第十六話『勇猛なる者』(3)-2

同日午後一時五分


 ゼロとルナの二人は、結局悩んだ末にフィリムの郊外にあるパスタ屋で食事を取った。

 今はコーヒー片手に今後のことについての談笑だ。


 周囲を見てみると、流石に軍関係者はいない。いるのは会社勤めのサラリーマンやOLがメインであり、明らかに自分たちが異質な存在であると言うことが、ルナにはよく分かっていた。

 しかし、こうしていると端から見たらデートに見えるのだろうか、などと彼女は考え出す。

 それもそれで悪くない、とルナには思えた。


 少し暗めの店内、光は側面にある窓から来る陽光と、わずかの電球しかない。だが、それが逆にさわやかで良かった。


「で、例のKABとやら、てめぇと俺が出るって事でいいのか?」


 ゼロがブラックコーヒーをすすりながら聞いてきた。

 この男、確かに口は悪いし、傍若無人なところもあるが、決して下品ではないというのがルナの持っている評価の一つだった。


「ま、そういうことになるわね。でも、うちらの規模考えたら、二機も出せるわけ無いしね。まー、一つだけ裏技があるんだけど」

「なんでぇ、そりゃ?」


 ルナは少し身を乗り出して、ゼロに小声で言う。


「他部隊に雇わせるのよ、自分を。優勝したら賞金半分貰うってことにしてね」


 KABには出たくても出れない者達が存在する。

 例えば、専属パイロットはいるが、部隊でない故に参加できない、されどどんな機体でもいいから実働データは欲しい、と考える機械開発部が主な要因である。


 KABで得られたデータは当然のことながら各機械開発部に送られるようにはなっている。

 しかし、それでも得られないデータ、例えば他の機械開発部のブラックボックスから得られるデータは公開されないため、他の部署から抜きん出るためにも喉から手が出る程欲しい。

 そのデータを得るために人員を雇うこともある。要するにデータの囲い込みである。

 違反しているようにも見えるが、これは一応大会の正式ルールで認められている。


 しかし、これが正式ルールに採用された理由が、よりにもよって『面白そうだからいいじゃん』とかいう最悪な理由であることを知る者は少ない。


「つまりだ、俺かおめぇのどっちかが外れようと、稼働データ欲しい連中のところで出場すりゃぁ、保険が掛けられるっつー寸法か」


 ゼロの疑問にルナは頷いた。


「ま、そゆところね。さてと、忙しくなるから、そろそろ行くわよ」


 ルナが立ち上がると同時にゼロも立ち上がり、店を後にする。

 結局料金は割り勘にした。


 外に出ると、街は活気に満ちていた。

 煉瓦造りの舗装路は歩行者天国となり、人の往来は激しく、多くの市民で賑わっている。

 とても戦争をやっているようには見えない、穏やかな風景が広がっていた。

 初夏の日差しが、少しまぶしい。


 そしてゼロとルナは食料の買い出しを終え、市営駐車場へと向かっていた最中のことだった。

 突然ルナが、ある料理店のメニューの前で足を止めた。


「どしたい?」


 ゼロの問いかけにルナは目を輝かせながら応えた。


「うん。一度ね、この店で食事してみたいなって思って」


 意外なほど至極普通な願いだった。普通すぎて呆気にとられた、まさにゼロの心理はここに尽きる。

『いつか俺が食わせてやるよ』、と言いかけてゼロはメニューに書いてある値段を見て言葉を飲んだ。

 恐ろしく、高い。

 ランチにもかかわらずセットで値段は五万を超える。恐らくディナーはもっと高い。 


「……これ、きっとカンマの位置が間違ってて〇が一つ多いンだよな?」


 ゼロは引きつりながらルナに問いただすが、彼女は


「いや、これが正規の価格。物凄く美味しいけど物凄く高いの。それ相応の代償、ってわけ」


と、落ち着いて話した。

 ここ、何度も雑誌や料理研究本に出ている超名門の三つ星フランス料理店である。

 大企業のトップはもとより、政財界の人物まで利用するというお墨付きだ。

 要するにゼロとは全く縁がないのである。

 そしてルナも、給料の関係から見積もっても、縁がなかった。

 だから結局出てくる言葉は


「俺にゃ無理だな」


という先程言いかけた言葉とはまるで真逆の言葉だった。


「ま、夢だからね」


 ルナは呆然と値段を見つめているゼロの肩をポンと叩き、彼を引き連れて駐車場へと向かい、今日最後の目的地へと向かうのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午後三時二八分


