第十八話『勝利する者』(1)

AD三二七五年七月一五日午前一〇時一分


 天気は快晴である。

 雲一つ無い青空。その青空を見ながら、ゼロは軍関係者以外出入りできない紅神の整備デッキ前で演舞にいそしんでいた。


 試合が開始されるのは今から四時間後、それまでは体を動かして神経を集中することにした。

 紅神の中で夜を過ごした。だが、結局あのまま寝ることが出来なかった。

 今日戦う相手、犬神竜三。あの男の機体の首をどうやって打ち落とすか、それを考えていたら、いつの間にか朝になっていた。

 だが、結局答えは出なかった。

 強いて言えば、今まで見せていないスクエアブレードを如何に上手く使うか、そしてデュランダルをどう扱うが勝敗の鍵を握ると言ってもいい。


 ゼロは一度剣を横に振る。

 全身汗にまみれている。しかし、そんなこと気にならなかった。

 何せ今の状況は聞くだけで緊張する。

 既に券の購入者は行列をなしているし、基地全体も多くの観光客やマスコミ、はたまた基地関係者でごった返している。


 ゼロにも時々インタビューを求める記者が来るが


「集中させろ、引っ込め!」


と一喝したら来なくなった。

 おかげで集中できたが、アリスには


「またイメージ悪くようなことを言いやがって、このバカバカバカ!」


とこっぴどく怒られ、ブラスカには呆れられ、昨日合流したブラッドには笑われた。

 三人とも昨日の夜倒れるまで酒を飲んだクセに割としっかりしている。理由は簡単、アルコール分解を促進する玲謹製のナノマシン(試作品)を投与したからである。

 もっとも、さすがに疲れまでは取れないのか、三人とも目に隈を作っていたが。


 剣を横に振る。相変わらずの重苦しい音。それがゼロの感覚を刺激させる。

 そして、弧を描くように空を斬った時、後ろで金属音が鳴って、剣劇が止められた。

 ゼロは一度溜め息を吐いた後


「いるならいるって言え」


と苦笑した。


 剣を一度納め、後ろを向くと、ルナがいた。昨日レムに貰った懐中時計を首に掛けている。

 ルナは会うなり開口一番


「呼吸、乱れてるわよ」


と言って、ゼロにタオルを渡した。

 しかし、どうも疲れているのか、少しとげとげしい言葉も幾分弱い。

 まぁ、あれだけ飲めば疲れが出ない方が特殊であるが。


「落ち着いてられなくてな。今日が大一番だ」


 ゼロはタオルで体を拭く。


「そうは言うけど、疲れた状態でやって勝てる相手だと思う?」


 む、と唸る。少しルナの態度がとげとげしい。しかし一理あるのは事実なのでゼロはその進言に従って休むことにした。

 デッキへと帰り、椅子に腰掛ける。ゼロは、横に置いてあった2リットルのペットボトルに入ったスポーツドリンクを一気に飲み干した。


「あんたよくもまぁ飲むわね」


 ルナがあきれ顔で呟いた。

 自分でも意外なほど水分を取っている。余程長いことやっていたのかと、一度時計を見てみると、朝早くから演舞と筋トレをやり続けて既に五時間が経過していた。


「で、勝つための手法は見つかった?」


 そう言われると言葉に詰む。

 正直あれをどう切り抜けるかなどという必勝法は存在しない、ということだけはわかった。

 相手の気の流れを読むこと、もはやそれしか必勝法はないと言っていい。

 そこからどう流れを引き寄せるかは自分のやり方次第だ。


「なんとか勝ってやるさ」


 自分でも意外に感じるほど、語尾が弱い。


 珍しいな、俺はビビってんのか。

 いや、そりゃねぇだろ。てめぇは天下無双の男だろ。ンなことでビビンな。


 そう心の中で呟いて自分に渇を入れる。

 そんな様子に一度ルナは溜め息を吐いた後、椅子から立ち上がってゼロの目の前に来るやいなや、ゼロの両頬を同時に軽く叩いた。


