第十六話『勇猛なる者』(2)-2

同日午後一時三〇分


「え~……今年も、この季節がやってきてしまいました」


 大会議室の壇上に上がったルナにスポットライトが当たる。

 彼女は辟易とした表情をしながら目の前にいるルーン・ブレイド全メンバー(ロニキスとロイドを除く)に、これまた辟易とした声で言った。


「第三回、基地祭イベントを考える会、開催です……」


 そしてまたこの元気のない声が余計に士気を低下させるのである。元気だった朝とは偉い違いだ。

 後何時間かで資料を提出しなければならない。そうしなければ自分たちの予算枠は無しだ。


 ただでさえこの部隊は『金食い虫』と呼ばれ部隊の運営費がかかっている。更にいい待遇をもらうためにも、今回のイベントにおける収益は重要なのだ。

 去年のイベントは大失敗に終わったため、今年こそは、大量に金をゲットしたい。

 それが全員の考えだった。


 しかし、その手法が何一つ浮かばない。

 だからこんな滅多に使わない大会議室などを借りることにしたのだ。

 ルーン・ブレイドの構成メンバーで艦長と副長を除いた計二七九名全員が一同に会することの出来る部屋など、ここにおいて他にはない。

 しかも何故か今レムまで居る。理由は簡単、午前中で授業が終わったからだ。

 そのため彼女は大急ぎで帰ってきて会議に参加である。


「さて、何にしようか」


 壇上のルナが目の前にいるメンバー達に声をかけるが、さっぱり返事が返ってこない。

 というより、やる気がないのだ。


 ゼロは大欠伸をしながら


「んなもんめんどくせぇ」


とグチグチ文句を言い、レムは宿題をしつつ友達とメールで会話、ブラッドは持ってきた灰皿にタバコのカスを山積みにしていき、ブラスカは真面目に聞いているようで眠っているし、アリスは持ってきたゲーム雑誌を見て片っ端から新作をチェックし始めている。

