第十二話 『rebellion~反乱という名の欲望~』(2)-2
銃声が鳴り響く戦場をただひたすらにつき抜け、対抗してくる相手を、切る、斬る、伐る。
疾走、今のレムに似合う言葉はこの言葉を置いて他はない。
弾丸は切れた、そのためB-72ももう捨てた。整備班員数名がバックアップと護衛に付き、自分はただひたすらに銃弾をかいくぐって進み続ける。
目の前の敵は二名、装備は両名ともB-72。ならば突き抜けるのみ。
レムは更に前屈みになり地面を這うようにして疾走を更に強める、はずだった。
だが、その時だった。強烈なまでの頭痛が彼女を襲ったのは。思わず進軍を一度止めてしまうほどの痛みだった。
その様子には前方の敵兵も思わずいぶかしんだほどだ。
汗が止まらない。そしてこの波動、昨日出会ったあのアイオーンの波動に似ている。
だが、何かが違う。禍々しい、一言で言うとそうなる。
来る、来る、何かが来る……!
彼女の直感がそう告げたまさにその時だった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
周辺に絶叫がこだました。だが、今の戦で負傷して痛がっているような叫び声ではない。もっと別の声色だ。
まるで、恐怖に駆られているような……そんな声だった。
そして基地内を疾走する何かの存在に彼女は気付く。まるで巨大な弾丸のような何かが自分めがけて一直線に来ている。
レムは思わずそこで身構えた。
ごくりと、一回つばを飲む。
そしてそれは、目の前の敵兵をも踏みつぶして大地を疾走しながらレムの前に現れた。
鬣のような場所から延びる銀毛、自分の二倍以上の体格を兼ね備えた獣、それが自分の目の前で止まった。
一瞬にしてレムの思考は真っ白になる。自分の目の前で止まったということは、このままでは自分はほぼ間違いなく殺される。
なのに何故、逃げようとしないのだろう。レムはそこを不思議がった。
(まさか……イントレッセ……?!)
セラフィムの驚愕に満ちた声が脳に響く。
まさかと、その声を聞くまでは信じられなかった。あの少女みたいな姿のアイオーンが、こうも醜く変貌したのだ。
愕然とした。それに、この感触はイントレッセ自身が何かに操られているような、そんな印象を持った。
第一見た限りだが、あのアイオーンは人間側に与することはない。だがアイオーン側に与することもない。要するにセラフィムと同じ脱走組である。
それが人間側を襲う、なおかつ、無軌道なままで。
しかも武器は全て力づくと来た、どう考えても打算や何やらで動いている、とにかく頭を使う奴のやることではない。
今日夜半に現れたマタイの言った『ジン』というあの言葉、それがレムは異様に気になった。
何かそれが関係している、そんな気がした。
その時、イントレッセの後ろに更に巨大な巨人が訪れた。
クレイモアだ、MG-65を装備したその巨人はイントレッセに銃口を向ける。
だが、それより先にイントレッセが動く。
咆哮を上げたその獣は真後ろをすぐさま向いて大地を疾走した後に蹴り上げ天高く跳び、クレイモアの腕を掴んだ瞬間、その腕を容易に折り曲げた。
あの獣、相当やる。先ほど戦ったマタイほど大きくはない。しかし、小回りがきく上あの跳躍力、文字通りの化け物だ。
しかし、この化け物の相手をせんことには恐らくエンジンの修理が完了したとしても脱出出来まい。
厄介な事態になったとレムは思う。
その後もイントレッセは大地に飛び降りた後、降りるやいなや大地を蹴って疾走を続け片腕をもいだクレイモアに狙いを定めた後、再び大地を蹴り上げ天高く飛び、クレイモアの胴体へと突進し、たった一撃で五五トンもの重量を誇るクレイモアを押し倒した。
轟音をたてて大地に仰向けに倒れるクレイモア。そして、コクピットハッチを強制的にパージして脱出したパイロットのまさに目の前に、その獣は降り立ち、頭部を一撃の下刈った。
真っ青だった機体のコクピット周りが鮮血に染まり、その獣もまた、褐色の皮膚を血の赤に染める。
そしてそれはにぃと、不気味に笑いながら後ろを振り向き、唖然と見ていたレムの方へと向く。
ますます汗が止まらなくなってきた。自分が普段持つ楽観的思考が完全に麻痺している。
やばいやばいやばい。
頭の中でレッドランプが鳴り響き続けている。
逃げよう、そう思っても何故か足が引かない。
しかし、何故に自分の腕は、Bang the gongを握る力が強くなっていくのだろう。
Bang the gong捨ててでも逃げろ、普通の自分ならそうしている。しかし、そうした瞬間、もう二度と何も出来なくなる気がしてきた。
だからだろうか、彼女は一度つばを飲み込んだ後、統率が乱れたが故に横を無軌道に逃げていく反乱兵とは真逆の方向へと足を向け、横にいた整備兵の静止も聞かず歩み出す。
狙うは倒れたクレイモアのコクピットの上に乗っかっているあの獣。歩数にしておよそ二〇〇歩先にそのターゲットはいる。
ならば、その二百歩を一気に詰める!
