第十一話「force~力を求めし者~」(3)-2

 昼時から少しだけ時間が経過した会長室。そろそろ時間は一時になりそうな段階だ。ザウアーは片付けなければならない仕事をやっていた。

 会長室にはキーボードを叩く音と書類に万年筆を入れる音、時々掛かってくる電話の音が響いている。


 別にスパーテインが来る前とそう変わらないようにも見えるが、一個だけ違う点がある。

 江淋が暢気に会長室に居座っているという点だ。特に何をするわけでもなく茶をすすっている。

 せわしなく働く会長、暢気に茶を飲む名誉副会長、凄まじいギャップである。


「よいのですかな、会長」


 椅子に座りながら江淋はザウアーに聞いた。思わず彼も万年筆の動きを止めた。


「何が?」

「あの剣、あなたの家の家宝となるべく作られた代物ではありませんでしたかな?」


 そう言われてザウアーはため息を吐いた。


「あの剣は設計図の欠陥で生み出されたからなぁ……。家宝にしようにもあれでかすぎて邪魔だったしなぁ……。廃品押しつけた感じもするが、あいつ喜んでたし、まぁいいか」


 実はこの通りなのである。あの剣が作り出された原因は設計ミスである。

 本来は全部で約一メートルの剣になる予定だった。が、何を血迷ったのか作成時にサイズ表記が倍になり、更にチェック態勢がいい加減だったことも重なりそのまま製造、結果あれが出来上がったのである。


 しかも質が悪いことに果てしなく美しい。先々代の会長用の家宝になるはずの品物だったから気合いを入れて作ってしまったのだ。先々代は本気怒り狂って鉄くずにして廃品回収に出そうかとも考えたらしい。が、捨てるに捨てられずそのまま倉庫でほっぽり放しになってそして現在、ようやく使われたのである。


 もっとも、ザウアーはザウアーなりにもう一つのメッセージをあの剣に託していた。


「それに、あいつは急いでいる感じがした。あいつは岩だ。動かざること岩のごとし、彼は進もうにもゆっくりでいてもらいたい。まだまだ急ぐべきではない。あの大剣はそういうのを込めた願掛けでもある」

