第十七話『踊る者』(1)
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AD三二七五年七月一三日午前五時一五分
慌ただしい朝だった。
まだ夜が明けてからさして時間が経っていない。日もまだ東から昇って間もない。
だというのに、フィリム第二駐屯地の軍人は、どのような身分の者でもせわしなく動いていた。
基地祭一日目の到来である。
毎年のべ三〇〇万の人口が訪れるフィリムの中でもかなり大規模な祭りのシーズンが、ついに今年もやってきた。
そんな施設の一角で、朝礼を行うグループがある。
ルーン・ブレイドだった。
近年希に見るほど気合いが入っていた。他の部隊の隊員は後にそう述懐したという。
整備デッキ前に、一糸乱れず並んだその姿は、普段のバカばかりやっているダメ人間集団には見えなかった。
それもそうだ、壇上に上がり訓辞を述べているのがロニキスなのだから。彼自らの訓示では嫌でも気合いが入るというもの。
流石に全員が気を引き締めている。
「諸君、いよいよこの季節がやってきた。これは、我々の行動を内外にアピールする絶好の機会である。これは決して享楽ではない。任務の一つだ。任務は最大限にこなす、それが我々の使命だ」
全員が息をのむ。
去年は大失敗だった。アンケートの所に書いてある文字を見るだけでへこんだ。『Fuck You』だの『クズ』だの『死ね』だの、もう誹謗中傷の嵐だったからだ。
なんであんなプランを採用したんだろうと、今でも疑問に思うくらいだ。
だが、今度ばかりは自信がある。
多分この十年間で一番マトモに取り組んだと言っても過言ではないだろう。何せ国と基地の歴史も絡めながら紹介しているのだから。
なんか出来上がってみれば凄まじいまでのプロパガンダ臭がしてしまったのだが、あえて気にしないことにした。
確かにこの部隊は愚連隊であるし、各所から非難は浴びている。
だが、国に対する忠義はどの部隊にも引けを取らないと思っているし、運営維持費という観点があるため『節制』はないが、それでも他の三点の西洋哲学における徳は供えていると考えている。
故にこのプランは正解だった、そう信じたい。
班の割り振りも既に決定していた。ルナは第三課に出張という形になるが、機体の整備はやはり自分達の整備兵が一番よく知っているため、整備班を二つに分けた。
整備班出張組の班長はブラーが勤めることになった。暴走族時代からのウェスパーの一番弟子だけあり、ウェスパーに十二分に匹敵できるスキルを持っている。
また、サポートにレムとブラッドも付けた。本当はレム一人行かせれば良かったのだが、ブラッドを護衛に回した。
これらの要素のため、ルーン・ブレイド七に対して出張組三と、結構人数を割いたがまぁやっていけるだろう。
そして、ロニキスは渇を入れるように、叫んだ。
「全軍、配置につき、一気呵成に働けぃ! 散会!」
今まで聞いたこともないような剣幕の怒号だった。
それに感化されてか、一斉にロニキスに向けて敬礼した後、全員が駆け足で持ち場へと移動した。
「……艦長、ヤケにテンションが高かったですな」
残っていたウェスパーが呆れながら言った。
「若い連中をけしかけるには、これくらいやらないとダメだろう」
「そうは言っても、半分ノッてましたよね、あなたも」
「……どうだかな」
ロイドの言葉にロニキスは苦笑するが、誰の目にも一番ノッていたのは彼本人だし、何よりもそうやってはぐらかすあたりが一番怪しい。
慣れてきてしまったのだろうか……。
考えてもみればこの部隊に来てからもう四年も経った。月日が経つのは早い。
部下も育ってきた。
今後、いや、近いうちに大規模な作戦があるだろう。
それ前に最後の休暇を楽しませよう。
ロニキスは朝日を見ながらそう思った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同日午前五時一九分
相変わらず眠い朝ね。
ルナは大欠伸をした後、伸びをしながらそう思った。
ロニキスがあんな怒号を飛ばしても、眠い物は眠いのだ。
朝は気怠くて嫌いだった。特にこういう早起きの日は。
一応寝ろと言われたから寝たが、中途半端な睡眠時間だった故、これなら徹夜した方がマシだったかもしれないとまで思っている。
今かなりの大人数を引き連れて第三課が間借りしている整備デッキへ移動中であった。
