第十三話 『proof~人間であることの証明~』(後編)

「無罪放免?」


 ルナはもう呆気にとられた。

 刑場に連れて行かれるかと思えばあっさりと独房を出た段階で手錠を外されて艦長室に呼ばれたのだ。


 艦長室は他の隊員とは比べ物にならないほど立派な作りをしていた。あらゆる雑務を十分にこなせるだけの広いデスクに整然と並べられた数多の資料、その上広い部屋。もうルナの『ゴミ貯め』とか呼ばれている部屋とは偉い違いだ。

 そこで彼女はデスクの前に立ち、ロニキスと二人で対談である。


 ロニキスはルナに彼女自身が書いた覚えのない戦闘報告資料をルナに渡す。しかし、こんな物を記載した覚えは全くない。

 ルナはそれを見ながら、ロニキスからの話を聞いた。


「委員会からのお達しでな。どうも司令が圧力を掛けたらしい。今回の件は『突然奇襲してきたアイオーンによってルナ・ホーヒュニング大尉負傷するも、なんとか戦線復帰。アイオーンを撤退に追い込む』ということになった」

「そうですか……」


 凄いこじつけだと自分でも思う。


 ガーフィ・k・ホーヒュニング准将、ルナの父親だが、その人物が『司令』と呼ばれている者の正体だ。

 役職、海軍総司令官である。その父が色々とやったんだろう、何となくそう思う。当然この戦闘報告書も全部ガーフィの偽造資料である。しかしここまで精巧に偽装されているとかえって怖い、何せサインまで自分の筆跡と全く同様に描かれている。


 あの親父、ここまでやるかと、ルナは半分呆れたが、半分はまだ生かしておいてくれるらしいと感謝した。


「ただし、原隊復帰には三つ条件がある」


 報告書を一通り見終わった後、ロニキスは三本の指をルナに向けて立てた。

 さすがに自分の罪が完全にもみ消せたわけではないだろう、そのことくらいルナは察しが付いた。

 むしろ条件僅か三点で済んでいるのだ、そう考えると随分楽になれた。


「まず一つ、三日間の謹慎、派手に暴れすぎたからな。二つ、化学部第六課への出頭、これは最優先事項となる。三つ、自宅謹慎三日の間に出来るだけ情報を収集すること。これが条件だ」


 化学部第六課、バイオ工学を専門に執り行っている部署だ。しかもそこはいくつかの海軍所属艦隊に医薬品の提供も行っている。

 ガーフィはそれを懐柔したのだろう。海軍総司令官だから化学部第六課としてみればお得意様だ。それで第六課は色々と有利にさせる代わりにちょっとばかり実験につきあえという交換条件を出したに違いない。

 まぁ、この程度はつきあおう。ルナはそう思い、報告書を閉じてロニキスに敬礼した。


「拝命しました。今回の件、ご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」

「では、今回の分、貸しにしておく。借りは、きっちり働いて返せ」


 ロニキスはふっと笑いながら言った。こうしていると彼にも立派な貫禄がある。

 もっとも、本来の彼はこうであって、決して普段から胃を痛めっぱなしの彼が本来の彼ではない。


「了解です、艦長!」


 それに応えるようにルナもにっと笑った。


『ちょ、ちょ待……!』


 突然外がやかましくなった。衛兵が何かに狼狽えている。


 まさか、艦内で何かあったのか?!