 玲は枕にアイマスクまで持ち込んで睡眠に勤しみ、ウェスパーはウェスパーで変な武器の設計図を数名の整備兵と書き始めた。


 そんな状況下でルナ一人がカリカリするものだから余計に悪循環を生んでいるのである。

 さすがダメ人間の宝庫と呼ばれるだけある。チームワークもへったくれもあったもんじゃない。

 しばらくしてアリスが


「……どーすんの、ホントに」


と、呆れながら呟いた。

 だがゲーム雑誌とポテチを片手に言っても説得力がまるでないのはいってはいけない。


「出詰まったなぁ、本気で。なんか色々と前はやれたんだけどなぁ……」

「規制が厳しくなってきたしねぇ……。タバコ税また引き上げっしょ?」

「愛煙家にゃ肩身の狭い時代だ……」


 ブラッドが溜め息を吐くと同時に会場全体が溜め息に包まれる。

 雰囲気が非常に重苦しいとしか言いようがない状況だった。


「いっそタバコ吸うのやめちゃえばいいじゃん」


 ブラッドの横にいた制服姿のレムがそう言うが、こんな時に限ってブラッドのどうでもいい美意識が発動するのである。


「俺からタバコを取ったらただの美しい影のある男としか見えないだろ?」

「死ね」


 ゼロからの一言がブラッドの心をえぐる。そう言いたくなる気持ちもわからないでもない。

 そしてざわつく会議場。

 こういう会議は一人が騒ぎ出すと自然と騒がしさが伝搬していくのである。


 イライラが募り始めるルナ。そして糸が切れたとき、彼女は壇上を思いっきり叩き


「静まれぃ!」


と会議場全体に響き渡る大声で怒鳴りつけた。

 一斉に全員が態度を改め、会場が静かになった。

 しかし、全く意見が出てこない。こうなってはやりたくなかったが仕方がない。


「ここで秘策一号作戦発動!」


 ルナは壇上にいるにもかかわらず携帯電話を持ち出して電話を掛ける。

 無礼極まりない態度であることを本人は分かっているのだろうか。こんなことだから『DQN艦隊』などと呼ばれているのである。

 そしてこの電話を掛けた先は


「もしもし、春美さんいます?」


 そう、犬神春美である。

 竜三がこの部隊にいた頃からの知り合いであり、今でもルナの相談相手の一人だった。


『あら、ルナさんどうなさいました?』


 相変わらずおっとりした声だった。


「バイトやりませんか? 三日間。日給二万付けますけど」

『どういうお仕事なのでしょうか?』

「茶会!」


 会議場が戦慄に包まれた。

 この女、部隊と何の関係もない一般人に茶会の幹事をやらせてどうするつもりだと誰もが思った。

 流石に春美も意図が理解できなかったらしく


『はい?』


と、ルナに聞いた。


「我々の主催のお茶会の幹事をやりませんか? イベントで」


 ルナはここぞとばかりに押し切ろうとするが、世の中そんなに甘いわけがない。


『いえ、私ではとても。私は未熟者故、幹事なんてそんな大それた事出来ません……』


 作戦が音を立てて瓦解していく。春美が申し訳なさそうな口調で言うが、ルナにとっては慰めにも何にもならないのだ。


『申し訳ございません、ご期待に添えなくて……』


 もうトドメだ。こうまで『申し訳ない』というオーラが漂ってくる態度で言われるともうこっちが引き下がるほか無い。


「あ、いえ、いいんです、では」


 ルナもまた申し訳なさそうに、電話越しの相手は全く見えないというのに、お辞儀をしてから電話を切った。

 呆れかえる会議場。場の雰囲気を重くしただけだった。

 そして一度頭をかく。


「あー、その、うん、なんとかしよう」

「お前っていつも行き当たりばったりだよな、こういうの」


 ブラッドの一言が痛い。まぁ、事実なのだからしょうがないが。

 秘策一号作戦、あっさりと陥落。


 しかしルナは諦めず、一度咳払いをした後、対策を立てるべく他の部隊がどんな出し物を出すのかを尋ねた。

 整備班員であるグレアムとコクソンが壇上に上がり、メモを片手に他部隊の状況を述べる。

 しかし、両人とも辟易とした表情をしていた。

 それもそうだ、何せ調べてみれば陸軍第四M.W.S.大隊のやることは


「『輝け青春、飛び出せ青春、七十二時間働けますか? 三日夜通し気合いと根性、寝ることなんざぁ許さねぇ、踊れ狂えレッツらドン。大規模クラブミュージック祭り』、を第四大隊はやるようだ」


なのだから。

 隊長であるエドがクラブミュージックのマニアである故に、彼が隊長になってからの三年間、基地祭の出し物は全部これになっていた。

 しかし、まだここに来て日が浅いゼロは当然、このような質問をする。


「それ成功したことあんのか?」

「あるわけないじゃない。去年は六五時間三七分保ったけど、その後三日間病院に入院よ。ノイローゼにもかかってたらしいわ」


 ルナが頭を抱えながらそれに答えた。

 そしてゼロの感想はただ一言。


「……バカじゃねぇの?」

「全員そう思ってるわよ……」

「つかよぉ、てめぇらン基地はこんな痛ぇ奴らしかいねぇのかよ?」


 ゼロがそう言いたくなる気持ちも分かる。

 しかし、この発言は即ち『この部隊も相当痛々しい』と暗に言っているようなものだ。

 追求されると思いっきり心を抉られそうなのでルナは完全無視を決め込んだ。


「で、他は?」

「三二歩兵中隊は能をやるらしい。なんか和風の部隊作ってた」

「あそこ手作業大好きだからな。さすが元大工の連中で作り出された歩兵隊だ。二〇分でベースキャンプ作ったって伝説もあるからな」

「信憑性はともかくね」

「他にもクレイモアの綱渡り、フィッシュアンドチップスを筆頭とした世界の不味い物早食い大会、オペラ『レッドホットチリペッパーズ伝説』、カラオケ世界一伝説とか……」

「基地祭って言うより、学園祭って言った方が正しくねぇか?」


 ゼロは聞いているうちにそう思ったのだろう。基地祭にしてはあまりにも軍事に関係ない祭りが多すぎる。

 というかなんだってレッドホットチリペッパーズのメンバーの生涯をよりにもよってオペラでやらねばならんのだ。

 ゼロの指摘はもっともだが、ルナはあくまでも


「みんなお祭り好きなのよ」


で片付けた。

 割といい加減である。


 しかし、ここでルナが危惧したことが一つ。


「ひょっとしてひょっとすると、決まってないの、うちらだけ?」


 ルナがグレアム達に目を向けると、二人とも頷く。

 さすがに焦った。締め切りまで後三時間しかない。なのに案は何もない。


 このままでは収益が入らない…!


