第十二話 『rebellion~反乱という名の欲望~』(2)-1

AD三二七五年六月二七日午前八時二九分


「ホント暗いなぁ……」


 レムは真っ暗になっている整備デッキの中で暗視ゴーグルを一度上に上げ、光を遮断するゴーグルを掛けた後に言った。

 そうするとますます暗くなったが、近くにはフラッシュライトの照明装置がある。これを肉眼が浴びればそれこそ自分の目がいかれる。


 手に持つのは普段使っている双剣『Bang the gong』ではなく、B-72SMGである。もっともBang the gongも腰に差してはいるが。


 今は朝っぱらで、なおかつ太陽が天高く上っているというのにそこには全く日が差さない。まるでここだけ常闇に包まれてしまったかのようだ。何せ隣にいるはずの整備員すらギリギリで見えるか見えないかのところである。


 なんだって朝からこんな暗い気分にさせるんだかと、レムは唸っていた。


 レムはふと目の向きを下の方へ向ける。ウェスパーが塹壕を築き終わったらしく腕を一度上げて合図した。これで暫くは持ちこたえられるだろう。

 そしてこういう任務において最初に切り込みを入れるのはいつだってブラッドだ。元暗殺者にしてこの部隊でもっとも闇に慣れた者の一人。それ故に彼はその塹壕の真後ろにデッドエンドと大量のマガジンを装備しながら待機している。


 しかし信じがたいのはこの状況下で暗視ゴーグルがいらないという彼のフクロウ並みの視力である。その証拠にゴーグルを付けているウェスパーの肩を叩いてタバコを差し出させているではないか。

 そしてブラッドは一服する。この暗闇の中でタバコの火はほぼ唯一の光だ。

 整備デッキは普段は禁煙だが、ブラッドは自らの精神を闇に叩き落とすためにタバコを吸うという。そして軽く一服した。

 そして一回吸った後、ブラッドはそのままタバコを下に落とし、靴で潰した。


 その直後、ブラッドの気配が変わった。今までの少しだらけたような雰囲気から一変し、どこか邪悪なオーラが漂っている。

 少しだけ、レムは冷たい何かを感じた。


 時々レムが彼を怖くなるのはそれだ。時々ブラッドの持つその気さくな性格から、彼が元々千人殺しと呼ばれていたことを忘れてしまいそうになる。

 そのギャップが彼女は怖い。果たして彼の本性はどちらなのか。それがわからなくなる。


 そうこうしているうちにどうやら敵が来るらしい。人が三人くらい入れるサイズの搬入用のドアのロックが解除された音がした。

 本当にルナの予想は当たった。本当に制圧したいのだったらM.W.S.の緊急射出口をクレイモアの持つMG-65で吹き飛ばせばいいのだから。そういう強引な手段に持ってこないならばこちらの物だ。

 人間対人間なら勝てる。

 相手は兵力の圧倒的な差から血路を見いだそうとするだろう。しかし、残念ながらそれは愚かしい選択に過ぎない。

 そして、その愚かしい選択を突入した兵士達は嫌でも知ることとなるのである。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 開けた瞬間、暗闇が広がっている恐怖に、相手は一瞬おののいたようにブラッドには思えた。

