第十七話『踊る者』(4)-2
同日午後五時一一分
整備ドックに頭部を貫かれた空破が運び込まれたとき、第三課のメンバーは全員愕然としていた。
データは取れた、それはいいとする。しかし、あれだけ豪快に貫かれるとは思ってもみなかった。
しかし、レムにとって一番心配なのは、姉の精神状態そのものだった。
急ぎ駆け寄ってコクピットを開ける。
ルナは空破のコクピットでうずくまっていた。モニターには砂嵐しか映っていない。
心配なのか、多くの整備兵が寄ってくるが、レムは手で制止した。
レムは泣きじゃくるルナを見て、最初になんと言葉を掛けようか、迷った。
頑張った。いや、違うな。あそこは違うでしょ。そうでもない。
思いっきり怒鳴りつけるか、いっそ。それも違うな。
ああ、もう、どうやりゃいいんだろ。
そう悩んでいたとき、ルナがぽつりと、呟いた。
「バカみたいよね……」
恐ろしく力がなかった。レムも思わず、はっとしてしまうほどに。
「一瞬の慢心でこのザマよ。情けないったらありゃしない……」
「姉ちゃん……」
「結局、色んな物を台無しにしちゃった。みんな、怒ってるでしょ? 最低なバカだって。自分でも分かってるのよ、ああ、自分はバカだなって。だというのに、あたしは……」
泣きながら、ルナは懺悔するように言う。
レムは溜め息を吐き、そして、言う言葉が見つかった。
「誰があれで怒るって言うのさ?」
強い口調で言った。少し、レム自身も驚いた。ルナがはっと、レムを見た。
目を真っ赤に腫らして、涙に濡れていた。
「滅茶苦茶綺麗だった。戦ってるって言うのに、まるで二人して踊ってるみたいでさ。正直驚いた。あんな戦い、そう簡単には見られないよ。その点だけでも、姉ちゃんには感謝したいし、負けちゃったけど、全ての力を出し切った。怒る要素が何処にあるのさ?」
レムにしてみれば、これは正直な感想だった。
周りからは取り繕っているとか見られるのだろうが、それでも彼女は正直にそう思ったのだ。
「それに、姉ちゃん全力出し切ったんでしょ? だったら、それでいいじゃん。反省は誰でも出来る。けど、私の知ってる姉ちゃんは、そこから何歩も進むことが出来る。そう言う人なんだけどな」
確かに慢心はあったし、結果として負けた。だが、それはもう過ぎたことなのだ。
この姉は最高と言えば最高だが、この自虐的過ぎる点だけはどうにかならんかと、レムは思っていた。
レムは手を差し出して、ルナをコクピットから出した。
二人だけにしてくれ。
そう言って、ブラッドに整備ドッグにいる人員を外に出させて、ルナが泣きやむまで、レムは付き合った。
そして、一時間くらい経ってからだろうか、落ち着いたルナから一言。
「ごめん」
と出た。
さっきに比べればマシだが、まだ暗い。
ここは少し早いかもしれんが、盛り上げるために『あれ』を使うしかない。
そう思ったレムは、近くにあった自分のナップザックから正四面体の箱を取り出した。
「じゃ、そんな少し暗い姉ちゃんには、こんな物を用意いたしました」
レムはその箱をルナに渡した。
ルナは明らかに不審がっている。
なんだこの箱は。そう思っているに違いない。箱をまじまじと見つめている。
「何これ?」
「ま、開けてみそ」
ルナは不審そうな表情を浮かべながら、箱を開けていく。
出てきた物に、ルナは唖然としていた。
懐中時計だ。それも見た限りかなりの値打ち物である。
この反応を見て、レムはしてやったりと、心底感じた。
そして一言。
「誕生日おめでとう」
「え、うそ?! 覚えててくれたの?!」
ルナは相当驚いていた。この反応こそ、レムが待っていた反応でもあった。
「当たり前っしょ? どういうのが姉ちゃん喜ぶかなぁと思って色々と探したんだ」
実際この時計、かなりいい値段であった。
滅多に読みもしない時計雑誌を片っ端から読みあさった末、これはと思ったのがその時計だったのだ。
「でも、こんな高そうなのいいの?」
ルナは怪訝そうに聞くが、誕生日プレゼントなのだから
「私からの気持ちってことで受け取ってよ」と、そのまま渡した。