 こうなれば全員必死だ。会議場のそこかしこから挙手が始まる。


「タバコの煙アート展は?」


 最初に意見したのはブラッドだったが、横にいたアリスから早速ツッコミが入る。


「最近ただでさえタバコの規制が五月蠅くなってきたのに? つか今タバコ税の話題をしてたのもう綺麗さっぱり忘れたわけ?」


 第一この部隊、愛煙家はブラッドとアリスくらいしかいないし、タバコの煙でアートを書くのは至難の業だ。

 なので却下である。

 するとアリスが言葉を続けた。


「つかここはM.W.S.の挙動データをリアルに用いたシミュレーションゲームの販売がベストに決まってるでしょ」


 アリスは自信満々に言うが、会場からはため息しか漏れてこない。

 相当自信があったのだろう、頭頂部にある髪の毛がどういう訳かまるで電波塔のように立っている上、目つきが危うい。

 アリスが『毒電波モード』に入った証だ。

 しかしルナは頭を抱えた後、溜め息混じりに突き放す。


「そういうのはE3かコミケでやりなさい。ついでにそれ情報漏洩でとっ捕まるの目に見えて明らかだから」


 へこむと同時にブーイングをするアリス。大人げないにも程がある。


「じゃ同人即売会でいいや」


 何の同人誌を売るかは全く持って不明だが、言えることはただ一つ。


「客層濃過ぎじゃぁ! しかも『いいや』じゃないわよ、まったくもう!」


 ルナが怒鳴り散らしてやっとアリスの髪の毛が通常の少し寝た状態に戻り、ムッとした表情のまま、彼女は席に座った。

 それと同時に挙手をしたのはブラスカだった。


「軍、民間用含めた車の展示会でとないや? 運転するのはもちワイやけどな」


 彼は呵々と笑いながら言うが、それに異議を唱える男が一人。

 ブラッドだ。顔を青ざめながら、ブラスカの意見に反対の異を唱える。

 こうなる原因には、かつてこんな事件があったことが関係している。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


西暦三二七四年八月二一日午後一時一九分


 それは、夏真っ盛りのある日のことだった。

 ブラスカはこの時、自分の愛車『TVRグリフィス500』を買ったばかり。


 そしてそろそろ遠征が近い故に、ベクトーア機械開発部第十二課にレストアを頼んでおいたブラッドの愛機『BA-012-Sファントムエッジ』とブラスカの愛機『BA-012-H不知火』を取りに行くべく、十二課へ行こうとした時のこと。

 ブラスカがブラッドに


「時間が掛かるから」


と、彼の車に乗せたことがきっかけだった。

 そして彼が豹変したのは、高速道路に出たときだった。


 一気にクラッチを上げて爆走を開始したのだ。

 むち打ちになりそうだったとすらブラッドは言った。それほどの急加速だった。

 高速道路では確かに一般道よりも速度が上がる。だが、その速度を上げる限度が明らかに常軌を逸していた。


「ブラッド、わかるやろ! この感触がぁぁぁぁ!」


 目が完璧にイッてしまっている上、性格まで豹変しているブラスカ。

 彼、どうやら車に乗って風を感じると性格が豹変するらしい。夏だからと言う理由でルーフも閉めずにいたことが、これほどの悪夢を引き起こすとは、ブラッドは夢にも思っていなかった。

 風を切る音が耳を刺激する。

 さすがにブラッドも風の音に負けず大声でブラスカに注意しだした。


「ブラスカ落ち着け! メーター二〇〇超えてるぞ! この道は一〇〇で行く道だ! ああ、メーターがまた上がりやがった!」


 大幅なスピード違反である。

 これが高速道路だからまだ良かったものの、一般道でこれをやられたら大惨事であった(もっとも、ブラスカは一般道でもたびたび暴走を繰り広げているが)。


「安心せぇや! ワイに対して追いつける奴はこの世にはおらへんからぁぁぁ! ワイはかの『認めたくないものだな』発言に続くんやーーっ! 倍なんざぁまだ甘いで! 五倍は出したろやないかぁぁぁぁ!」