 ベクトーア国防総省。

 フィリムの中心地から少しだけ離れた場所に位置するその施設は、陸・海・空省を内部に省として持っている。即ち、省の中に省を持っている、ベクトーア唯一の省であり、ベクトーア軍の総本山だ。

 その施設の駐車場へと入ろうとする者が二人。ゼロとルナである。


 ルナは何度来ても、この施設には慣れなかった。

 それもそうだ、辟易するほど高い塀、何重にもなっているEL製のバリケードのみならず、対空砲にベアリング弾を一斉射出できる対人兵器、そしてミサイルランチャーまで付いられている。

 更にはそこら中に配備された重装備のクレイモア。当然全部七五年生産型だ。


 一時期は外観の装飾が綺麗である故に観光名所としても栄えたこの施設には、今や近づくのは軍関係者のみとなっていた。

 ゼロはここに訪れるのが初めてであるが、最初に飛び出した感想は


「どこの城塞だよこれ」


である。

 ちなみに誰もが同じような反応をするようだ。


 そんな施設の地下駐車場にXKRを置き、本部に入るための入り口で少しふてくされたように見える兵士の前でIDカードをかざせば内部に入ることが出来る。

 内部は清潔に保たれているが、あまり飾り気はない。ベクトーアの中でも、比較的珍しいタイプの建物であるといえる。

 しかも大量の監視カメラやサーモスタッドまである。ゼロからしてみれば、どうもこれほど監視されるのは気にくわない。

 更に、この施設、窓が一つもないのだ。全て防火用の壁面で覆われている上、よく見てみると緊急時に作動させることが可能なガンカメラまである。


 どこまで重装備にすりゃ気がすむんだよ。


 ゼロはもう呆れて物も言えなかった。

 そんな施設の三階にある部屋に、ルナは用があった。


 その部屋の周辺には更に厳重なセキュリティが設けられている。

 待ちかまえているのは重苦しい扉と、その横にある虹彩認証と両腕の静脈認証を果たすための装置だ。

 ルナは一つ溜め息を吐いた後、扉の前にいる衛兵の指示通りに認証を済ます。

 その後、ゼロが続いて行う。


 が、事ここに来て問題が発生した。

 左手が義手だから静脈が存在しないのだ。このままでは入ることが出来ない。

 悩むゼロ。

 しかし、突然、近くのスピーカーから声が鳴った。


『構わんよ、入りたまえ』


 その一声で、重苦しい扉は開き、また新しいエリアが現れた。

 そのエリアは、今までのエリアに比べると扉一つ一つの間隔が広く、それと同時に少し高級感も増していた。

 まっすぐと続く廊下。それで暫く進んだ後に現れた扉を、ルナは一度ノックする。

 そして息をのんだ後


「失礼いたします」


と、凛とした声でその部屋に入った。


 かなり広い部屋だった。通りで部屋の間隔が空いているわけである。

 床には絨毯が敷かれ、そこはかとない高級感にあふれていた。

 しかし、そんな絨毯を覆い隠さんばかりに整然と積み重ねられた多くの資料、膨大な数のモニターと共に、仕事に精を出す男が一人いた。

 机の上で筆を走らせ、書類にサインを終えた男に向けて、ルナは足並みをしっかりと整え、敬礼する。


「海軍第四独立艦隊戦闘隊長、ルナ・ホーヒュニング大尉、ゼロ・ストレイ少尉を伴い、出頭いたしました」


 今までのルナと比べて凄まじく堅苦しい。

 一応こういう態度も取れるのか、とゼロは感心していたが、確かに目の前の相手にはこうした態度を取るのが礼儀であろう。

 だからゼロも敬礼した。


「もうそろそろ来る頃だとは思っていたぞ。ついでに、堅苦しい挨拶は無しだ。親子だろう?」


 机に筆を置いた後、男は苦笑した。その笑みは何処か優しい。