明かりは先程開けたドア口からの僅かな太陽光しかない。突入した兵士の数はおよそ二〇人、装備はB-72SMGが中心だった。


 やれ。


 ブラッドがちらと上を見て、そう支持した。直後、強烈な光が背後から照らし出された。

 一瞬だけだが、これでいい。相手の目は相当参るはずだ。


 そして、まずは近くにいた兵士の一人の頭を打ち抜いた。

 即座に移動して後ろががら空きになっていた兵士の後頭部の最も脆い所に一発トンファーを入れた。頭蓋が砕け散る音がした。


「何が起こった?!」


 相手の兵士が、先程自分が打ち抜いた兵士のいた方向を見ている。しかしそこには誰もいない。


「ど、どこにいるんだよ?!」


 一人の兵士が思わずB-72のセーフティを解除して周囲に向けて乱射し始めた。

 相当のパニックに陥っている。それでこそだと、ブラッドは快感にも似た感情が来ているのを感じた。

 だが、後方から入ってきた一人の兵士がその兵士のB-72を掴んで動きを止めさせた。


「やめろ、同士討ちが起こるぞ」

「だ、だけどよぉ……」

「落ち着け。これは相手の策略だ。それにむざむざ墜ちるな。こんな所でお前は死ぬ気か? 我々は目的達成のために生きねばならんのだぞ」


 ヤケに一人だけ冷静な男だ。どうやら隊長らしい。

 こういう暗闇でも冷静なのは後々厄介である、先に潰すか。ともブラッドは思ったが、それでは面白くない。


 二度と何も出来ないほどにしてやる。


 今のブラッドの精神状態は闇に対する異常なまでの興奮で埋め尽くされている。


 しかし、自分が数メートル前にいるなど、誰も思っていないらしい。アホかと疑わざるを得なかった。


 それに気付かないほどのバカならば、この闇の中で朽ち果てろ。


 そう思った瞬間、ブラッドは即座に行動に移した。

 まずは上のウェスパーに向かってアイサインを送った。それをすぐさまウェスパーは察し手元のスイッチを押した。

 その瞬間、先程まで開いていたゲートがゆっくりと、重苦しい音を立てて閉じていく。

 思わずその扉へ向けて走ろうとする数名の敵。だが、無情にもその扉は誰も逃がすことなく重い音を立てて閉じた。

 狼狽える数名の兵士。だが、隊長格の男がまた諭して隊を冷静にさせる。


「鎮まれぃ、騒げば騒ぐだけ相手の術中にはまるぞ!」


 そういった直後、まるでその様を嘲笑するように、三回拍手があった。その拍手の方へ一斉に銃口が向けられる。

 しかしそれでも、この男は飄々と、こう言った。


「いやいや、その士気統制、お見事お見事」


 ライターをつける音がした。その火の明かりでようやく男が自分たちの目の前にいたのだと言うことを兵士達は認識する。


 ブラッド・ノーホーリー、かつて千人殺しと呼ばれたアサシンの片割れ。それはタバコを吸いながら悠々と、まるでその様を楽しむかのように兵士達へと歩いていく。


「俺から一つ言っておく」


 ブラッドの言葉の直後、反乱兵の一人が一発銃弾を放った。それはブラッドの頬をわずかに掠った。

 頬からすうと流れる血。その血を親指で擦った後、タバコをその場に吐いて捨て足でそれを踏みつぶす。


「お前さんの兵の動揺の抑え、そりゃぁよし。だけどよ、お前さ、やっぱりバカだな」


 にぃと、不気味に笑った後、ブラッドは指を一回鳴らした。その瞬間、今まで真っ暗だった整備デッキに一斉に明かりが灯った。敵は思わず目を細める。

 そこにあるのは大量の弾薬とすでに用意されていた塹壕、そして重武装した整備兵四〇名とイーグ一名の伏兵だ。


「やはりこう来たか!」


 隊長格の男も思わず唸る。

 しかしことここに来てブラッドは目の前の戦意がほとんど喪失している兵士達に脅迫のように聞く。


「でだ、お前達にちょっと聞いておこう。今ベクトーア各所で起こっている反体制運動の首謀者、誰だ?」

「そのような物、答える舌を持たん」


 一人戦意の高い隊長格の男はすぐさまブラッドの言葉を退けた。


「そうかそうか。よくわかった」


 あっさりと、ブラッドは追求をやめた。

 こうなることくらい元々から分かり切ってはいた。恐らく今回の行動はこの基地の指令であるシナプスの独断であろう、それはほぼ間違いない。更にこいつはほぼ間違いなく下っ端に属している。それもほとんど当たっているだろう。


 言い切れる理由は簡単だ、最新鋭装備が何一つ出てこないからだ。すでに開発の始まっているM.W.S.の横流し位している連中はいる。しかしそれすら配備されていない。

 あのシナプスのことだ、仮に新兵器の一つでもあったとすれば脅す時はほぼ間違いなくその新兵器を全面的に押し出して投降させようとするはずだ。しかし実際に脅しているのはクレイモアと歩兵くらい、数が多いだけでそう大した相手ではない。

 ということは本当にこいつらは下っ端だ。聞いたところで何一つわかるわけがない。


 だったら用はない。ブラッドは腰にぶら下げていたデッドエンドを手に持ち、ただ一言、言い放つ。


「だったら、今すぐ死ね」


 そして放たれる二発の銃弾、それは目の前にいた隊長格の男の頭部を見事貫通した。

 その銃弾を飛ばしたのは、左手に持ったデッドエンド。

 その銃を持つ男は、ゾッとするほど冷たい笑みを浮かべた後、大声で叫ぶ。


「全員、地獄の門を開いてやろうか!」


 一斉に上がる歓声、そして銃撃戦は始まった。

 ブラッドがデッドエンドを乱射する、整備兵が手に持ったB-72や機関銃『ガリンガM-71-T-5-LB』が一斉に火を噴く。

 落ちる空薬莢、銃声、そして絶叫と血しぶき、支配するのはただそれだけ。

 しかも閉じこめられた側は一六人、それに対して相手は重武装を施した上こうなるであろうことまで完全に予測した上で塹壕などあらゆる設備を整えて待っていた四〇人だ。とてもではないが敵わない。