 ロニキスは椅子から立ち上がった後、デスクからグレイヴを出して構え、ルナの方もいつでも殴り殺せるように構えた。

 そして、ドアが破られた瞬間、ルナは来た者に対して掌底をかますべく床を這うようにドアへ向けて疾走した。

 しかし、ドアを突き破り、衛兵を押し倒して入ってきたその存在を見てルナは掌底を寸止めし、ロニキスもグレイヴを納めた。

 思わず彼女も驚いた。それもそうだ、よりにもよって来たのは……


「レム?!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「艦長、姉ちゃんを殺さないで!」


 叫んでいた。

 レムは朝起きたらルナがいないことに気付き、刑場に連れて行かれたと思ったのだ。ルナの行った場所を他の隊員に聞き出し、突撃したら、艦長質にいるというではないか。

 そこでまさか抹殺されるのではないかと、何か異様に怖い感情が駆けめぐったのだ。


「いや、彼女は無罪放免に……」

「姉ちゃんを殺すんだったら同じ能力を持った私だって同罪だ! 殺すんだったら一緒に……」


 ドンドンレムの言葉の語尾が小さくなっていく。

 ロニキスの言葉がようやく脳にきちんと届いた。

 無罪放免と、ロニキスが言った気がした。


「……あれ?」


 思わずレムは頭を少し抱えて


「む~……」


などと唸る。


「少尉……」

「はい?」


 レムは微かに声のした方を向く。

 最初に目についたのはドン引きして恐怖に引きつっているルナだ。

 そしてその横には、まるで仁王のような凄まじい形相をしたロニキスがいた。


 一瞬にして滝のような汗が出た。

 普段は温厚の塊のような彼だ。神経性胃炎を抱えているために何か気弱そうに見える彼だが、さすがに切れる時は切れる。

 昔ルナは彼を『不発弾型人間』と例えたことがあった。まさか彼に限って怒ることはないでしょ、などと気楽に考えていた自分の思考を呪った。

 レムは正直この場を直ちに逃げ出したかった。が、脚がまるで動かない。


 怖すぎる。

 そしてロニキスはすーっと、一度息を吸った後、それを一気に吐き出しつつ


「入る時に強行突破してドア壊すな! そこでのびきっている衛兵を何とかしろ! それ以前に冷静に物事を考える能力をもっと養いたまえ!」


と、この艦全土が震えんばかりの大声で怒鳴った。


「す、す、すみませんです、はい!」


 レムはもうここまで来ると謝るしかない。


「い、いや、本当に申し訳ございません! で、では失礼致します!」


 ルナは頭を下げっぱなしのレムを抱えて逃げるように艦長室を後にした。

 少し行ったところで二人揃ってまるでマラソンでもした後のように荒く喘いだ後、呼吸を整えた。

 そしてルナは開口一番にレムに怒鳴った。


「もう、レムのおバカ! どうやってあれ直す気よ?!」


 そう言われるとレムも言葉がない。逃げようとレムは


「あ、私用事が……」


などと逃げようとしたが、


「まっちゃりい」


と、ルナに髪の毛の先端を引っ張られた。

 思わず動きが止まる。結構痛かった。思わず髪を縛ってある箇所の頭皮を抑える。


「あうち! 枝毛になっちゃうじゃん!」


 そんな文句たれるレムに対してルナは命令を下す。


「整備用具貸してあげるからドア直しなさい!」

「整備用具でなんとかなる部類なのかな……」


 レムはふと疑問に思った。

 しかも、目の前の人物はあっさりと工具類をフルセットで持ってきた後、レムに渡して


「じゃ、がんばれ~」


と、手をひらひらさせながら帰ろうとするではないか。


「嘘ぉ?! 姉ちゃん手伝わないの?!」

「だってあたしが壊した訳じゃないからね~」


 確かにそうである。ルナの言い分はもっともだ。

 ついてっきりルナが手伝うと思っていたが全然そんなことなくかえって冷たく突き放した。


『この狗ちくしょうめ……!』


などとレムはルナに対し思う。意味不明だ。

 まぁ、破壊したのは自分だから自業自得と言えばそうである。仕方なくブツブツと文句たれつつレムは修理を受けることとした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「さてと、ご飯ご飯」