レムはゆっくりと数歩を歩き、そして、大地を蹴り上げ疾走した。
対するイントレッセもまた、四つん這いになってクレイモアの胴体に伏せた後、飛び出すように疾走を開始する。
レムに飛びかかるイントレッセ。しかしレムはすんでの所で避けて後ろへ回り込み、後ろから一気に斬りかかる。
しかし、肌が硬質化されているらしくまるで効かない。傷一つ付かず、逆に剣劇の鋭い音が響いただけだ。
すぐさまイントレッセも反応し一瞬で踵を返し、またレムに襲いかかる。
横から来るクロー。かなりの早さと質量を持つそれは容赦なくレムへと襲い来る。
レムは少し暇になっていたもう片方の剣でそれを受け返す。
しかし、それでも凄い衝撃だ、腕が思いっきり痺れた。
そのためすぐさまイントレッセから離れて体勢を整える。しかし、少し離れてもすぐさまイントレッセは迫り来る。
疾走する毎にアスファルトにヒビが行く。ということは相手、質量保存の法則を一切合切無視しているのは間違いない。
しかしこの感じ、レムに向かっているのではない。
相手は恐らくセラフィムだ。そうでなければここまで周到に一人を狙ってこない。
レムは剣の柄に手を持って構える。
だが、その直後、イントレッセの背中で爆発が起き、飛びかかろうとしたイントレッセを見事に吹き飛ばした。
その獣は後ろに目をやる。その時、その獣の目の色が変わった。
そこにはBA-74からグレネードを放ったもう一人のコンダクター-ルナがいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なんだってこんなことになってるのか、ルナには一瞬分からなかった。
クレイモアを全滅させた後、白兵戦に加わろうと空破の召還を解除したのだが、気付けば相手はあのアイオーンになっている。
さすがにこの状況がやばいことはすぐさま理解できた。しかも何故か知らないが執拗に自分の妹を狙っているではないか。こうなってくると黙ってはいられない。
しかも、先程から妙に頭痛が激しい。さっきまでは何ともなかったのだが、白兵戦に乗り出そうとしたら急にこれだ。
どうも原因は目の前のアイオーンくさいが、何故かそれだけではないような気がする。しかし、あくまで彼女はそれを隠し、イントレッセの狙いを自分に向けさせることにした。
ルナは左手の人差し指を自分の方へと向けて挑発すると同時にこう言った。
「いらっしゃい、化け物さん」
不敵に笑いながら言ったその一言はあの獣を怒りの塊にするのには充分すぎる破壊力を持っていたようだ。咆吼を上げ、ルナに向かい全速力で大地を蹴り上げ疾走する。
ルナはHMDを下げた後、BA-74を右腕に、グレイヴを左腕に持ち横に走りながらそれらを乱射する。
響き渡る重低音、その銃声は今までの戦場で聞こえたどの音よりも大きい。
その隙にレムが背後から迫る。
しかし、さすがはクレイモアの腕まで跳躍しただけの脚、その突っ込んでくる速度は並大抵の物ではない。しかもダメージを与えているようでいて微妙に与えていない。
両者とも貫通力なども優秀な武器なのだが、やはり常識はずれの相手には通用しないようである。
そして、追いつかれるルナ。
すぐさま彼女は銃器を双方とも大地に投げ捨て、片腕でHMDを外すとナックルを展開し獣のクローを耐える。
クローの持つツメとナックルの横から伸びる二振りの小太刀が鋭い金属音を立てて擦れ合う。
二回、三回、四回と、その金属音は続く。
その時、獣の後ろから迫り来る刃。
レムが咆吼を上げながら、急速に獣の後ろへと接近する。
しかし、ここでレムにとっての想定外が待ちかまえていた。獣の反応が想像以上に早かったのだ。
ルナの剣劇を片手で受け止めながら、すぐさま獣は九〇度横を向きレムの剣劇を抑えた。
驚愕に満ちた、一言で言うとそうなる。あの怪力でありながらこれだけの速度、もはや次元を超えている。
このアイオーン、ただの上級アイオーンではないとルナは感じた。
そして、気付けば、ルナもレムも、その怪力で吹き飛ばされていた。
飛び散るコンクリートの破片、その破片でルナは腕の火傷跡を切った。少し顔が苦痛にゆがむ。
だが、何とか体を動かして受け身を取る。
レムは。
見たとき、はっとした。
レムは傷だらけの状態で地面に伏せていたのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
受け身を取ることが出来ずそのまま地面に叩き落とされた。
なんとか無理矢理、剣を杖代わりにして、ボロボロの状態になりながらもレムは立ち上がる。
しかし、立ち上がろうと踏ん張っていたら、その獣は既に目の前にいる。
振り上げられるクロー。
やられる!
