第十七話『踊る者』(3)-2
同日午後四時一九分
竜三は一人、観客席の中で試合の流れを見ることにした。
もう自分の試合は終わりだ。
前回大会四位の相手だった。だが、一分経たずに首を切り落とした。
骨のあるに出てきて欲しい。竜三の願いはそのただ一点に絞られる。
その骨のある奴が、次の試合に戦うのだ。
ゼロ・ストレイと、ルナ・ホーヒュニング。竜三が認めた指折り付きの猛者二名の対決である。
試合開始まで後十分弱。既に客席は超満員だ。
アナウンスによれば、決勝戦での来場者数に匹敵するとか。それほど注目度の高い試合といえる。
賭け金も相当動いているようで、一体どちらが勝つのか、まったくわからない。
だから面白いのだ。竜三は退屈を嫌う。
この試合で退屈する要素は何一つ見あたらない。
そして、この試合に勝ち進んだ者が、次に自分と戦うのだ。そう思えてくるだけで、何故か不意に、己の中で、何かが熱くなっているのを感じた。
これが情熱という奴なのだろうか。
感じたことがないから、よくわからなかった。
しかし、どのような戦ぶりを見せてくれるのだろう。
竜三は、未だに機体が入場しない真っ新なグラウンドを、ずっと眺めていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
コクピットが開いた音がした。それと同時に、ルナは静かに目を開ける。
目の前には、数名の整備兵と第三課の職員、そしてレムがいた。
「言われた通りにやっといたぞ。かなりギリギリだが、大丈夫か?」
ブラーが心配そうな目でルナを見た。
正直、これくらいやらないと、相手には勝てる気がしなかった。
昨日試合の録画した物を見たが、見事なまでの圧勝であった。相手を寄せ付けるまでもなく、一瞬にしてデュランダルで相手の首を斬った。付け入る隙もない、まさに強襲である。
そんな機体に勝つために、彼女は朝、整備兵にある指示を出しただけで、ずっとコクピットの中で瞑想していたのだ。
それで勝てるという保証はない。だが、勝ちに近づいたような気はした。
だからだろうか、レムが言った。
「姉ちゃんの顔、結構自信に満ちてるね。ってことは、勝ちに行くって事か」
それ以外に道はないのだ。
利としては、ここでわざと負けておけば、ゼロが優勝決定戦に行き、竜三と戦う。そしてそれに勝てばルーン・ブレイドには大量の賞金が手に入り、軍事力の強化に当てられる。
しかし、彼女は負けたくなかった。
考えてもみれば、ゼロとは一戦たりとも交えていないのだ。
そんな奴と、戦ってみたい。それが彼女の思いだった。
「あったり前でしょ。勝つに決まってるじゃないの。あたしに任せとけば、問題ないって」
自信満面に、ルナは言い放った。
「ま、自信過剰もほどほどにね。そいじゃ、行ってこい!」
レムが、にっと笑った。ルナにとって、それが一番のカンフル剤である気がした。
コクピットを閉め、IDSSとコンソールパネルが下から出た。
三面モニターが点灯し、周囲に少し暗くなり始めた空と、整備デッキが映し出される。
『XA-022、起動確認。マインドジェネレーター、異常なし。イーグ、メンタル、心拍数、呼吸、体温、その他オールグリーン』
ルナは一度、気合いを入れて自らの両頬を叩く。
勝つ、そう誓った。
「さぁて、空破、ぶちのめしに行こうか」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「悟りは開けたか?」
コクピットが開くなり、ウェスパーの顔が覗いた。
ゼロは溜め息を吐いた後開口一番
「てめぇの顔さえなけりゃな」
と悪態付いた。
「んな口叩けるなら、なんとかなんだろ。だが負けたら承知しねぇからな。一五万払って貰うぞ」
「負けたら俺が払うんかい」
ゼロにはウェスパーの要求が異様に理不尽である気がした。
自分で自分の整備している機体のパイロットに賭けておきながら、負けたら自分の整備している機体のパイロットに払わせるというのだ。無茶苦茶にも程がある。
どう転んでも本人は金銭的に損をしない。損をするのはゼロである。
負けることによって金はおろか、経歴にまで傷が付くのは必定。そして、ルナから聞いた限りでは、これ以上負けてはこの部隊の存在意義すらも危うくなってくる。
だが、要は勝てばいい。たとえそれが、どんな相手であろうとも。
「さてと、行ってくるぞ」
ゼロはコクピットを閉める。一瞬だけ、このコクピットは暗くなる。
その一瞬が、何故か長く感じた。
俺が緊張しているのか?
そう思うと、何故か笑えた。
モニターが点灯する。
『XA-006、システムスタンバイ。マインドジェネレーター、システム良好。イーグ、オールグリーン』
紅神が起動する。それと同時に誘導する整備兵に導かれるままに、闘技場となっている屋外演習場へと足を運んだ。
既に空破は待機していた。何をしていたわけでもない。ただ、ひたすらにじっと立っていたという感じだ。
だが、空破から発せられる気は、異様に落ち着いた感じがした。
真っ新なコンクリートの大地。そして周囲を取り囲む大量の客。歓声。それら全てが、改めて斬新に感じる。
そして、そんな観客席から、コクピット越しにも感じる視線。
その視線の方向へとカメラを向ける。
そこには、特徴的な男がいた。
青地の着流しに身を包んだ、額に刀傷を持つ男。
犬神竜三、彼がいた。
その視線は、どちらに向くまでもなく、ただ戦場を見渡しているように、ゼロには思えた。
てめぇの首、かっ斬るのは俺だ。
そう思った後、竜三からカメラの視線を外した。
さてどうする。
そんなことを、竜三が言った気がした。
「言われるまでもねぇ」
ゼロはIDSSにかざす手の力が、強まったのを感じた。
勝つしかねぇだろ。
そう思ったとき、会場がしんとなり、試合開始までのカウントダウンが始まった。
固唾をのむ観客。少し熱くなる体。そして、相手の気も、先程より遙かに熱くなっている。
面白ぇ。ゼロにはそう思えた。
そして、一発の銃声。
『始め!』
午後四時三十分ちょうど、試合のゴングが、鳴った。
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