 ルナは居住区の食堂街に足を運んだ。

 朝食だ、さすがに脂っこい物は食う気になれない。しかし、昨日の食事は考えてもみれば独房で食ったパン二個とゼリー飲料だけ。

 正直言う。今とんでもなく腹が減っている。

 だから正直脂っこくなければ食えりゃなんでもいい。


 ならばと、彼女は総合食堂へ足を運んだ。

 すると入るやいなやなんか凄まじいまでに盛り上がっている席があった。

 というよりこの食堂にいる連中ほぼ全員がそこにいる。

 何があるのかと思い、ルナも近づいていくと、そこにはブラッドやアリスなどまでいるではないか。


「あ、ルナだ」

「よーっす、リーダー」


 なんかみんな思ったより自分に対する反応が淡泊だ。なんでだと思い、彼女は真ん中にいるであろう話し手の方に向かっていった。

 するとそこには、銀髪と赤く染まった目と獣のような瞳孔を持つ少女のような何かがいた。

 アイオーンだろうとは思ったが、敵意は全く感じない。


 なんでこんな所に彼女がいるのか疑問で仕方がない。

 だが、その少女はルナを見るやいなや椅子から立ち上がり、ルナの前に行って深々と頭を下げた。


「すまんことをした」


 その言葉にルナも少し驚いた。いきなり名前も知らないアイオーンにただ謝られるという感覚がどうも奇妙に思える。

 なんでもアリスによれば、ルナが独房に入っている最中に医務室で意識を取り戻した彼女は上級アイオーンの持つ自己再生力で傷を回復させた。その結果もう病室を退院したのである。一応アリスにブラッドという監視付きであればと、食事の許可も下りたのでここに来たというのだ。


 そしてふと彼女が始めた自分の脚で見た千年間の人間の移ろいゆく様の語り。

 それが異様に面白く、そのまま大量に人が集まって結果こうなったらしい。

 このアイオーンがイドを目覚めさせた獣だ、それは自分でも分かっている。

 だが、あの獣の時と今の状態とではまるで全く別の存在のように感じられた。それにルナは正直戸惑った。

 しかしどうも自分より目の前のアイオーンの方が戸惑っていたのか


「……わらわが憎いのか?」


と、少し涙目に聞いてきた。

 変わってるなぁと、ルナは何となく思いつつも、あっさりとこう言った。


「いや、別に」

「え?」


 そのアイオーンが、呆気にとられているのがよく分かった。他の連中も、何故か呆然としている。

 ブラッドとアリスが、大型ナイフを持っていることくらいは当に見抜いていた。ここで抜かせるのも気分が悪いと、ルナなりに考えたのだ。

 そしてルナは話を続ける。


「だってもう終わった事じゃない。それにあれは中の別人格とはいえ、あなたも傷つけちゃったし。お互い様よ。それにあれはあなたの意志じゃない、そう感じるわ」

「あんたヤケに今日はポジティブね、珍しい。もっとも、隊長が常に根暗なんてまっぴらごめんだけどね」


 アリスが感心した風に唸っている。

 なんだかそれではまるでいつも気分が暗いみたいではないか。

 そしてあっさりと


「辛気くさい話はなしにしましょ」


と、話を切り上げた。

 その後彼女はイントレッセの横に座り、ふと尋ねる。


「名前なんて言うの?」


 レムにブラッドが彼女と会ったという話は聞いたが考えても見れば名前を聞くのを忘れていた。

 そしてルナの前にいるその銀髪の少女のようなそれは、手を差し出して名を述べた。


「イントレッセと申す」

「そっか。ルナよ、よろしく」


 ルナはイントレッセが指しだした手を握った。

 感動した、そこにいた一部のメンバーは後にそう述懐した。

 そして握手をしてからルナは朝食のポーチドエッグを買い、イントレッセの隣に座り、一言。


「で、何の話してるの?」


 もう全員一気に力が抜けた。

 やっぱりこの女はこの女だ、何か一個抜けている。もう感動ぶち壊しである。

 そして先程の『感動した』と言ったそのメンバーは、最後にやはりこう言った。


『あれさえなければね』

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