第十六話『勇猛なる者』(1)-2

同日午前九時二一分


 ブラスカと共にゼロが向かったディーラーは、信じがたいことに駐屯地を出て徒歩二分の場所にあった。


 数世紀前まではガソリン車が主流であったが、今や時代は電気自動車・小型・省エネ化の道へと移った。

 今やガソリン車はオールドカーだのクラシックカーだのと言われ、どうも世間一般では微妙な存在となってしまっている。

 しかし、マニア人気は相も変わらず高く、あのエンジン音があるからこそ車とする者は多い。


 ブラスカなどその最たる例だった。TVRグリフィス500という二〇世紀に存在したガソリン車のレプリカを使用している。

 そしてこのディーラーには、何台かそういったガソリン車が存在している。

 半分このディーラーのオーナーが趣味で揃えたようなものであるが、レプリカとはいえ優秀な車両が多く、ちょくちょくここに足を運ぶ者も多い。そのせいか、客の中には明らかに暇つぶしに着ているとしか思えないベクトーア軍のジャケットを着ている兵士も見受けられた。


 中は個人経営とは思えないくらい広く、そして小綺麗にまとまっていた。

 新車と中古車の棲み分けもしっかりと出来ており、客足も多い。

 そんな作りに感心しながら、ゼロは車を適当に見て回る。

 そしてそんな中、ガソリン車のコーナーで、ある車にゼロは目がいった。


 流線型のボディが嫌に目を引くそれは、なかなかの高級感と、特徴的な波のようなをボンネットを持っていた。


「ジャガー、か」

「XKRやな。確かにええ車や。せやけど高いで」


 そうブラスカに言われ、ゼロはその車-ジャガーXKRの前に置かれたプレートに目をやる。

 その瞬間、頭痛を覚えた。


 それもそうだ、何せベクトーアに属しているため関税の掛からないイギリス島にある車会社が販売しているくせして


「二〇〇〇万……。ブリテンの野郎の車のクセになんでンなに高ぇんだよ……」


という値段設定である。


「プレミア値っちゅー奴やな。レアやからな、この手は。多少値上がりくらいすんねや。ガソリン車なんてそないなもんや」


 ブラスカは溜め息混じりに述べた。


 高いな……。しかし欲しいな……。


 ブラスカの話を聞いているのか否か、ゼロがプレートをまじまじと見ているとき、ゼロの後ろに立つ男が一人。

 瞬時にゼロは振り向きざまに自身のアーマードフレームで相手の顔面めがけ拳を繰り出そうとして、寸止めした。


 その男は、このディーラー特製のつなぎを着ていた。つまりここのディーラーの店員だったからだ。

 周辺にいた客が引いたのがよく分かる。そして自分に刺さる目が冷たい。

 すぐにゼロは拳を納める。

 異様に屈強なその店員は苦笑しながら


「兄ちゃん、マジ頼むぜ……。心臓止まる思ったよ」


と、言って豪快に笑った。

 けたたましい笑い声が店中に響き渡る。更に引いていく客。


 ここに来たのは間違ったか?


 ゼロはどこかそう思い始める。


「……これって、傷害未遂か?」


 ゼロがおそるおそる目の前の店員に尋ねる。


「ま、なんか買うなら見逃してやらないでもない」


 どう考えても立派な脅迫である。

 しかし、今現在車がない限りまともに動くことが出来ないのも事実。

 どちらにせよ買おうとは思っていたからゼロはすかさず、ジャガーを指さす。


「だったら、おっさん、こいつよこせ、マジよこせ」


 ゼロの要求に、店員は少し頭を抱えた。

 何せ自分一番のお気に入りである。それをあっさりと指名されたのだ。

 店員は少し頭を抱えるが、買う気満々の客であることはよく分かった。だからあっさりと


「金出せるのか?」


と商談に入る。


「この間まで傭兵でな。前に二五〇〇万貰ったから金はある。即金で用意できるぞ」

「あいよ。今買うなら一九〇〇万にまけてやる」

「もうちょっと安く……」


 ゼロの嘆願に対し、店員は一度首を横に振った。


「ダメだ、これ以上は安くは出来ないな」

「でも頼むぜ、後生だ……」


 祈りまで始めてしまっている。

 ブラスカはこんなに必死なゼロを見るのは初めてだった。余程この車が気に入ったのだろう。


 何はともあれ愛着を持つのはいいことやな。


 ブラスカは暢気に、生暖かい目でゼロを見ながらそう思った。

 ゼロの嘆願に、さすがの店員も折れた。


「しょーがねぇ、一八五〇、これが限界だ」


 そう言われた瞬間、ゼロは小さくガッツポーズをし、そしてよく通る声で一言。


「買った」

「よし売った」


 店員もまた、ディーラー全土に響き渡らんばかりの大声で回答した。

 しかし、これはあくまでも車本体の価格だ。

 そう、車にとって忘れてはならない物がこの値段には含まれていないのだ。


「で、オプションは?」


 そう、これである。


「……あ?」


 店員の言葉に思わずゼロも唖然としながら対応する。

 しかし、店員はそんなこと目もくれず、必要と思われるオプションを契約書にあるオプション購入リストにチェックを入れていく。


「誰がオプション込みと言ったんだ? とりあえず色々付けて……ま、こんなもんだな」


 オーナーはチェックを入れ終えた契約書をゼロに手渡す。

 そこに書かれている金額、実に二一〇〇万コール。普通に買う値段よりも値上がりする。

 しかし、オプションはどれも外せない代物ばかりだ。だからこの現状に呆れつつも


「た、高ぇ……。けどしょーがねぇ、買う」


と、ゼロは契約書に一発でサインした。

 そこにボールペンで書かれた字は、異様に濃い物だった。


 この日、ゼロは紅神に次いで高い買い物をした。

 通常の価格よりも更に高くなってしまったが、本人は大いに満足したという。

 それでこの車を手に入れてからまた色々と騒動があるのだが、それはまた別の話。

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