一方、隣のレムはまったくもって眠そうには見えない。彼女はいつも無駄に元気だ。
少し血圧分けておくれなどと、無茶苦茶なことをルナは思い始めている。
それ以前に、ここ一週間ずっと思っていることがある。
実は自分、明日で二十歳だ。にもかかわらず、誰も何も言ってこない。
忘れられてるのかなぁ……。
少し寂しく思う。
盛大でなくていいから、誰か少しでも祝って欲しいと、心に思っていた。
と、間借りされている整備デッキに近づいてみると何やら怒号が聞こえてきた。
「いいか! 今月の売り上げ見込み、今回のイベントはこれを達成できる絶好の機会だ! 別会社に契約が奪われないようにすることが一番重要だ! よって、今回参加することになった我々は、キャンペーンを実施する!」
ちらりと覗いてみると、こんな朝早くから折れ線グラフをホワイトボードに貼り付け、現状の契約者数の推移を確かめているらしい。
第三課課長はホワイトボードがヘコまんばかりにバンバン叩きまくりながら説明している。
こういう暑苦しいのはやだ。
今更思ったがもう遅い。
しかし、キャンペーンとはなんだ。何か悪い予感がした。
そして、局長はまたもホワイトボードを一回思いっきり叩いた後、息を一度吸って激高した。
「KABでホーヒュニング大尉が勝つ度に、端末料金を一割ずつ実売価格から差し引く上、基本料金を下げる! 優勝だったら新規登録顧客一ヶ月無料キャンペーンを行う! 契約台数第一だと考えろ! わかったか?!」
吹いた。眠気が一瞬で消し飛んだ。
なんだか明らかに自分を頼りきっている。
というか責任重大ではないか。場合によっては第三課の中期経営戦略の見直しすら要求されかねない。
非常に危険な状況にある、色んな意味で。
「ね、姉ちゃん……な、なんかやばいことになってない?」
レムが恐る恐るルナを見る。
なんだか珍しく心配しているような感じだった。
だが、こうも危機に追い込まれると、恐怖より先に出てくるのは笑いなのだ。
そして、気付いたら自分は含み笑いをした後、腹を抱えて大笑いしていた。
「まったく、大変なことしてくれたわね! たまらんわ!」
笑いながら彼女は言う。もう腹を抱えて笑うしかない。
狂ったか。誰もがそう思ったと言うが、ルナの心境は想像を絶するほど晴れ晴れとしていた。
でも、と言った後、ルナは互いの拳を合わせ、人の字を作るが如く抱拳礼をし、気合いを入れる。
「上等! とことんやってやろうじゃないの!」
そんな大声を出したからか、局長の動きが止まり、外にいるルナ達を発見した。
「おお! 大尉、来てくださいましたか! 待っておりましたぞ!」
局長の声が響くと同時に、社員が一斉に頭を垂れ
「お待ちしておりました!」
と大声で出迎えた。
本当に体育会系のノリである。
階級で呼ばれるのは好きではないが、もしここでそんなことを言ってしまったら切腹とかやりかねない気がするから言葉を飲んだ。
「大尉、今日の調子の程は」
「あんたらが行おうとしてるキャンペーンのせいもあるから、負けるわけにはいかんわね」
「ま、それもありますがね」
局長が顎をかく。
「どちらにせよ戦闘データが欲しいのは事実です。特に格闘戦の、ね」
今までの熱血体育会系の表情が潜み、技術者としての顔が露呈した。
「新型機の開発故?」
「ここだけの話にしてもらいたいのですが」
局長は失敬と言って、ルナの耳の近くにて小声で言う。
「実を言うとね、新型量産機、ほとんど完成してるんです。後は大尉の稼働データから格闘戦用のデータを採取してそれを応用すれば終わりです」
正直驚いた。
次期主力量産機開発を行っているという噂は聞いていたが、まさかそこまで出来上がっているとは思わなかった。
と、なるとますます責任は重大だ。自分の機体データを元にして作るのだから、きちんとした成果を出さねばならない。
しかしここで気になることが。
「正式採用されるんでしょうね?」
ルナもまた小声で聞いてみるが、局長は自信を持って言う。
「大丈夫です。次期主力量産機開発計画はうちが落札しましたよ。内通者が何処にいるかわからないから、極秘裏に行ったコンペで、うちらがなんとか落札しました。百%出来ます」
「なら安心ね」
ルナがそう言った後、局長は彼女のそばを離れた。
すると、急にまた体育会系の気分が来たのか、大声でほえた。
