第十七話『踊る者』(2)-1
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AD三二七五年七月一三日午前八時一六分
基地祭が開始されてから、十五分経った。が、基地の中は前年以上の活気と殺気に満ちている。
それもそうだ、この一大イベントであるKABでは、全財産を賭ける愚か者が存在するのだから。
だが、券売所はまだオープンしていない。組み合わせ抽選がまだ行われていないからだ。
九時半に行われる会長の演説の後、抽選が行われることになっている。
今回の出場機数は八機。即ち第一戦を今日、準決勝を翌日、決勝を最終日という形で持って行く。
ここまで来たらもう後は代表として出した二人、、に何とか頑張って貰うほかない。
一応、展示関係は今の段階においては成功だと言ってもいい。なんだかんだでルーン・ブレイドの展示スペースにも多くの人が押し寄せている。
悪くはない、ロニキスは展示スペースの一角から様子を見ていてそう思った。
徹夜で製作した資料もあり、はたまたゲイルレズの実物大モックアップもあるなど、なかなかに軍事物としてはいけてる展示だと思っている。
だが、こうしている間でも、彼は現在の勢力分析に余念がなかった。
何かあるやもしれん。そう考え、自分が使うことの出来る諜報部員を周囲に待機させているほか、情報収集にも出している。
今のところは特に何の動きもない。
「艦長、気にしていらっしゃるようで」
細身の体つきの男が、ロニキスの前に立っていた。
フォースだった。しかし、彼の存在が周囲に知れているという様子はない。
「こういう祭りの時が一番テロを起こしやすい。警戒は厳重にやっておくにこしたことはない」
「わからんでもないですがね、あんたの顔、相当こわばってますぜ。殺気が漂ってる」
む、とロニキスは自分の顔を一度触れる。
なんか最近また皺が増えた気がした。
私も老けたか。いつまでも若いままではいられないな。
ロニキスは苦笑する。
「どうもクセだな」
「ま、気にするにこしたこたぁねぇです。なんか怪しい空気は確かにベクトーアにはありますからね」
「で、何用だ? おちょくりにでも来たのか?」
「ま、半分は。残り半分は情報を。あ、こいつぁタダでいいです」
そう言った瞬間、フォースの雰囲気が突如真剣になった。常にサングラスを掛けているため、目の動きを追うことは出来ないが、明らかに彼は真剣そのものであるように思えた。
「近々大規模な作戦が展開されます。それに対する艦隊の編成なんですけどね、まだ詳細は不明ですが、この基地の部隊の半分は駆り出されます。後、艦隊の総司令官はイーギス准将が取ることに」
「奴、か」
「ホーヒュニング海軍総司令だけは危惧しておられたようですがね」
「上層部は信頼している、というわけか」
「ま、そんなとこでしょう」
「しかし、お前は本当に何者だ? いったいどこからその情報を仕入れてくる?」
未だに彼らはフォースという男が何者か、詳細をつかめていない。
どこから情報を入手するのか、経歴は何なのか、全てが不明のままである。
「そいつは、企業秘密って奴でさぁ」
相変わらずのだらけた雰囲気に一瞬で戻った。
その時、近場にあったモニターの画面が野外演習場に変わった。
「そろそろ始まりますぜ、会長の演説が」
そう言った後、フォースはロニキスの前から消えた。
ロニキスは一度溜め息を吐いた後、モニターに集中することにした。
その時、壇上に上がった一人の男。護衛は信じがたいことに誰もいない。
特に礼式ばった服装ではなかった。
それがベクトーア会長、ヨシュア・レイヤー・ヴィルヘルト・リッテンマイヤーという男だ。
選挙で当選した第七代目の会長、それが彼だった。
元々政治家の家系に生まれた男であり、彼の父親も優秀な穏健派政治家であった。
そんな父親から多くの事柄を学び、結果彼は十一年前に会長になった。
しかし、就任当初進めていた華狼との和平交渉は、ディール・ラナフィス外務長官が血のローレシアで死亡したことで水泡と化した。
この時、まだ若かった彼は、軍部の暴走を止めることが出来ず、結果戦争を泥沼化させてしまった。
その事が重なってか、彼は異様なまでに苛烈になった。
旧態依然とした連中を追い出す。それを中心に掲げた彼の政治は、支持されていると同時に多くの不安も産んでしまった。
賛否両論の会長、そう言って間違いない。
だが、彼は決して、民を顧みないと言うことはなかった。
あくまでも国家の基本は民だからである。特に企業国家になってこの方、それは更に顕著になった。
ヨシュアはそれを上手く使うことを知っていた。ある時は厳しくするが、それが過ぎれば負担を甘くする。いわばアメとムチの手法である。
そんな彼に、忠節を誓うならず者、それがルーン・ブレイドであった。
この部隊は十年前、ヨシュアが考案して作られた。
そこでも彼のアメとムチの手法は取り入れられた。
ならず者、無法者を大量に入れる代わりに、与えられる機体はほぼ全てが実験機であること。それが彼が出した唯一の条件だった。
しかし、ルーン・ブレイドはそれで良かった。
第一普通に働いても職がないのだ。拾ってくれるだけでもありがたい。更に、彼は十分にあの部隊を分かっていた。
そこが嬉しかったのだ。
そんな会長も、齢は五〇。
壇上に上る彼も、少しだけ皺が増えた。
「国民の皆さん、今年もよくこの祭りへよく来てくださいました。私は、まずその事に感謝したい」
澄んだ声だ。よどみはない。
この声が、また会長のカリスマ性を増している、そう思える。
