第十六話『勇猛なる者』(1)-1
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AD三二七五年七月一日午前八時五五分
気付けば七月になっていた。基地祭の準備が徐々にだが慌ただしくなり始める、そんなシーズンである。
謹慎生活は長かったようでいて意外に短いものだった。それがルナが三日間で感じた印象だった。
言われていた時間よりも五分早く来た。だが眠い、まだ眠い。
自分の低血圧は恐らく一生治るまい。こればかりはルナも諦めるしかなかった。
そう思いながら一回伸びをしたとき、彼女の横を偉くシュールな図が通っていった。
自転車に乗ったゼロである。しかも遅い。普通に歩いて追いつけるくらいだった。
「やっほー、おひさ」
ルナはゼロに追いついた後、ヤケに明るくゼロの肩を叩く。
ゼロは一度自転車を止めて降り、ルナと共にロニキスのいる執務室までの数分間を歩くことにした。
最初に話を切り出したのはルナだった。
「で、どう? ここは慣れた?」
「それなり、だな。つかよぉ、ものすげぇ気になることがあるんだが」
ゼロは周囲を一回見渡す。特に何もないと感じると、ルナに小声で問いただす。
「なんかよぉ、見張られてる感じがすンだよ。カメラとかで」
「あぁ、それ? いずれ慣れるわよ、ワイドショーの連中がうちらのポカ見に来るだけだしね~、あっはっは」
ルナは軽快に笑い飛ばすが、対称にゼロは引きつっている。
なんだってこんなに問題のある奴がリーダーなんかやってんだ。
もう何度目かわからない質問をゼロは心の中で繰り返した。
「問題じゃねぇのか、それ」
「あいつらのやることなんてほっとけばいいの、ほっとけば」
ルナはもう半分あきらめ顔で言った。
だいたいこの基地、精鋭の集まる基地としてベクトーアは宣伝しているが、実際の所は愚連隊の集まりだ。
ルーン・ブレイドを筆頭に、無理な命令をしてきた上官にキレた末にその上官の頭をスパナ使ってタコ殴りにしたこともある陸軍第三十二工兵師団や、腕はいいしチームワークもいいが、アクの強い連中ばかりであるために色んな部隊とトラブルを抱えまくっている海軍第二独立艦隊『ヘッジホッグ』など、ここに所属する八個の大隊並びに艦隊は全部マスコミ、特にワイドショーに徹底的にマークされていた。
しかし突撃インタビューなどは敢行せず盗撮まがいの行動を続けているだけだ。
こうしているのは軍から統制が掛かっているからというのもあるが、それ以上にあるのは『恐れ』である。
ルーン・ブレイド結成当初、当時隊長であった故ダリー・インプロブス大佐(二階級特進)がノーアポ取材をされた際、カメラマンのカメラを鷲掴みにして奪い取った末自身の愛武器であったウォーハンマーでカメラを粉砕、更にはレポーター、カメラマン、マイク、ディレクターなどありとあらゆる人材をタコ殴りにして全員に全治半年~一年の重傷を負わせた事件があった。
その時のダリーは返り血で体中真っ赤に染まっていたという。
しかし後で分かったことだが、この時レポーターはダリーを侮辱するような質問をしたらしく、それに彼がキレた結果であった。
それ故にマスコミを擁護する動きはまったくなく、それどころか同局スタッフすら食って掛かるなど極めて風当たりの厳しい結果となった。
更に、徹底した取材規制が敷かれた後、一度リーダー就任仕立てのルナに(恐らく子供だからあっさりと応えるだろうと考えていた)ノンアポ取材を執り行おうとしたテレビ局もあったが、ルナが笑顔で無言のままレポーターの差し出したマイクをへし折るという事件を起こしたため、更なる恐怖を与えてしまい二度と行われなくなった。
この結果が信用失墜や身体に対する『恐れ』としてマスコミに大いに染みついたために、以後この基地はこういった盗撮まがいの取材が横行するようになった。
もっとも、そう言われても撮影できるのは入り口までで、機密の多いM.W.S.保管区などには基地祭でもない限り出入りできないのだが。
ルナがゼロにこの時した会話はこういった内容であった。
歴史を聞く度にゼロが徐々にうなだれていく様子がこの時さり気なく盗撮されていたカメラに写っていたという。
ゼロはもうこれ以上話を聞くのが嫌になった。
