第十二話 『rebellion~反乱という名の欲望~』(1)

AD三二七五年六月二七日午前八時三七分


 何で最初の段階で気づかなかったのか、ルナは敵と対峙しながら考えていた。

 その相手はベクトーア軍だ。MG-65を携帯したクレイモアが六機、彼女の空破の前に立ち塞がっている。


 今から三〇分前、発艦しようとした叢雲に突然エンジントラブルが発生し、航行が不能となった。散々補給はした、それなのにエンジントラブル、明らかに何かおかしい。

 そして気付いたら周囲はその基地の兵士やM.W.S.で囲まれていた。その後は白兵戦だ。まったくもって世の中何が起きるか分からない。


 更にこう言う時に予知能力は役に立たない。やれやれと、彼女は心の中でため息を吐く。

 それを吐き出すように、彼女は一度呼吸を整え構える。


「行くわよ、空破」


 彼女はそういった後、フットペダルを思いっきり倒した。

 空破は大地を蹴り上げ、目の前の相手へと向かっていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同年同月同日 午前八時七分


「状況は逼迫している」


 ロニキスは叢雲の作戦司令室に集められた全メンバーを前にそういった。当然寝ていたメンバーも強制招集だ。


 しかし叢雲の中にはこれほど人がいたのかと正直感心する。それほどこの作戦司令室の中は混雑していた。何せ乗員数合計二八二名だ、そのうちの半分がこの司令室に集まっている。

 いくら広いと言え普段その中にはせいぜい三十名くらいしか入らないのに一四〇人近くいる。混雑具合は容易に想像できるだろう。

 そんな中、ロニキスは最奥に立ち、横にはロイド、ルナ、玲などの副官がいた。

 彼らが作戦の概要を説明する。


 まず話を切り出したのはルナだ。

 ルナは厳しい表情を見せながら作戦司令室の中央に歩を勧めた後、中央にあった三次元投影装置を操作して叢雲の三次元CG模型を出した。

 ワイヤーフレームが三次元空間に出現して瞬時に叢雲を形成した後、叢雲の進入口に『危険』と文字が書き記される。


「進入口は今ロックしてるけど、パスコードを破られ中に突入されるのも時間の問題よ。幸いにして相手の装備状況は掴んでいる。その上クレイモアが全く動いてないからまだ対策は立てやすいわ」

「ん? 動いてない? なんでだ?」


 ブラッドがふと手をやる気無くぬっと挙げて質問した。


「奴らの狙いは恐らくこの船にあるSPIRITスピリットだろう。奴らはなるべく傷付けないでこの船をほしがっている」


 ロニキスが答えた。


 SPIRIT、正確にはスピリットジェネレーターとも呼ばれる現存する艦船のほとんどに搭載されているジェネレーターである。しかし内部にブラックボックスが多く、ほとんど解析されていない。それどころかそのジェネレーターを近くで見た者すらほとんどいないのである。

 見たことがあるのはこの艦船を製造した設計班と超絶的なまでに怪しい少々イカレているとしか思えない科学者だけだ。


 しかし相手がそんな知的好奇心で動くわけがない。当然ロニキスはそれよりも更に進んだ答えを持っていた。


「SPIRITの中に何かがあるらしい。その何かを手に入れたがっているというのが一つある。もう一つはこの戦艦そのものを乗っ取って反乱に使うか、といったところだな」


 ロニキスは澄ました顔で言うが、言っていることは冗談では通じない。

 何せクーデターに関しては本当に噂になっているほどだ。

 もっともこうなる原因も無理はない。上層部が自分たちの私腹しか肥やしていないためだ。

 それに心を痛めている男がいる。ベクトーア会長『ヨシュア・レイアー・ヴィルフェルト・リッテンマイヤー』である。彼は確かに有能である。志もある。しかし周囲が全然彼について行けていない。理由は彼が少し急進的すぎるから、であるとされている。それ故に最近では税金を湯水のように使う幹部まで出現し始めている。


 それを弱腰だと考えている者がいるらしく、反体制派のような存在を生み、結果気付けばベクトーアは内乱寸前のところまで来ていた。


 だが、そんな状況なのに、彼らルーン・ブレイドは不思議とヨシュア側に付いている。この凄まじいまでに品という言葉とかけ離れ、『愚連隊』やら『金食い虫』などと呼ばれ散々忌み嫌われているのに彼らが反乱に賛同しない理由、それはどうもその裏で色々と蠢いている連中が気にくわないという凄まじく単純な理由だったりする。

 そしてもう一つ言うなれば『争うなら後にしろ。まずは戦を終わらせる』という考えもある。彼らも彼らなりに考えているのである。


 で、そんな状況に反抗すべく、ルナ達は叢雲という名の城で籠城である。しかも相手はクレイモアを使って攻撃してこない。先程からやかましい降伏勧告が続いているだけだ。

 どうやら本気で叢雲が欲しいようだ。クレイモアは木偶人形のように突っ立っているだけだ。撃てるチャンスは何度もあったのにいっこうに攻撃してこない当たりどう考えても撃つ気がない。つまりクレイモアはただの囮である。

