第十八話『勝利する者』(2)
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AD三二七五年七月一五日午後二時
カウントが〇になった瞬間、ゼロは体に沸々と滾っていた血を抑えることが出来なくなった。
一気にフットペダルを踏んで風凪との距離を詰める。
出る前にウェスパーに言われたのは
「冷静でいろ」
の一言だった。
しかし、自分はそれほど冷静でいられる性格ではない。
特に、目の前にいるのが強大な敵ならなおさらだ。
さぁ、俺と戦え、侍。
機体を更に加速させる。
すると風凪が抜刀し、刀身に青いオーラを発生させた。剣先を一度紅神に向けた後、紅神に向けて突っ込んでくる。
どうやら二日前に見せた『あれ』は奥の手として取っておくつもりらしい。
それとも、別の手があるのか、とも思ったが、少し相手の気を読んで分かった。
立ち会おうと言うらしい。
面白い。
ゼロは一回唇をなめ、そして一合。互いの得物をはじく。
二合目、気刀で突いてくるのを横にはじいた。
しかし風凪はすかさず横にはじかれた剣劇を返し、紅神の首を狙うように刀身を向ける。
ゼロは一つ唸った後、デュランダルでそれを防ぎ、反対側に取り付けられている刃で風凪を斬らんとする。
すると、風凪は一旦距離を取った。
しばしの静寂。観客席も、気付けばしんと、静まりかえっている。
KABの伝統の一つといえる光景、無音の境地だった。
まだ風凪は気刀を納刀していない。ということは、また互いに打ち合う気だ。
ゼロは一度息をのんだ後、再び紅神を加速させる。と、同時に風凪も紅神へと加速してきた。
再び武器を振りかぶり、一度はじき、二度目はぶつかった段階で鍔迫り合いになった。
華奢な外見に、プロトタイプでも希に見る三重関節だ。一見ひ弱そうに見えるが、なかなかどうしてパワーがある。
紅神は幸いにしてパワー負けはしていない。だが、相手もほぼ同等だった。風凪には紅神ほどの殲滅力はない。
だが、犬神一門が乗れば、一対一での戦ならば限りなく最強に近い座となり得る。
というより、明らかにこの外見でこのパワーは生半可ではない。
気の粒子が飛び散るのが見えた。
一度はじいた後、またぶつかり合い、互いの武器を合わせた。
そして、何合も打ち合った。ゼロ自身すら覚えていないほど、何度もやった。
だが、一向にケリは付かず、逆にエネルギーをドンドン消費する結果になった。
だが、ゼロは不敵に笑っている自分に気付いた。
面白ぇ。
そう思った後、一度ゼロは紅神のデュランダルをはじいた、その直後だった。
突然風凪の体が淡く青に発光し、気刀を納刀するやいなや、すぐさま抜刀したのだ。
「何?!」
ゼロも思わず唸った。
一度舌打ちした後、左腕に装備されていたスクエアブレードのワイヤーを引っ張り出して手に持ち、一瞬で赤い気を広げ、それをはじいた。
しかし、今の攻撃はなんだ。
そう考えているうちに、抜刀した気刀を風凪はすぐさま刀の向きを返し、左から二の太刀を浴びせる。
だが、弱い。
ゼロはそう思うと、デュランダルを斜めにし、下に付いている刃でそれを抑える。
両刃刀の利点、それは通常のロングソードなどに比べて下や後方からの攻撃に対する防御に優れている点だ。だが、それ故に刃を二本も付けねばならないため、その重量は膨大になる。
しかし、そんな利点、この男は知っているはずだ。なのに何故、こんな攻撃を?