「あらあら、全部お見通しってわけ?」


 一方のルナも、急に態度が砕け、いつもの少し軽い調子に戻った。


「基地祭の出し物のために、アーカイブの検索に来たのだろう? 出してもいい資料ならば、今隣の部屋に全部上げてあるよ」

「おお、さっすが養父父さん! 手が早くて助かるわ」


 ルナはすっかり上機嫌になった。

 この男こそ、ルーン・ブレイドの全権を握るのみならず、海軍の全てを統括する海軍省トップである海軍総司令官、ガーフィ・k・ホーヒュニング准将である。

 そして、この男が、今のルナの父親であり、レムの実父でもある。


 レムは彼からブロンドの髪を継ぎ、エメラルドグリーンの目の色は母親から継いだ。

 そんな彼の目は、ルナと同じくダークブラウンである。これはルナの実父であった故ディール・ラナフィス外務長官(当時)と親戚関係であったことを如実に表していると言えよう。


「ところで、後ろの彼が例の?」


 ルナがすかさず頷いた。

 元々ルナの目的の中には、どうやらゼロをガーフィの所に連れてくると言う目的があったようだ。


「ルナ、少しだけ外してくれないか?」

「わかったわ。じゃ、後で」


 ルナはゼロとガーフィだけを残し、自分は資料のある隣の部屋へと消えていった。

 そして、ルナがいなくなった段階でゼロが話を切り出した。


「随分とお偉いさんになったもんだな、ベルセルクとまで恐れられていたあんたが」

「成り行きでなったまでだ。それに、こっちはこっちで、前線とはまた違った戦いがあるしな」


 ガーフィはゼロに対して苦笑しながらため息混じりで述べた。

 軍人の家系の名門であるホーヒュニング家の三男として生まれたガーフィは、三人の兄弟の中でも、最も優れた手腕を発揮したと言っても過言ではない。

 昔は最前線で『ベルセルク』とまで恐れられたエースとして、今は海軍省トップであるが故のその卓越した政治手腕で他国から恐れられる名将、それがガーフィの姿であった。

 ちなみに上の兄弟二人とも艦隊の現役司令官であり、双方とも有能である。


「正式な自己紹介がまだだったな。俺はガーフィ・k・ホーヒュニング。海軍総司令官となってはいるが、そんなことは気にしなくていい、というより全く気にしていないようだな……」


 呆れるガーフィ。それもそうだ、人が自己紹介している間でも、ゼロはと言うと大欠伸をしているのだから。

 緊張感のかけらもない。


「堅苦しいこたぁ嫌いでな。ま、名前の方もこの間名字が付いたばっかだけどよ。鋼なんて異名があっからそっちでもいいぜ?」

「いや、名を聞こう。失礼なんでな」

「ゼロだ、ゼロ・ストレイ」

「そうか、いい名だ。ま、立ち話もなんだ、座れ」


 ゼロはデスクの前にある長ソファーに腰掛け、ガーフィもまた、自分の椅子から立ち上がり、ゼロの対岸に座った。


「いや、うちの娘が世話になっている」


 ガーフィが一つ、頭を下げる。しかし、ゼロはと言うと、一度溜め息を吐き


「親御さんの前で言うのはまずいと思うけどよ、姉貴の方はすぐキレる上すぐ泣くし、妹の方に至ってはいい感じにむかつくな」


と、堂々と批判した。

 本当に率直だ。言葉をオブラートに包むという事を全く知らないようだ。


 しかし、ガーフィはこの態度が逆に気に入ったようだ。

 何者にも物怖じしない、そして遠慮もしない、そのスタンスでゼロはずっと生きていた。

 実に面白い男だ、そう感じているようだった。


「そう言うな。あの子達はああ見えても、結構いい子だぞ。俺の誕生日には毎回なにかしら贈り物をして来るんだからな。ついでにこの間も、帰ってきて早々に三人で食事に行った。なかなかにいい親子関係だと思うがな」


