第十二話 『rebellion~反乱という名の欲望~』(3)-2

「小娘、何故力を開放しようとしない? 別に貴様に害を与えるような物でもあるまいに……。我をなめているのか?」

「私は人間として生きてやるって決めたんだ。姉ちゃんだってあんな変な能力付こうが人間として生きる道を選んだ。だから私も目覚めようが関係ない。人間として生きて逆らって逆らって逆らい続ける。だから力は開放しない。セラフィムもそれは納得済み」


 レムの言葉にイドは嘲笑する。なんというか、非常に頭に来るタイプだ。


「人間、か。確かにそう生きるのは勝手だ。ならばここでさっさと死ぬがいい。双剣もろとも焼け果てろ」


 イドは空いていた右腕の指の周囲に黒い炎を巻こうとした。

 だが、レムはにっと不適に笑う。


「誰が武器はこいつだけって言った?」

「何?」

「こういう武器もあるって事だよ!」


 レムはその鍔迫り合いを弾き飛ばし、少し怯んだイドにすぐ詰め寄った後、その頭を思いっきり掴んで額に強烈な頭突きをくらわせた。

 鈍い音が響いた。


 これは相当のダメージを与えたようだ。双方とも頭を抱えている。

 だがレムよりも遙かにイドの方が堪えたようだ。イドは立て膝を付き、頭を抱える。


「な、何だと……?! 力が弱まっているとでも言うのか……?!」


 イドが唖然としていた。


 そろそろ、出てくる頃かな。


「こういう手口もありってこった」

「いつ……」


 イドは頭を抑えた。

 今の声に真っ先に反応したのはレムだった。今の気配はイドの気配ではない。


 ルナ本来のあの気配だ。


「バカな、抑え付けたはずの意識が何故今になって再生するのだ?!」


 イドの疑問が途切れることなく続いている。それが頭痛をより増長させるのだろう。もはや立つことも適わなかった。


「ぬあ……」


 イドの気配が徐々に遠のいていく。


 勝った、レム達はそういう確信を持った。

 いや、勝ったのはレム達だけではない。ルナ本人が打ち勝ったのだ。そう感じた。


「活動限界だと……?! 人間如きにぃぃぃぃ!」


 その絶叫と共にイドの雰囲気は消えた。禍々しい腕が、ルナの普段の少し虚弱にも思える手に収束されていき、左半身の刻印がすうっと消えていく。

 その場に重く跪いたその少女は、荒く喘ぐ。


 そして、一息ついた段階でその少女は目を開けた。

 あの全てを飲み込んでしまいそうな、ダークブラウンの瞳が広がっていた。

 しかし、その瞳には悲しみと絶望が広がっていた。


「……あ……」

「姉ちゃん、生きてる?!」


 レムがルナに近づく。


「来ないで!」


 ルナの大声にレムの動きは止まった。

 一瞬にして恐怖が襲いかかってきたのだろう。

数多の人を殺した恐怖。自分の大切な人を傷つけた恐怖、そして人間であることの証明が分からなくなった事への恐怖が彼女の中で一気に襲いかかっていた。

 彼女の手は血に染まっていた。その真っ赤な手を見ながら、涙を流し、悲観に暮れた。


「どうせ……あたしは化け物でしかないのよ……。人間でいようとする方が滑稽よね……。元から人間でなければ楽だったのに……」


 その言葉に対し、レムは少ししてから、はぁ、と大きくため息を吐いた。


「らしくないなぁ」

「え?」


 その言葉に一番驚いたのは誰でもないルナだった。レムはルナの横に胡座を掻いて座る。

 ルナは俯きながら泣きじゃくっていた。


「別にいいじゃん、なんでもさ。姉ちゃんは姉ちゃん、今出てきた奴は今出て来た奴。今は、ルナ・ホーヒュニングっていう私にとって大切で、それで私の知っている姉ちゃんなんだから、それでいいんじゃないの?」