「重い物は早々動かん、そう言う意味じゃな?」


 それにザウアーはこくりと頷く。江淋は


「お主らしい考えじゃな」


と苦笑した。


 そう言った後、ザウアーは目の前の書類のサインを済ませ、ちょうどやってきた秘書にその書類を渡した。これで一応の仕事は片づいたことになる。


「先生、お茶でも飲みませんか。いい茶葉が入ったんです」

「ほぉ、珍しいのぉ。おぬしがそう言うとは」


 江淋が呵々と笑った。


「話があるという事じゃな」


 目つきが鋭くなった。皺の中から覗く眼光は全く衰える気配がない。

 元々自分の癖だ。徹底的に話したい時、茶を勧める。昔から何故かよくやっていた。


「よかろう、少し付き合うとしよう」


 ザウアーは礼を言い、同時に秘書に茶を持ってこさせ、それを啜った。


「いい茶じゃのぉ。何より香りがよい」


 だが、ザウアーの顔は少し浮かない表情を表していた。


「先生、いくつか気になることがある。早急に調べてくれ」


 その瞬間に先生と生徒という立場は消え失せ、会長とその部下という関係へと切り替わる。

その時のザウアーの表情は真剣そのものだ。こういう表情の使い分けがザウアーは上手い。だからあらゆる人が若い彼に惹かれるのである。


「なんなりと」

「まずはコンダクター。調査が進んでいるとはいえ、まだ分からないことも多い。注視してくれ。それともう一つ。これだ」


 ザウアーはデスクの上に置いてあった資料を江淋に渡した。その資料の中身はあのベクトーアで起こった惨事『血のローレシア事件』の報告書であった。


「十年か……。もうそんなに経ったか」


 ザウアーは頷き、言葉を続けた。


「あの先天性の戦乙女が急激に能力に目覚めたのはこの時くらいからと聞くが?」

「ええ、今までも兆候はありましたがの。やはりこの事件が関係あり、と?」

「ああ、最近後天性が目覚めたから余計にコンダクターが気になった。裏で何があったか調べて欲しい。頼めるか?」

「会長のためならばこの老いぼれ、何でもいたしましょう。先代の暴走を止めることが出来なかった償いです」


 江淋は椅子から立ち上がりながらそう述べ、ザウアーに拱手をした。

 ザウアーの先代、即ち前会長が暴君だったのは述べたが、更に彼の質の悪かったところは当時から重臣であった江淋などの度々の諫めを聞き入れられず、解雇処分とした所だ。


 しかし、当然の事ながらこの行動は民衆の怒りを買い、ザウアーが三一歳の時に前会長は暗殺され、そのまま彼は会長となった。就任当時はカーティス一族に対する風当たりがかなり強い物であったのを、ザウアーは忘れることが出来ない。


 だが、ザウアーは江淋ら有能な重臣を再度招集したり、民衆の意見を悉く取り入れるなど前会長と打って変わって民衆に信頼を得る政治を行っている。だからたった六年でカーティス一族の基盤を復帰させることが出来たし、江淋も彼を信頼するし、ザウアーもまた江淋を信頼する。それはザウアーも含め、前会長を止められなかった償いの表れでもあった。


 それをわかっているからこそ、ザウアーもそれに応え、


「感謝いたします、先生」


と拱手をし礼を言った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 周囲は静寂と暗闇に包まれていた。虫の音が心地いい少し蒸し暑い夜だった。

 華狼の本社から三〇キロほど離れた場所にある石造りの古風な家、そこがスパーテインの家である。もっとも、家は相当広いくせして、今住んでいるのは自分ただ一人という状況なのだが。しかもロクに帰らない。


 数年前までは、妻がいた。しかし、どうもスパーテインの堅すぎる性格に嫌気がさしたのか、現在妻とは別居中の身で、なおかつ離婚調停すらされかけているのが現状である。

 子供がいないだけまだいいか、なんとなくスパーテインはそう思っている。


 カームの方は、既に三歳の子供がいる。妻は気だてのいい女だった。

 子供に『叔父上』と言われたとき、少し年老いたかと、何故か思った。


 そんなカームが、一人だけで自分の家に訪れたとき、少しだけスパーテインは嬉しかった。たまには、兄弟で語り合うのも悪くない。

 家の縁側に二人して着流し姿で腰掛け酒を飲む。

 静かだった空間にまずスパーテインが切り込みを入れた。


「静かな夜だ。不気味なほどに、な」

「まったくだね、戦争やってるとは思えないよ。もう一五年か、戦が始まってから」


 カームはため息混じりに言った後、杯に注がれている酒を飲んだ。


「父上が討ち死されてから、もう十年だ。我々も少しは父上に近づけたのだろうか……」


 彼らの父『グロース・ニードレスト』はかつて称号第五位『鳳雛』の称号を持っていた程の男である。

 だが、十年前に東部戦線において当時目を掛けていた弟子である『バルト・ハーター』を庇い戦死した。そしてそのバルトは、今称号第四位『伏龍』の称号を持つほどにまでなっていた。それだけに先見の明まであったのだから消失は大きかった。国にとっても、子にとってもだ。そして、それは今でも変わらない。今でも鳳雛は欠番のままだ。

 偉大だった父、それが彼らの目標でもあった。


 それを思うからこそスパーテインは少し憂えた顔をする。


「いんや、あの親父だったら絶対に『まだ修行が足りんぞ、バカ息子ぉ!』っていうに決まってるね」


 一方のカームはそう言って呵々と笑い飛ばした。

 それには思わずスパーテインもふっと微笑み、


「それもそうだな」


と頷き、酒を飲んだ。

 しかし、その後、カームの表情が暗くなった。そしてゆっくりと話し出す。


「……なぁ、兄貴」

「なんだ?」

「最近、急ぎ過ぎじゃないのか?」


 ザウアーと同じ事を言った。カームはなんだかんだで冷静に物事を捕らえている。人間関係は一歩引いて冷静に考えるのがこの男の特徴だ。

 それに相手は三一年間共に生きてきた兄だ、行動パターンや心理状況、深層心理までカームは結構見抜いていたりするのである。


「何がだ」

「ザウアー兄の理想の実現さ。もちろん、オイラは兄貴を支えるけど、でも今の兄貴は急ぎすぎている。少しセーブしたらどうだ?」


 カームの言葉は的確だった。これ以上この調子では遅かれ早かれ自壊する。それだけ急ぎすぎている。その言葉にスパーテインは俯き、月の輝く夜空を見上げて、ため息混じりに言う。


