第十一話「force~力を求めし者~」(3)-1
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AD三二七五年六月二七日午前一一時二一分
元々ここにはかつて『上海』という大都市が存在していたが、二〇三一年に中国国内にて貧富の差の異常な拡大と五年にも及ぶ干魃などによる徹底的なまでの農作物の不作が発生した。この時政権に反旗を翻そうと考えた一部の将校が民衆を扇動、内乱状態となり無政府状態と化した。
それから一週間後、当時の国連軍、アメリカ軍、ロシア軍、そしてEU軍が鎮圧に乗り出した。
内乱の鎮圧には実に三年以上の月日を有した。
だが、内乱が鎮圧された時、もう地図上にその国は存在していなかった。
そのため進出した各国の軍がこの国を分割統治し始めた。そして統治した彼らはそこに住み始め、その子孫が政戦の時もラグナロクの時もこの地を守り続けた。
それがこの都市の原型であると同時に、アジアの極東にもかかわらず白人が多い理由である。
そしてこの都市はあるビルを中心に放射線状に町が広がった計画都市でもある。そのビルこそ、七〇階の高さを誇り観光名所にすらなっている華狼の本社ビルである。
近代建築の随をそこかしこにこらしながらも、そこに中華の持つアジアンテイストを忘れない見事なまでにあらゆる文明が調和したビルである。
しかし、正面ゲートの前に完全武装を施したゴブリンが二機も立っている。物騒極まりない。
物々しいままだなと、スパーテイン・ニードレストは久々に訪れたこの場を見て心底思った。
朝服に身を包んでいるが、人が皆避けていく。何故なのかは、よく分からない。
『偉い人に会う時はこの服で行け』と親に言われて早三十年あまり、気づけば体格が大きくなったせいで朝服は完全に規格外の特注品になってしまった。
スパーテインはその硬い表情を崩さないまま正面玄関を守っている衛兵に拱手を行った後吹き抜けのロビーへと入った。
天井からは陽光が差し、ど真ん中に噴水があるまるで公園のように広く感じられるロビーだ。床に敷き詰められたタイルは汚れ一つ無い美しさを誇っている。
しかし、先程まで穏やかだったその空間はこの男が来た瞬間一瞬で緊張と静寂に包まれた。
ロビーに入ったまさにその瞬間、スパーテインの雰囲気に誘われてか、全員が彼の方を向き、そして互いに拱手を行った。
称号『夜叉』を持つ者として彼は祖国では英雄扱いされている。その上名家であるニードレスト家の長男だ。更に愛国心の塊のような性格である。人望が厚いのも無理はないが、若干鬱陶しいと感じるときがある。
自分は戦人いくさびとなのだ。戦を、堂々たる戦をやりたいだけなのである。もう少し自分より相応しい人物もいるだろうと、時々感じる。
そして、その様子を知って知らずか噴水の更に奥にある階段からこれまた朝服姿の一人の男が下りてきた。
その男を見ると、懐かしさに胸があふれる。
「よく帰ってきたな、兄貴」
静寂に包まれていたロビーにその声が響く。
カーム・ニードレスト華狼陸軍大尉、年齢現在三一歳。『乾闥婆げんだつば』の称号を持つ男。そしてスパーテインの実の弟、それがこの男だ。
「カームか、久しいな」
この時初めてスパーテインの口元が微笑んだ。それと同時に彼は周囲の社員に
「通常業務に戻れ」
と言い渡した。
その瞬間一斉に彼を取り巻いていた社員は通常の歩みを取り戻した。
しかし、何故ここまで軍の中でも少佐などと言う階級の言うことを全員が素直に聞くかと言えば、それは華狼の持つ特殊な性質が原因である。
華狼では栄誉ある者に『称号』が送られる。実を言うとこの称号という物がその特殊な待遇をもたらす原因なのである。称号には順位が存在しそれぞれに特権が存在するが、その特権という物がくせ者で信じがたいことに軍隊に置ける階級制度が完璧に狂ってしまうほどなのである。
例えばスパーテインの持つ『夜叉』は華狼第八位の称号だ。これは顔パスで社長室に入れる他、軍最高顧問への直接伝達手段の装備を許される上、その最高顧問の許可さえ下りれば中将までの者への現場での『命令権』すら与えられると言う代物である。
しかも称号が与えられるのは全部で一三人だけだ。それだけに国民の注目度も高くなるし自然と称号を獲得した者はプロパガンダに利用されるため、国民や社員に顔と名前が覚えられるのである。