 僅か一分で気付けば一六人いたはずの相手は全員死んでいた。鋼鉄の色に染まっているその整備デッキも今では壁一面が敵の血の赤で染まり果てている。

 敵側、死者計二十名、対する防御側、負傷者なし、圧倒的である。

 ここまで来れば籠もる理由はなくなる。先鋒が何も応答してこなければ相手は結構無理ある手段を用いてでもこのデッキのゲートを開けようとするはずだ。

 だったらそれに乗ろう。ブラッドはそう思った。それに関してはルナのマニュアルにも書いてある。


『攻撃こそ最大の防御とするような籠城をしろ』


 それがマニュアルに書かれていた言葉だった。


 とにかく押しまくれ、前線を徹底的に上げろ、出来るだけ派手に暴れ尽くせ。


 それがこの作戦の本随だ。なるほどレムやブラッド、果ては整備兵など血の気の多い連中にはうってつけの仕事といえる未だかつて無いほど超攻撃的な籠城である。

 そして遊軍は空破が努める。攻め込む側としてはかなりきつい。

 だからこそ追い打ちを掛けるべくすぐさまブラッド達は弾薬を整え、所定の配置に付いた。


 相手が山のようにいるであろう外、そこにあえて飛び込み戦線を無理矢理押し上げることにする。

 そして、ゲートのロックが解除される。

 重苦しい音を立てて開かれた扉の先にはその行動と転がっている先鋒隊の死体に少し呆然とした敵軍が大量にいた。


 数で来れば押し切れる、まぁ相手の取った手段は間違ってはいない。

 しかし、その数すらも今の彼らは圧倒するだけの士気がある。

 その士気を思いっきり外にはき出すように、また、ゴングでも鳴らすように先頭ど真ん中にいるブラッドは大声で叫んだ。


「俺達がここで朽ちるか、それともてめぇらの数の流れが打ち勝つか、根比べじゃぁ!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「随分派手にドンパチやっとるのぉ……」


 イントレッセは断崖からエルル駐屯地を眺めつつため息を吐いた。

 いくらその駐屯地に近い断崖とはいえ、高さは実に百メートルはある小高い山のような場所から彼女は動きを監視していた。しかしここまで銃声が響くのだから戦場ど真ん中での音はそれはもうやかましかろうと彼女は感じる。


 そもそも自分のプランとしてはあの巨大な戦艦に侵入して密入国同然にベクトーアへ行き、あのコンダクター二人を微妙におちょくりつつ楽しもうかと考えていたのに、何故かあちらは味方同士で戦闘している。


「参ったのぉ……」


 これではあの戦艦へは乗れない。

 まぁ、上から状況を見てみるとあの戦艦に乗っている連中に有利な状況となり始めているらしい。なんか整備デッキと思われし箇所から死人となっている兵士が投げ出されている上にもう一人のコンダクターの操っているプロトタイプが遊軍となってM.W.S.を粉砕している。


 投げ出された奴の近くをよく目をこらしてみてみると、昨日会ったあの全身黒づくめの男がいるではないか。しかもイントレッセも惚れ惚れするほど縦横無尽に戦場を動き回り銃撃戦を行っている。

 更によく見てみるとセラフィムを抱えているあの小娘まで双剣とSMGを持って派手に暴れている。この様子では近いうちに相手の方が陥落する可能性が高い。


 だがここで行くのも微妙に面倒くさい、少しばかり様子を見よう。

 そう思った矢先だった。


 突然頭が痛み出した。呻き声を上げながら思わず頭を抑えるイントレッセ。

 痛みが増す毎に頭に響く声が大きくなっていく。


『コロシツクセ』


 声はそう呼ぶ。

 徐々に彼女の体にある拘束具に禍々しい刻印が刻まれていく。赤く光るその刻印はまるで血のようにその刻印を巡り始める。

 刻印を中心として拘束具が割れ始める。割れた拘束具は粉雪のように消えていく。

 自分の左半身にも刻印が刻まれていく。その刻印が刻まれる毎に激しい痛みが伴う。

 その刻印が全身に広がっていく。


「ガァァァァァァァァッ!」


 絶叫をあげる。その声はあたかも悲鳴のようにも聞こえる。


 痛い、いたい、イタイ……!


 自分の意志がなくなっていく、自分ではない何かが彼女を支配する。

 自分の体が変貌していく。体中から骨の軋む音がする。筋肉の蠢く音がする。

 徐々に自分が自分でなくなっていく。


 そして彼女は、三メートル弱のビーストへと変貌を遂げた。たてがみのように生えた銀毛以外からは彼女であることの判別すら出来ないほどの変わり果てた姿だった。


「タマシイヲ……ヨコセ……」


 その獣は、断崖を一気に駆け下り、戦場へと一直線に駆け抜けていった。

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