 この親バカめが…。


 ゼロは呆れる。なんだかんだでルナもレムも一九と一六、いい加減に親離れも必要な年齢だ。

 しかし感じた。それ以上にこの親バカ野郎の子離れの方が先決だ、と。


「さて、話、いいか?」

「大方見当は付いてる。ナノインジェクション、だろ?」

「そうだな。それもあるし、もう一つある」

「んだよ?」

「君は仲間というものをどう思う?」

「正直言うと、不思議だな。俺は仲間なんか持ったことなかったからな。あいつらがいると退屈しのぎにゃちょうどいい」


 考えてもみれば、十年前にゲリラの村で、裏切りに合い全員死んでから、仲間など持ったこともなかった。

 華狼に拾われたときも、仲間と言うよりはただの怪我人扱いだったし、玲ことジェイスから紅神を受け継いでからは、どの傭兵組織にも属さず、ただ一人。

 孤高の傭兵と言われていたが、実際には、今思えば殺戮の権化だった、そんな気もする。

 だから今の部隊にいると、時々奇妙な感覚に襲われる。

 それが何かは、まだわからない。


 ガーフィは答えの一つを知っているようにも思えたが、自分で考えることにした。そうした方が自分のためにもなるだろうと、彼なりに考えた結果だ。

 ガーフィもそう感じたのだろう。だから


「いずれわかるさ。それまでじっくりと考えてみるといい」


と、笑顔で答えてくれた。

 ゼロにしてみれば、ありがたい態度だった。


「ところで、次の話いいか?」


 ゼロは覚悟を決めて頷く。

 ナノインジェクション、自分が人でなくなった証の一つ。

 そう考えていた。この言葉が出るまでは。


「『人』の定義とは、君にとっては何だ?」


 この言葉の答えが、ゼロには出なかった。そして、この言葉が、彼にとっての人間の定義を考えさせるきっかけになったと言っても過言ではない。

 人間とは何か。生物学的な物か、それとも精神的に見た物か。

 生物学的な観点から見たら、血液を改造され、左半身は機械となったから、人と呼ぶのは難しい。

 精神的に見ても、人を殺しても何も感じない地点で、人ではないのだろう。

 金が入れば、軍からの依頼は何でもやった。時には汚い作戦も、平然とやった。


 どこをどう取っても、立派な化け物じゃねぇか。


 そう考えていたのに、ガーフィは言った。


「君はまだ人間だ」と。

「何故だ?」

「諦めたこと、ないのだろう?」

「ったりめぇだ。絶望的な状況下でもほんの少しの可能性に全てを賭けるのが俺の性分でな」

「それだよ。そういう心を持っている限り、まだ人間だ。それに、それがあの子を引き留めさせた理由でもあると、俺は思っている」


 『心』、未だに機械化が出来ていない奇妙なもの。

 人間が紀元前八世紀頃に、自我を確立するために『発明』したものだというのに、その解明が未だに出来ていない。

 そしてそれが何なのか、ゼロにはよくわからなかった。


「そんなもんかねぇ…。往生際悪ぃってんじゃねぇのか?」

「それもまた、『諦めない』ということの一つだろう? それにな、君を人間でないと認めたら、俺はあの子達も人間でないと言ってしまうことになる」


 コンダクターとして生を受けた義理の娘と、コンダクターとして目覚めた実の娘。そんな二人の子供を持ったこの父親にとっての人間の定義は非常に広い。

 コンダクターは、確かに化け物として言われるだろう。しかし、それでも彼は一度もそう思ったことはない。

 あくまでも、自分の娘であり、人間なのだ。


 ゼロもまたそうであった。たとえ体の構造が普通の人間と変わっていようが、ガーフィの定義通りに進むならば、彼もまた人間である。

 ゼロにはまだ、その定義が分からなかった。

 その時、デスクの上にあった電話が着信を知らせたので、ガーフィはそれを取った。


『准将、会議のお時間ですので、お早めに』

「わかった」


 彼は電話を切った後、調べ物をしていたルナのいる部屋のドアを開けた。


「ルナ、すまんが、ちょっと会議があってな。資料は持ち帰っていいから、ちょっと出てくれないか」

「りょーかい」


 気楽に言うルナ。その態度はどこかご機嫌であった。資料が入ったおかげで手間が省けてうれしいのだろう。


「じゃ、俺もこれで失礼する」


 ルナが部屋から出てくると同時に立ち上がるゼロ。

 しかし彼にとってはわずか五分とはいえ、考えさせられる時間であったことは間違いなかった。