もっとも、これだけの特権を与えられるからには戦績や会社への貢献度のみならず人徳も問われる。しかもその査定基準は果てしなく厳しい。名門の出身と言うだけでは名前の候補に挙がることすらないのだ。
その厳しさの証拠としてプロトタイプエイジスというミリタリーバランスを一変するような兵器を所持しているイーグが現在三人いるが、その中で称号を貰っているのはスパーテインただ一人という事実がある。
『XA-071狭霧』のイーグであるエミリオ・ハッセスは若くして候補にこそ上ったが、ベクトーアに対する復讐心が尋常では無さ過ぎるため危険とされ称号の授与が見送られ、『XA-091東雲』のイーグであるヴォルフ・D・リュウザキもまた候補ではあるが、その性格の破天荒さ故に称号が送られていない。
このように意外と厳しいことが分かると思う。勇猛なだけではダメなのだ。
ちなみに称号の順位であるが、『霊宝』、『元始』、『道徳』を筆頭とし、その下に『伏龍ふくりゅう』、『鳳雛ほうすう』、更にその下に『天』、『竜』、『夜叉』、『乾闥婆』、『阿修羅』、『迦楼羅かるら』、『緊那羅きんなら』、『摩喉羅伽まごらか』と続いている。
それが華狼に属する称号の全てだ。
そしてその『夜叉』の称号を持つ男と『乾闥婆』の称号を持つ者が同一の場所に存在しているのだ、それだけでも国民の意欲は自然と上がる。
で、当の二人はと言うとロビーの奥にあるベンチに二人は腰掛け談笑を始めた。やはり双方とも称号を貰うだけあって覇気が桁違いだ。談笑であってもどこかに刃がある。
「お前もあいつに呼ばれた口か?」
スパーテインの言葉にカームは頷く。
「ああ、一度補給で帰ってきたら呼ばれたよ」
「そうか、私はこれから行くところだ。で、お前はいつ頃までいるつもりだ?」
「オイラは二日以内には行くよ。兄貴は? 目の療養あるんじゃないのか?」
カームは少し心配そうにスパーテインの眼帯を見た。
左目にスパーテインは眼帯をはめている。眼球はない。数日前に取り除いた。
痛みは特にないが、他の連中は皆心配した。戦ならばこの程度は起こりえるだろうにと、その心配されぶりに思わずスパーテインは苦笑していた。
「しかし、兄貴に限って目ぇやられるとはね。でも余計に威圧感増したなぁ。ま、眼帯付けて、常に戦場みたいな面してたら、そりゃみんな避けるさ」
「そんなものか?」
「兄貴さぁ、意外に周りから見ると怖がられてるって分かってるのかい?」
「どことなくは感じている」
カームは呆れたように溜め息を一つはいた。
「ガキの頃から兵法とか同じくやってきただけに、オイラ結構へこんだんだぜ?」
「この程度、どうということはないだろう、カーム」
そう言ったとき、カームが一瞬、遠くを見る目をした。
「死ぬぞ、兄貴」
その後、互いにスパーテインの家で落ち合う約束をし、その場を別れた。
スパーテインはそのままロビーの奥にあるエレベーターに乗った。
そのエレベーターの下にあるパスコード入力欄に自分のパスコードを入力した後、コード入力パネルの下にある静脈センサーで自分の静脈を読み取らせた。それで初めて重役達のいるエリアである六〇階以上に踏み入れるのである。
そして彼が押した階層は最上階、即ち七〇階-会長室である。
そこに彼は向かわねばならない。その会長の命令は彼にとって絶対であると同時に、彼にとっては命でもある。
一分ほどで高速エレベーターは最上階の会長室へと到着した。
エレベーターの先にはまず十メートルほどの長さを持つ縦長の廊下がある。
しかしこの廊下、とんでもなく豪華だ。床は総大理石。四辺の壁には金箔で彩られた青龍、玄武、朱雀、白虎の中国大陸に古くから伝わる四聖獣しせいじゅう。そして横にはそこかしこに立つ翡翠の柱の上にあるスパーテインの上腕ほどの高さを持った金色の龍。
派手、といえばそれまでだが、それ以上に興味深いのは翡翠の柱に一つずつ漢詩が掘られている点である。
この会長の趣味であるが、どれもこれも完成度が尋常ではないほど高く、第三国の詩人が見ても『これほど素晴らしい詩を書ける者が現代にいるのか』と言わしめるほどである。
そしてその男のもとを彼は訪ねるのだ。
スパーテインはその廊下の先にある重苦しい木製の扉の前に立ち、一回ノックをする。
その瞬間、いとも簡単にバタンと扉が開いた。彼の前に陽光が広がる。
少し太陽がまぶしかった。
視力が回復すると、そこは広い一つの部屋となっていた。規模はおおよそ三〇畳と言ったところか、とにかく広い。
