第十七話『踊る者』(2)-2

「な、なんだありゃぁ……?!」


 ゼロは唖然とするほか無かった。

 早い、ただその一言に尽きる。


 そう言われて犬神のもう一つの側面を思い出す。

 犬神一刀流。

 表にはさして出ない、というよりその一族のみが伝承してきた我流剣術の一つ。


 元々国を守護する家系であるが故に、屋内での納刀状態からすぐさま護衛対象を守るべく、刀を抜く。そのために彼らの武術は抜刀術を中心とした、極めて珍しいスタイルとなったという。

 そしてそれの極意は表沙汰にはされていないが、『護衛対象を守るために即座に相手を誅殺すべし』という、暗殺剣の一種でもあった。


 一の太刀から二の太刀を浴びせるまでの隙がない。その上あの抜刀速度。

 機体に自身のイメージをダイレクトに伝えられるのがエイジスの特徴とはいえ、若干のタイムラグがあることは必定だ。

 だというのにあの速度だ。相当腕にチューニングをしているとしか思えないし、何より本人の腕がいい。ゼロはそう感じた。


 あの時、敵が後一四歩に迫るまで竜三は動かなかった。それだけ彼は気配に集中していたと言える。

 気刀きがたな、風凪の最大にして最強の武器。あの様子だと、ほぼ間違いなく犬神一刀流の動きがほぼ全てトレースできると思って間違いない。

 しかも、犬神一刀流の技自体は門外不出だ。第一ゼロも名前しか知らないと言っていい。


 あの抜刀術の早さと一四歩先でも届くリーチと、瞬時に一の太刀が終わり次第飛び出す二の太刀。

 あれをどうかいくぐるか考えなければ自分に未来はない。


 しかし、あそこで一瞬発光したあれはなんだ?


 ゼロの頭にはそれが疑問符として浮かんでいたが、どちらにせよ手強い相手だ、そう思えた。


「犬神一刀流、か。奴を突き崩すのは、半端じゃねぇな……」

「生半可なことじゃ、あいつを突き崩すことは出来やしねぇさ」


 ウェスパーが片手にチケットを持ちながら、待機しているゼロに近寄ってきて言った。

 さっきいつの間にか消えていたと思ったら、どうやら自分が三日後に勝つと予測したチケットを買ってきたらしい。

 手の早いことだ、そこまで進まなければその券が紙くずと化すのに。


「いくら買ったんだ?」

「ざっと一五万だ。負けたら承知しねぇからな」


 脅迫気味に言うウェスパー。

 どうもゼロは博打という物が苦手であった。

 普通の戦場での博打は当たる。だというのに、こういった関係の博打は全く持って当たったためしがない。

 そして賭博関係は大概負ける。それがゼロの特徴でもあった。

 もっとも、次に控えている博打は戦だ。負ける気はしない。


 しかし、今になって腹が減った。

 考えてもみれば演舞をやってから筋トレまでやって、その後開会式ともつれ込んだから飯を食っている余裕がなかった。

 しかし、かといって今飯を食いに行く時間も思ったほどない。何せもう少しで試合が始まる。

 どうするべきか、そんな迷っているとき


「ほい、この間日本から仕入れた茶葉を入れた茶そばぞえ」


と言う声と同時に横から茶そばが出てきた。


「おう悪ぃな」


と、ゼロがスムーズに返した段階で固まった。

 いつの間にか横にはイントレッセがいる。


 誰か注文したのか? そう思い横にいるメンツの面を見てみると、それっぽいのがいた。

 アリスである。明らかににやついていた。

 問い詰めてみると


「だっておなか空いたし」


の一点張りだった。

 だからといってこんな急に頼むこともないだろう。

 そう思ったが、しかし臭いが香ばしい。この夏まっさかりの時に滅茶苦茶熱い茶そばというのはどうかと思うが。

 だが、そんなこと一切無視して香ばしい香りが漂う。

 その誘惑に、ゼロは負けた。


「いくらだ?」

「五八〇コール」


 ゼロは近くにあった自分の小銭入れからそれとぴったりの金を出してイントレッセに渡した。

 毎度あり。そうイントレッセが言った瞬間、ゼロは既に食べ始めていた。

 食してみると口の中にも茶の香りが広がる。

 美味い、確かに美味い。


「これ、親方が練ったのか?」


 ゼロが聞くと、イントレッセは自信満々に


「いや、わらわが練った」


と満面の笑みで言った。

 少し驚いた。そういう風な顔も出来るのかと。

 普通のアイオーンと彼女は何処か違う、何かそんな気がしている。


 そして気付けば各員が食事を取っていた。

 もっとも、全員麺類だが。


 肝心の注文したアリスはと言うと、一人で席を占領して鴨南蛮を食していた。

 なんというか、彼女も結構大人げない。その横では少し辟易したブラスカが床に座りながらそうめんを食べていた。

 ある意味面白い図ではある。


 しかし、これだけの隊員の食料、持ってくるだけでも大変だったろうに、何故すぐ持って来れたんだ?

