第三幕終章

AD三二七五年七月一六日午後三時四分


 ディバイド海峡付近の荒野。

 辺りには潮風の臭いと、M.W.S.の駆動音がかすかに混じっている程度しか感じる物はなく、視覚は延々の荒野に覆われている。


 ディアル・カーティスは、それに退屈していた。

 胴まで伸びる立派な髭と、存在しない左腕。それが自分にとって従兄弟であり、称号『天』を与えたザウアーに対する忠義の証だった。


 この海峡の向こう側には、フェンリルの軍勢が布陣している。

 今すぐにでも切り込みたいところだが、ザウアーからの命令は『待て』の一言だった。

 陸軍第七機械歩兵師団の持つゴブリン二四機は、常に動けるように手はずを整えてある。

 来るなら来い、ディアルは対岸に向けて心の中で言い放った。


 髭が風に凪ぐ。

 後ろから兵士が近づき、敬礼した。


「中佐、こちらでしたか」

「何用だ?」

「通信です、『竜』より」


 ディアルは兵士に従い、ベースキャンプの中にある通信室へ向かった。

 そこにあるモニターに映し出されるのは、これまたディアルと同じように屈強な男。

 フェイス・カーティス。竜の称号を持つ男。


 ディアル、フェイス、そしてニードレスト兄弟、彼ら四人を、人は『四天王』と呼び、尊敬と畏怖の念を持って見つめていた。


『よーっす、元気してるかぁ?!』


 フェイスは大声でモニター越しにいるディアルに語る。

 この男、無駄に声が大きいことで有名であった。おかげでオペレーターは全員耳をふさいでしまっている。

 平気なのは子供の頃から慣れ親しんだディアルだけだ。


「相変わらずでかい声だな。で、用は?」

『お前、俺がこの間ザウアーに言われた任務、覚えてるか?』

「ああ、防衛、だな」


 フェイスは頷く。

 フェイスはケチなクセに賭博好きという軽い性格を考慮に入れても余りあるその卓越した防御手腕故に称号を獲得した。

 そのため、ある地区で出たレヴィナスを移送するまで、採掘基地の防衛を任され、任務に付いていたのだが、フェンリルに襲撃を受けた。


 幸いにして襲撃は、フェイスの鬼神のような活躍(本人談)と、部下を巧みに扱ったこと(これも本人談。ただし彼の名誉のために言っておくが確かに彼の用兵術は生半可ではなかったという)により、華狼の圧勝に終わったそうだが、フェイスにはその襲撃した連中が奇妙に感じたという。


『襲撃してきたM.W.S.が無人機だった。おかげでイヤに執拗な攻撃でな。俺の機体も弾を半分近く使い果たしちまったぜ』


 ガハハと、豪快に笑うフェイス。その声もまたやかましい。

 しかし、ディアルにとって、その話は非常に重いウェイトを占めた。


 フェンリルの無人M.W.S.。M.W.S.の無人制御技術をいつの間にかフェンリルは作っていたのだ。

 しかも、未だに公開されたことはない新技術だ。当然、混乱を避ける意味でも暫くは回収した華狼も公開はすまい。

 厄介な物を作ったものだ。

 ディアルはフェンリルを恨めしく思った。


 どちらにせよフェイスの機体で弾薬をかなり消耗したと言うが、補給するのならば安心だ。

 彼の機体の最大の難点はエイジスのクセして実弾を山ほど消耗するそのスタイルであった。


「補給大変だからな、お前の機体は」


 ディアルは苦笑した。

 こんな機体のおかげでフェイスは四天王最大の金食い虫(公私ともに)とまで言わしめていることを、フェイスだけが知らない。

 毎度、設計者であり『緊那羅きんなら』の称号を持つ『張ちょう・文来ぶんらい』は『何でこんな物作っちゃったんだろう』と後悔しっぱなしだという。


『ああ。後念には念を入れて増援呼び出しておいた。それに』


 急にフェイスの顔つきが、先程よりも真剣になった。

 その様は、まさに鋭利な刃物を思わせる。こういった素養がなければ、四天王になどなれはしないのだ。


「それに?」

『どうもフェンリルがきな臭い。執拗にレヴィナスの奪取を狙っている。ディアル、注意しとけ』

「忠告は受け取ろう。四天王の名に賭けてな」

『そいじゃ、お互いしっかりな』

「おう」


 通信が途絶え、モニターには何も映らなくなった。

 ディアルは一度溜め息を吐いた後、テントを後にする。

 そして、ディバイド海峡の先を、憤怒に満ちた表情で殺気だった瞳を持って見つめながら、言い放った。


「戦をなんだと心得ている……! 『人形』までも駆り出すか、魔界の狗め……!」


 大地が、何処か震えているようにも感じる殺気。鋭いダークグリーンの目に、それが宿っている。


 負けるわけにはいかんな、ますます。


 ディアルは、上腕しかなくなった自分の左腕に触れながら、いつまでもディバイト海峡を見つめていた。

 不気味な風が、吹いていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


AD三二七五年七月一七日午前七時


『本艦はこれより、フェンリル前線基地「ラングリッサ」攻略のため、進軍を開始する』


 ロニキスの宣言の後、叢雲にエンジンが入った。

 積み込みの作業は、昨日一日がかりだった。


 陸軍第四M.W.S.大隊のうちの半分と、竜三の駆る風凪、そして大隊長のエドワード・リロード専用に、黒に塗られ本来は九本のはずの背部武装コンテナに搭載されている武器を一一本まで増やした『BM-073ナインテイル』も連れて行くことになった。

 機体が増えたことも相まって、整備班は異様なほど盛り上がっている。


 一方のパイロット陣は、それぞれに精神を落ち着けたり、別の仕事で気分を紛らわしたり、はたまた訓練に励んだりと、思い思いの方法で不安をぬぐい去っていた。


 レムは、いつもの元気がなかった。たまに浮かべる笑顔は、何処か痛々しいものがあった。

 どうしたと聞いても、理由は教えてくれなかった。彼女の心の傷が疼いているのだろうとは、ゼロにも分かったが、そこまで追求する気はなかった。


 そんな様子を落ち着かせるブラッドと、「付き添ってやり」と言ってブラッド達の仕事まで片付けてしまったブラスカ。

 不安を紛らすと言っておきながら、人員が増えて会計検査に頭を痛めるアリス。

 そして、ありとあらゆる者に指示を出し、そこら中を駆け回っていたルナ。

 様々な人間模様が、そこにはあった。


 ゼロはそれを眺め、はたまた手伝いをしながらも、自分の仕事を完遂した。

 そんな自分の仕事の一端であり、戦場という自分の真の仕事場へと行くためにゆっくりと浮かび上がる巨体。

 叢雲というこの戦艦は、外から見れば圧巻であろう。実際、自分もたまに驚く。


 この船が、無事に帰ってくることはあるのだろうか。

 何故か、リフレッシュルームの窓から一人眺めていた遠くなる地表を見てゼロの頭にそんな思いが過ぎった。


 朝日が近づき、地表から目を離して、空を見上げる。

 その表情は、彼らしくなく、何かを憂えたような、哀しみに満ちた表情だった。


 今からフェンリルに襲撃をかける。

 一体何度、村正と切り結べばいいのか。そして、いつになったら決着が付くのか、全く分からなかった。


 義手に触れる。左半身の疼きも、止まらない。

 何か、悪い予感と、奇妙な出会いの予感がする。

 朝日の浮かぶ快晴の空を見ている間、そんな気がゼロの頭から離れなかった。


(第三幕・了)

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