第二十話『血を求め続けて』(3)-1

AD三二七五年七月一七日午後二時八分


 補給は、無事に届いた。

 自分の機体の最大の難点は無いに等しい機動力よりも無駄に高い弾薬費であった。

 フェイス・カーティスは、補給された弾薬リストの受領書にサインをして、仕官に渡す。


 まったくもって不愉快極まる受領書だった。


『お前金貯めすぎだから、その貯まってた金の一部、弾薬費の補填に当てたから。じゃ』


 本当にこんな文章が添えられていたのだ、それも受領書に。

 執筆したのはザウアー・カーティス。この国の会長だ。きっとあの男は嬉々としてこういうことをやったに違いないと、フェイスは思っていた。


 もうかれこれ付き合って二十数年になるが、子供の時からこういう少しやんちゃが過ぎることだけは変わらなかった。

 人の趣味である貯金をなんだと思っているんだと、唸らざるを得なかった。


 少量のレヴィナスが出た鉱山に防衛施設を築き、そこに駐屯して早一ヶ月、三度襲撃を受けたが、全て撃退している。全てフェンリルからだった。

 さすがにレヴィナスが出ただけあって、フェンリルは躍起になって攻撃してくるが、どちらも大した物ではなかった。


「給料から少しの天引きで済むなら、ありがたいと思った方がいいんじゃないのか、フェイス」


 カーム・ニードレストが、呵々と笑いながらフェイスの肩を叩いた。

 自分よりも二つ下だが、間違いなくカームは戦の天才だと、フェイスは思っていた。兄であるスパーテインと戦い方は対局だが、時々これは、と思う指揮を見せる。


 実際、カームはその腕もあって、二八歳という華狼最年少で称号を受け継いでいる。しかし、それを鼻に掛けるまでもなく、淡々と任務をこなす。

 この男もまた、一人の戦人なのだろうと、フェイスは感じている。


「ったく、ザウアーの奴ぁ、俺の趣味にまでケチ付ける気か?」

「あんだけの財持ってたら仕方がない気もするぞ、オイラ。金は回してやった方が経済が潤うって、先生も言ってただろ」


 確かに昔、先生こと華狼の名誉会長である『ソン江淋コウリン』からよく経済の話は聞いた。というか、実際自分が一番興味を持ったのが経済と戦略・戦術論であり、それ以外のことをあまり覚えていない。

 江淋には今でも


『お前はザウアーと並んで不真面目の代表だった』


と苦言を言われる。だが、それを不思議と嫌ったことはない。


「そこが甘いんだよ、カーム。いいか、先生から習っただろ、ブラックマンデー。ああいう事が起きたとき、財産をいっぱい持っててみな? 周りは貧乏なのにあら不思議、俺の生活は普通のままだ」