少しだけ、ルナは満面の笑顔のまま、目に涙を浮かべていた。
「ありがとう……」
結構元気付いたようだ、これでこそ、自分が最高だと思った姉なのだ。
そしてレムは少し感動に浸るルナの手を持つ。
「さてと、行くよ。みんな待ちくたびれちゃってるよ」
と言って、ルナを外に出し、そのままある場所へ向かう。
そこは、ルーン・ブレイドの整備デッキだ。
思わずルナは
「え?」
と、反応に困ったような顔をした。
「開けてごらん」
レムがそう言うと、ルナは整備デッキの扉に手を引っかけ開けた。
入るやいなや一斉にクラッカーが鳴る。
「誕生日おめでとー!」
と、ヤケに上機嫌なアリスが出迎えた。
気付けば既に彼女酒を相当開けているのか、息が半端ではないほど臭い上、顔が真っ赤だ。レムも少し鼻をつまんでしまったほどである。
「あ、ありがとう……」
思わず固まるルナ。しかしアリスはそんなのお構いなしにルナを整備場の中心に運ぶ。レムはそれについて行っているだけだった。
ウェスパーが言っていた準備とはこれのことである。本人にだけは極秘にして事を進めてきたのだ。
実を言うとこれをやろうと言い出したのはレム本人である。
せっかく二十歳になるんだから大々的にやってしまえと、各所から協力を仰いでやってのけたのだ。二週間も前から綿密な計画を練ってやったのである。
もっとも、計算外な事が二つあった。
一つはその二十歳の誕生日によりにもよって負けたこと、更にはルーン・ブレイド代表としてではなく、別枠での出張という形になっていたことである。
後者は第三課にも協力を仰ぐ形で何とか収まったが、前者ばかりはもう仕方ないとしか言えなかった。
だが、今のルナの笑顔を見てみると、別段気にすることもでないようだ。その点においてレムはホッと胸をなで下ろした。
中心にあった誕生日ケーキは、ルナが好きな店のショートケーキと、オマケとしてアリスが作ったかなりブランデーを濃くしたブランデーケーキを用意した。
ショートケーキには少し大きめの蝋燭が二本刺さっている。
蝋燭の炎をルナが消すと、一度拍手が起き、そしてそれにルナが礼を言った。
「さて、二十歳の洗礼行くぞ~。やっぱしここは酒だ酒」
ウェスパーがルナにビールを差し出す。
考えてもみれば、彼女は酒を飲んだことがない。いわばこれが初体験である。
注がれたビールを、ルナは少し躊躇いながらも飲んだ。
しかし、飲んでみるとヤケに美味く感じたのか
「ぷはーっ! 美味い!」
と、妙に親父のような口調で言い切った。
「おお、いい飲みっぷりだな、おい」
「他の酒、ある?」
ルナが空っぽになったコップを周囲に向けると
「こいつでどうだ?」
と、ブラッドが一升瓶を持ち出し、ルナのコップに注いだ。
軽く口に含むルナ。レムはその様を傍観している。
「へえ、飲みやすいじゃん、うん、美味い美味い」
そうこうしているうちにルナの飲酒量は増えていく。
暫くは酒談義が続くんだろうなぁ……。
レムはそう思ったが、止める気もなかった。
ま、いいかと、余っていたケーキを食す。
美味かった。
が、ブランデーがヤケにきつい所を食べてしまったのか、そのまま少し目が回って、倒れた。
「あらら、これで酔っちゃったか」
ルナが苦笑している様を最後に、彼女の記憶は途切れている。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
五時間後…。
そこには、想像を絶する地獄絵図が待ちかまえていた。
ルナが暴走している。完全に酔っぱらったのだ。
どうやら彼女、相当酒乱の気があるらしく、近くにある酒という酒を手にとっては丸ごと飲み尽くすという荒技を再三再四繰り広げていた。
日本酒一升でも渡ったら最後、飲み尽くすまで離さない。
さすがに周囲は全員ダウンし、もう整備デッキも真っ暗だ。
なのにこの女は、日本酒を抱えながら一升瓶に口を付けて丸々飲み尽くしている。
「ぷは~…かーーーっ! たまんねー!」
こんなことを平然と口走っているのだ。シャレにならない。
しかも当然の事ながら凄まじく酒臭い。
ここは地獄だ、間違いなく。