武勇伝と言うべきなのか、痛い行動と言うべきなのか、この手の事件が頻繁に起こることがよく分かったからだ。故に話題を変える。
「しかし……チャリンコは無理だ……。体重重すぎるおかげで全然進まねぇ……」
ゼロは溜め息を吐きながらルナに嘆願する。
近所の往復用にと、そこらのスーパーで安物の自転車を買ったが、安かろう悪かろうでさっぱりだった。
そんな状況にルナもまた溜め息を吐き
「いっそ車買えばいいのに」
とあきれ顔でゼロに言った。
「とはいうけどよぉ……どういうのあるかわかんねぇし」
「大丈夫。車のエキスパートがいるから、あそこに」
ゼロの不安をよそにルナは目の前の方向を指さす。
そこには格納庫で自分の愛機である『BA-012-H不知火』の整備を整備班数名と行っているブラスカの姿があった。
そしてブラスカはルナに気付き、一度手を休め、ルナの元へ行く。
「もう謹慎終わったん?」
「ええ、おかげさまでね。そらそうとブラスカ、ディーラーに付き合ってあげて」
「おどれ車買うんか?」
「いや、彼」
ルナがゼロを見る。
「買った方がいいと言われた」
やる気なくゼロが話した後、ブラスカは彼の脇に抱えられていた自転車に目をやる。
見るとストロークもボロボロだった。
買こうてたった三日でここまでボロボロにするって、どないな荒い運転したんや。
ブラスカは呆れるように思った。
一度溜め息を吐いた後、結局彼はゼロの車選びを手伝うことにした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「原隊復帰おめでとう、と言うべきか?」
ロニキスは報告書片手に執務室へと訪ねてきたルナに対しわざと皮肉のように言った。
「う~ん、そういうのもなんか微妙な気がしますが」
ルナは苦笑しながら答える。どうやら精神状態はまともらしい。
ロニキスは一度ホッとするが、すぐさま厳格な司令官としての顔に戻った。
「で、三日間で情報を収集しろと言ったが、どれ程集まった?」
ルナは即座に報告書をロニキスに渡す。
報告書の内容はルナが出来る限り調べ上げた企業の情報だった。一部は違法手段を用いてまで入手した物まである。
その中でも、ロニキスの目にとまったのは、やはりロキだった。
「例の会社か」
「あら、知ってたんですか?」
「『噂』には上っていたからな。しかし、この情報何処で仕入れた?」
その時ルナは不敵に笑い、一言意地悪く
「秘密です」
と言ってのけた。
どうもこういうところは未だに子供だな……。
この時のロニキスはどこか生暖かい目をしていた。
しかし、そんな雰囲気はすぐに去り、ルナはまたも真剣な顔つきとなって話を続ける。
「で、この会社なんですが、流通会社ってことらしいですけど、実態がかなり怪しいです。それともう一つ。これを」
ルナはもう一枚の報告書をロニキスに渡した。ロキの昨今の流通事情が記された収支報告書である。
当然こんな物手に入れるにはクラッキングを施さなければならない。こればかりはレムに協力してもらったほどだ。
想像以上に結論にたどり着いたのが早かったな。
難航するかと思っていただけにロニキスは意外に感じていた。彼女、やはり昔に比べて成長しているし、何より目の付け所がよい。
しかし、そんな関心も、その報告書ですぐに消し飛んだ。
「なんだ、この莫大な量の鉱石は?」
「何の鉱石だかまではわかりませんでしたが、重量から察するに、M.W.S.十機分です。いくらなんでも多すぎます」
「何処かの国に運搬すると言うことは?」
「それがですね、ないんです」
ルナの言葉にロニキスはいぶかしんだ。その反応を見て、ルナは更に言葉をつなげる。
「ここを拠点にしてどこかに運搬してるのかとも思いましたが、そこから運び出された形跡は全くありませんでした」
普通どんなに上手く工作しても、何かしらの痕跡が残る。しかし、ロキというこの会社の収支報告書や運搬された物資の資料を見ても、そこから搬送された痕跡が全く見受けられないのである。
ここから推察されることはただ一つ。
「ここは、秘密工場か?」
ロニキスの問いにルナは頷いた。
「あからさますぎます。でも、逆にブラフの可能性もあります」
「だろうな。胡散臭いにもほどがある。で、クラッキングにはどれ程の時間を要した?」