 ここに来たのは間違いではなかった。そう実感できた。


 そのままルナと共に部屋を後にすることにし、ドアノブに手をかけたとき、ガーフィがゼロを呼んだ。

 そして一言。


「今度来るときまでに、答えを見つけてくれ」


 自分にその答えが見つけられるだろうか。

 ゼロは疑問に思ったが、出来る限りやってみよう、そんな気にはなった。

 初めて、『自分』という存在の定義を知りたくなった。

 だからゼロも答えるときに一言。


「あいよ」


と、いつもの挨拶で答え、部屋を後にした。

 そのまま駐車場へと向かうエレベーターに乗る二人。


 ルナに目をやると、大量の資料を腕に抱えているが、少し表情は嬉しそうだった。

 だが一方のゼロの顔は浮かない。


 俺は何だ。そしてガーフィの言ってた『心』とは何だ。


 未だにその疑問が続いている。

 そして気付いたら、自分はXKRの運転席に座っていた。エンジンはまだ掛けていない。

 さすがにボッとしている様子をいぶかしんだのか、ルナが


「何を話してたの?」


と尋ねてきた。

 正直、言っていい物かどうか悩んだ。

 だが、まだ言わなくていいだろう。そんな気がした。


「なんでもねぇよ。行くぞ」


 少しふてくされるルナ。一方のゼロは、ルナを助手席に乗せた後、エンジンを入れた。

 車を走らせ、駐車場を出て外に出たとき、周囲は既に夕暮れとなっていた。

 夕日が、少しまぶしかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午後一一時二一分


「飲みに行かないか」


 ブラッドにそう誘われて、ゼロは場末の酒場に足を運んだ。

 日本の経営している飲み屋だった。店内は少し暗いが、落ち着いた雰囲気が漂っている。

 夜遅いからか、客もまばらで静かだ。更に酒も各種あるため悪くない。


 テーブル席の一角で二人は飲むことにしたのだが、一向に話が進まない。

 だいたい男二人で飲みに来ると言っても何を話せと言うのだ。

 ゼロはそう思っていたようだが、ブラッドが話を切り出した。


「鋼、お前には言っておく」


 その口調は、何故か暗かった。


「俺は、戦後、裁判所に出頭するよう命令されてる」

「今何つった?」

「戦後に裁判所に来いと、軍からのお達しだ、そう言ったつもりだ」

「死罪、か?」

「だろうな、どのみち俺の命は長くない。戦で死ぬか、それとも判決の決まっている裁判の後で電気椅子に座って死ぬか、どのみち俺には天寿を全うすることは許されちゃいないらしい」


 ブラッドは淡々としながらも、苦笑するように述べた。

 しかし、こういわれると、レムが心配になった。なんだかんだで彼女はブラッドを慕っているように思える。

 そんな彼が死ぬことを、彼女は分かっているのだろうか。それを疑問に感じた。


「あいつぁ、これらのこと知ってるのか?」

「教えてない」

「なんでだ?」

「おかしいと思わないのか?」

「何が?」

「あんなまだ学校に通ってるようなガキが、エイジス与えられて戦線を切り開いてるって現状をだ」


 その質問はゼロにとって愚問以外の何者でもなかった。


「俺なんか五歳から戦をやってたぞ。別に今の時代不思議じゃねぇし、第一てめぇだって長ぇんだろ?」


 ゲリラの村で少年兵として戦い続け、そして今でも延々と戦い続けているため、彼としては別に一六歳で戦い続けているという話には何の疑問ももてなかった。


「あいつ、ここには俺より前からいる」


 この言葉が出てくるまでは。


「……何?」


 流石に唖然とした。

 いくらなんでも民が窮しているようにも思えないし、兵士ならばまだ彼女以上の素質を持った兵士もいるだろう。

 何も彼女を使う理由がない。

 だが、未だに軍にいる理由は何だ。


 まさかとは思いたいが、後天性コンダクターに覚醒することを最初から見込んでいたのか。

 もっとも、考えていても真相はどうだかなどこの時はまだわからないのだが。

 ブラッドは少し小声になって話を続ける。


「あいつ、二年前から自身の手を血に染めてンだよ。あんな年端もいかない子供、それも女に剣と銃握らせて、あまつさえ殺しをさせてる。あいつ、いつも笑ってるが、昔はよく泣きついたよ。やっぱつらかったんだろうな、色々と」