 そして彼らは恐らく基地にあるであろう大量の武器弾薬を過信して侵入しようとするはずだ。と、なってくると狙われやすいのはそのまま車で出ることすら可能なほど下部に設置されている整備デッキである。まずはここの守りを固めることが最善の策であろう。

 そう言うわけでルナの打ち出した手がこれである。


「まず整備班員、整備デッキを真っ暗にして」


 意図がわからなかった。いくらなんでも真っ暗にする意味がわからない。突撃する物とばっかり思っていたからだ。そのため思わずそこに出席していたウェスパーも


「は?」


と聞き返した。


「闇討ち、ですね」


 ロイドの言葉にルナは彼の方を向いて笑顔でこくりと頷く。

 しかしすぐに精悍で厳しい顔つきに戻った。


「一番侵入しやすいのはどう考えても整備デッキのハッチよ。そこが暗くなっていれば相手としては警戒して進まざるを得ないわ。そこを襲撃する。暗視スコープを掛けた瞬間にフラッシュライトを一斉に当ててスコープの回路を焼き切ります。その間に多少は殲滅できるはずよ。なお、班は二つに分けます。殲滅班とエンジンユニットの修理班です。詳しくはこれを」


 そう言ってルナはウェスパーにある紙を渡した。部隊の編成表である。絶妙な配置だった。しかもそこには所有すべき火器のリストまできっちりと書かれている。


 これはルナが部隊に入った直後から書き記し続けているトラブルシューティングだ。大方のことはこれで対処できるようになっている。元々の才もあったのだろうが、こういう地道な努力があるからこそ彼女はわずか十九歳で大尉にまで上り詰めたのだ。

 もっとも、これがまさか味方相手に使われる日が来ようとは夢にも思っていなかったが。

 そして彼女の指示を受け取った彼らはすぐさま二班に分かれ整備デッキとエンジンルームへと向かう。


 次に指示すべきはブリッジ要員だ。これに関してはロイドから指示があった。

 さすがは副長、地味なところでも色々と仕事をこなす。こういうのが彼は得意だ。

 地味ではあるが堅実、教科書のやり方から一歩更に進んだ視線から物を見る、それが出来るから彼はここにいるのである。


「次に我々ですが、我々ブリッジ要員も同じく二班に分けます。一斑はブリッジを死守、もう一斑は甲板の進入口にて応戦。今のうちに塹壕を築き上げておいてください」


 ロイドがルナに続いてすぐさま述べた。ブリッジ要員はすぐさま頷きそのまま各所に素早く散った。

 最後はルナだ。彼女は矢継早に残っているメンバーに指示を下す。


「ドクターは居住ブロックを防衛してください。そちらにも数名向かわせます」

「わかった」


 玲が復唱し、すぐさま数名と共に移動する。


「最後にイーグです。ブラッドとレムは整備班員とともに整備デッキの奇襲役をやってのけて。ブラスカは居住ブロック、アリスは甲板近辺の部隊を援護して」

「わかったわ。で、あんたはどうするの?」


 最後の指示が終わっても何故か未だにルナだけは配置が発表されていない。

 そのことに疑問を持ったアリスが聞いた。今の彼女は右肩にアイシングをしている。夜の戦闘でハウリングウルフをあれだけ撃ったのが相当響いた。

 だが、あれからバートとの戦いは大きくならず、アイオーンが来たらそのまま後退した彼女はすぐさま肩をアイシングしたのだ。ナノマシンによる痛み止めも相まって、多少傷みはあるが何とかなるほどには快復した。だから彼女は一斑を丸々任せられているのだ。

 しかし、自分でもそれなりにチームを組んでいるのにこのままではルナは一人っきりだ。

 で、肝心の彼女はすうと一つ大きく息を吸った後、吐いて呼吸を整え、少し威厳に満ちたような顔でこう言った。


「空破で敵陣に奇襲をかけます」


 全員が唖然とした。たった一人で切り込みに行くというのだ、それも相手はクレイモア六機である。


「何ぃ?!」


 一斉にその場にいたメンバーからは声が上がったがルナはふうと一度息をついた後、彼女の出撃理由を述べる。


「ま、木偶人形だろうけど潰しておくに越したことはないですからね。それを考えると遊撃部隊が欲しい。しかも出来ることならば叢雲にはさして被害が及ばない格闘戦重視機、それも機動力が極端に優れている機体、それが遊撃部隊としては最適です。

 と、なってくると選択肢は紅神か空破です。ホーリーマザーは中破している上地上戦がダメダメなので却下、ファントムエッジは今回の作戦上ブラッドが外れるためダメ、不知火は一対一ならまだしも対多数戦だとガトリング使わざるを得ないので叢雲が轟沈する危険あり、レイディバイダーは砲撃戦重視型なので今回の任務にはまるで適さない上アリスの方が腕を痛めている。そして紅神は肝心のゼロが現在医務室で意識不明と。こういう訳であたししかいないわけです」