そんな時だった、紅神のコクピットが開いたのは。
ゼロが欠伸をしながら出てきた。どうやら今まで熟睡していたらしい。
ルナはそれに気付くと、急に酔いが覚めた気がした。
一瞬、逃げようか。そんな風にも思った。
だが、レムは言った。自分は反省して前に進める人間だと。
それに、考えてもみれば、自分が逃げてどうする。
そう思い、ルナは彼女の前に来て堂々と座ったゼロに、余っていた猪口を渡し、酒を注いだ。
「あんがとよ」
ゼロは開口一番そう言う。
そして一気にその酒を飲んだ。何処か酒が美味そうに見えた。
すると、ゼロは立ち上がり
「外に出ねぇか」
と、ルナを誘った。
ルナは二本の缶ビールを持って、ゼロと共に外に出る。
少し風が冷たい。だが、そんなことルナにはどうでも良くなった。
天には星が瞬いていた。最近、夜は少し曇りがちだったため、こうして見えるのは、ルナにとって嬉しかった。
思わず、ルナは
「綺麗……」
と、惚けていた。
周囲は警備用のM.W.S.くらいしかいない。相も変わらず、遠くからは七二時間不眠不休ライブの音声がかすかに聞こえてくる。
今はバラードなのか、ヤケに静かだった。
ゼロは整備デッキの前の道に堂々と腰を構えて座り、ルナもまた、それにならって横に同じように座った。
ゼロにビールを渡す。受け取ると、すぐにそれを飲んだ。ルナもまた、それに習ってビールを飲む。
するとどうだ、今までとは違う味を醸し出した。美味い、素直にそう感じられた。
「今日は晴れたか」
ゼロは空を、どこか寂しそうな目で見つめている。
その赤い瞳が、どんな深い悲しみを持っているのか、それはわからない。
だが、どこか彼と一緒にいると安心できた。
覗いてみると、やはり瞳は澄んだ色をしている。
本人は『血の色』だと言っているようだが、彼女にはそう見えなかった。
「どしたい?」
ゼロが突然自分の方を向く。
ルナは驚き、咄嗟にゼロから顔を背ける。
「顔赤ぇぞ、酔っぱらったか?」
そう言われてルナははっとした。
まさかあの男に惚れたのか、とも考えたが、一度頭を振ってその考えを否定した。
ただ単に酔っぱらっただけだ。そう自分に言い聞かせた。
「ね、ねぇ、ゼロ」
少しだけ戸惑いながらも、
「あん?」
「今朝、変な夢見たの」
ルナは今朝見たあの夢の話をした。
「どういう意味だと思う?」
わからないだろうとは思っていた。
しかし、ゼロはそれに、何処か懐かしさにも似た感情を感じたのか、ビールを横に置き、話し始めた。
「昔な、似たようなことやった。もう一一年も前になるのか、それこそ、俺がまだ左半身機械化する前だ」
その目は、遙か遠くを見つめているように、ルナには思えた。過去を見ているのだろうか。
哀しそうな目だった。
「あの時、俺にはまたあのヤブ医者とは違う師匠がいた。そいつに連れられ、草原を延々と駆け抜けた。晴れ渡った、夏だったか。で、俺達はある丘にさしかかった。草原全体がすっぽり覆えちまうような場所だった。そいつぁ、大地を納めんばかりに手を広げ、俺に言った」
そう言うと、ゼロもまた同じように手を広げ、大地へと向けた。
「『人の可能性は、この大地のように延々と続いている』、ってな。多分その夢、可能性がある限り走り抜けろって、暗示じゃねぇのか?」
「可能性、か……」
ルナもまた、地平に向けて手を伸ばす。
ゼロの『諦めない』という精神の源は、ひょっとしたらそこなのかも知れないと思った。
何が何でも前へ進み、駆け抜ける。
悪くないかも知れないと、ルナには思えた。
「柄にもねぇ話したな。俺ぁ紅神の中で寝る。明日もあるんでな」
ゼロは缶ビールの残りを一気に飲み干し、そのまま缶片手に去る。
ルナはまだ、座ったままだった。
「ゼロ」
紅神へと彼が入る前に、一度呼び止め、ルナは
「ありがとう。それと、おやすみ」
と、満面の笑みで言った。
ゼロはルナに
「風邪引くなよ」
と、苦笑するように返した。
夜空は、天高く瞬いていた。
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