「だって、あたしは……」

「俺はしゃくだがこいつの意見に賛成だ」


 ルナの言葉を遮ったのはゼロだった。ゼロはため息を吐きつつも言葉を続ける。


「だってそーだろ? アホか、てめぇ。ンな事気にしてたってしょーがねーだろ。おめぇ、微妙に頭はいいくせしてその手はてんでダメダメだな。脳みそ湯だってんじゃねぇのか?」

「ま、そりゃ未熟って事でしょ、精神的に。ま、それはゆっくりと成長していけばいいんだけど」


 アリスがそれに追随する。


「ワイもそれ、悪うない思うで。ゆっくり進むんもまたありやろ」


 ブラスカが言った。


「ま、俺も賛成。どーせ急いでも得ないしな。ま、自分のペースで行けばいいんじゃねぇの?」


 ブラッドはスーパー16を蒸かしつつ言った。


「ほらね、みんなこう思ってるんだよ。姉ちゃん疑いすぎだよ~。うちら何さ? 仲間っしょ?」


 レムはにっと、いつの間にか笑っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 レムの言葉が説教じみた話の最後だった。その上トドメだ。

 どうやら自分は自分が思っている以上に成長していないらしい。ルナはそう思った。

 だからだろうか。


「ごめん……」


と、自然に出ていた。


「で、今の奴ぁなんだってんだ?」


 ゼロはルナに聞いた。だが、それは全員の疑問でもあった。

 するとルナは少し俯きながらも冷静に、淡々と応えた。


「イド、人はそう呼ぶみたい。アイオーンの一種だと思う。目覚めた理由はたぶん、あの獣が、自分のいた地面に何かしらの力を打ち込んでアイオーンの因子を目覚めさせたからだと思う……」


