。

 どうもゼロにこの間渡した孫子兵法の入門書は読んでいる気配すらない。このままではこの男は猪武者のままだ。


 正直、ルナは副官が欲しくて仕方がない。

 気付けばこの部隊も大規模になった。それに、自分は既に大尉という位に達している。いつの頃からか、部隊の管理にまで気を遣わなければならなくなった。

 時間に、いつの間にか追われている日々が続いている。


 それに、最悪自分が死んだとき、果たして誰がこの部隊を指揮すべきなのか。後進がいないのは悩ましいところだった。

 そこでルナにとって候補に挙がったのがゼロだった。今までの編成ならば第一候補はブラスカだったが、やはり何処か突き抜けた物がない。


 ゼロは、ルナには未だに目覚めぬ大器に思えてならないのだ。最初に出会った時、ゼロは脱出口として考えていたアシュレイの下水道の地図を一回見ただけで完全に把握していた。

 こういった突き抜けた存在が、今のルナには欲しかった。


 しかし、問題はゼロ本人がまるでそういうことをする気がないことだ。更には協調性もない。

 何かきっかけでもあれば変わるのだろうかと、ルナは考えたが、そのきっかけはそんな簡単には築けないだろう。


「簡単にはいきそうもないわよねぇ……」

「何が?」

「こっちの話よ」


 ゼロが怪訝そうな顔をしていたが、考えるのはここまでにしようと、ルナは会議室にある三次元モニターにラングリッサの画像を映し出した。


「作戦の概要を説明します。今回の作戦は、ラングリッサの攪乱と、それに伴う工作員の脱出支援です。副長に聴いたところ、あの人が暴れ出すのは深夜の三時ちょうど」

「眠い時間にやるなぁ……」

「そんなことも言ってられないわよ、レム。あなたが今回一番重要どころにして一番危険度高いわよ。あなた一人で基地に行って貰うんだから」

「へ?」


 レムが呆然としている。


「ホーリーマザーによる空爆。これによって基地の指揮系統に混乱が生じることが予測されます。その最中に離脱する。地上部隊は展開している一部の部隊に対して陽動をかけます」


 正直、言いたくはなかった。自分ならいざ知らず、レムを単騎で出すという手は、正直危険が伴いすぎる。

 一番死ぬ可能性が高い。鹵獲される可能性もある。だが、送り出すより他ない。


 本当は空軍部隊に要請して彼らを導入したかったが、そもそもディスは存在しないはずの人間であるため、状況を説明するわけにもいかない。

 それに、イーギスが何を考えているのかがよく分からない。この前情報屋のフォースから受け取った封書のように、内通者だったとすれば、全ての作戦がただ漏れになる。

 ルーン・ブレイドだけで、やるしかなかった。


「作戦開始は〇二三〇。それまで機体の整備を整えておいて。レムは、少し残りなさい」

「了解」


 レム以外が立ち上がり、部屋の外に出た。

 なんと言葉をかけるべきか、迷った。考えてもみれば、コンダクターになったと告げたときも、こうして悩んだものだ。

 自分は本当は妹のことをよくわかっていないのではないだろうか。そう感じるときがある。


「姉ちゃん、迷ってばっかりだね」


 レムが溜め息混じりに言って、静かに立ち上がる。

 そして、こんと、軽くルナの頭を叩く。


「まったく、死ぬとも決まったわけでもないのに、んなに辛気くさい顔されちゃ、こっちまで生き残ろうって気力失せてくるよ」


 そう言われて、自分の表情がどうなっているのか、ルナは気になった。どうやら自分ではそう思っていないが、辛気くさい顔をしているらしい。

 すると、レムが急にルナの両頬をつねりだした。


「笑え! 思いっきりこの状況笑っちまえ!」


 レムは呵々と、笑っている。

 こういう状況でもこれだけ気楽な態度でいられるレムが、ルナには心底羨ましいと思った。

 しかし、痛い。かなり力を入れられている。


「いだだだだだだ!」

「うむ、面白い顔でよろしい」


 レムは相も変わらず笑い飛ばしながら、ルナの顔をつねっている。

 まぁ、これだけ明るければ、なんとかなるのかしらと、ルナは気楽に考えることにした。

 そうした方が、気が楽だった。

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