 ゼロの疑問に対し、イントレッセは格納庫の外を指さした。


 その指の先にあったのは『附鵜痲唖フーマー出張所』と、ヤケに濃い字体が屋根に書いてある野営テントだった。


 その横にはまた別の食事どころがあり、更にそこから少し目を横に向けてみると、第三十二工兵部隊だろうか、能を踊っている男達がいた。

 その風景を見て、ゼロはルナの言葉を思い出す。

 お祭り好きなのよ、と彼女は言った。


 これやりすぎだろ、色んな意味で。


 ゼロはあえてそのツッコミを心の奥底にしまうことにした。

 そして飯を食い終わった頃には、第二ブロックの第一試合である空破の戦いが始まろうとしていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午前一一時二一分


 コクピットの中が一番落ち着けた。

 戦乙女の如き美しさを誇るプロトタイプエイジス-『XA-022空破』の中で、ルナは猛る闘争心を落ち着けていた。


 別枠で出ることになっても、勝つだけだ。

 ルナの心境はただこの一点であり、そして対戦相手は既に、ゼロと竜三を見据えている。

 軽く唇をなめる。


 うずいた。心臓の高鳴りがよく聞こえた。

 歓声も今や聞こえず、聞こえるのはただ心臓の鼓動と機体の駆動音のみ。

 それが見事にシンクロしている。そんな気がした。


 自分はあくまでも機体のパーツの一部である。そう考えると、恐怖が無くなった。

 もっとも、今は実戦でない。しかし、それでも手を抜く気はない。

 常に全力で戦に望む、それが彼女のスタイルだった。


「いこっか、空破」


 ルナはIDSSに触れた。

 戦場への扉が開く。


 目の前に見えるのは、歓声を上げる住民と、槍を携えたエイジスが一機。

 リーチの上では相手の圧勝。だが、負ける気はしない。


 始まりの銃声がなる。

 それと同時に両者は一気に疾走した。

 相手は槍の持つリーチを過信してか、中距離から突いてくる。


 甘い。ルナは空破のオーラブラストナックルを展開する。

 そして、相手が槍で頭部を突こうとした刹那、空破はすぐさま踊るように回避し、敵の懐に接近。一撃の下に首を切り裂いた。

 敵機の頭部からまるで血のように培養液が飛び出ている。


 槍はリーチこそ長いが、懐に入り込まれたら弱い。

 ガーフィはかつて長柄武器を多用していた。ルナも長柄武器の利点と欠点を教え込まれた。

 子供の時から散々太刀筋を見てきた。慣れていると言ってもいい。

 父に比べれば、まだ太刀筋が甘い。そう思えた。


 歓声を背に、ルナは踵を返す。

 これで次の試合にゼロが勝てば、明日はゼロと戦うことになる。

 考えてもみれば、今まで試合をやったことがない。いつも戦場で見ているだけだった。


 さて、どうする?


 ルナは空破の中で、ゼロを攻略する手法を考え出した。

 軍団単位で動かすことに関してならば万に一つも負ける自信はない。だが、この一対一というKABのルール上、そんなものは一切関係ない。


 正直、ゼロの勇猛さ加減は生半可ではない。それは契約する前から噂を聞いていたし、何よりも実際に戦を見てみると彼は非常に勇猛だ。正直、今のベクトーアにあの男に一騎打ちで対抗できる人物は少ない。

 ルナの頭にも、思いつくだけで数名だけ、それも全員世界トップレベルのイーグだ。


 KABは単純な勇猛さで勝負が決まると言ってもいい。だからゼロはあっという間に優勝候補に名乗りを上げることが出来た。

 さて、そんな男にどう勝つか。


 考えたが、やはりその直情的な性格を利用して勝つほかあるまい。攻めが一直線になってくれれば、とも思ったが、あの男は調べてみればかつて四時間以上も一騎打ちしていたことがある。とても五分少々の一騎打ちで集中力が切れるとは思えない。


 さて、どうする。


 そう悩んでいるうちに、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 いつの間にかコクピットが開けられていて、目の前にはあきれ顔のレムがいた。


「何してんのさ、まったく。ボッとしてまぁ」

「ごめんごめん。ちょっと、明日の展開考えててね」

「ああ、あいつとの戦?」


 ルナは頷く。


「あいつなら、当に準決勝にコマを進めたよ。つまり明日姉ちゃんと対決。いやー、わずか十秒で相手を沈めるとはねぇ。強襲で相手の首を一瞬で切っちゃったよ。さすが筋肉バカだね」


 呵々と笑うレム。

 そう言われてルナは気付く。

 いつの間にか、時計が昼を回っていた。一体自分は帰ってきてから何時間悩んでいたんだと、心底思った。

 ということは、既に今日の試合は全部終了したと言うことだ。よってほとんどやることがない。


「で、勝つ方法は見つかった?」


 レムの問いにルナは頷く。もっとも、正直言うと浮かんでいないのだが。


「ならいいんだ。姉ちゃん思いこみすぎるときあるから不安だったんだけど」


 そう言われて、頭がクリアになった気がした。

 自分はひょっとしたらゼロを意識しすぎていないか。その地点でゼロのペースであり、既に負けている。

 それではダメなのだ。勝たねば、否、勝つ。


 ルナは一度気合いを入れるため自分の両頬をひっぱたく。


「よし!」


 いける。そう言う自信を持つことが、ゼロ攻略の一つの鍵だ。そう考えることにした。


「ところで姉ちゃん、ご飯行く?」


 急に話がずっこけた。

 まぁ、考えてもみればもう一時を回っているのだ。さすがにそろそろ腹も減る。

 しかしレムは無駄にマイペースだ。人が気合いを入れている最中にご飯行くかと聞いてくるとは。

 空気が読めてないと言うべきなのか、それとも気難しく考えすぎている自分を和ますために言っているのか。

 それはどちらだかはよくわからない。


 だが、


「ま、いっか」


と、ルナは空破のコクピットから出て、レムと共に少し遅めの昼食を食すことにした。


 日がまぶしい。快晴だった。

 ルナは掌を太陽へと掲げた。


 勝ってやる。


 そう思い、太陽を手中に収める。

 どこまでも、天は高く続いていた。

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