レムは瞬時にそう思った。そして、一気に自分の首へ向かい来るクローを見て、彼女は瞬間的に目を閉じた。
今度こそ、本当に死ぬんだなと、レムに何故か諦めに近い感情が駆けめぐった。
セラフィムが発動したとき、あの時自分は死んだのだ。出来ることならば、もう少し生きたかったけどな。
そう思った時、鋭い金属音が彼女の耳に響いた。
死んだのか? これが死の音色なのか?
彼女はそう思い、恐る恐る目を開ける。
するとどうだ、まだ自分は生きていて、自分に当たるはずだったクローは別の人物が抑えていた。
ルナだった。歯を食いしばり、へこみ始めているそのナックルで無理矢理に抑えている。
しかし、結局は敵わなかった。思いっきりルナははじき飛ばされ、アスファルトに叩き付けられる。
受け身もとれなかった。それだけダメージが大きい。
しかし、ルナは立ち上がろうとしたが、その場に重く跪いた。
その時だ、彼女の気の流れが変わったのは。
彼女の火傷跡から鮮血が大地にたれ落ちている。吹っ飛ばされた時に更に切ってしまったのだろうか。
だが、それにしたって様子がおかしい。
「姉ちゃん……?」
レムがルナに寄ろうとしたその時、突然ルナの体を黒い炎が包み込んだ。思わずレムは仰け反る。
熱くはない、むしろ燃えさかっているにもかかわらず、それは凍てついた氷の如く冷たい。音も立てずそれは燃えさかる。
足から手へ、手から頭へ、そして空へと、その炎は抜け、空の青に吸収される。
その末に現れたそれは、静かな起動を果たした。
そこにいるのは彼女の体を借りた何か、それは誰もが思った。
普段の彼女と全く違う邪悪な気、赤の瞳、獣のような瞳孔、左半身に刻まれている刻印、そして左手の火傷跡から延びる変貌した禍々しい腕。
その腕の感触を確かめるように、その存在はまるでかぎ爪のような指となった拳を握って、目の前で対峙しているレムを睨む。
その場にいた全員の肌をその殺気が刺激する。
その刺激たるや先ほどまで響いていた銃声が完全に止まってしまうほどであった。
時が止まった、そんな印象すら持つ。
レムは嫌な汗が体中から出ているのを感じた。心臓がおかしくなりそうなくらい唸っている。数多の思考が彼女の脳を掠める。
いったい誰なのか、その腕は何なのか、その瞳はどういう意味なのか、そして、本来の姉はどうなったのか?