「話聞けよ! つーか最後わけわかんねーよ! 誰か助けてくれーーーーーっ!」


 ブラッドが目の幅涙を流して号泣しながら周囲に嘆願するが、誰も聞こえるはずがない。

 そして結局、高速道路を降りた段階で警察に検挙、ブラスカはスピード超過で免停と二四時間の拘留を喰らい、ブラッドも危険運転助長の疑いで警察に取り押さえられた。


 ちなみに結局彼ら、ルーン・ブレイドが裏で根回しをしたおかげで六時間で帰れたと言うが、その後ブラスカはアリスによってサンドバックよろしく半殺しにされたという。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そして時は戻る。

 そんなことがあって以来、ブラスカには車を与えてはいけないと言われてきた。


 が、残念ながら今のベクトーア、それもこのフィリムという大都市において車無しでは生きていくことは出来ないのだ。

 故にそのまま車の使用を許可し続けているが、未だに警察にしょっ引かれることが続いており、気付けば警察の交通課に異様に顔が広く知れ渡ってしまった。


 割と地の性格はまともなクセに他の部隊に行けない理由はこれが原因である。

 結局このプランも、こういった実情とブラッドの猛反対で廃案だ。


「ま、しょうがあらへんわな……」


 少し残念そうに、ブラスカは席に着いた。

 すぐに身を引くあたり、アリスに比べて本当に大人である。

 そんな時だった。


(あの~……)


 頭に妙に遠慮がちだが澄んだ声が響いた。


 幻聴か?


 誰もがそう疑ったが、それだったら聴覚を介す。だというのにこの声は聴覚には響いていない。

 だとすれば、これはなんだ?

 そしてその声は会場に僅かに響きだしたざわつきを無視して


(どうも。世間様で噂になっている私がセラフィムです。ルーン・ブレイドの皆さん、しばしよろしくお願いします)


と、軽めに自己紹介した。

 これがかの噂のセラフィムか、誰もがそう思う。


 実を言うとセラフィム、まだ全員に自己紹介を終えたわけではなかった。

 なのでこの感覚が初体験の人物も多い。

 しかしこの感覚は奇妙な感覚だ。まるで脳が揺さぶられるような奇妙な感覚を覚える。

 レムは慣れているからケロリとしているものの、全員はなんかセラフィムの少々軽い声に対し


「は、はぁ……」


としか言えなかった。

 そしてセラフィムはすっと息を吸う(死んでいるというか魂魄なのだからこういう表現はおかしいかもしれないが)と


(先程の会話から私が思うに、ここは『美しき振動工学の歴史』を)

「興味ないからボツ」


 あっさりと意見は覆された。


「振動工学なんて知ったことか」

「そんなんやるくらいならこの基地のクレイモア全機に飾り立てて『M.W.S.劇場「ローマへの道」』でもやった方がまだマシだわ」

「第一ンなことめんどいだけだっての」

「せやな、さして人入るとも思えへんしな」


 もう総『口』撃だ。しかしそう言われても仕方がない。

 しかし振動光学とは実にピンポイントなところを突くものだ。


「振動工学、好きなの?」


 レムが聞くと、セラフィムは


(え)


と一瞬聞き返した末に


(いやぁ、もうハァハァものよぉ)


などと、今までレムですら聞いたことのないような恐ろしく軽い口調で言い放った。

 その時、レムは時が止まったのを感じたという。


「なんか変なこと言わなかったか?」

「実はかなり性格軽いんじゃないのか……」


 そこかしこからこういった会話が聞こえ始めた。

 この時から、やはり猫被っているのでは、とレムは疑いを強めたという。

 さすがにセラフィム本人もこういうノリが出てしまったことに焦ったのか、少し咳払いをして、そのまままたレムの中に引きこもってしまった。


 少し静まる会場。そこに挙手する男が一人。

 またもブラッドだった。


「ならばこれはどうだ? M.W.S.デッキ全部借り切って展覧会『美しき黒』。もちろんモ○チンのヌードバリバリだ。全編に渡って俺様のこの美しすぎる肉体を映し出すんだ……」


