第十六話『勇猛なる者』(3)-1

AD三二七五年七月二日午前一〇時一〇分


 基地祭に向けた準備が進む中、ルナはゼロと共に基地から外出してある場所を訪れていた。

 『修練所』、『第七監獄』など、様々な悪名があるフィリム第七M.W.S.教習所である。

 ここにいる教官に用があった。

 基地兵に聞くと、その男は司令塔の上から相変わらずスピーカーでがなり立てているという。


「相変わらずみたいね」


 ルナは苦笑しつつも、その司令塔へと向かった。

 司令塔をエレベーターで登り、一番上に着く。

 一番上にある司令室を開けてみると、確かに凄まじいがなり声が響いていた。


「何倒れとんじゃこのイ○ポ! オートバランサー正常に稼動してンだぞ、それでも転ばせるたぁいい度胸だ! てめぇのケツ穴は後でB-72突っ込んでファックしてやる! 罰としてグラウンド十周追加だ、さっさとやれこのチ○カス!」


 司令塔全土に響き渡らん声を、更にマイクを使って音量を大きくし、地上で教習用のP型クレイモアに向かって怒鳴りつけるこの男に、ルナは用があった。

 ザックス・ハートリー中佐。現新兵教育監督にして、元ルーン・ブレイド指揮官である。


 常に響き渡る怒号、枯れることのない大声、ウェスパーとはライバル関係にあった巨大暴走族『グランド・エンパイア』の元ヘッドである時からの習性なのか常に目つきが殺気立っているし、トドメはもはや誰もが後ずさりする髪の毛一本たりとも残っていないスキンヘッドだ。