「いいか社員一同! 我らに敗北はない! 契約者数でもギッチリ取るぞ!」
歓声が上がった。地響きがせんばかりであった。
「暑苦しいなおい……」
ブラッドが辟易としている。その気持ちは分からないでもなかった。
この暑苦しい場所に最高三日間、か……。
先行きに不安を感じるルナであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同日午前五時二九分
ルーン・ブレイド専用の整備デッキは、何処か寂しい物があった。
普段は六機も飾ってあるデッキには今や紅蓮の魔神-紅神一機のみ。
一機しかいねぇとこんなに広ぇもんなのか。
ゼロは周囲を振り向きつつそう思った。
今は紅神の最終調整と、オプションの変更だ。
まず紅神の主兵装『特殊両刃銃剣「デュランダル改」』におけるガンモードの使用を禁止にした。前方一キロを完全に焦土にしてしまうような危険なモードに変化させては被害がいくら及ぶか分かったものではないし、それ以前にやってしまったら、KABは一騎打ちではなく大虐殺ショーになってしまう。
さすがにそれをやったらゼロはおろか、ルーン・ブレイド全員が近年希に見る殺人者だ。そのため今回はこのモードへの変形は封印である。
続いて執り行ったのがオプションとしてかつて無理矢理付けられたスクエアブレードのタイプ変更である。
KABは屋外で戦うことになっているが、戦闘するスペースが割と狭い。
スクエアブレードは折りたたんでまるで競技用のブーメランのような形状にして飛ばせるようには出来ているが、戻ってくるまでに隙が生じることになるのは必定。
そこですぐさま戻せるようにEL製のワイヤーを基部に仕掛けた。一応強度計算では例え大地に突き刺さってもワイヤーを引っ張ればすぐさま紅神に戻るようにはなっている。
射程距離こそ低下したが、必要十分な射程距離は確保出来た。
後は自分がこれをどう使うが、それが見せ場であり試合の鍵だろう。
ちらりと、外を見てみる。
先程よりは日が昇ったが、まだ東の空から昇ったばかりという印象が強い、
そしてこのタイミングでふと思い出す。
ゼロは整備班員を尻目にSNDを起動した後、北米大陸にある某ラジオ局のページへアクセスした。
そろそろ、あのラジオが始まる頃だ。
そして、そのページに行きヘッドフォンをつけ再生を開始した途端
『イィヤァァァァァァァァァッ!』
という異常にハイテンションで異常に甲高い男の声と無駄にかき鳴らされるエレキギターの音が聞こえてきた。
そしてトークが始まる。
『全世界六五億の迷える子羊ちゃん、元気してた? ローリングの世界懺悔タイムの時間だぁ! 司会は相も変わらずこぉの俺、TK・ザ・ヴィンセント・ロゥリング・小石が、努めたらぁぁぁぁぁ!』
相変わらず甲高い声で巻き舌をやる物だ。古き良きメタル臭がするのがどこかいいが、なんだか非常に挑発しているようにも聞こえてくるあたりが腹立たしいとも言えなくもない。
これこそ、全世界で三〇%という凄まじい視聴率(ラジオ発信源企業国家発表)を誇るお化けラジオ『ローリングの世界懺悔タイム』である。
傭兵稼業中に暇だったから始めたラジオ投稿は気付けばゼロの趣味になっていた。
『さぁ、早起きして待っているラジオマニアを筆頭に、朝帰りのサラリーマンや朝早起きしてラジオ体操やってる爺さん婆さん、果ては夜更かししたクソガキ共を相手に繰り広げる俺様独自のこの番組、放送開始から既に一〇年過ぎちまったぜぁぁぁ! PTAの苦情も山ほど来てっけどよぉ、なめとんのか、この○※#$! 俺様のラジオ聞いてねじ曲がるようなクソガキのことなんざぁしったことか! だいたいなんでてめぇらのガキまで面倒みなきゃなんねぇんだよ、この○※#$野郎が!』
この司会者、相当過激なことで有名だった。だが、それがこの番組最大の持ち味である。
『世間の批判なんぞクソ食らえ、俺のやりたいようにやらせろや』、それを合い言葉に作られた番組なのだから。
凄まじい時には人生相談を三秒で切り上げたことすらあった。
だが、その独創性並びにこのDJの切り口と相まって視聴率がラジオとは思えない高視聴率を記録しているお化けラジオになってしまった。
六五億の三〇%という数値がいかに巨大かは一瞬で理解できると思う。それだけこの番組は尋常ではない。