そしてその存在は、静かに口を開いた。
「二五〇年ぶりに直に見る光景だな……。まったく、変わってないな、この世界は……」
声はルナだ。しかし、発している者の気はまるで違う。
冷たい、とにかく冷たい。普段の彼女が持っている少し暖かみのある声ではない。
それがレムの持った第一印象だった。
それに、言葉を発した。今までの暴走の状態とは違う。
第一あの鎌の刃のような数多の翼すら生えていない。それどころか姿が変貌している。
今までの状態よりも最悪の方向へ何十歩も進んだ、そんな印象を受けた。
「覚醒シタカ、『イド』。ソノ左手ノ跡ヲ媒介ニ目覚メサセルノハ厄介ダッタゾ」
イントレッセはその存在-イドに向けてにぃと、不敵に笑って挨拶をした。
左手の火傷跡、ルナがいつも隠していた場所だ。血のローレシアで出来たと言われているが、人工皮膚の移植手術すらことごとく失敗している曰く付きの火傷跡だ。
それがこのアイオーンと何が関係あるのか、それはまだわからなかった。
「我らにとって名など不要だというのにその名を呼ぶか」
イドはイントレッセの方へ、かぎ爪のようなその左腕を翳した。
その直後、左腕に黒い何かが集約していき、爪の周囲を竜巻のように覆い尽くす。
そしてすぐさま、払いのけるように左手で宙を斬った。その黒い何かは何の迷いもなくイントレッセへと向かう。
動けなかった、それだけ黒い何かは速かった。いとも簡単に黒い布のような物と化したそれはイントレッセを包み込み、動きを完全に封じ込んだ。
「何?」
「二五〇年、耐えては来たが……貴様は人間に染まりすぎているようだな……『眼』よ」
その言葉の直後、その布は黒い炎を出して発火した。それがイントレッセを焼き尽くすように燃えさかる。
咆哮のような絶叫が響き渡る。
「その状態では厄介なのでな。今すぐ人型に戻してやる」
イドは冷笑を浮かべながら、その燃えさかる様子を眺めている。
そして三秒も経たずにその炎はイントレッセの身体を小さくしていく。やがて、体中に拘束具が出現して、イントレッセの身体を元の少女の姿へと戻した。
その姿に戻ると同時に消える炎。
その時のイドは、まるで勝利を確信しているように不敵に笑っていた。
イントレッセが元に戻った時、彼女は肩で息をするほど喘いでいた。まともな戦闘はほぼ間違いなく無理な状況にあった。
そして、案の定と言うべきか、ふっと、その場に倒れた。あのアスファルトの衝撃が信じられないほどに力のない音で彼女は地面に伏した。
イドがゆっくりと近づいてくる。
しかしその時、イドに向けて放たれる一発の弾丸。
アンチM.W.S.ライフルから放たれたその弾丸をイドはすぐさま避け、イントレッセから離れる。
その隙に全身を漆黒に包まれた男が倒れているイントレッセを救い出し、彼女を近場の整備班員に預けイドの方を向いた。
ブラッド、ブラスカ、アリスの三名がそれぞれに互いの武器を持って集結していた。
三者三様に暴れ尽くし、あの大部隊を突破し、そしてアイオーンとの戦に備えようとしたら、よりにもよってそこには今までの暴走とは訳の違う雰囲気を持ったルナがいるのだ。そして、その雰囲気を感じるやいなやアリスはハウリングウルフを一発飛ばしたのだ。今までとはまるで違っていると、肌で感じて分かるようだ。
「こいつが、あいつに巣くってやがる化け物の正体っつーわけか……」
ブラッドは吸っていたスーパー16を地面に捨てため息をつくように言ったが、その言葉の端々にはこれまでにない殺気がにじみ出ている。
それに対しイドは自分の胸に指を当てながら不敵に笑った。
「巣くうとは面白い。元々この器は我がための存在だというのにか?」
「なんだと?」
ブラッド達はその言葉を思わず聞き返した。
元々自分のための器だった、相手はそう言った。
だとすれば、ルナは何だ? その疑問が湧いた。
「何も知らぬようだな。もっとも、教える気もないがな」
「で、元の奴はどこや? とっとと出しぃや」
ブラスカがハルバードの刃先をイドに向けた。
「この中にいる小娘か? 今我の中で足掻いているが、たかがしれている。じっくり支配してやるさ。それに、言っただろう。この器は我の物だと」
その時、イドに向けられ一斉に向けられる銃口。そこにいるのは数多の反乱兵。
そして、その反乱兵の中心から今回の騒動の発端となった男が悠々と歩いてきた。
肥えた肉体を揺らしながら現れたのは、案の定、シナプスだった。
シナプスはイドを見るやいなや、その力に魅了され、その肥満体を揺らしながらまじまじと見つめつつイドに近づく。
「おお……素晴らしい。その力、欲し……」
シナプスの言葉は突如とぎれた。イドが彼の顔を裏拳で殴ったのだ。
シナプスは地面を思いっきり滑る。
「な、何を……?!」
イドはようやく起きあがり始めたシナプスに近寄りながら淡々と言った。
「力に駆られた理念無き人類如きが、我らアイオーンに勝てるはずがないだろうに。そのようなこともわからぬ俗物は……死ね」
イドは大地を蹴り上げた。
その動きは常軌を逸脱していた。見えなかった、気付けばイドはシナプスの目の前だ。
そして、迷うことなく、左腕で腹部を一突き。血しぶきと肉が思いっきり飛んだ。即死だった。
イドは汚物を見るような目で仰天した顔で死んだシナプスを見た後、
「理想だかなんだか知らないがそんな下らない妄想を抱けるなど……。あまりにもバカバカしくって逆に呆れる。たかが知れた知能でよくそのようなことが思いつくものだ」
と、ため息混じりに述べた。
そしてイドに一斉に向けられる銃口。しかし、トリガーが引けない。あまりの気の冷たさ、それが彼らを凍らせた。
そしてイドはシナプスだったその肉塊から左腕を抜き、前面に展開している兵士達の方に右腕を翳し、静かに、無表情で言う。
「黒き業火に焼かれるがいい」
そう言った直後、イドは勢いよく右腕を下へと振った。
直後、何の音も立てずに、目の前にいた反乱兵一人一人の周囲に黒い炎が巻き起こった。
その炎が燃え上がったのは一瞬、されど人間が焼けたのも一瞬だ。悲鳴すら上げることなく、跡形もなくその炎と人は消し飛んだ。
愕然とした、四人ともそうであった。
(イド……どうして、どうしてそこまでする必要があるの?!)