 恐いにも程がある。

 そして更に怒号は続く。


「何でFCS使って的に弾当てられんのじゃぁ! 一番命中率低い奴は罰として全機体のペイント弾洗い流せ! チ○コついてんのか、てめぇらは、あぁん?!」


 他の司令塔の軍関係者がいちいち耳を塞ぐほどの大音量だ。

 聞いた話ではこれが毎日一〇時間以上続くと言うから驚きだ。齢三八にしてこれは賞賛に値する。

 しかし、延々とこの風景を眺めているわけにもいかないので、ルナが話しかけることにした。


「あの……」

「だぁからマニピュレーターで殴れるのは一部の機体だけだろ! ナックルガードついてねぇんだよ、手ぇぶち壊してどうすんだこのド腐れ野郎!」


 全く気付いていない。むしろ音量が余計に大きくなっていくのがよく分かる。

 だから先程よりも少し大きな声で言うことにする。


「あの~……」

「今通信で愚痴こぼしたバカはどこのどいつだ?! 後でてめぇらにはクソをプレゼントしてやる、わかったか?!」


 ダメだ。全く聞いていない。

 そう思ったゼロは、何のためらいもなく、それはもう、ザックスに匹敵せんばかりの大声で


「タコ親父!」


と一喝した。

 時が止まった。ルナは後にそう述懐した。


「あん?!」


 殺気だったザックスがゼロの方を向く。

 その表情は憤怒に満ちあふれており、顔全体を赤く染め上げていた。確かにタコに似ている、気がする。

 そしてそれでようやくザックスは気付く。


「や、ど、ども……」


 ルナが引きつった笑みでザックスの怒り狂った表情に応えたのだ。

 その瞬間いとも簡単に怒りは解け、ザックスは急に上機嫌になり、ルナに近づく。


「お、ルナか! ちょっと見ねぇ間にまたでかくなったな!」


 ルナの肩をザックスはバンバン叩いた。

 少し痛がるルナ。

 しかしこの様子は、なんか夏休みに里帰りして祖父とか祖母に可愛がられる孫のような図式である。


 そういや今はもう夏か。


 何故かゼロはふとそう思ったという。


「そりゃどうも。とりあえず、用事があるんで来たんですけど」


 その瞬間、ルナもザックスも突如真剣な顔つきになった。

 その顔は、まさしく指揮官の顔だった。ゼロも一瞬感心したほどである。

 若いがやはり筋がいい。ゼロはルナを見てるとつくづくそう思う。


 しかしこのザックスの表情、さすがはルーン・ブレイドの元指揮官と言うだけあって、貫禄がある。

 実際ルナも、彼とロニキスに主に軍略を学んだ口である。いずれ彼らのようになるのがルナの夢でもあった。


「で、何用だ?」

「頼み事です。有事の際にあなたの知り合いで腕の立つ者をこっちに回して下さい」

「怪しい動きに対する警戒、か?」


 ルナは頷いた。ザックスもどうやら今のこの状況では何かあると考えているようだ。


「知っての通り今不穏な動きがあります。最悪の事態だけは防ぎたいので、なるべくならばと」

「なるほどな。わかった」


 二つ返事であっさりと了承するザックス。

 この豪快さは昔から変わらない。実際ルーン・ブレイド時代も恐ろしく豪快であったことは有名だ。

 故ダリー・インプロブスと共にあまりに豪快すぎて周囲がまるでついて行けないような戦闘を展開したことすらあったくらいである。

 しかし、ここでザックスは喜ぶルナに一つ注文を付ける。


「連中、指導してやってくれ。腰抜けのクソ野郎ばっかりだ。お前が暇ならでいいんだが」


 ザックスは溜め息混じりにそう言った。

 しかし、そうは言っても、これが彼なりの優しさなのだ。

 あくまで彼がここまで徹底的なスラング混じりの罵倒を浴びせるのはある種の精神鍛錬であり、また訓練が尋常でないほど厳しいのは実戦に出たときに死なないように普段の訓練から鍛えさせるためである。


 そのためか彼の元で訓練を積んだ兵士は軒並み生還しているし、中にはある戦線のエースパイロットとして君臨する者まで現れている。

 中佐という立派な肩書きを得られているのはそれが理由である。


 しかし『暇があれば』という表現が、どこかルナには彼が丸くなったという印象を受けたという。

 昔ならばどんな理由でも強制的にやらせたものだったのだが。


「中佐、少し休憩入れますか?」


 ザックスが話し込んでいる故に休憩でもと、通信兵の一人は考えたのだろう。

 しかし、彼はそんなもの認めない。


「誰が休んでいいって言ったんじゃこのスットコドッコイ! もっとしっかりやらせろ! ただし、ランニング終わったら五分だけ休憩を許可してやる! クソも水飲みも全部その時間でやらせろ! 終了後はこいつの元で実地訓練だ!」

「サー、イエッサー!」


 丸くなってないじゃん。


 ルナはその時そう思い、ゼロはこのザックスの異様な暑苦しさに辟易したという。


「で、実地訓練って何やればいいんです?」


 ルナが辟易した表情で聞く。


「何、あいつらとVR訓練やってくれりゃぁいい。クレイモア一機貸す」


 ザックスはジャケットのポケットからクレイモアの駆動キーをルナに渡した。

 そして衛兵に案内され整備デッキへとルナは向かった。

 ゼロはその様子を見送った後、ザックスに話しかけた。


「久しぶりだな、クソ爺」


 その言葉にはどこか、懐かしさにも似た感情があった。


「爺って年でもねぇよ。しかし、お前もまた、随分とでかくなったな」

「生憎、体は無駄に丈夫でな」


 ゼロはザックスの言葉に苦笑するほか無かった。

 昔、ゼロがベクトーアで仕事をしたとき、一度だけザックスと偶然出くわしたことがあった。

 あの時の彼とは、随分と変わった。ザックスはそう思っているようだ。


「随分、お前は変わったな。あの頃のお前の髪は、無駄に長かった」


 ザックスは『何があった』と聞こうとして、結局言葉を飲んだ。

 恐らく本人が相当深いトラウマをまた抱えた、そう考えたからだ。


「あの時に比べりゃ、年月が経ちすぎた」


 ゼロは当時の髪が長く、ただの破壊の権化だった自分を悔いるように、目を細めた。


「聞いたぜ、ルナのボディガードになったそうだな」

「護衛役、っつーよりも、半分子守だぜ」

「子守か、確かにそうかもな」


 ザックスは苦笑した。


「だが、いい線行くな、あの女。性格はともかくとしてな」

「そう思うか」


 ゼロは頷く。実際ゼロは嘘を言わない。これは誰もが分かっていることだ。

 というより、嘘をつけるほど器用な性格ではないのだ。故にルナを認めていることを素直に表す。

 それで信頼したのだろうか? ザックスはゼロに


「あいつに優しくしてやってくれ。あいつはトラウマが多すぎる」


と、頼み込んだ。

 その表情は、先程まで新兵を怒鳴りつけていた鬼教官ではなく、どこか憔悴しきった老兵にも見えた。

 ゼロもそれには頷いた。


「そういうことも、契約も含まれてるんでな」


 ルナの強さはその純粋さだ。そしてそれが惹かれる要素でもあり、弱点でもある。

 だからこそ、ゼロはルナを守り通す、そう決心した。

 それに、何よりも今彼女以上に面白い人材がそう簡単に見つかるとも思えなかった。いわば彼がルナに付く理由の一つは退屈しのぎでもあった。

 そんな退屈しのぎの一環として、ゼロはモニターに表示されることになるクレイモア同士のVR戦闘を見入ることにした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「クレイモアかぁ。懐かしいわね。しかもこのコンソール配置、この間のマイナーチェンジ後の新型タイプじゃない。うちの基地にも回してくれないかしら。一機くらい欲しいわ、スペア用に」