 自信満々に、酔いしれるままに言うが、彼の考える彼自身の美意識など世間は知ったこっちゃ無いのだ。帰ってくる反応と言えば……


「死ね」

「野郎のヌードなんざぁ見たかねぇんだよ、クズが」

「キモいんだよ、ひっこめ」


などの口撃の嵐。そんな口撃一つ一つが来る度に、彼の頭をタライが落ちてくるような衝撃が襲う。

 更には隣のレムですら呆れかえって


「とりあえず首つって死ねばいいと思うよ? はい、ロープ」


と本当にロープをブラッドに渡した。

 何でこんな物持っているかと言えば授業で必要であったからである。

 さすがにこうやられるといくら精神的にタフなブラッドでもへこんだのか、一人会議場の奥でいじける。


 立ちこめる黒いオーラ。しかしロープに手を伸ばすわけでもなく、ただ地面に指で絵を描きながらブツブツと何かを言っている。


 が、そんなことを一切無視して玲が挙手をした。


「客は限定されるがつれる手法が一つある」

「お、何、ドクター?」

「ストリップショーだ。ありゃ金が入るぞ。多分収益はぶっちぎりでトップに行ける。女性客を盛り込みたいならホストクラ……」


 その時、会議場に銃声が鳴り響いた。

 弾丸は玲の顔面すれすれを跳んだようで、頬から少し血が出ていた。

 そして銃弾は見事に椅子にめり込んでいる。それを青ざめた表情で見つめる玲。

 冷や汗が止まらないようだ。


 当然、こんな物撃ったのはルナである。何せ彼女の手にいつの間にかドミニオンT-69PPK/Sが握られているのだ。

 怖いという次元を通り越している。


「あ、すみません、毒蜘蛛がいたもんでつい」

「ご、ごめんなさい……」


 その現状に溜め息を吐く玲の隣の男。それに視線が向く。

 ブリッジスタッフの一人であるライルだった。

 ライルは重い溜め息を吐いた後、ようやく落ち着いた玲の肩をポンと叩き、呆れるように言った。


「ドクター、冷静になって考えてみてくださいよ、こいつのこの超貧乳見たところで嬉しくな……」


 今度はライルの横にナイフが飛んできた。

 そしてルナは一度壇上から降りて、ライルの席まで行く。

 やばい気配を察知したのか逃げようとライルは席を立ち上がろうとするが、殺気でとても動けなかった。


 そして他のメンバーは全員静観である。止めに掛かったら死ぬ気がするからだ。

 こういうときだけこの部隊は無駄なチームワークを発揮するのである。

 そしてルナはナイフを席から抜き取り、ニコッと笑った後、


「ちょっといらっしゃい」


と、静かに言った。

 口から何だかよくわからない悲鳴を上げながらルナに首根っこをつかまれどこかへ連れて行かれるライル。

 その間、誰もが言ったのは


「バレたらこれ解散だよな……」


ということだけだった。


 というかルナが恐すぎるったらありゃしない。あの怒り方は自分の貧乳にコンプレックスを持っている証拠だ。

 まぁ、確かにルナは気にしていたらしい。第一身体測定の結果、噂ではレムよりバストがなかったというのだ。

 そういった事実があるにせよ、セクハラ発言であったことは事実だから怒ってもしょうがない。

 怒り方が度を超しているが。

 そして数分後、ルナが一人で帰ってきた。肝心のライルはいない。


「あれ? ライルは?」

「あぁ、トイレだって。多分当分出れないんじゃないかな」


 この上ない笑顔でルナが壇上に向かいながら、席に座ったまま質問してきたアリスに言った。

 そしてライルは三時間後、トイレの便器に頭から突っ込まれた状態で発見されたという。

 なんでもルナ曰く昔見た某探偵映画をモデルにしたそうだ。

 えげつないにも程がある。


 そしてルナが壇上に再び上るやいなや、またまた静まりかえる会場。

 それを悩んでいると受け取ったのか、ルナは上機嫌で言う。


「よし、悩んでいるようなら仕方がない。お姉さんがとっておきの秘策第二号作戦を発動してあげよう」


 ただ単にみんな恐くて固まっているだけという事実に気付いていないあたり、今日の彼女は鈍感でもある。

 これでは案すらも不安で仕方がない。

 そして案の定、自信満々に