 ルナはうつむいてそう言った。


 確かにそう言われれば全て納得できる。彼女の火傷の跡とその獣の持っている力、それが何かしらの条件でピッタリはまったのだろう。

 そうとしか考えられなかった。


「そう言えば姉ちゃん、手ってどうなってんの?」


 レムに言われたとおりルナは手を見てみる。

 その時、彼女の表情が驚愕に満ちた。


 右の二の腕に刻印が刻まれていたのだ。見た目はまるで召還印のような幾何学的文様であるが、それにルナは不吉な何かを感じたが、それと同時に実にムカつく気分になった。


「はぁ……まだうら若き乙女で美少女なあたしの柔肌になんだってこんなもんが……」

「あぁ? 今なんつった?」

「キモーイ」


 ゼロとレムが立て続けに言った。

 その時、空気に一瞬、ヒビが入った気がした。

 ルナは指の関節をポキポキ鳴らし始め、すーっと、まるで幽霊よろしく立ち上がった後、静かに死刑宣告を言い放つ。


「……今ふざけたこと言った二人面貸せや。今すぐ殺す、覚悟しろ!」


 ルナはギロリとゼロとレムを睨み、そして逃げる二人を全速力で追いかけた。


「元気やのぉ……」


 その様にブラスカはこう感想を述べ、そして大きなため息を吐いた。

 しかしゼロとレム、二人揃って逃げる逃げる。まるで某アメリカのアニメのようだ。


 が、ゼロが地面のヒビがいったところに足を踏み入れた瞬間、轟音を立て一気に地面が抜けた。

 遠目から見れば一瞬でゼロが消えたみたいに感じる。それくらい突然だった。

 何が起こったのかと思わず彼の方へ寄る面々。しかしゼロは無様に倒れながらも無事だった上意識もあった。


「おい、大丈夫か?」


 上の方からブラッドがゼロに声を掛ける。

 ゼロは頭に少し付いたホコリを払った後、周囲を見渡してみた。


 地下の保管庫だ。しかし、ここの不思議なところはドアに特殊なロックが掛かっていることだ。どう考えても何か妙な物を保管している場所である。


「あんだここぁ?」


 ゼロがそう言った後、上からルナが下りてきた。


「こんな設備この基地にあったかしら?」


 しかしこの場所、異様に暗い。先程抜けた天井から陽光が差す以外、全く明かりがないのだ。

 だからかルナが適当に歩いていた時、豪快に何かに躓いた。思いっきり彼女は地面に転ぶ。結構いい音がその部屋に響いた。


「いたた……もうなんなのよ~……」


 ルナは立ち上がってその躓いた物を見てみる。

 何かの箱だ。見た目は直方体状のマガジンのようにも見える。だがそれにしたって軽すぎる。


 ルナは耳元にそれを当ててみる。時計の音はしない、どうやら時限爆弾の類ではないらしい。

 するとゼロがあっさりとそれを取り上げて分解し始めた。


「あ、おバカ! 開けた瞬間ドカーンってことになったらどうするのよ?!」


 ルナは怒鳴るが、ゼロはいっこうにそんなこと構わず、ぱかっと、その蓋を開けた。

 その時、その箱の中からは目映い七色の輝きに満ちた石が出現した。


 思わず見とれてしまうほどの美しさを持つそれは、サイズこそまるで小さな石ころのようであったが、その輝きはダイヤモンドより遙かに美しかった。

 それを見た瞬間、ルナはこの基地が狙われていた理由を思い出した。

 そして、『それ』は確かに、目の前にあった。


「これ、まさか……レヴィナス?!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「間違いなく、モノホンのレヴィナスだね。しかしまぁこんな所に隠してたとはねぇ……」


 レムは小型測定器からレヴィナスを出してルナに渡した後呆れるようにそう言った。

 本物である。本物は今まで見たことがない。そのためメンバー全員興味津々だ。


 その七色に輝くその原石に、その場にいた誰もが魅了されていた。

 そしてその場にいた誰もが思う。


『これ売ったらいくらになるんだ?』


と。


 だが、あえて誰も言わなかったのに、ゼロというこの空気が非常に読めない男はただ一言。


「貴金属店に売って来るか」


 この冗談とも本気とも取れる一言にもう抑えていた感情は完全に崩れた。連鎖反応的に全員の口から


『自分も欲しい』


という声が出始めた。

 その声はドンドン大きくなっていく。やはりみんなそう思っていたのだろう。

 しかし、それに対しルナは頭を抱えながら、後ろを振り向いて恐る恐る聞いてみる。


「……あのね……これ、企業の最高機密品だって、みんなわかってる?」


 ルナの質問は至極まっとうだ。

 が、この部隊にそんな質問はある意味愚かだ。みんな揃って


「うん、だから売る」


と返答された。

 もう一気に力が抜けた。


 こう来ることは分かっていたはず、こう来るのはわかっていたはずなのに……っ!


 ルナは己の覚悟の足り無さを自覚した気がした。なんか今日は学ぶことがやけに多い。

 何かにしがみつきたい思いだったが、ルナは脚を無理矢理踏ん張らせてその場に立ち、少し力無い声で言った。


「んなことやったって分け前で喧嘩になるのがいいオチでしょ……。だからこそ、これは隊の共有財産と言うことで」


 至極まっとうな意見を自分は発したはずだった。が、このメンバー共は


「え~?」


と、一斉ブーイングをしてくる。

 もうこうなると対応は決まっている。ジャケットの胸ポケットからPPK/Sを出して笑顔のまま銃口をメンバー達に向けた。


「あらあら、お姉さんちょ~っと今の言葉聞こえなかったなぁ。さて、なんて言ったのかしら?」


 復唱したら銃弾は放たないが鉄拳の二、三発は覚悟しろと言う、彼女なりのメッセージだ。


「なんでもありません」


 掌を返したように、キリッとした声で全員が言った。

 みんな対応が分かっているようでよろしいと、ルナは心底感じる。

 その態度を見てルナはレヴィナスをケースにしまった後、


「みんな物わかりが良くて助かるわ」


と、不敵に笑っていた。

 日は、少し高く昇り始めている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る