第二十話『血を求め続けて』(3)-2

 マインドジェネレーターが甲高い音を上げながら起動し、三面モニターに光が点る。

 同時に伝えられていく敵の状況。行動に統制が取れすぎていることを考えると、恐らくそれは前から噂になっていた無人機だろうと、スパーテインは思った。


 隻眼になった。調練の時は、気の高ぶりで疼きっぱなしだったが、今はそんなことはない。

 戦らしい戦が、スパーテインはしたくてしょうがなかった。


『スパ兄。指揮権を譲渡する。あんたの腕の見せ所だぜ』


 フェイスからの通信だった。恐らく自分の心境を彼なりに察したのだろう。

 ならば、相手を蹂躙するまでだ。

 一人たりとも生かしては帰さぬ。


「フェイス、お前は防衛だ。何隊かはわざとそちらへ向けさせる。ただし、皆殺しにしろ。カームは、あの丘へ行け。狙いは、分かるな?」

『兄貴、オイラはそれも介さないと思ってるのかい? 伊達に、乾闥婆の称号を持ってるわけじゃないさ』


 カームが呵々と笑う。

 スパーテインはそれでいいと、返すだけだった。

 ついでにカームの旗下の半分を遊軍にすることも、忘れなかった。


 既に自分の旗下は全機夜叉の周囲に集まっている。

 眼帯に手をやるが、疼かない。


 だが、行くしかないのだ。

 夜叉の剣先を、前方の平地へと向ける。それと同時に、駆けていた。自分の旗下も続いている。


『中佐、敵軍勢、一直線に向かってきます』


 史栄からの通信だ。レーダーで確認してみると、確かにフェンリルは五十機全てを自分達に一直線に向けている。よほど愚かな指揮官のようだ。数で何とかなるとでも考えているとしか思えなかった。隊を分けてもいない。

 こんな戦で旗下に一機も犠牲にしたくなかった。しかし、この程度で負けるとも思っていない。


「史栄、第一から第三小隊を率いて、あの隘路に敵を誘い込め」


 史栄にそう指示を出すやいなや、史栄は大声で復唱し、そのまま部隊を率いて敵軍へと駆けていく。

 あの隘路は、切り立った崖が両側にあり、更にその崖の上は森となっていた。元々古くから使われている輸送路の一つだったらしく、M.W.S.がかなりの数通ってもひび割れしない立派な舗装路も敷かれている。

 しかし、この輸送路かなり道幅が狭く、M.W.S.でも二機横に並ぶのがやっとだ。

 そこに相手をおびき寄せることで、少ない数でも蹂躙できる。


 史栄は適当に相手をして、そのまま隘路に敵を誘い出した。

 上出来だ。ならば、後は行くのみだろう。


「全軍、私に続け」


 そう言うやいなや、一気に隘路に向けてブースターを吹かしていた。

 そして、敵が隘路に入り込むと同時に、カームの旗下のうちの半分が後方から一気に攻め上がった。

 隘路に封じ込めることで、一方向のみの警戒で済ませる。同時に、後方から攻撃することで更に崩す。


 そして、自分達も隘路に着くやいなや、一斉に斬りかかっていた。

 夜叉も、メガオーラブレードを持ち、一気にフェンリルの主力量産機である『FM-068スコーピオン』を二機、三機と叩ききった。


 しかし、刃に今ひとつ手応えを感じない。

 すると、やはりコクピットを突き刺したにもかかわらず、動こうとしていた。無人機だ。

 倒れているにもかかわらず動き出そうとしていた敵のジェネレーターを一刺しすると、動きは止まった。


 しかし、沸々と、どこかで怒りが湧いてくる。

 戦は、人同士で行う物であり、機械のみの戦を行った時、そこには戦に対する礼儀も、哀しみも、誇りも、そして勝利に対する余韻すら存在しない。

 ただ、空しいだけだ。


 フェンリルはそれをやろうとしている。否、今やっている。

 IDSSに、強く波紋が広がっていく。


「全軍、ジェネレーターを刺して機能を停止させろ。戦の儀礼を欠いた者に、鉄槌を下せ」

『御意』


 全員の声が、低かった。やはり、皆同じ怒りを覚えている。

 すると一機、夜叉の前に突っ込んでくるスコーピオンがいた。それなりに動けるところを見るに、指揮官機だろう。証拠に隊長機であることを記す通信強化用頭部アンテナが付いている。

 確か、スコーピオンテイルなどという名前が付いていた気がしたが、今のスパーテインには、どうでもいい話だった。

 来るやいなや、一閃し、相手の上半身と下半身を分かつ。


 名乗らなかった。戦のなんたるかを分からず、礼儀も知らない愚かなる者に名乗る名前など、自分は持ち合わせてはいない。

 すると、今度は三機ほどで突っ込んでくる。


 愚か者が。いつの間にかそう呟いていた。

 夜叉の手に持つメガオーラブレードを返そうとした瞬間だった。目の前の機体の上半分が、なくなっていた。


 この正確さ、カームか。


 そう思い、後方のカメラを何倍にもズームしてチェックすると、かすかに人影のような何かが見えた。

 カームの愛機の『七一式気孔兵一型「乾闥婆げんだつば」』だ。

 カームの持つ驚異的な狙撃術は、相も変わらず進歩を続けている。

 これと青竜刀の扱いだけは、どう足掻いてもカームには勝てないだろうと、スパーテインは思っていた。


 しかし、それ以外で負けるわけにはいかないのだ。

 弟ではあるが、同時にライバルでもある。互いに切磋琢磨したから、ここまで来たのだ。

 だからこそ、負けてはおれん。そう思うと、メガオーラブレードを再び返し、二つ、三つと敵を切り裂く。


 しかし、指揮官がいなくなったからか、全体に混乱が生じているようにも思えた。無人機も、一部の機体が動かなくなっている。

 皆殺しにするのにも大した時間が掛からなかった。


『中佐、敵機の掃討、完了です』


 史栄のゴブリンが横に付く。

 そうかとしか、スパーテインは言わなかった。

 そう言えば、フェイスの所へ回すと行ったが、結局一機も回さずに蹂躙してしまった。それに対して、フェイスが不満を延々と述べている。


『俺の所に回してくれよ、スパ兄』


 フェイスが苦笑していた。


「今度はそうするさ、フェイス」


 そうとだけ言って、スパーテインは通信を切った。

 ふと、足下に転がるスコーピオンの残骸を見る。

 戦という行為への冒涜以外に、何があるのか。


 フレーズヴェルグことルナ・ホーヒュニングか、アバドンことハイドラ・フェイケルのような、強い人間と戦をしてこそ、自分の中の魂が輝く。

 そして、彼らは今回、アフリカの地で戦うのだろう。


「どう戦うのだ、お前達は」


 問うた空は、青かった。

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