第十五話『戦いを挑む者』(3)-2
同日午後一時八分
「不思議でしょうがねぇよ。なんだっててめぇみてぇなお偉いさんが、ンなとこで傭兵やってんだよ?」
ゼロは呆れながら食堂で目の前の男-竜三に詰問した。
もう昼時だ。自分の機体である『XA-006紅神』の整備はさっぱり出来なかった。
正直興奮した。あれだけの強さを持つ男が、今自分の近くにいる。
これほど強い相手は久しぶりだった。
そんな男に、昼時ゼロは食堂で偶然再会した。どうやら春美は家に帰ったらしく一人だった。
一人で不機嫌そうに、茶を片手にキセルを吹かすその姿は、やはりどこか老けて見えた。
「これも一種のビジネスだ。こう見えても、お前の乗ってる紅神作った国だからな。そういった巨大人型兵器に関する戦ならば、俺の国はよく行ってるぞ」
かつて、この世界に主権国家が多く存在した時代、対テロ兵器としてM.W.S.は開発された。
その時に開発計画を指揮したのが日本でロボット工学を教えていた教授『
しかし、エネルギー資源の枯渇により、それを巡って起こった『最後の現代兵器戦争』と呼ばれた第三次世界大戦において、光悦は戦死。
終戦後、そのプランを引き継いだのは息子であった『
親子二代にわたるM.W.S.開発プロジェクトは成功を収めた。
しかし、あまりにもその兵器は強力でありすぎた。それ故に軍事転用がなされる。
そんな折に、アーク遺跡が見つかった。そして、それから半世紀もした後に、現代で言うプロトタイプエイジスが完成したのである。
紅神は確かに日本で作られた機体であった。
そして、紅神のファーストイーグ『マーク・ガストーク』がラグナロクで死んだ場所は、日本ともそれなりに近い、現代で言う龍走路であった。
その後紅神は約八〇〇年もの後に玲の祖先である『ヴァーティゴ・アルチェミスツ』の手で発掘され、戦線に導入。
以後、アルチェミスツ家の象徴として語り継がれてきた存在である。
そんな機体と日本のゲリラが戦ったという逸話も残っている。また、それ以外でも多くの戦において、日本という国は多くの傭兵を派遣し、それをビジネスとし、そして何度も紅神と接触している。
竜三もそんな男の一人だった。昔から戦うことを運命づけられた家系に生まれた彼にとって、M.W.S.やエイジスは見慣れたものであったし、頻繁に軍の工場に足を運び、テストパイロットを引き受けたこともある。
故に紅神の開発元と言われても何ら不思議ではなかったが、よくもまぁあっさりとそんな千年も前のことを言えるものだと、ゼロは心底思った。
「マジでか。ンな古い話もあんのか」
「当たり前だ。曲がりなりにも俺の国には三千年の歴史がある。汚点も多いがな」
「で、そんなてめぇが、なんだって俺に接触した?」
「決まっているだろう。貴様ほど名の知れた傭兵だ。手合わせするのは武士の本懐といえる」
竜三はそう言い切った後、キセルを吹かした。
その直後、竜三の目つきが変わった。そして、少し周囲を見た後、見張りがいないことを感じたのか、小声でゼロにこう言った。
「……と言いたいところだが、それは表向きだ」
「というと?」
「お前の血液、調べてる奴がいるぞ」
「誰だ?」
「イーギス・ダルク・アーレン」
一瞬、ゼロは言葉に詰まった。
調べている奴ならいるであろうことくらい予測はしていた。しかし、まさかあのイーギスがそれをやるとは思わなかった。
穏健派の中心人物とも言われている彼がやっている。
何か嫌な予感がした。
「マジか?」
「間違いない。妙な話だがな。嫌に執拗に調べている」
「だが、決定打に欠けてるぜ」
「そうとも言えん。もう一つ情報がある。お前、前のエルルでの戦闘の時、村正・オークランドと一騎打ちしたそうだな」
「ああ、それがどうかしたか?」