ここもまた全面黒色の大理石で床が覆われていた。天井もかなり高く、軽くビル二階分には相当する。そして後ろは全面窓と来た。高級感溢れるという言葉だけでは言いようのない気品がそこにはあった。
それもここは七〇階、遮る物は何もなく、ただその窓は美しいまでの町並みと青い空を映し出している。
そんな風景を見ながらデスクの上に墨を置き、筆を片手に詩を書いている男が一人、窓の前に座っている。部屋には最新鋭のモニター設備やらリアルタイムで全ての情報が入る装置やらがあるというのに、この男の佇まいは妙に古風であった。
それもそうだ、なにせその男も朝服なのだから。
スパーテインの色合いより濃いダークグリーンの眼と髪を持つ男、見た目の年齢はスパーテインとそう変わらない、要するに若い。朝服は白地だ。それが黄色系の肌と合わさって絶妙な色合いを醸し出していた。
そして、男は筆を置くと、ただ一言、澄み切った声で目の前にいるスパーテインにこう言った。
「遅いぞ、スパル。普通に詩が一つ書けたぞ」
そう目の前の男が言った瞬間、スパーテインは先程とは比にならないほど力強く拱手をした。
これが華狼の若き会長『ザウアー・カーティス』という男である。
文武両道にして冷静沈着、そして勇猛果敢で会長になった今でも時々最前線に現れる企業国家の歴史千年の中でもかなり異質な会長だ。
「カーティス会長、お変わりないようで」
スパーテインはそう言うが、ザウアーは苦笑するように
「そんな堅苦しい挨拶はよせよ、スパル」
と気楽に言った。
それに対しスパーテインの表情も少し柔和になり
「それもそうか」
と言って、ザウアーのデスクの前に設けられている応接用の椅子に座った。
ここで何故称号を持っているとはいえスパーテインという一兵に過ぎない男が会長とため口を聞いているか疑問に思う人もいるので、少々解説させて貰う。
華狼という国の中心はあくまでもカーティス一族、ないしはその親戚によるほとんど独裁に近い状態となっている。スパーテインらニードレスト家は代々カーティス家を守護するべく存在したいわば近衛騎士の家系であると同時にカーティス一族の親戚に当たる家系でもある。
およそ一五〇年前、腐敗していた旧来の企業国家に対し反乱したかつてのカーティス一族は不満を持っていた当時の企業国家の重臣や民衆を扇動しその企業を崩壊させ、彼らがそこに新たな企業国家、即ち華狼を作り上げた。
その時、かつての企業国家の会長並びにその一族郎党の悉くを処刑したのがニードレスト家なのである。
そう、ニードレスト家はカーティス家が浴びるべき血の全てを浴びた『血の家系』であった。故に数代前までは忌み嫌われており、会長からも不遇の扱いを受けていた。
ところがここで面白いことが起きた。ニードレスト家が夜叉を発掘したのである。最初のうちはカーティス家のみで利用しようかとも考えたが、結局夜叉を上手く扱えるのが武を極めたニードレスト家のみだと分かった瞬間、彼らは和解したのである。
そして、ザウアー。宗教弾圧や民族弾圧などで虐殺を繰り返した『暴君』として有名な先代会長が五年前に暗殺されたが故に三一歳の若さで華狼六代目会長となった男。
彼とニードレスト家との付き合いは長い。スパーテイン、カーム、ザウアーと同姓でありながら親戚であり称号『天』を持つ『ディアル・カーティス』と『竜』の称号を持つ『フェイス・カーティス』、そしてザウアーの五人は子供の頃から色々な経験をして共に育ってきた。
身分を隠して町を歩けば不良少年同士で喧嘩をしたり(もっとも、父親に対してある種憎しみとも取れる感情を持っていたためそれでぐれたのだろうが)授業をサボって釣りに出かけたりと、正直言うとかなりやりたい放題だったとも言える。そんなことを率先して指示したのもザウアーだ、良きにせよ悪きにせよこの頃からリーダーシップがあったのは確かである。
そしてそんなこんなで時も経ち、彼らは戦場へ行った。そんな中でもザウアーは次期会長という身分にも関わらず、あの四人と共に戦場を駆け抜けていた。
そこで初めて眼にした『武の極み』、浴びるべく血を浴びなかった家系の不遜を恥じた彼はニードレスト家と親交を徹底的に深めた。それ故に今現在のカーティス家とニードレスト家の関係は華狼設立当初より遙かに高まった。