 ルナはぶつくさ言いながら、クレイモアのコンソールパネル横にある装置に駆動キーを差し込む。

 それが終了したら続いて登録IDとパスワードの入力、そして静脈認証と虹彩認証が待っている。


 各国のサーバーには軍のパイロットデータ(姓名、血液型、静脈の形状、虹彩模様、ID、パスワードを含むパイロットの全個人データ)が登録されている。

 それをSNDを経由して拾うことで、登録パイロットならどの機体でも動かすことが可能という利点がM.W.S.には存在する。

 ちなみにエイジスの場合はパイロット-イーグの血中にある液状化されたレヴィナス、ないしはKLの型も認識対象に含まれていることを補足させて貰う。

 無事、ルナのデータを拾った。目の前の三面モニターが点灯し、クレイモアが静かに、そしてゆっくりと起動を開始する。


「BM-072、システムスタンバイ完了。OSバージョンは『レオパルド』です。バッテリー駆動時間、二二時間を想定。内部システムノーマル。VR戦闘モード、起動します」


 ルナは二本のスティックを握る。M.W.S.に乗るのは久方ぶりだった。

 しかし、体が覚えている。昔散々乗ったと同時に、『最悪』だったとは言え、初陣もこの機体を使ったのだから。

 嫌でも忘れることが出来なかった。


 だが、そうは言ってもいい機体ね。


 ルナはこのクレイモアという無骨な機体が嫌いではなかった。


「よし、いい感じ」


 そう言うと同時に、三面モニターの画像は目の前の整備デッキではなく、VRで作り出された高層ビルが乱立する市街地を映しだした。

 ルナのクレイモアのレーダーに反応があった。機数は六、一個小隊ずつに分かれルナのクレイモアとは随分と離れた場所に、それぞれ二時方向と十一時方向に展開している。


『大尉、模擬戦ルールは、如何様になるのでしょうか?』


 三面モニターの一角にパイロットの顔が映し出される。

 彼女が見た限り、確かにまだ新兵の感覚が抜けていない。


 こりゃ徹底的に鍛え直すか。


 ルナはそう感じ、自分の頬を思いっきり叩いて気合いを注入した。

 どうも彼女、クセを多く持っている。この闘魂注入と言い、考えるときに空を見上げる動作と言い、いったいどこで身についたのか。

 そしてそう言うクセに限って、割と他人には理解されないのである。


『大尉、いかがなさいました?』


 兵士が心配そうに聞くが、ルナは


「気合い注入しただけよ」


と淡々と応えた。


「ついでに、階級で呼ばれるのは嫌いなんだけど」


 少しムッとした感じで言ってしまった。少し後悔するルナ。

 しかし、兵士は


『では、せめて教官と呼ばせてください』


と、何の憂いも見せずに言った。

 そう言ってくれるとありがたい。なので彼女も上機嫌に


「了解、許可する」


と言った。

 そして彼女は全ての設定が整うまでの間、ルールを説明する。


「さて、ルールは簡単よ。あたしのクレイモア一機に対して十五分以内に弾を両腕部、ないしはコクピットに一発でも当てればあなた達の勝ち。あたしがあんたらのクレイモア六機全機に同様のことをしたらあたしの勝ち。あんたらが勝ったら、今日はあたしが昼飯をおごってあげる。ダメだったら罰としてグラウンド三十周、こんなんでどう?」