で、ゼロはと言うと、実はこの番組がやり始めた初期から投稿している生粋のリスナーであった。そのため見過ごすことなど当の本人の極めてどうでもいいプライドが許さない。
基本的にこの番組のスタンスは割と普通のトーク系のラジオ番組と変わらない。
視聴者からの楽曲リクエストも同時に添えたハガキ、メールなどを元に面白そうな意見を採り上げそれを読み、楽曲が流れる。後たまにゲストを呼ぶ。
DJであるローリングの過激トークばかりがピックアップされるが、その内容は驚くほどオーソドックスな代物なのだ。
『はい、ほんじゃ今日の葉書いこかぁ。「おはよッス。なんか最近就職決まってそれなりに金も入っていい感じだが、よりによって上司がゴリラ女でメッチャきついね~、すぐ殴るし。なんかいつか見返してやりてぇとこだが、ンなこと言ったらこの間軽くアッパー一発喰らった。そんなむかついた時にスカッとするにゃあシャウトするに限る。つーわけで、FTBが二四年に出した『Listen to The Music』をリクエストすンぞ。耳かっぽじって聞きやがれ」。ラジオネーム『ストレンジャー』さん、毎度変でイカレポンチで超頭悪そうな葉書どうもです』
どうやら自分のネタが通ったようだ。割とこの名前、実はラジオマニアの間では有名である。
元々戦場にいる期間が長いとはいえ、傭兵稼業はフリーランス。収益のない暇な日も存在した。
そんな暇つぶしに始めたのがラジオ投稿だった。ラジオネームは近場の本屋で雑誌を探していたときに小説コーナーで見つけた本の名前がきっかけであったという。
最初の頃はこの放送でハガキが通った後、散々に言われてぶち切れラジオを木っ端微塵に破壊したこともあったが、どうもバカバカしいと思ったのかそれも途中で止まり、気づけば常連入りだ。慣れてしまったと言える。
やはり、彼、相当のバカである。
『まぁいいや、フェイドトゥブラックで『Lisstn to the Music』』
彼はこのバンドが好きだった。ハードロックとテクノを融合させたこのスタイルがゼロの気分を高揚させる。
これが彼なりに見いだした一種の精神統一方法であった。
で、この曲を聴いたら精神の集中は一旦終わる。そろそろ常に欠かさずやる個人鍛錬の時間だ。
ラジオを切る。
「あんた意外な趣味してるわね」
アリスが話しかける。
こういわれるのももう何度目だろうか。今まで出会った人間の大概はこう言うのだ。
「暇が高じてやってるようなもんだ。てめぇのゲームだってそうだろ?」
「ま、そりゃそうね。で、今日も変わらず、鍛錬ってわけね」
アリスがゼロの座っている椅子の横にある銀光りする武器ケースを見ながら言った。
「ったりめぇだ。さすがに剣を振るわなかったら体が鈍る」
身の丈を上回る武器ケースに、同じく身の丈以上の両刃刀。この剣を使って何年になるか。
だが、この巨大な剣が自分には一番しっくり来た。
剣自体の重量もかなり重いためか、数日持たないだけでもキレが鈍る。それを防止する意味合いでも、ゼロは毎日の訓練を欠かさなかった。
それにアリスは感心してる風だった。
「あんたも意外に考えてんのね」
なんだかバカにされたような気もする。これではまるで普段からあまり物を考えていないようではないか。
実際彼なりに身の振り方などは考えている。ただ、今の最優先事項は『どんな相手だろうと邪魔する奴は斬る』、この一点しかないのだ。
それで今は十分だった。
椅子の横に置いてあった武器ケースから両刃刀を出す。相変わらず無骨な剣だ。
椅子から立って外へ向かう。
外に出てみると、先程よりも更に日がまぶしくなった。
一度風が吹く。
気候は悪くない。雲の流れを見ても、雨になることもないだろう。
ならば、ますます相手をぶちのめすのに最適な日取りといえる。
KABはトーナメントだ。負けは全く許されない。
そんな負けを振り払うが如く、ゼロは両刃刀で演舞を始めた。
演舞をしている最中、彼は無心になれた。この時が一番集中力が増した。そして、これを振るっているときこそ、強くなれると実感できた。
だというのに、何故だろう。それが、全て瓦解してしまう気が最近しているのは。
俺はまだ強くなるさ。
雑念を消し去り、ゼロは演舞を続けた。
吹き付ける風が、どこか波乱を予感しているような気がした。
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