「とゆーわけで、料理教室!」


などと言い出した。

 あっけにとられた。この一言に尽きる。

 誰もがぽかんと口を開けた。


「そんなもんつまんないだけよ」


 アリスは呆れながら言うが、ほとんど全員そう思っている。

 にもかかわらず、ルナ一人が自信満々だ。


「アリスもまだ青いわね~。あたしの料理教室はタダの料理教室じゃないわよ」


 そして彼女はすぅと、息を吸って堂々と言い放つ。


「ずばり! 空破を使って『超巨大人型ロボを用いて一五〇〇人分のパエリア作れるか勝負!』」


 会場の空気が一瞬で凍った。

 この女、本気で言っているのか……、と誰もが思った。


「で、そんだけでっけぇもん作るための道具ぁ後数日で用意出来ンのか?」


 ゼロが大欠伸をした後、呆れた口調でルナに突っ込んだ。

 これを契機に総口撃が始まった。その口撃には復帰したブラッドすら加わっている。


「大方そんなこったろうと思った」

「つか勝負って何さ?」

「一五〇〇人って人数も根拠不明だしな」

「だいたいそないに作ってどないするんや? ワイらで食えるはずあらへんやないか」


 たじろくルナ。もう一斉ブーイングに近い。会議場各所からこの手のツッコミが大量に押し寄せる。

 言葉の波が、ルナにもよく見えた。

 そしてトドメがこれだ。


「だからつまんないって言ったのよ。第一空破のナックルクローじゃ卵握るより先に卵が粉々になるわよ」


 アリスにそう言われてようやくルナにイメージが思い浮かんだ。

 卵を握る空破。しかし当然プロトタイプエイジス特有のマニピュレーター『ナックルクロー』によって割れる。


『マスター、マニピュレーターが汚れました。きちんと後で掃除して下さい』


 だいたいAIは間違いなくこんな感じで文句たれる。そして自分は後で泣く泣く掃除するのだ。

 ダメだ、どれをとってもいいイメージが思い浮かばない。

 というわけで結局廃案だ。


 しかし今日のルナは極端に頭が悪い。ゼロなどに突っ込まれているようではおしまいである。

 そうして沈んでいるルナに対し、ウェスパーが挙手し、意見を一つ述べた。


「なぁ、教育とかに目を向けてみたらどうだ」


 意外な一言だった。

 確かに休戦後の情勢とは言え、今後一〇年以上先を見据えるなら教育に観点を置くのも悪くない。


「まともですね、意外に」


 ルナも思わずこう唸った。

 これならいけると、誰もが思った。


「もちろんやることは漢字の勉強だ」


 この言葉がウェスパーの口から出るまでは。


「え」


 誰もがそう聞き返した。

 よりにもよってこの元暴走族の頭が漢字を教える。

 しかも齢三八にもなっておきながら未だにその癖が抜けず、今着ているつなぎの背中には『喧嘩上等』の四文字が刻まれ、整備デッキにも多くの当て字や『魑魅魍魎』を筆頭としたクソ難しい漢字を書きまくったこの男が教える漢字講座など、容易に想像できた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「漢字埜授業蛇、虎羅!(訳:漢字の授業だ、コラ!)」


 超が三個くらい付く程の威圧的な態度で座している生徒(当然ごく普通の一般市民)の前に現れるウェスパー。

 しかも何故か想像上の彼は服装がつなぎから無駄に筋骨たくましい半裸の上に特攻服というスタイルに変わっている。

 そして黒板には『修菟邊婁途』と書かれた。


「昏苦禮読女婁駄露宇賀!(訳:こんくらい読めるだろうが!)」


 ウェスパーは生徒に詰め寄るが、生徒は怯えながら


「読めません……」


と言うが、ウェスパーは生徒に詰め寄り、襟首をつかんだ後


「『修菟邊婁途』喪読綿埜蚊、虎羅亜!(訳:『シューベルト』も読めんのか、コラァ!)」


と怒鳴りつける。

 想像上とは言え、理不尽にも程がある。が、これくらいやりかねん。

 そして待っているのは……これ以上は恐ろしいのでやめよう。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 想像から帰ってきてみれば、どうやら整備班以外全員同じようなことを妄想していたようだ。

