第十二話 『rebellion~反乱という名の欲望~』(3)-1
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AD三二七五年六月二七日午前八時五〇分
気付けば自分に豪快なボディブローが入った。その時覚えているのはそれだけ。
レムとイド、両者の戦いはイドの圧倒的優位に立たされていた。
たった五回の攻撃、それもたった数秒の戦いでレムの方がボロボロだ。ルナの身体を用いているからかとにかく俊敏な上に強力な徒手空拳で攻めてくる。
いや、この動き、全てを予見されている。『予知』し尽くした上での迅速な反応、判断を行う。即ち自分がやろうとしていることは全て相手の予知通りだ。
この瞬間はっきりした。ルナの持っている予知能力、あれはこいつから漏れていたのだと。
なら、こんな相手にどうやって勝てばいい?
考えを巡らすが、とりあえず投げ出された自分の身体をどうにか地面へと着地させる。
だが、痛む。
「ぐは……」
レムは下を向いて胃の中の物を一気に吐いた。衝撃が腹全土に伝わっている。
その隙をすかさずついてこようとするイド、大地を疾走し、一気にレムに詰める。
そこに割って入るブラッド。
デッドエンドを一気にイドの顔面に向けて叩き付けようとする。
「もらった!」
だが、イドの予知能力はやはり常軌を逸脱している。
ブラッドの拳はむしろかなり早い。実際、彼なんだかんだで格闘術ではルナに匹敵すると言われているくらいだ。
だが、相手はそれをいとも簡単に避けるやいなや、ブラッドの顔面を思いっきり片手で捕み、そのまま一気に地面に叩き落とした。
それでブラッドは頭から血を流しながら倒れ動かなくなった。ただ痙攣している。脳震盪を起こしたようだ。
更に疾走するイドに対し、横から放たれるはハウリングウルフの弾丸。
だが、このアイオーンはそれすらもそれすらも予知していたのかすぐさま避け、弾丸に構わずレムに向かって突進する。
しかし、レムはいっこうに動かない。いや、動けないのだ。喰らった攻撃は五発、それも素手にもかかわらず全部が鈍器で殴られたような衝撃を持っていたのだ。立ち上がるにはまだ時間が掛かる。
そして、イドがレムに達する寸前、一人の男がレムの前に立ち塞がり、イドの流れを押しとどめた。
ブラスカだ。彼は割り込むやいなやハルバードを前面に押し出しイドに構える。
一方のイドも硬質化したその右腕をブラスカに向けた。
鍔迫り合いが起きる。
しかし、イドの力は彼の想像を超えていた。今までの暴走に比べ明らかに力が上がっている。
あの形態ですらあれだけ苦労したのだ。本物を倒せるのか、その疑問が一瞬湧いた。
腕の血管が唸る、額に汗がにじみ出る。今のブラスカはかなりの極限状態に達している。
その時、汗一つかかないイドが口を開いた。
「ほぉ……前にこの小娘に我の因子が出た時に無理矢理止めた男か……」
「せやったらどないするいうねん。さっさと中の奴出しぃや」
その言葉にイドはため息を一つ吐いた後、
「だから言っただろう? この器は元々我が収まるべき器だったと」
と、淡々と言った。
そして付き合いきれなくなったからか、イドは空いていたもう片方の手でブラスカの顔面を殴り飛ばした。
鈍い音が響く。少しのけぞるブラスカ。
そしてその隙をついてイドはブラスカから離れ、何とか体制を立て直して剣を構えるレムへと突進した。
そして、レムの側まで来て、一気に右腕を振りかぶって降ろそうとしたその時、イドの動きが止まった。
戦場の空気が何か変わった。
怒り、苦しみ、そんな空気が混じり始めている。確かに気は少し弱めだ。だが、凄まじい奥深さを感じる。
そしてその空気のする方を全員が向いた時、一人の男が悠々と、消沈している兵士達に道を空けさせて出てきた。
その男に戦場にいた誰もが唖然とした。
金髪黒メッシュに赤目、左半身をアーマードフレームで覆った男。
ゼロ・ストレイだ。病室着のままだがその手には両刃刀が携えてあるが、昨日の肩がまだ痛むのか義手で持っている。
しかし戦う気満々である。
ゼロはその戦場の様子を一度ちらりと見る。
「仲間割れかと思ったけどよぉ、そうじゃねぇっぽいな。ってか、何やッてんだ、おめぇらは」
ゼロは力のない声でだらけた感じに言う。だが、その言葉の端々には殺気が漲っていた。
「おどれ起きたンか?」
「ああ、さっきな」