セラフィムが声を荒げた。その声はいつになく激している。
その脳髄に伝わる声に少し反応したのか、セラフィムの波動を感じる方向を向いた。
その先にいたのは、先程の少女、即ちレムだ。思わずレムはのけぞる寸前になったが、これ以上下がったら自分は死ぬという、半分脅迫概念に似たような勘が彼女をそこに踏ん張らせた。
「またその台詞か、セラフィム。前にその台詞を言ったのは五百年前、だったか?」
(茶化さないで!)
イドはふっと笑いながら、まるでどうということもなく言い、その言葉にセラフィムは更に激する。
そして、イドのプレッシャーが更に増した。
ゾクッと来た。しかもそのプレッシャーはまるで氷の刃の如き鋭い。
いかなアイオーンとてこれ程の殺気を放てるのは異常な部類だ。恐らく現世に対し相当の憎しみを持っている、そう考えても間違いない。
いや、この殺気はそれだけが原因ではない。
むしろ、この殺気の矛先はアイオーンの脱走組に向けられている。人間などタダの『土台』でしかないと考えている、そう思えた。
イドは左手のクローをレムに向ける。
「自分自身がアイオーンにもかかわらず人間に寝返ったような俗物は御神が許してはおけぬ。御神の意志を仰ぐ必要もない、我が断罪を下してやる」
「くだせるもんならくだしてみろってんだ!」
レムが、かつてないほどの怒りに満ちた形相で激した。憤怒に満ちたその表情からはただ怒りしか見えてこない。
その声に合わせるように三人とも武器を取るが、レムが三人の前に刃先を出して静止させた。
「ここは私がやる。つーかやらせろ。私ぁ今人生最高峰に機嫌が悪ぃんだ。その思い、あんたにわかるかぁ!」
レムは悔しかった。
本来自分が当たるはずだった攻撃、それを庇われ結果姉は姿形を禍々しく変えた。意識があるのかないのか、それすらもわからない。
だからこそ、意識が有れば、いつものまま迎え入れて、また時を同じく歩む。
だが、もし、意識がなければ、自分自身が引導を渡す。
それが自分で選んだ道だ。
レムはBang the gongの柄を強く握り、いつもの構えで、目の前の敵と相対した。
それに対し、イドはため息をつきながらこう言った。
「抗うか。優秀なアイオーンな上に中の人間の徳も上質、出来る限り生かしておきたいのだがな」
それに対するセラフィムの答えは、すぐさま返ってきた。
(私はアイオーンとしての牙になるつもりはないわ。というわけで……消えなさい! レム、行くわよ!)
「あいさ!」
レムは大声で叫んだ後、一気に大地を蹴って、目の前にいる敵へと疾走した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……う……」
男は暗い医務室で目を覚ました。
この間も全く同じ天井を見た気がする。
だが、今までと違うのは、その天井についた蛍光灯が点灯していないことと、医務室にもかかわらず誰一人人の気配がしないこと。
「何かあったのか?」
男はベッドから出て横にあったあの巨大な武器ケースを肩に掛け、病室を出た。
その時感じる気の流れ。やけに禍々しい気だ。だがどこかあいつに似ている気の流れ。
ルナ・ホーヒュニングに似ているその気に向かい、男は赤い瞳に炎を宿し、歩き出す。
その男-ゼロ・ストレイはまたゆっくりと戦場へと足を運ぶこととした。
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