「あの時、村正はフィストブレード、何発撃った?」
「予備弾込みで九発。そのうち三発が俺に命中、二本はかすった、残りは全部ぶった切った」
「この間回収されたとき、一本無かったそうだ。しかもそのかすった奴がな。回収したのは、イーギスの息の掛かった部隊だった」
「……何?」
唖然とした。正直な感想を言えばそうなる。
自分自身の血の付いた剣が一本無い。しかも回収したのがそんな部隊だ。
ますます持ってイーギスが怪しい。
「俺が部下を使わせて探らせた情報だ。間違いない。俺の雇い主もさすがに不思議がってた」
「雇い主?」
「今のだ。陸軍第四M.W.S.大隊大隊長『エドワード・リロード』、名前だけなら知ってるだろ?」
「あの堅実さが有名なあいつか。実戦経験もかなりあるらしいな」
「常に最前線で戦ってるからな。今回は一ヶ月ばかし、ここに配属になった」
「しかし、ナノインジェクションなんぞ調べて何になる……。っつか、何考えてやがるんだ……」
「そこだ、俺が危惧しているのは。しかも次の大規模作戦、作成司令官がイーギス。しかも噂ではお前達の部隊も組み込まれる予定にあるらしい。何かあると思わないか?」
「確かにな。だが、てめぇはどうしてそこまで知ってやがる?」
ゼロにとって最大の疑問はそこだった。竜三は知りすぎている。
イーギスが自分の血液を調べていること、作戦の司令官が彼であること、普通は表沙汰にはならない。
一瞬だけ、竜三がその時、憂えた表情をしたことに、ゼロは気付かなかった。
「そればかりは、機密事項だな」
竜三はそう言ってはぐらかした。
これが個人からの情報としてはこれだけ仕入れられれば十分だろう。
今の段階においてのゼロには
「ま、どうなろうと、俺はただ邪魔する奴を叩っ斬るだけだ」
という感想しか出てこないのだから。
昔から邪魔する者は斬るという発想で生きてきた彼にとってみれば、それだけで十分だった。
竜三は溜め息を一つはいた後、少し頭を抱える。
この男は単純だと呆れられている。何となくゼロはそう思った。
「言うと思ったぞ……。まぁ気をつけておけ」
そう竜三が言った後、彼はゼロに対して何かを強要するような感じに手を差し出した。
「あん?」
「情報料。なんかよこせ。この世にタダの物があると思ってるのか?」
想像以上にこの男はがめつかった。
いや、意地でも何かをつかもうとしている。そんな気がした。
こういう男にはやはり情報だ。
「何の情報が欲しいんだよ?」
「刀だ。なんでもいい。刀を使っている少々年老いた日本人の傭兵を知らないか? 写真はそいつが出るときに全部消失。ネガもなければデータもない」
一瞬ゼロは目を丸くした。刀を探しているように言っておきながら、本当に探したいのはその刀を持っていると思われる男だ。
しかし初老と来た。果たしてそんな男いるのか?
ともゼロは思ったが、少しばかり考えて、思い出したことが一つあった。
かつて傭兵時代に聞いたことがあった情報だ。
「もう二年も前の情報だがな。居合を得意とする初老の男で額に真一文字に刀傷があるとかいう奴の噂を聞いたことがある。そいつがフェンリルお抱えの傭兵らしい」
そのことを聞いた瞬間、竜三の表情が怒りに満ちた。
強烈なまでの殺気が放たれる。それはゼロの肌にも直に伝わるほどだった。
だが、それも一瞬だ。竜三はすぐに平静を取り戻し、ゼロに対し
「それだけの情報が有れば十分だ」
とだけ言って、食堂を去った。
ゼロは一人になったその席で、ガラスの向こうに見える植物を見ながら、呆れるように呟いた。
「ったく……。訳わかんねぇことだらけだ……」
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