ブラスカの問に対してもだらけた態度でいるように見える。だが、言葉の発する覇気は普段の彼と全く変わらない。
そして、イドは目の動きを変えた。
ゼロを一目見た後、すぐさま方向転換しゼロに向かって疾走する。
「ならば病人はすぐさま引っ込めぇ!」
イドの拳がゼロの顔面に思いっきり当たった。しかし、ゼロは踏ん張った。その様はまるで病人とは思えない。
「……ってーな……いきなりかよ……」
ゼロはイドを睨み付ける。その目に、イドの感情は思いっきり揺れているのをレムは感じた。
「貴様ぁ! その目で我を見るなぁ!」
もう一発、ゼロの顔に打撃を与える。だが、それでもなお、ゼロは怯まない。
何がイドの感情をそこまで急変させるのかは、よく分からない。ただ、何か昔会ったのだろうと言うこと以外は、何も分からないのだ。それに、分かりたくもないと、レムは思う。
ゼロは少し離れ、口の中の血を一回ぺっと地面に吐いた。
そして、また、あの目を向ける。
「さっさとすっこめや寄生虫パラサイト。てめぇじゃ役不足だ」
ゼロは呆れるような口調で言う。イドはそれを笑った。
「パラサイト? よく言うな。この器は我の……」
その言葉が言い終わる前に、イドは呻き声を上げながら頭を抑えた。
全員が怪訝そうな表情でイドを見つめるが、レムはそれに希望を持った。
少し、イドからルナの気の流れを感じたのだ。
間違いない、ルナはまだ生きている。あの中に閉じこめられても殻を思いっきり割ろうと足掻いている。ならばやりがいもある物、彼女はそう感じた。
そして、イドは荒く喘いだ後、再びゼロを睨み付ける。
そしてすぐさま疾走し、ゼロの腹を右腕で突いた。ゼロの右脇腹を腕が貫通していた。血しぶきが吹き荒れる。
ゼロの顔も流石に苦痛に揺らいだ。
「ってぇな、ったく……。さっきようやく、腹がまともに塞がったってぇのによぉ……」
と、言っておきながらも、ゼロは不敵に笑うだけだった。それにイドが疑問の表情を浮かべているのを、何となくレムは予測した。
咆吼を挙げていた。そして、一気に大地を蹴る。
双剣は、まだ生きている。それに、自分もまだ、生きている。
「ちぃ!」
イドはゼロの脇腹から腕を抜くとすぐさま踵を返してレムに向かう。
「後ぁてめぇの好き放題やっちまえ、クソガキ!」
ゼロが叫んでいる。
言われずともそうしたるわ!
レムは心の中でゼロに向けて叫んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
イドの右腕とレムの剣が甲高い金属音を立てて擦れ合い、二人の鍔迫り合いが始まった。
ゼロはそれを見るやいなや流石に力尽きた。後ろ向きにふらっと倒れる。
そして地面に行くかと思いきや、倒れるのを抑えた男がいた。
ブラッドだった。脳震盪からは復活したものの、まだ少し頭から血が出ていた。
ゼロはそれに気付いてブラッドに目を向ける。
「……怪我人のくせに……」
「お前にだけは言われたくないんだがな」
ブラッドは苦笑しながら言い、応急救命用具セットを出し彼自身の頭に包帯を巻いた。
一方のゼロの腹にもアリスが包帯を巻いていく。結構慣れた手つきだった。
そしてギュッと結ぶ。それがやはり痛い。
少しだけゼロの表情が苦痛に歪んだ。
その間にも包帯の間からは噴煙が上っている。傷口を塞いでいっている証拠だ。
この分ならば治りは早いだろう、ゼロはそう思った。
彼はその場に座り込む。するとブラッドは彼の顔の前にスーパー16を差し出した。
「吸うか?」
ブラッドの言葉にゼロはしっしっと手で払った。
「俺は吸わねぇ主義だ」
ブラッドは
「そうか」
としか言わなかった。そしてブラッドはスーパー16に火を付け、吸った。
レムとイドの鍔迫り合いを見つつ、ゼロは義手で持っていた両刃刀に目をやる。
「こいつ持ってきた意味もなし、か」
「ああ、そうみたいだな。あれなら勝てるだろ」
ブラッドの目線の先をゼロは見る。
そこには先程からその場を動かない二人の鍔迫り合いが続いていた。
互いに歯を食いしばり双方の刃を相手へと向け、一歩も譲らずに鍔迫り合いをしている。
どちらかが崩れた瞬間、崩れた方の負けだ。油断は許されない。
だが、レムが勝つだろう。ゼロの魂が、そう言っていた。
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