そしてヨシュアは、自らの言葉でもって、戦を終わらせること、恒久的な平和を実現したいという理想、そしてそれを将兵や民が一丸となって勝ち取ろうと、高らかに宣言した。
まるでその語りかける様は、我が子を説き伏せるかの如くであった。
見ていた民の熱烈な拍手が巻き起こる。
ロニキスはそれを見て、甘い理想だと思った。
人間の歴史は戦いの歴史であり、そもそも戦が途切れなかったことはない。
だいたい自分達は軍人だ。恒久平和の実現などされたら、自分達は無職になる。
だが、この男にならば、付いてきてもいい。
なぜだか、そう思えた。
そのままヨシュアは退場し、抽選会へと移る。
くじが引かれ、対戦相手が決まっていく。
結果、ゼロとルナは同一ブロックになった。つまり、このまま順当に進めていけば、彼らは準決勝で戦うことになる。
そして、反対側のブロックには犬神竜三がいた。恐らく彼は順当に勝ちを進めていくだろう、それは本人の実力や機体の性能差その他全てを見ても明らかだろう。
ゼロかルナ、どちらかが決勝で竜三と戦う、それがロニキスの予測、否、確信だった。
「さて、竜三、どう出る?」
ロニキスはモニターに映し出されたKABで用いられる屋外演習場の風景を見ながら、ぼやくように呟いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
静かだった。
ただひたすら瞑想する。それが竜三がKABに出る前に行う儀式の一つだった。
己の中の雑念を全て消し去り、己に渇を入れ、心の刃を磨く。
己の心次第で、エイジスは強くもなり、弱くもなる。
故に竜三は精神鍛錬を欠かさなかった。どんなに面倒くさがりでも、これだけはやった。
そして、その精神鍛錬こそ、彼の強さの源でもあった。
かっと、目を開く。
目の前には、自分の愛機が見える。
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自分はその機体のパーツの一部となる。
竜三は立ち上がった後、機体のコクピットへと入った。相変わらずの着流しと雪駄姿で、だ。
どうも自分には耐Gスーツが合わないらしい。竜三はそう思っていた。
コクピットが閉まり、IDSSとコンソールユニットが下からせり上がる。
三面モニターが点灯し、周囲の様子を一度見て取る。
行ってこい。整備兵の一人がそう言った。
信頼されている、それは何となくだが感じていた。
今の雇い主であるエドは、嫌いではない。
今頃彼は七二時間不眠不休ライブを始めた頃だろう。
毎度毎度アホなことにも情熱を極端なまでに注ぐ、それがエドだった。
そういう情熱を持つ人間を竜三は嫌いになれなかった。
自分には情熱と呼べる物は、生まれつきほとんど供えていないと言っても良かった。
だからだろうか、情熱を持った人間が羨ましくも思えるときがある。彼がエドに惹かれた理由の一つがそれだった。
そんな情熱に答えるとするか、竜三はそう思った。
「面倒だが行くとするか。相棒」
IDSSに触れると同時に竜三はそう言って、格納庫から風凪を出撃させた。
屋外演習場に風凪が出てきた瞬間、客席から歓声がわき起こった。
その様子も、竜三はモニター越しに面倒くさそうに見ている。
目の前の相手は格闘戦を重視した機体だった。割と装甲は重厚、それでありながら各所にブースターを取り付けたために機動性は高い、装備は軽量化のためか、ナックルガードが両拳に装備されているのみ。
悪くはないセッティングだ。だが、技量はどうだ。
竜三の目つきが変わった。その目は、まさしくベーオウルフと呼ぶに相応しい、英雄の如き目であった。
会場が一瞬にして静かになる。
そして
『始め!』
の声と同時に銃声が一発鳴った。
KABの開催を知らせる合図でもあった。
一気に大きくなる歓声、それと同時に自機に突っ込んでくる敵機。
竜三は一度目を閉じる。
目を閉じていても、殺気は消えない。
殺気が近づいてくるのを感じる。
後二十歩。
その時、風凪は腰脇に差していた刀剣に触れる。
後一九歩。まだ動かない。後一八歩、まだ動かず。後一七歩、微動だにしない。
後一六歩。全てが静寂に包まれたのを感じた。
後一五歩。もう片方の手で、柄を持った。
後一四歩。
その時、竜三はカッと目を開いた。IDSSに波紋が一気に広がる。
一瞬にして体が沸騰したかのように感じた。
熱気、それが自分の全てを支配している。
迷うことなく、気の流れを攻撃することに全て向ける。
その時、風凪は体を青く発光させ、腰に差した刀を抜刀した。
一瞬だった。抜き終わったときには、既に相手の機体の両手が無くなっていた。
茫然自失としたのか、一瞬相手が動かなくなった。風凪はその隙を突き、すぐさま二の太刀を浴びせ、相手の機体の首を取った。
遠くの方に、その首は鈍い音を立てて落ち、それと同時に敵機の胴体もまた、崩れ落ちるように地面に伏した。
「犬神一刀流、
そう言い終わると同時に、風凪の腰に刀を戻した。
その瞬間、演習場は絶叫にも似た歓声に包まれた。
それにも竜三は面倒くさそうな視線だけ送り、そのまま風凪を格納庫へと下げた。
今になって呆然とした相手のパイロットがコクピットから引きずり出されるようにして出てくる。
弱い。
竜三はそう思って初めて、自分が強い相手との戦に恐ろしく飢えていることを自覚した。
例えば、二週間前の鋼との拳と拳との一戦などは、心底胸が躍った。
ああいった戦いが拝めないものか。一応挑めるであろう候補は二人いる。
それがゼロとルナだった。
どちらかさっさと上がってこい。
竜三は未だ鳴りやまぬ歓声を背に、そう思った。
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