「防御壁が半端ではないほど堅かったと言ってました。かなりの時間を要したようです」
「彼女がか? 珍しいな。なんでだ?」
「防護壁がサイファー製ではなく、全く見たことのない型だったからだそうです」
「新会社のか?」
「いえ、最近フェンリルの領土でソフトウェア関係の新会社は生まれてませんし、後で見ましたがソースコードが独特です。どのタイプにも属さない奴です」
フェンリルの国内において、PC用の防護壁開発はサイファー社が最王手だ。
しかし、レムがクラッキングしたロキの防護壁はサイファーの物ではない。
ソースコードは各社それぞれ独自性を帯びているし、何より昔と違って著作に関する記述を設けるようになっている。
だが、その防護壁には著作に関する記述は存在しなかった。自社で作成したのかとも思ったが、ただの運搬会社だったら素直に市販の防護壁ソフトウェアを買うか、システム開発会社に頼んで防護壁まで含めたシステムを作ってもらえばいい。だが、レムはそれすらも何度か破っている。
だからロキという会社が怪しいと思えるのだ。ただの運搬会社にしてはセキュリティが固すぎる。
「気になることが多いな」
「それと、もう一つ気になることが。このロキって言う会社名なんですけど」
「名前?」
「ええ、ロキって、北欧神話でのフェンリルの生みの親なんです」
「フェンリルが関わっている、と?」
ルナはただ一つ頷いた。
「フェンリルはロキの妻の心臓を食らいつくした末に生まれた。つまり、ロキというのはフェンリルと関わっていることをわざと外部に漏らすことで不安を煽る。それが彼らの手段なのではないでしょうか?」
「なるほどな。わかった。この件はもう少し調べておく」
ロニキスはそう言って、机の上にあるルナの報告書に万年筆でサインを入れた。
「それと、艦長。軍上層部に内通者の可能性があります」
「だろうな。どう考えてもいるだろう。この前のエルル、あれは仕組まれすぎだ」
数日前のエルルでの反乱騒ぎ。今にして思えば、あの基地の司令官であったシナプスの態度から疑うべきであった。
時期的にはシナプスの独断であっただろうが、最初からあそこで反乱劇を行うことは織り込み済みだったのだろう。
そして今にして思うのは、もしも反乱首謀者の目的が『イドの覚醒』であったとしたら?
イド、ルナの中に眠るアイオーンであり、エルルでルナの暴走事件を引き起こした張本人である。
二五〇年ぶりに覚醒したらしいが、もしそれが真の目的だとしたら?
あくまでもアイオーンの覚醒そのものが目的であり、反乱はダミーストーリーであり、そこにいた反乱兵はただの捨て駒だったとすれば?
推測の域は出ないが、最近ルナはこう考えていた。
もし本当に相手の目的が全て自分の考え通りだったとすれば、相当厳しい戦になる。
ルナは今後待ちかまえている現状に対し、溜め息を吐いた。
「……考えすぎると、逆に頭が回らなくなるぞ」
ロニキスが呆れるように呟く。そこでようやくルナは自分の世界から生還する。
「あ、す、すみません……ボッとしちゃって」
「気にするな、とは言わないが、根詰めすぎるな。焦りは敗北を生むだけだぞ」
こういう時のロニキスの言葉は重みがある。
胃潰瘍になりそうなほどの神経性胃炎持ちであることを除けば、彼は恐ろしく優秀な司令官であった。
現に四年前、彼がまだ第八混成大隊と呼ばれていた頃のルーン・ブレイドに配属された当初から、指揮車両に乗って現場の戦闘を指揮し、初戦から勝利を重ねている。
そうした現場での経験がこうした言葉を紡ぎ出す。
ルナもいつの日かこういった存在になりたいと、密かに憧れていた。
「それはそうと、内通者が誰かと言うことの調査、やってみるか?」
「自分で出来る限りやってみようと思います。今のこの国からは、その、妙な気を感じます」
「気、か。君らしいな」
「それくらいしか言い表せませんよ、この現状は」
「そうだな。とにかく、報告ご苦労。何かあったらまた来てくれ」
「了解です」
そう言ってルナは下がる。
なかなかに成長したな。
ロニキスは去っていく少女の行く末が楽しみで仕方がなかった。
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