『う……意外にきついッスね……』


 他の兵士が会話に割り込んでくる。明らかに辟易とした表情だ。


 まだ甘いわね……。


 ルナは少し目を細めた。

 考えてもみれば、昔はよくM.W.S.を用いたランニングは割とやった。それこそ一日中やってたこともある。

 それが一番体をM.W.S.に慣れさせるのに最適であり、縦揺れに対する耐性が付くからだ。

 それをきついというようでは、まだ甘い。

 なので少し彼女はまた語尾を強め


「やる、やらん? さぁどっち?」


と、少し脅迫じみた感じで他の兵士に聞く。

 が、全員


『やります! やらせてください!』


と意気込んだ。


「よし、その心意気買ったわ。全機起動、あたしをぶっ飛ばしてご覧なさい」


 意外と反応は悪くないわね。


 ルナはクレイモア用の武器をコンソールパネルから設定している最中にそう思った。

 選んだ武装は『MG-65』四五ミリマシンガンが一丁と『S-71』一二mタクティカルソードを一本、そして腰に標準装備されているコンバットナイフである。

 出来るならナックルが欲しかったが、残念ながらクレイモアの白兵戦装備はコンバットナイフのみだ。

 仕方ないので、ルナとしては次に慣れている武器である『刀』に似た形状を持つS-71を選んだのである。


 S-71を腰に差した後、モニターに『Start』と表示され、VR模擬戦が開始される。

 戦闘が開始されると同時に、ルナはクレイモアを動かした。

 一対六では囲まれたこちらが圧倒的に不利になる。故に各個撃破が妥当と見たルナはまず二時方向にいる小隊に狙いを定める。


 唇を軽く舐めるルナ。そして彼女はフットペダルを踏み込み、クレイモアのブースターをふかし、高層ビルの屋上を伝いながらターゲットとなる小隊へと突き進む。下手に市街地でビルの間を縫っていくよりもこっちの方が遙かに早く到達できるからだ。

 クレイモアがビルをジャンプする度にビルが音を立てて崩れていく。そういうところまでこのVRは無駄にリアルだ。


 嫌な音たてるわね……。


 ルナは少しだけため息をはくが、それでもなお疾走を続ける。

 そして密集陣形で警戒しながら動いていたその小隊へと一気に襲いかかった。


「反応が遅い!」


 MG-65を放ちながらビルの屋上から落ちていくルナのクレイモア。

 最後方に位置していたクレイモアに銃弾が貫通していき、そして音を立てて膝から崩れ落ちる。

 動揺し出す残りのクレイモアにも、ルナはレバーにあるトリガーを引き、MG-65を放つ。

 穴だらけになって倒れる二機のクレイモア。

 そしてここでMG-65のマガジン内の弾薬が尽きたというエラーメッセージが鳴った。


 仕方なく、ルナはMG-65を捨てた。

 すると早速パッシブソナーが反応を告げた。

 どうやら散会しながらじわりじわりと包囲し始めていたようだ。


 ふむ、戦略眼はまぁ合格と言ったところかしら。


 ルナは感心しながらレーダーを見る。

 しかしやり口がよろしくない。

 恐らく相手は挟み撃ちにしたいのだろう。その証拠に一機は前方に、残りの一機は後方から攻めるつもりのようだ。

 もう一機はどこか別の場所から攻めてくるようで、まだレーダーで確認することは出来ない。


 だが、このビル密集地、それもM.W.S.一機が通れる程度の幅でかつ、ビルの大きさはM.W.S.を上回る上曲がり角さえないというこの一本道の真の怖さが彼らは分かっていない。

 すると、ルナは囲まれた。しかし、彼女の表情はまだ明るい。

 そして前方と後方からMG-65が放たれる。


 これを待っていた。

 発射される少し前にルナのクレイモアはブースターを吹かしてすぐさま跳躍した。

 そして放たれる弾丸。それは先程までルナのクレイモアがいた位置を見事に貫く。

 だが、それはあくまでも『先程』までのことでしかない。今弾丸は宙を貫くだけだ。

 その結果その弾丸が行き着く先は、直線上に並んでしまった故の同士討ちである。

 味方の銃弾を受け、先程まで前方にいたクレイモアは轟音を立てて崩れ落ちた。


「こんな古典的な手口に引っかかるなんて修練が足りてないわ」


 ルナはクレイモアを先程と同じ場所に着地させた後、すぐさま疾走させた。相手は先程の味方の銃撃で腕部を破損している。

 しかし生きていることには変わりはない。


 そして彼女はS-71の鞘を一瞬で引き抜き、相手のクレイモアに居合を行った。

 凄まじい抜刀術であった。

 その様子をモニターしていたゼロとザックスも、思わず口笛を吹いて賞賛したほどである。

 真っ二つに割れるクレイモア。上半身が地面へと轟音を立てて崩れ落ちた。


 だが、ルナのクレイモアがS-71を納刀したその時、ビルを突き破って最後のクレイモアがルナの機体に突進してきた。

 崩れ落ちるビルと同時に出現するクレイモア。

 なかなかに大胆な方法を採ったものだ。


 こういう奴は嫌いじゃないわ。


 ルナは目の前のパイロットに敬意を表しながらそう思った。

 どうやら彼らの採った戦術は、天・地・人の三つに当てはめたとき、天と地で相手の注意を引きつけ(ほぼ捨て身)、その隙に人でトドメを刺すという手法であろう。


 しかし、彼女に白兵戦を挑むのは愚かすぎた。

 ルナのクレイモアは突っ込んできた相手のクレイモアの腕を右脇でがっちりとホールドした。

 腕の周囲に火花が飛び散っているのまでVRで再現されていた。


 そして、呆気にとられたのか固まっている相手のクレイモアの頭部に、左手に展開したコンバットナイフを突き刺し、更にその刃を用いて一気にコクピットの方まで強引に切り裂いた。