 長々と説明したが、確かに理に適ってはいた。

 しかし一対六、少々不安な数値だ。だがそれでも、ここにおいて自信のある顔をしているのが二人いる。

 ロニキスと、当の本人であるルナである。


「クレイモアを全滅させる自信は?」


 ロニキスに対し、ルナはあっさりと


「自信がなければこんなこと言いませんよ」


と返答した。


 何となく今日の彼女は自信家である。何か妙なことをやらなければよいのだがとも一瞬ロニキスは考えたが、胃の痛みが止まらなくなりそうなのでそのまま止めずにルナ達に出撃を命令した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「しかし、シャレにならない状況になったわね……」


 ルナは出撃前に行った武器庫で準備しながらそう言った。

 鋼鉄製の重苦しいロッカー、彼女にしては珍しく何の飾りっ気もないそのロッカーには普段使用しているナックルが二つ、常に持ち歩いているハンドガン『ドミニオンT-69PPK/S』、ルーン・ブレイドの官給品である『ベクトーアアームズM-72Spe.『グレイヴ』』、そしてスモークグリーンに塗られたプラスチックフレームのアサルトライフル『ベクトーアアームズBA-74』が横たえている。


 BA-74、ベクトーアアームズが74年に発表したアサルトライフルで新型弾頭『6.5mmタクティカル』を装備可能のため威力は折り紙付きなのだが、FCSや個人認証システムを搭載したが故に僅か三十丁しか製造されていない限定品。ルナはそれの二四丁目の所持を許されている。

 彼女はロッカーの中に存在する全ての武器を装備する。腰にハンドガンを二丁とマガジンを多数ぶら下げ、腕にナックルをつけ、そしてBA-74を肩に掛ける。


 だがクレイモアを片付けた後艦内戦に突入する可能性もある。それを考えた場合、ショートバレルが最適だ。だからルナはロッカー内にあったスペアのバレルから一〇インチのバレルを選び装着した。

 そしてマガジンを詰め、個人認証の証であるグリーンに塗られ、巨鳥『フレーズヴェルグ』の刻印が施されている自分のデザインしたリングを身につける。後は無駄に重い上これまた飾りっ気のないHMDヘッドマウントディスプレイを頭に装着した後顔の上半分を丸々覆うバイザーを下げ、BA-74とリンクさせる。


 BA-74のシステムが起動した。HMDに周囲の状況が克明に映し出される。視界は広い。その上銃口の向く方にも映像が映し出される。

 感度良好。今日もまたいい感じに暴れてくれそうである。


 しかし、そうは思っても、何か彼女の中では妙な感覚が消えて無くならない。

 朝からそうなのだが、予知能力がまるで感じられない。いや、別にそんなのはいつものことだ。それに問題なのはそんな些細なことではない。


 この行動を起こしたタイミングの問題だ。まるで何かに全て仕組まれているような、そんな気がする。

 華狼とフェンリルの奇襲、一二使徒の襲来、そしてこの反乱劇。偶然にしては出来すぎだ。


 しかも先程から妙な感覚を感じる。

 何かと言えば言葉で言い表すのは難しい、ただ、何かが近くにいる、そんな気がしてならない。

 妙な違和感を引っ提げつつも、彼女はHMDのバイザーを上げた。

 彼女は一回目を閉じ、集中する。そこでイメージするのは空破が粉雪のように消えゆく様だ。召還の解除をイメージしているのだ。

 粉雪になって消えゆく様が見えたとき、彼女の右上腕の召還印が熱くなり始めた。どうやら空破はこの中に戻ったようだ。


 これで準備が整った。後はさり気なく外に出てその場で空破を召還し、暴れるだけだ。


 そう、なぶって(ソウダ)、いたぶり尽くして(コロセ)、足掻かせて(コロセ)、徹底的に殺し尽くす(全部破壊シテシマエ)。


 その時、彼女の頭がズキンと痛んだ。

 一瞬、彼女の思考が止まっていた気がした。


 自分は今、何を考えたんだ?


 そこが何故か綺麗さっぱり消えている。


「あれ……?」


 嫌な汗を額に感じた、そんな気がした。少し額の汗を手でぬぐう。


「気のせい、かしら?」


 ルナは思わずロッカーの裏側に張ってある小さな鏡で自分の顔を見る。

 特に変わった様子はない、血色も悪いというわけではない。


 なのに何故、自分の思考が止まったんだろう? 今こそ一番考えを巡らせなければならない時に。

 それだけはわからなかった。

 何となく違和感をひっさげつつも、彼女はロッカーを閉じ、武器庫を後にした。


 その時、彼女は自分が何故か笑っていると言うことに全く気付かなかった。

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