「痛っ、何しやがる?!」


 まったくもってルナがやりたいことが分からない。怒りたくもなる。

 しかし、そんな様子に反して、何故かルナは満面の笑みを浮かべている。


「これで勝てる。あたしの分の闘魂、注入しておいたから。これあたしがよくやってる投稿注入の儀式みたいなものなのよ」


 んなもんあんならやる前に言え。


 ゼロは心底呆れていたが、ルナに言われ、一度片方の頬を触れてみる。

 正直大して痛くはなかったのだが、何故か気合いは入った気がするから不思議だ。

 プラシーボ効果に近いのかも知れないが、いける気がしてきた。

 どうも彼女のやることは不思議である。


「あら、もうこんな時間か。ちょっと、艦長に会う約束してたから、また後でね」


 ルナは胸に掛けていた懐中時計を見た後、荷物を持ってルーン・ブレイドの展示品が並ぶ別のブースへと足早に向かった。

 遠くなるルナの背中を見ながら、ゼロは誰にも聞こえないように、静かに言った。


「あんがとよ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 結成から十年経った。独立愚連隊として名を馳せている部隊であるルーン・ブレイド。

 あの当時、そんな荒くれ共を率いることになるとは思いもしなかった。

 そんなことをロニキスは、人がごった返している上、マスコミの取材に答える整備兵もいる、この会場の相変わらずな一角で思い返していた。


 世の中何が起こるか分かったものではない。

 四年前に中佐に階級を上げられると同時に、この部隊に異動させられた。理由は不祥事、というが、正直何もやった覚えがない。


 今にして思えば、あれは何処かの国が仕掛けた『離間』ではないのかと疑っている。

 だが、そんな離間策でもロニキスは乗った、いや、乗らざるを得なかった。見事なまでに自分とベクトーアが引っかかった形と言える。

 その結果、自分の昇進はもはや絶望的となり、齢四七ながら前線に出る部隊の司令官。

 体のいい左遷だったとしか言いようがない。


 しかし、最近になって、この部隊を率いて良かったと感じることが多々あった。

 人材は確かにどの部隊よりも並外れている。

 精神的に問題のある人材が非常に多いが、どれもがダイヤの原石とすら呼べる人材だ。

 そう言う人材を率いるというのは、戦をする者にとってこの上なく嬉しいことであった。


 だが、それでも、性格に問題がありすぎるため、気付けば見た目の年齢は、明らかに十歳は上に見られるようになってしまった。

 ヒゲにも少し、白い物が混ざり始めている。


「考え事ですか、艦長」


 柔らかい女性の声がした。

 顔を上げる。ルナだった。


 なんとなく、彼女が来てから成長を楽しみに思うと同時に、苦労も多くなった気がする。

 年齢的には娘の年齢だ。自分の息子も、だいたい彼女と同じくらいの年頃である。

 立派に育ったことは間違いない。若手のエース、そう呼ぶに相応しくはなり始めているが、まだ荒削りの部分もあるなと言うのが、ロニキスのこれまでの考えだった。


「大尉、か」


 ルナは


「少しお話いいですか」


と、何処か憂えた瞳でロニキスに頼んだ。

 彼が了承すると、ルナはロニキスの横に置いてあった椅子に座り、過去を見るような、少し悲しげな目をしながら話し始めた。


「たまに、昨日のことのように思い返します。結成されたあの日」

「君は、あの時いくつだった?」

「十歳になりたてでした。父が、ダリー中佐とザックス中佐を、家に連れてきたんです。まさか自分の誕生日の翌日がこの部隊の結成記念日になって、更にはそんな部隊の一翼を自分が担うことになるとは、あの当時思いもしませんでした」