そう思った直後、風凪の気刀はまるで円を描くかの如く移動し、紅神の頭上に突きつけられ、そして、頭を真っ二つにすべく、気刀を振り下ろした。
三の太刀。それも二の太刀からこれまでわずか一秒と少し。
どれ程の研鑽を積んでこれ程の早さを身につけ、どれ程無理矢理チューンナップして機体が追随できるようにしたのか。
斬られるか否か。
ゼロは天に問う。
紅神は左腕のスクエアブレードを四枚にして展開し、シールド状態として、無理矢理三の太刀を防いだ。
赤い気と青い気が激しくぶつかり合う。
そして、紅神は、風凪の一撃をはじいた。
少し距離を取る両者。その間に、またも風凪は納刀する。
互いにかなり距離を取った。
特にゼロは、出来る限り相手の最大の武器である十四歩のリーチに近づかないように距離を取った。
肩で息をする。
呼吸が荒い。ゼロは正直にそう感じる。
熱くなりすぎた。ゼロは流石に反省せざるを得なかった。
しかし、その反省もあざ笑うかのように、レッドアラートが左腕に現れた。
コンソールパネルに示される機体の簡易模式図の左腕が、通常の白から、危険の赤へと変わったのだ。左腕は通常の一〇%程度しか動くまい。
更には今の一撃でこちらが相当踏ん張ったためか、見事に冷却機器がイカレた。そのため、普段はデュランダルガンモードを使用する際に展開する、肩、腕、腰、足に取り付けられている冷却フィンを開放した。
赤い気の粒子が、フィンが洩れている。
こちらの攻撃は、出来て後三度。その間に首を落とさねば、自分の負けだ。
相手は自分を殺すつもりで来ている。
さすがは二年連続でKABを制覇している上、前代のルーン・ブレイド戦闘隊長だっただけのことはある。
あの抜刀速度は生半可な物ではないし、何よりリーチだ。
一四歩。せめてその内側に入り込むことさえ出来れば、状況は恐らく変わる。
一昨日の試合を見て一度考えたのは、あの気刀そのものがオーラシューターではないかと言うことだ。でなければただの抜刀であれほどのリーチが出るわけがない。
しかし、問題は抜刀速度。どう考えても、あれは気の力で加速させている。あの速度をどうくぐり抜けるか。
そんな時だった。
ふと、カメラが一瞬揺らいだのかと思った。少しだけ、目の前の風凪がぼやけて見える。その上、頭頂部のあのヒートパイプは揺らぎっぱなしだ。
まるで風凪が蜃気楼の中に隠れたかように見えた。
直後、蜃気楼のようなもやは消えた。
そこには、何事もなかったかのように風凪が成立していた。しかし、体の発光は収まっている。
それを見て、まさかと思った。勝機が、見えた気がした。
だが、今の状況、いやそれ以外でも仕掛けられるのは一回限りの大ばくちだ。
それにゼロは全てを賭けることにした。
一度息をのんだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
相手の気の流れが変わった。竜三はコクピット越しにもそれを感じていた。
一の太刀で中段の不意打ち、二の太刀で刀を返して下段から斬り、それでもダメならまた刀を返して上段へともっていき、三の太刀として一気に頭上より切り裂く犬神一刀流の技の一つ『天地人』をもはじき返した。
大概の連中は三の太刀を対応しきれず、頭が真っ二つになったのだが、それを防いだ。
なかなかどうしてやるではないか。
天地人でトドメを刺せなかったのは今のところ三人。
去年戦ったルナ、今戦っているゼロ、そして、過去に戦い、宝刀『五朗入道正宗』を持って行方をくらませ、そして自分がここに来ざるを得ない原因を作った父『竜一郎』のみ。
竜三は不適に微笑んでいる自分に気付いた。
どうやら俺も相当戦いを楽しんでいるらしいな、相棒。
風凪に呼びかけるが、答えはない。
お前はいつも物静かだ。だが常に猛っている。
さぁ、風凪よ、我が相棒よ。相手がどう来るか、一度見てみようではないか。
IDSSに竜三は今までより強く触れていた。
体の奥底、否、体全体が熱く感じる。今や汗だくだ。
だが、それは全く持って気にならなかった。
モニター越しに紅神を睨む。見る限り、冷却系統に異常が起きたのか、フィンを展開していた。
更には左腕も先程三の太刀を防いだあの四枚刃の武器を持ちながらダラリとしている。
ということは左腕はあまり動かないと思っていい。
だが、油断は出来ない。どんな手段を用いてくるか、わからないからだ。
全てが未知数の相手。それが自分の心をかき立てる。
不敵な笑みをすぐさま収め、厳格な表情となる。
すると、紅神が動いた。
左腕に持っていたあの四枚刃の武器を折りたたませてブーメランのような形状に変化させ、そのまま風凪に向けて投擲する。
赤い気を帯びながらブレードが迫り来たが、竜三のイメージした通りに風凪はそれをいとも簡単にはじいた。
風凪の後ろの大地にブレードが突き刺さったのが分かった瞬間、気刀の柄を持って風凪は一気に距離を詰めた。
攻めに転じる。好機だ。そう思った。
その時、紅神の左手が何かを引っ張った。そして同時に紅神は横に移動を開始する。
何だ。そう思い目を懲らすと、ワイヤーが見えた。あのブレードの中心に、ワイヤーが取り付けてあったのだ。どうやら紅神はワイヤーを地面に付くほどのばしているようだ。
今までの二戦で見せなかった奥の手という奴だ。