 ミッション終了。

 ルナのクレイモアの、圧勝だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「十分かからず殲滅か。腕を上げたな」


 ザックスは試合を一通り見終わって、感嘆の息を漏らした。


「あいつが言った通り、まだ反応速度が鈍い。あの分ならすぐ死ぬぞ」


 そう言われてザックスも


「むぅ」


と首をかしげ、そして今後の指針を考え出した。


「やはりまだ訓練時間が足りんか……。さすがに訓練始めて二〇〇時間未満の奴をぶつけたのは無茶だったな」


 その言葉にゼロは驚いた。


「二〇〇? 三〇〇じゃなくてか?」

「ああ、二〇〇だ。最低時間は一九〇。ついでに模擬戦は今回で二回目だ」


 驚きだった。

 M.W.S.は昨今簡略化が進んでいるとは言え、マトモに動かせるようにするには一五〇時間は動かさないとダメだと言われている。

 更にはあれだけの動きをするにはもう一〇〇時間は追加しないとダメだと、昔ゼロは玲(当時はジェイス・アルチェミスツという名だったが)から聞かされたことがあった。


 しかも模擬戦回数もここまで少ないとは思いもしなかった。

 完敗だったとは言え、二〇〇時間未満であれほど動かせるのだ。だからこの施設で育った兵士にはエースが多いのだろう。


「……なら、ここまであいつ相手にやれたなら上質に育つだろ」


 ゼロの感想はこの一言に集約された。

 しかし、ザックスとしてはまだ足りないらしく、ブツブツと文句たれながら、今後の指針を考えていた。


 結果、この教習所からは訓練生達の更に巨大な絶叫にも似た悲鳴が響き渡ることになるが、それはまた別の話である。


「ただいま~」


 ルナが帰ってきたが、その声はもう一気に気が抜けるような声だ。先程までのあの凄まじい戦闘をしていた人物と同一人物かと疑いたくなってくる。


「悪いな、突き合わせちまって」

「いいですよ、交換条件ですし。とりあえず、詳しいことは、夜にでもメールします」


 訓練の内容についてゼロ、ザックス、ルナと監視していた数名のオペレーターと共にある程度の会議をしたところで帰ることにした。

 帰り際、ザックスは司令塔の下まで降りて来てくれた。


「とりあえず、例の件についてはしっかり手助けしてやる」


 ルナはザックスに深く頭を下げて礼を述べた。

 少し寂しそうな表情をするザックスは、やはりどこかもの悲しくも見えた。


「どうする? 飯でも食ってくか?」

「いや、これからちょいと寄るところがあるんで、これにて」


 これから食料の買い出しと基地祭で使うための資料集めに行かなければならないのだ。

 しかし、ベクトーア軍のアーカイブスの中でも、ルーン・ブレイドに関する記述は一般兵の中でも見れる者はいない。

 それもそうだ、元々実験用部隊として創設された経緯がある以上、必要以上の物を閲覧させては困るのだ。

 だからこそ、尋ねるべき人物がいる。今日向かうべき最終的な目的地はそこである。


「そうか、残念だ。ま、また来い」


 ザックスがニッと笑った。しかしその表情も、少し残念そうだった。


「はい、では、失礼します」


 ルナは再度頭を下げ、そして横に佇むゼロにも、頭を掴んで無理矢理お辞儀させた。

 帰るルナ達を見つめるザックスの目は、やはりどこか寂しそうであった。

 そして教習所を出て駐車場に向かう途中ゼロはルナに問いただした。


「で、なんで飯断ったんだ?」


 その理由はと言うと、ルナは至極単純に、それでも恐怖に引きつりながらこう答えた。


「あそこの食堂のご飯恐ろしく不味いのよ……。昔罰ゲームで食べた北米大陸の某企業国家製レーション食った方がまだマシってくらい……」


 ルナが頭を抱えると同時に、ゼロも少し頭痛を覚えた。

 北米の某企業と言われただけである程度の見当は付いた。確かに傭兵時代、食したことがあったが絶望的に不味かった。


 それより不味いって、どうやりゃそんなもん作れるんだ……。


 ゼロは考え込んだが、どう頑張っても、そのアイデアは浮かんでこなかった。

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