「ダリーか。KABにも出てたな」

「あの人が出たのは一回こっきりです。圧勝だったそうですよ。でも、二回目は、出来ませんでした。七年も前、ですね」


 ダリーの乗っていた機体『ハンマーフォール』。クレイモアのベースにもなったこの機体の戦果は計り知れず、KABにも出場するやいなや圧勝。

 更にはダリー自身も勇猛さと恐ろしいまでに先を見据えた戦術・戦略眼を持ち合わせたまさに勇将であり、名将であった。

 プロトタイプエイジスを一機たりとも保持していないベクトーアの戦局は厳しいと思われていたが、彼らの活躍もあって士気も上昇、あらゆる戦線で五分五分の戦を続けた。

 誰もが希望を抱いた。素行不良にも目をつぶった。


 だが、ダリーは死んだ。七年前に、作戦に失敗した時に、敗残兵として残っていた三大隊を撤退させるために、彼と当時ルーン・ブレイドのトップエースと呼ばれた第一小隊が殿として残ったのだ。この行動はダリーの独断であり、彼の最後のわがままでもあった。

 結果、彼らは殿としての役割を果たし、大隊の退却は成功した。


 当時最新型機であったフェンリルのM.W.S.『FM-068スコーピオン』十二機と、シャドウナイツのメンバーの一人だったインドラ・オークランドの駆るプロトタイプエイジス『XA-012紫電』の追撃部隊を、彼らが命をとして壊滅に追い込んだためであった。

 最終的にフェンリル側に帰還した機体は紫電一機だけ(しかも左腕損壊)であったという。それだけの戦果を、ダリーは最後に残した。

 その様に、ベクトーアの誰もが涙を流したという。

 ロニキスも、そんな一人だった。


「ダリーが死んだと聞かされたとき、私も唖然としたよ。人は、いずれ死ぬ。それはわかっていたが、死なれるときつい人材だった。国にとっても、この部隊にとっても」


 あの当時、ダリーの戦死はベクトーアの士気を一時的に大きく削いだ。

 だが、そうも言っていられないと、会長であるヨシュアが大々的に鼓舞する演説を行い、それが将兵の心を勇気づけ、むしろ『死んでいったダリーのためにも、また多くの将兵のためにも、この戦は勝つ』という風潮がベクトーアには更に強くなった。


 しかし、ルーン・ブレイドだけは、そうも行かなかった。

 ダリーを失った上、エースパイロット集団の第一小隊が全滅したことで深刻な人材難に陥り、ルーン・ブレイドの部隊規定の一つである『常に最強たれ』の言葉もむなしく、中途半端な戦績を残した。


 部隊の意味を見失いかけていたときに来たのが、竜三ら犬神一門だった。

 そして、それと同時に入ったのが、ロニキスだった。


「私は、あの時にこの部隊に入ってきた。もう四年も経つのか」

「その二年後に、あたしが入ることになりました」

「二年、か」


 ロニキスがこの部隊の総司令官となって二年。多くの戦を経験した。

 しかし、いざ二年といわれると、意外なほどに短い。

 それとも、自分が年を取ったから短く感じるのだろうか。


 若者はいいな。


 何故かそんなことを柄にもなく思った。

 その時、ロイドがロニキスの元へ紙一枚を片手にやってきた。

 ロイドはルナに軽く会釈すると、ロニキスにその紙を渡して去っていった。


 紙には一見、ただの文章が書いてあるように見えるが、実際はこれ、ルーン・ブレイド独自の暗号文章である。紙一枚にぎっちり書かれた文字の九割五分は意味を成さないものであり、実際にはある条件の下でそれらを削除していくと、自然にその本質が見えるように出来ている。