「私は、数多の将兵が散っていくのが堪えられんのだ。我が国の理想のために散っていった者がどれほどおると思う? 無念のうちに散っていった彼らの魂を癒すには、この戦をこれ以上伸ばさないようにしなければならん。そのためには、私が更に強くならねば」

「だからそこだって」


 カームに止められてスパーテインは驚く。思わず空を見上げていた首をカームの方へ向けたほどだ。

 カームは


「よっと」


と縁側から庭へと足を運ぶ。


「兄貴、オイラ達って何だ?」


 カームの口から最初に飛び出した言葉はそれだった。


「オイラ達ニードレスト家はカーティス一族を支えるための一家だ。カーティス一族の目標を切り開くための刃だ。だけどさ、そんな大層なこと言っても、所詮オイラ達はただの人間だ。イーグになって一騎当千の力が付いてもオイラ達の力だけではもうこの戦争は終わらせられない所に来ちまってる」


 戦争は一人の力では変えられない。彼らは確かに一騎当千の力を持ち、戦局を変えられる。されどそれは局地的な物に過ぎず、全体的に見た戦局には僅かしか影響が出ない。


 確かに『イーグが活躍した』と聞いたならば、その国民を奮起させることもまた可能であろう。だが、それも自ずと限界が見えてくる。

 一五年も戦乱が続いていることはそれの証明でもあった。


 スパーテインは黙りこくっているが、カームはそれをも無視して話を進める。


「だからさ、兄貴一人が全部を支えているとは思うなって事だ。大黒柱があっても支柱がなければ家は建たない。戦争もそれと同じだ。この争い、終わらせたいのはみんな同じだってこと。オイラ達はそのうちの一人であればいい」


 カームは歩を勧め、そして縁側に戻りスパーテインの横へ腰掛ける。


「簡単に言うとだ、オイラにはオイラでやるべきことが、兄貴には兄貴のやるべきことが、会長には会長のやるべき事がある。別に兄貴一人が全部やらなくていい。その調子でずっとやってると、いずれ自壊するぜ、兄貴」


 カームの言葉はそこで終わった。

 少ししんとなる周囲。二人の間に言葉はない。

 だが、少しして、スパーテインが僅かに含み笑いをした。

 そして、彼は久々に、高らかに笑った。


「なんだよ、オイラおかしいこと言ったか?」


 カームは少しムッとした表情をするが、スパーテインはカームの方を向きこう言った。


「いや、私としたことがお前に咎めを喰らうとはな。参考になった」

「ま、弟からの軽めの愚痴だと思いなって。それに、あの星見てみ」


 カームは空に輝く一つの星を指さした。かなり明るい星だ、恐らく一等星であろう。

 何でも彼曰く『スパーテインの将星』だそうだ。子供の頃から彼はそう言っている。どうもスパーテインにはよくわからなかったが、不思議とその星の動向は当たったりもする。


「兄貴の将星は当分落ちそうにないよ。オイラの持論で言うなら、身内に危機が迫った時落ちかける。それが越えられれば安泰、越えられなければ完全に落ちる」

「なら、そうさせなければよいだけのことよ」


 カームが僅かに漏らした不吉な予言に対してもぶった切ろうとしている。スパーテインの言葉は自信に満ちている。先程まで僅かに感じていた迷いがない。

 だからカームも安心して


「そうだな」


と頷いた。

 そしてスパーテインは瓶を持ちカームの方へ差し出す。


「注いでやる」


 カームは静かに、杯を差し出し、兄の注ぐ酒を飲んだ。

 一つ


「くーっ!」


と唸った後、彼は高らかと、月に杯を向けた。


「この月夜に、乾杯!」


 そう言ってカームはまた酒を飲んだ。

 その酒の味は、格別だった。

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