 珍しく、あのブラッドが憂えた表情をした。そして一本、スーパー16を吹かす。周囲に煙が渦を巻く。

 だが、ゼロは溜め息を吐いた後


「一つ言っておくぜ」


と言って、話を切り出す。


「俺にとって、戦場ってーのが全てだった。あそこは全てが麻痺する場所だ。ずっと同じ戦地で毎日毎日殺しをやってみろ、殺しそのものが作業になる。おめぇだって経験しただろ?」

「ああ、わかるさ。あの時の俺達は狂気に満ちた獣でしかねぇ」


 その言葉の後、ブラッドは吸っていたスーパー16が短くなったのを感じ、灰皿に押しやり、不敵に笑った。


「だがな、あいつらと二年いてみるとなぁ、たまに忘れたくなってくるんだよ、色々と。たまに『もうちっと生きてぇ』なんてガラになく考えちまったりする。なんでそう言う風になったのか、俺の理由はシンプルだ」


 言い切った後、またにやりと、不敵に笑い


「あいつを守ってやりてぇからだよ」と、恥ずかしげもなく言った。


「おめぇ、あいつに惚れてンのか?」


 ゼロが苦笑するが、ブラッドは顔の前で手を振って拒否した。


「まさか。ただ単に、子供に殺しをさせたくねぇだけだ。俺と同じ目に、させたくねぇんだ。それだけだ」


 ブラッドは話を終えた後、杯の中の焼酎が空っぽになるまで一気に飲んだ。

 どうやらブラッドの『演説』は終わったらしい。


「てめぇからンなマトモな話聞けるとは思わなかったな」


 これが正直な感想だった。

 そしてヤケに饒舌だったな。そう感じたが、それは声に出さなかった。


「お前にも色々と考える時が来るさ。『人』っつーのは、そういうもんだ。考えて考えて考え続けて、その都度答えを出して前に進む。俺の場合、今の仲間と一緒にいる答えはさっき言ったそれだ。で、お前はどうなんだ、『ゼロ』」


 初めて、ブラッドはゼロの名前を呼んだ。その心地は、どこか悪くなく、むしろ暖かかった。

 人には、何か一つの事柄で人生が狂ってしまうことがあり、そしてそれが原因で性格までも変わってしまう。

 ブラッドという男は、その一例なのだろう。今日二人で酒を飲み、そう感じた。


 そして考えてもみれば、こういう質問をガーフィからもされた気がした。

 これも『仲間』という物の一種の形態だろうか。

 ゼロはこの時からそう感じ始めたという。

 そして先程の問いに彼は、少しだけ笑いながら


「まだ出てねぇよ」


とだけ答えた。


 簡単に出る答えではない。

 だが、そう言う人生も悪くないな。

 なんとなくだが、そう思えた。


「ま、答えはゆっくり自分で探しな。そういうのをはじき出すのはあくまでも自分だ。ま、飲め」


 杯に先程一升瓶で来た日本酒がさっそく注がれる。その臭いは、どこか芳潤であった。


「おう、あんがとよ。てめぇも空だ。注いでやる」


 ゼロもまた残った日本酒を、ブラッドの杯に注いだ。


「そいじゃ、何に乾杯する?」


 ブラッドの問いに、ゼロは少し考えた後、杯を見て言う。


「杯と、ここにある俺達の血肉になる酒に」

「血肉にゃならんぞ、そういう物質入ってないから。ま、んなこたどうでもいいか」


 ブラッドは苦笑し、ゼロと杯を交わした。

 そしてタイミング良く来るつまみ。近海から取れた魚の刺身と、焼き鳥の盛り合わせという、酒を進めてくれと言わんばかりのメニューだった。

 結局、この二人はこのつまみが影響してか、朝になるまで飲んでいたという。

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