 その内容は、夕方に下されることになる作戦内容についてだった。


 その内容に、ロニキスは唖然とするほか無かった。

 フェンリルの誇る鉄壁の前線軍事拠点『ラングリッサ』を落とす作戦を決行するというのだ。


 バカな。ロニキスは瞬時にそう思った。いくらなんでも時期尚早すぎる。

 この十年、あらゆる軍勢が落とそうとして失敗したあの拠点を、大兵力を用いて殲滅するというのが概要らしい。

 これが前にフォースの言っていた大規模作戦かと、ロニキスは気付いた。


 しかし、あの要塞が大兵力で落とせるとは到底思えなかった。

 砂漠に築かれた要塞という地の利、どういう仕組みか未だに分かっていない潤沢な補給物資とすぐさま来る増援部隊。

 確かにここを落とせばもはやフェンリルは最終防衛線まで引き下がるより他にない。


 しかし、落とせるとは思えなかった。

 イーギスは何を考えているのだ。それとも、別の策があるのか。

 考えを巡らせても、今はまだ答えが出ない。

 どちらにせよ今はKABで勝つことを全員が考えている。今の状態の士気は削ぎたくない。


「大尉、このことは今日の夕刻まで秘匿せよ」


 ルナは一つ、小さく頷いた。

 しかし、彼女の瞳には不安の色があった。

 心配するな。そう言おうと思ったが、逆にプレッシャーになる気がした。

 正直、ロニキスも不安に感じている。


 厳しい戦になりそうだな、色々と。


 ロニキスは紙を自分の胸ポケットに折りたたんで閉まった後、朝刊の一面にあった、今日やることになるKAB決勝戦の特集記事を読み始めた。

 情勢を常につかむため、ロニキスは四誌ほど新聞を取っているが、どの記事もKABで一色だった。


 どちらが勝かという予想は、今のところ竜三の方が優勢である。

 実際、今回三連覇を成し遂げれば前人未踏の境地であるわけだから竜三が取り上げられるのも必定だろう。


 それにどう立ち向かう、ストレイ少尉。


 ロニキスは数時間後に迫った戦いに心を躍らせていた。

 ルナの姿は、既になかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午後一時三〇分


「起きてください、兄上」


 春美の声が、竜三を起こさせた。

 わざわざこの薄暗い整備デッキへ来てくれたらしい。


 整備デッキの床に寝ころび、そのまま寝ていたようだ。少し着流しも崩れかけていた。

 起き上がって一つあくびをした後、帯を一度締め直す。

 ちらりと横を見てみると、いつの間にか出撃の時を迎えていた。


「兄上、これから戦なのですから、せめて気を抜くことのないよう」

「わかっているさ」


 竜三は起き上がると同時に、春美に髪をとかさせ、結ってもらった。

 不思議なほど、心は冷静だった。自分では猛っているのかと思っていたのだが。


「竜さん、準備は出来てるぜ」


 整備兵の一人が寄ってくる。

 ふと、風凪を見つめた。


 風凪が、さっさと俺を戦いに出せと、言っている気がした。


 どうも風凪は多少凶暴な雰囲気がある。東洋の甲冑をイメージして作られたその体の、特に頭部にあるマスクが嫌に怖いとよく言われる。

 視覚的な面での威圧的効果を考え出したら、案外これは悪くなかった。


 そんな機体のコクピットに座り、機体を稼働させる。

 調子は悪くない。ここの整備兵もまた、腕は一品だ。

 なかなかにベクトーアはいい技術スタッフを持っているようだ、というのがここに四年間にて感じた感想だった。


「竜さん、時間だ」


 整備兵の一人が時計を見ながら言った。


「もうそんなか。それでは、面倒だが行くとしよう」

「兄上、お気をつけて」


 春美が頭を下げて見送った。

 竜三は微笑し、そのままコクピットを閉め、戦場へと向かった。

 急に、気が猛りだしたのを感じた。


 どうやら俺も結構血の気が多いようだ、相棒。


 竜三は胸を押さえながら、風凪につぶやいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午後一時五六分


 観客席から見守る決勝戦もまた乙なものかな。

 ルナは熱狂的な応援が支配する闘技場の一席に座りながらグラウンドを眺めていた。


 まだ軍に所属していなかった頃は、こうして眺めていたものだ。それからもう何年経っただろう。

 周囲にはヘリによる上空からのテレビ中継を始め、会場を見渡しても多くのテレビカメラと実況席が用意されていた。

 毎度の事とはいえ、これほど盛り上がる格闘技も近年希だ。


 そして、無駄に盛り上がる者達が、ルナの横には大挙していた。

 いつの間にか用意したのか、半端ではない巨大さを誇る『ルーン・ブレイド十周年』と書かれた部隊マークの入った旗を振るブラスカや、信じがたいことに五〇万も『ゼロが勝つ』ということに賭けたブラッドとその様子を呆れながら見つめるレム、双眼鏡片手に観客席を見つめながらどういう人物がいるのかを面白おかしく判定するアリス、気合いを入れるためかは知らないが何故か特攻服を着、手にはメガホンやラッパを持った整備兵、果ては「負けちまえ」などと不吉なことをブツブツと言っている玲などなど、ルーン・ブレイドの主要メンバーが介している。