それで自機を縛ろうという作戦だろうが、そんな物通用しない。
竜三はすぐさま、そのワイヤーの軌道を察して回避する。
しかし、その時だった。突然、紅神が高速でワイヤーを巻き戻した。
竜三は一気に相手が自分を縛りに掛かったと判断するや抜刀し、ワイヤーを一瞬で切り裂いた、その直後、衝撃が機体を襲った。
スクエアブレードの刃が、風凪のヒートパイプを斬ったのだ。
「な……?!」
まさか、自分の判断が誤ったのか。
竜三の瞳には、驚嘆の色が踊っていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
間に合った。
死角からの攻撃。それによるヒートパイプの破損。最初から、それを狙っていた。
抜刀などという技を使うための媒体である刀。その形状に作られたオーラシューター。それも刃先とバレルはイコール関係にある武器。
そんな小さな物に、気の力を大量に集めたら、それこそ熱が溜まる。
だが、それだけでここまでの熱量が出るとは思えなかった。
あの時、ヒートパイプが揺らぎ、風凪が蜃気楼のようになったとき、ようやく気付いた。機体の発する熱量が紅神とほぼ同等に近いという事実に。それを逃がすためのヒートパイプだ。
最初から気付けば良かったのだ。あれほど長いヒートパイプを、何故ぶら下げていたのかを。
付けざるを得なかったのだ。
あの時、風凪が一瞬淡く青に発光したのは、恐らく表面装甲のレヴィナスに流れ込んだ気が流出したため。
それで仮説を立てた。
犬神一刀流は、ただ早いだけの抜刀術ではない。
自分の気を用いて防御を高め、攻撃の時は苛烈に攻め、守るときは徹底して守る、攻守自在の体術から進化した物。
だからあれだけの機動性を出せるし、防御力や攻撃力も並大抵ではないほど上乗せされるのだ。
しかし、それだけに熱量は生半可ではないほど溜まる。
だからヒートパイプを付けた。そしてそれを破損させれば、抜刀速度や威力は落ちる。そして、それが勝機だ。
だが、この仮説は賭だった。もし相手にワイヤーから操るスクエアブレードの狙いを見極められたら終わりだったし、あのヒートパイプそのものがダミーだったとしたら、それこそ相手に付け入る隙を与える。
その賭には勝った。しかし、勝負はまだ分からない。
恐らく竜三は、鞘を破損させることとオーバーヒート覚悟で鎌鼬を打ってくる。
先程の攻撃と、無理矢理ワイヤーを巻き戻したことで、左腕はついに逝った。
左腕に回していた余剰電力を、全てブースターに割いた。
しかし、これが最後だ。もう、一回しかチャンスはない。
そう思うと、ゼロの体が更に熱を増した。
そして、咆哮を上げながら、一気に紅神を加速させた。
相手の気が伝わる。まさしくその気は、異名通りの気高い気だった。こんな状況でも、冷静さは失っていない。
相も変わらずの体制で、風凪は鎌鼬を打つべく、柄に手を掛けた。
そして、運命の十四歩を過ぎても、鎌鼬は打ってこなかった。出力が低下しているからだろうか。
ブースターが悲鳴を上げる。機体全土がきしむ。
だが、そんなこと、知ったことではない。
後一撃くらい持て、相棒。後一撃、首はねたらゆっくり休ませてやる。機体も磨いてやる。新品同然にしてやる。
だから持て、相棒。
ゼロは紅神に心の中で語りかける。
汗がしたたり落ちる。手に力が入るのを感じる。
そして、ゼロが咆吼を上げるのと同時に、紅神はデュランダルを振りかぶった。
それと同時に、風凪が抜刀した。
刹那の、一回だけの打ち合いを行い、両者は背中越しに、己が武器を手にして静止していた。
沈黙。それが全てを支配していた。
一瞬の後、紅神が膝を付く。
それと同時に、見事に左腕が大地に落ちた。培養液がまるで血のように噴出している。
しかし、風凪はどうなったのだろう。
ゼロが見た瞬間、竜三が外部マイクを使って、堂々と言った。
「見事だ」、と。
風凪の首が、轟音を立て、地面に落ち、鞘が、砕け散った。そして、風凪もまた、地面に轟音を立てて伏した。
一瞬、客は何が起こったのかを把握できていないようだった。唖然としてしまっていた。
だが、直後、会場が割れんばかりの歓声に包まれた。
『やりました! 竜、ついに果てる! 炎が竜を焼いたぁぁぁっ! 第三十回KAB勝者は…ルーン・ブレイド代表、ゼロ・ストレイぃぃぃぃっ!』
ハイテンションなアナウンスと同時に更なる活気が会場を支配する。
それと同時に舞う花吹雪。
まるで、花の散り様の如く、それは舞っている。
戦の花、一騎打ち。
その花が、今年最後の花が、燃えるように散った。
ゼロは思わず、コクピットをあけた。
日の光がまぶしい。少し、目を細める。
だが、それと同時に、腕を太陽へ掲げた。
視線の先には、歓喜に湧いているルーン・ブレイドのメンバー達が見えた。
ブラスカの振る旗に書かれた、古代ルーン文字の刻まれた一降りの剣を象った、この部隊の旗の上に描かれた十周年の文字が、何処か勇ましくも見えた。
そして、気づかぬうちに、咆哮を上げていた。
胸が高ぶった。
何故俺は、これ程叫んでいるのか。この熱くほとばしる感情はなんなのだ。
ゼロには、自分の心の中が、よく分からなかった。
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