 しかも台詞の一文字単位にまで当て字が施されているあたり、全員よく分かっている。


 ダメだ、これは一番やっちゃいけないプランだ……。


 誰もがそう思い、ウェスパーの案を却下する。

 しかし、まさかルナも想定外だった。

 自分の立てた作戦はあっという間に瓦解し、他のメンバーもロクなアイデアが出てこない。

 その時、アリスが


「あ!」


と会場で叫んだ。


「どうしたの?」

「やっば、今日あのゲームの三〇周年アニバーサリーボックス出るんだった……。買いに行くの忘れてたわ……」


 一気に机の端を握っていた手の力が抜けた。

 せっかく期待したというのに、アリスの頭の中は自分の趣味のゲームでいっぱいのようだ。

 しかし、ここで急にルナの頭が閃いた。


「そうか! この手があった!」


 思わず壇上で大声を上げてしまった。

 それによって会場はルナにまたも視線が向けられる。

 が、誰も彼も期待していない。まぁ、あんなことばかりやられていたのではこうなっても仕方がないが。


「あぁ? どーせロクでもねぇ策なんじゃねぇの?」


 ゼロの口からもこんな言葉が洩れているのだ。期待度はないと言っても過言ではない。


「いやいやいや、今度ばかりは自信作よ! ずばり、ルーン・ブレイド十年志!」


 そう言われて誰もがはっとした。

 特にウェスパーは立ち上がって驚きを表したほどである。

 この部隊結成当初からいた彼からすれば、どうしてこんな重要なことに気付かなかったのかと思ったほどだったという。


「そ、そういやそうだ! 今度うちら十周年じゃねぇか!」


 そう、ルーン・ブレイドは十年前の七月一五日に結成されたのだ。

 しかも基地祭はこの日が最終日。もってこいの舞台といえる。


「つまり、それをテーマにした展示会か?」

「そういうこと! どうせなら出しても困らないような資料は全部出しちゃうの! 結構面白そうじゃない?! しかもこれで体面も良くなる、多くの企業が来る、マスコミの注目度もいい方向へグーンと進む! まさに完璧なプランよ!」


 多少楽観的だが、これくらい夢がある方がいい。

 しかしこのルナのアイデア、先程までのトンデモ意見ばかり述べていた彼女とはまるで別人の意見だ。とても同一人物がやったとは信じられまい。

 現に後日、これで記録されていた議事録を見てルナ自身が一番唖然としたと言うから驚きである。


 結局、この意見は全会一致で可決された。何せ全員が『面白そうだ』と言ったほどである。

 確かに結成当初のメンバーが整備班しか残っていない現在、十年間に何があったのかを知りたいメンバーは数多いのだろう。


「よし、そいじゃ、このプランに決定! 早速みんな、資料集めに突っ走るわよ!」


 ルナが壇上から気合いを入れると、全員が


『応!』


と、これまた気合いのこもった答えを返した。

 会議総時間、二時間一五分。

 そして書類は締めきりまで五分というところで提出が完了したのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「で、結局これに決まったのかね?」


 ロニキスは提出した書類のコピーを読みながら感心したように呟いた。

 彼専用の執務室にルナと二人。既に窓の外は夕暮れ時だった。ブラインドから覗く夕日がまぶしかった。


「はい、自信を持っていけるかと」

「ふむ、ならば私の用意していたプランは不要だな」


 ロニキスは少し残念そうに、机の上に自分がまとめておいた基地祭用のプラン企画書を置いた。


「ちょっと拝借」


 ルナはそれを手に取り、軽く目を通す。

 しかし、見れば見るほど、呆れていくほか無かった。

 それもそうだ、何せ展示内容はこれである。


「盆栽……ですか」


 内容、盆栽の展示会。

 実は彼、盆栽が趣味である。その盆栽をたまには表に出そうと、こんな企画を考えたのだ。


「ああ、いいだろう? 心が安まる」


 確かに彼の表情を見てると、彼が落ち着くのは事実だろう。

 しかし、どう考えても


「なんか、もの凄く自己中心的なワンマンショーが繰り広げられそうな気が……」


という感想しか出てこなかった。


 あの場所に艦長がいたら大変だったわね……。


 ルナは少し頭痛を覚えた気がした。


「むぅ、そんなことはないぞ。私だって考えてある。他にも陶芸とかも考えていた。要するに伝統芸術を後世にまで引き継いでいこうというプランだ」

「どちらにせよ渋いですね……」


 大きく溜め息を吐くルナ。しかしロニキスは珍しく熱が入ったのか、そんな様子を意に介さず言った。


「この渋さがいいのだよ」

「は、はぁ……」


 その後ロニキスによる盆栽講座が実に二時間にもおよんで続けられたという。その間ルナは辟易としていたが、たまには話を聞くかと、結局そのまま付き合ったという。

 そしてこの時から少しの間、ルナはガーデニングに手を染めようとしたと言うが、それはまた別の話。

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