「いや、それだけの物が起こったら今の体制だったらひっくり返るぞ」

「そこが企業国家最大の難点なんだよなぁ。社債の発行額も基本は税金だし」


 呵々と、フェイスは笑った。

 それに、先程からピリピリと、肌に感じる気配がある。


 あの男がやってくるのだ。だから自然とテンションが上がってきている。

 兵士の一人が突然走り込んできたのは、そんな時だった。


「フェイス殿、カーム殿! も、物凄い勢いで機影が突っ込んできます! その数二五!」


 大隊規模の部隊。肌に感じる気配。そして、異様な行軍。

 この感触、間違いない。


「ついに来たか!」


 思わず歓喜の声が出ていた。カームはその様に苦笑している。


「何を笑っておられるのですか! 早く迎撃態勢を!」


 兵士は声を荒げている。額からは冷や汗が流れていた。


「お前はこの肌を伝わる気がわからんのか?」


 フェイスは呆れるように言っていた。なかなかに人の気配という物は普通の兵には分かるものではないのかも知れない。

 来る方向を聞いてみると、どうやら東から来るらしい。

 ならば行こうかと、カームを連れたって数名と共に東門へと向かった。


 門へ行くと同時に少し外に出て、東の地平に目をこらす。

 案の定、砂煙を上げながら、灰色に塗りたぐられた二五機の機械歩兵がこちらに近づいてきていた。


 更に目をこらすと、機体が全体的に汚れている。

 あの汚れ様だと、一時的に配属されたと言われている『西土壌シードゥーシー』の駐屯地からの一千キロを行軍してきたとしか思えない。


 なんともはや、相も変わらず無茶をやる男だと、フェイスはその機械歩兵の群れの先陣を切っている灰色のプロトタイプエイジスを見ながら思った。

 機体群が近づいてくるにつれ、兵士が多く東門に寄り始め、歓声を上げ始めた。


 そして機体が東門に達したとき、機体群は一斉に行動を停止した。

 先頭にいる灰色のプロトタイプエイジス『XA-058夜叉』の召喚が解除され、夜叉が粉雪のように消えると、夜叉が今まで立っていた場所に一人の巨漢が現れた。


 スパーテイン・ニードレスト。称号『夜叉』を持つ華狼のトップエースにして華狼四天王筆頭。そしてフェイスにとって従兄弟でもある。

 だが、なんだかスパーテインは、前に比べて余計に厳つくなった気が、フェイスにはしていた。


 身の丈一九〇センチ、体重九五キロ、悪鬼羅刹かと見まごうばかりに威圧的な面構えに身の丈に匹敵する程巨大な大剣を背負い、更に隻眼ときた。

 かれこれ二ヶ月ぶりくらいにスパーテインとフェイスは会ったが、明らかに二ヶ月前よりも強面になった。

 ただでさえ仏頂面だの鉄面皮だの言われていたのに隻眼になった故か、なおのこと表情が厳しくなったように見える


 正直言うとかなり怖い。目つきも、何処か変わった気がする。戦に徹底的な執念を持った目だった。

 もっとも、フェイスには戦を抜きにしたスパーテインなど想像出来ない。だからこれはこれで正しいのだろうと、無理矢理納得した。


「行軍でどんだけ駆けてきたんだい、兄貴?」


 カームがスパーテインに近づくと同時に、フェイスもスパーテインに歩み寄る。後方のスパーテイン旗下のゴブリンは、スパーテインの副官である『史栄シエイ』を除き、すぐさま基地の周囲を囲むように展開を始めた。敵が来てもすぐに対応できるような防御の陣形だ。


 流石に行動が早い。そして史栄はスパーテインの横について離れない。

 その忠節さが、フェイスは嫌いではなかった。


「ざっと一〇〇〇キロだ、カーム。大したことはない」


 スパーテインの口は、相変わらずの声色だ。あれだけの距離を移動してきて他の連中も全員ケロリとしている様が、この男の調練具合の凄まじさを物語っているといえる。


「カーム先輩、お久しぶりです。お元気そうで、何より」


 史栄が口を挟んだ。そういえば、カームと史栄は士官学校時代先輩と後輩の間柄だったことを思い出した。

 自分はカームが入学した年に卒業したから、史栄との直接的な付き合いはない。


「相変わらず、兄貴の面倒押しつけて悪いな、史栄」


 カームがにっと笑う。スパーテインはむぅ、と唸るだけだった。


「しっかし、物が物だけあって、随分とザウアーは厳重にしてきたな。しかし、なんでスパ兄もここに?」

「リハビリにはちょうどいいだろうと、ザウアーに言われたのだ、フェイス。確かに、悪くはない任務だがな」

「そうは言うけどよぉ、マジで目ぇ大丈夫か?」

「もうその言葉は聞き飽きた。何人からそれを聞かれればいいのか、私ですらうんざりしている」


 スパーテインが苦笑しながら言った。

 よほど辟易しているのだろう。考えてもみれば、スパーテインが溜め息を吐くなど珍しい。


「そうか、そいつぁ悪かった」


 そう言った後、フェイスが率いて三人を本部テントへと案内した。

 中央の机を陣取り、この地域の地図と世界地図を広げる。世界地図には、どの地域でどの戦争が起こっているかが書かれている。

 中でもやはり目がいくのは、アフリカだ。かなりの数の空中戦艦、陸上空母、それにM.W.S.が両軍入り乱れている。


「ところでスパ兄、今ベクトーアのやってるあれ、どう見る?」

「ラングリッサか」


 フェイスが頷くと、少しスパーテインは考え込むが、すぐに目を自分達に向けた。


「単刀直入に言えば、何度計算しても、ベクトーアが勝つ見込みはほぼ間違いなくないな」

「兄貴は、何が敗因になると思う?」


 カームが口を開く。


「古来より、戦は数で優劣が決まるものではない。その土地にあった戦術や戦略、そして情報が全ての戦の帰趨を決める。フェンリルはあの劣悪極まるアフリカで虎視眈々と、それでありながら徐々に兵力を整えてきたし、ラングリッサの仕組みがどうなっているのか、我らですら掴みきれておらん。その中で動くというのは危険すぎる。それともう一つ、これは私の推測の域を出ないのだが」

「なんだよ、スパ兄。まだ危惧することがあるのか?」


 しかし、興味はある。スパーテインのこうした推測が外れた機会はあまりない。


「この戦、最初から負けることが前提なのではないか、ということだ」

「何?!」


 カームが目を見開いて立ち上がった。

 確かにこればかりは予測できなかった。だが、負けることが前提であるとしたら、そのメリットは何だ。


「ラングリッサを落とせば、アルティムはまさに喉元に刃を突きつけられたも同然。ということは、何か仕掛けがある。その仕掛けを解くために間諜同士で争うことも多々あるだろう。しかし、未だにその情報はない。これはドルーキン殿からも伝わった確かな情報だ。つまり、罠を解いていない」


 バカな。思わず声に出していた。

 自ら罠に掛かろうというのか。それとも、最初から作戦自体が罠なのか。

 どちらにせよ近いうちに分かるだろう。


 そして、自分達の周囲でも、既に動きがある。

 警報がけたたましい音を立てて鳴っている。敵襲だ。


『フェンリル軍が急速接近! 機数五〇!』

「おいでなすったか」


 フェイスが言うやいなや、スパーテインとカームは既に動いていた。

 さすがに二人とも現代の生み出した戦人だけのことはある。行動が早い。

 ならば、こちらも腕の見せ所だろうと、フェイスは思った。


 ポケットから賽を二つ出し、天に向けて投げた後、手の中に納める。


 六ゾロ。いい数値が出たもんだ。今日は縁起がいい日になりそうだぜ。なぁ、スパ兄。カーム。


 呵々と、いつの間にか笑っていた。

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