第十七話『踊る者』(4)-1

AD三二七五年七月一四日午後四時三〇分


 試合が始まるやいなや、空破は動いた。

 オーラブラストナックルを展開すると同時に、いきなり紅神に向けて駆けてきた。


 早い。ゼロは正直にそう思った。今まで見てきた彼女の戦闘よりも、明らかに早い動きだった。

 軽量化のカスタマイズは機体の特性上無理に近い。と、なってくれば、これほどの機動性を持つ理由は一点しかない。


 相手は、最小限の燃料しか積んでいない。

 大胆な戦術を採ったものだ。ゼロは心底感心した。


 まず一合。ゼロは紅神の持つデュランダルの刃先に気を発生させた。

 その気はまるで、炎のように赤く染まりながら揺らいでいる。

 まずは互いの武器を合わせることのみ。


 二合目、空破が強く打ち込んできた。

 すかさず避ける。その後、デュランダルで空破を突こうとしたが、それをあっさりと避けられたのみならず、暇になっていたもう片方の手で、紅神の首を貫かんとした。

 紅神はすぐさま下がり、空破と一定の距離を取る。

 ゼロは思わず、コクピットの中で口笛を吹いた。


「なかなかやるじゃねぇか……」


 そう唸らずにはいられなかった。

 機動性だけは紅神は空破には及ばない。その機動性で翻弄され続ければ、自分の負けは必定。

 それだけは許されない。


 相手の動きはまさしく巨鳥だ。

 ようやくゼロは、ルナがフレーズヴェルグと呼ばれている理由に気付く。

 一瞬にして得物を狙いに行く。ナックルであるが故に取り回しが容易で、かつ、懐に忍び込まれれば一瞬で蹴散らされる。

 そして対峙して初めて分かる威圧。まさしくあらゆる物を飲み込み、噛み千切る巨大な鳥の化け物、フレーズヴェルグそのものに思えた。


 少し汗が出る。ゼロはそれをぬぐった後、一気にフットペダルを踏んで空破へ向けて疾走する。

 空破もまた突っ込んでくる。

 そして五合目、また武器を互いに合わせる。


 紅神から発せられる赤、空破から発せられる青という、相反する気の色が美しい。

 気の粒子、それが戦場を彩っていた。


 そして戦いは、互いに一歩も譲らぬまま、何合も続いた。

 しかし、ゼロはそれを苦には思わなかった。

 むしろ、何故かいつの間にか、笑っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 竜三は思わず息をのんだ。

 互いに一歩も譲らぬ戦い、試合終了まで後一分もない。

 だというのに、一向にこの二人は試合を譲る気配を見せないどころか、互いに舞うように試合を行っている。


 試合? いや違う、これは、まさしく舞踏会のようではないか。

 踊っている。竜三には二人の試合がそう思えた。

 美しい、正直にそう思えた。


 胸が高鳴った。思わず席から体を少し前に出すほどに。

 いつの間にか観客席からは歓声が消えている。全員が二人の戦いに惚れている、そう見えた。


 今やここを支配するのは、互いの気のぶつかり合う音、ブースターや走る際に巻き起こる地響き、そして魅了され言葉を失う観客に集約される。

 また互いに刃を合わせた。そのまま鍔迫り合いへと移行する。


 その時だった、空破が瞬時にかがんだ。その瞬間、鍔迫り合いをしていた紅神がバランスを崩した。

 その崩した直後に、空破は足払いをし、紅神を転ばせる。

 轟音を立てて地面へと伏せる紅神。

 静かだった会場が一瞬にして歓声に包まれた。


 ルナが勝つ。

 誰の目にも、そう見えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 勝てる。ルナは地面に伏した紅神を見て瞬間的にそう思った。

 デュランダルはこういった状況では取り回しがきかない。

 あれだけの長大な武器だ、零距離ともなれば全くと言っていいほど使えない。


 しかし、油断は出来ない。

 そのため、ルナはすぐさま紅神の首を刈り取るべく、首へ向けてオーラブラストナックルの刃を突き立てる。


 もらった。


 拳が紅神へと襲い来る間、ルナはそう思っていた。

 だが、拳は、頭部へと届くすんでの所で止められた。

 その光景に思わずルナは目を見開いた。


 届くはずの拳だった。にもかかわらず、それは止められた。

 紅神の左腕で赤い気を放つ、四枚の刃を持つ武装、スクエアブレードによって。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ゼロは歯を食いしばった。

 転ばされたときは流石に焦った。

 だが、それでも勝利の可能性を諦めなかった。


 空破が拳を紅神の頭部へと下ろそうとしたとき、ルナの方に一瞬慢心があると、何処か感じ取れた。

 それならば行けると、ゼロは思った。

 スクエアブレードを四角く広げてシールド状にするのではなく、可変を全く行わない状態で気を発生させ、それで止めたのだ。


 もちろん、長くは持たない。スクエアブレードは元々の形状故に、変形させなければ刃同士で気がふれあってしまい、場合によっては刃が溶ける。

 だが、それだけの時間があれば十分だ。


 咆吼。いつの間にか上げる。

 そして、ブースターを吹かして無理矢理はじき返すと同時に、右腕に握っていたデュランダルをガンモードへと変形させた。

 デュランダルは長大だ。それ故に空破のような相手には不利に見える。


 だが、折りたためばどうだ。

 あえてデュランダルをガンモードにして折りたためば、およそ一〇メートル前後の、刃が二つ並んだ剣となる。

 そしてその刃は、はじき返されてバランスを崩しかけていた空破の頭部を、見事に貫いた。


 そして、貫かれると同時に、空破は轟音を立てて倒れた。

 自分の吐息が荒い。

 たった五分の試合のはずなのに、ゼロは疲れ切っていた。


 自分の手がIDSSからずり落ちたことだけは覚えている。

 その後は、何が起こったのか覚えていない。

 歓声が、まるで遠くに鳴る雷のようにも聞こえた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 会場から大地が揺れんばかりの大歓声が聞こえる。

 空破は頭部を失い倒れ、紅神もまた、大地に大の字になってひれ伏している。


 竜三は、額から出る汗に、試合が終わってようやく気付いた。

 最後の貫かれたあの瞬間、ルナに慢心があったのは事実だろう。それはいずれ叱責しなければなるまい。

 しかし、ほぼ負けが確定したような状態の時のあのゼロの反応はなんだ。

 一瞬で判断した、そうとしか思えなかった。


 大胆かつ不適、あんな手段を思い浮かべる奴が、今の世の中にどれ程いるか。

 そんな相手と明日戦うのだ。面白い。久しぶりに体が熱くなったのを感じた。

 何を起こすか全く分からない男、自分に対してどんな戦いを挑むのか、今から興味が湧いた。


 トレーラーが紅神と空破を運び出す。

 空破の頭部は貫かれたとは言え、レヴィナスの持つ自己回復力ならば三日もあれば修復できるだろう。


 竜三は席から立ち上がる。

 去り際、竜三はもう一度運び出される紅神を見つめる。空は、紅神と同じような真っ赤な夕日に染まっている。


「俺に退屈だけはさせないでくれ」


 それだけ言って、竜三は会場を去った。

 歓声は、未だに鳴りやまない。

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