 ちなみに相も変わらずロニキスやロイドは留守番だった。


「あいつは勝てると思う?」


 隣に座っているレムが聞いてきた。ルナは見る限りの状況を述べる。


「五分五分ね。二人ともこういう大会において必要な勇猛さで言えば群を抜いてるわ」


 だが、勇猛さだけでは絶対に勝利は出来ない。

 一騎打ちの時でも、如何に相手に乗せられないか、武器の動きを直線的にしないか、そして機体の持つ特性をどれ程生かし切るか、それがポイントになる。


 かつて、一騎打ちは戦の花であると同時に、戦の展開すらも変えてしまうことがあった。

 しかし、時代の流れと共に一騎打ちなど起こることはほとんどなくなった。

 KABはそれを現代に蘇らせたのだ。


 しかし、花は一瞬だけ咲くから美しいのだ。

 一騎打ちも、もう終わる。それが終われば、自分達はあの作戦に参加だ。

 どうなるのか、正直ルナには分からない。

 だからこそ、このイベントの結末を、じっくりこの目に焼き付けよう、そう思った。


 直後、アナウンスが会場全体に鳴り響く。

 一気にしんとなった会場。そこは異様な静寂に包まれていた。

 そんな静寂を割って、スピーカーが大々的に宣言する。


『第三十回KAB、決勝戦、選手入場!』


 一気に会場が沸いた。毎年恒例の決勝戦のみに鳴り響くアナウンスだ。

 ルナが見る限り、近年希に見る盛り上がりぶりだ。


 あたしの時こんなに盛り上がらなかったのに……。


 少し、ゼロが羨ましく思えた。


『まず、青コーナーからの入場だ! 竜の勢いは止まらず、狼の如き疾走も止まらない。このまま前人未踏の三連覇を成し遂げるのか。遠き極東の国、日本よりやってきた、誠の侍にして、勇壮なる者。名は……犬神、竜三っ!』


 大地が振動し、うねりを上げている。そう思えるほどの大歓声が会場を支配し、それと同時に風凪が悠々と入場する。

 今頃竜三はコクピットの中でこの状態を気怠そうに見つめているのだろうかとルナは感じた。


 しかしこの入場方式、プロレスとかでのそれそのままである。

 盛り上がり方といい、盛り上げ方といい、本当にこの手が上手いと心底ルナは思った。

 ラテン系の血がそうさせるのだろうか?


『続きまして、赤コーナー。前回大会準優勝者を焼き尽くしたその業火で、この竜を焼き殺すのか。異国の地より出し孤高の男。ゼロォォォ・ストレイっ!』


 自分の周りが一気に盛り上がった。急に盛り上がったものだから流石に驚いた。心臓の鼓動が早くなっている。

 しかし、周囲の盛り上がりは竜三の時よりも多少だが弱い。

 やはりというべきか、竜三が勝つと予想している者の方が多いのだ。


 前人未踏の三連覇か、それとも王者の陥落か。

 そして、二人は、如何な将と変貌するのか。

 それらを見極める戦いが始まろうとしていた。


『さぁ、第三十回KAB決勝戦、いざ、開戦です!』


 アナウンサーの絶叫と共にドンドン加熱していく会場の熱気と、それに反比例して小さくなる観客の声。

 ルナもまた、体が熱くなっていくのを、何処か感じていた。

 カウントダウン。試合開始一〇秒前。


 ぎゅっと拳を握る。

 周囲は静寂が支配する。物音一つ無い。

 少しだけ、汗が出ているのを感じたが、ぬぐおうとは思わなかった。

 そして、カウントが〇になる直前、ルナは小さく呟いた。


「ゼロ、絶対に勝ちなさい」


 ルナがそう命じると同時に、試合のゴングが鳴った。

 最後の花が咲き乱れるときが来た。

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