そして、今やその四人は称号の第六位から第九位を独占、故に人は彼らを『四天王』と呼ぶ。スパーテインは夜叉の称号を持ちながらもディアルより一歳年上な上指揮管理能力や勇猛さに優れていることから四天王の筆頭となっている。
そんな彼らとザウアーはこうしてため口を聞く。昔、ザウアーが会長になりたての頃敬語を使い続けたことがあったが、「お前達だけは友でいてくれ」と、使うことを禁止された。
「お前ほどの者が目をやられたとはな。さすがに聞いた時は驚いたぞ。大丈夫なのか?」
ここでも心配されるのかと、スパーテインはまた苦笑していた。
「私の心配はいい」
彼の態度はいつもこうだ。なんだかんだで堅い。もっとも、ザウアーもそれ故に信頼を寄せているのだが。
これ以上は彼とこの話題では繋がらないと判断したザウアーは報告にあったコンダクターについての話を聞いた。
しかしスパーテインはそれに対し
「危険すぎる」
と自らの体験を元に述べた。
「わかっている。だが、あれがない限り遺跡の扉を開くことは出来ん。まったく、我々はあんな訳わからぬ力に頼らなければダメになるとはな……」
ザウアーはあくまでもアーク遺跡の中に眠るとされる『力』に拘っている。その理由がどうもスパーテインには理解できていなかった。
故に彼は椅子から立ち上がって、ザウアーのいる机に向かって歩きながら、少し口調を強くして詰問した。
「ザウアー、私は思うのだ。我々のやっていることは、正しいのかと。相手はかつての人間の文明そのものを消失させた存在、話の通じる相手ではないし、殲滅させるしか道はない。我らの先祖はそれが出来なかった。今現れたことは千載一遇のチャンスだ。人類の存亡のためにも奴らを……」
「スパル、俺はそのアイオーンの力を逆に利用しようと思う」
ザウアーが止めた。目を丸くし動きを止めたスパーテインに対し、ザウアーは立ち上がって彼の元に歩きながら言った。
「その力を持って殲滅する。そう、殲滅するためにあえてアイオーンを泳がす、それが俺の取ろうとしている道だ。もちろん正しいとは言わぬ、否、言えぬ。だが、それでもあれをこの世から一掃するためだ。わかってくれ。頼む」
そう言ってザウアーはスパーテインの目の前で頭を下げた。それに対しさすがのスパーテインも頭を少し抱え、苦笑した。
「……会長たるお前が、一兵士の私に頭を下げてもしょうがないだろう……」
そうは言っても、この男は、ザウアーという男はあくまでも『筋』を通すことを優先する。そのためには一兵士に対しても頭を下げる。しかし、それで付け上がる兵士はいない。なめてかかる兵士もいない。
全てを飲み込む、ザウアーをもっとも表現している言葉はこの一言に尽きる。だからスパーテインはこの男に惹かれたのだ。
「お前には苦労を掛けるな。正直悪いと思っている。俺が行けるんだったら行った方がいいんだがな」
「お前ももう会長という身分だ。そう簡単に最前線に来られても困るし、積極的に戦っていい身分でもないだろうに」
「そうなんだよなぁ。まぁ、そこら辺はしょうがないと見るしかない。だからお前には俺の分身であって欲しいのだ。後天性も目覚めたのだ。間違いなくこれから時代が動く。そん時ゃ俺という魚を泳がせるための水になってくれ」
「承知している。私はただ進むのみだ。お前の理想に向けて、な」
そう言ってスパーテインは自らの拳を互いに合わせた。
「ありがとう、スパル。そんなお前には二つほど話がある」
「なんだ?」
ザウアーは後ろを向いて机の上にあった証書をスパーテインに渡した。
功績に対する表彰状である。
「一つは階級の上昇だ。スパーテイン・ニードレスト陸軍少佐、これまでの戦績に伴い中佐に昇進する。もっとも、少し遅かった気もするがな」
中佐の位が渡されても、別段それを気にするまでもなくスパーテインは承知し、もう一つの話が何かを聞いた。
「霊宝がいらしている……らしい」
ザウアーは一言そう言った。
霊宝、華狼称号第一位、霊宝天孫より名付けられたその称号は設立して一五〇年経った現在でも所持した者は三名しかいないのだ。
故に国民からは『幻の称号』とまで言われている代物である。
しかし、ザウアーは『らしい』と言って少し頭を抱えている。
「そうか、来ておられるのか」
「多分な……。あの人神出鬼没だし。しかしま、会ったら会ったでまた説教かねぇ、俺達は」
ザウアーが苦笑したまさにその時、
「そんなにして欲しいのならば、してやらんこともないぞい」
と、突然ザウアーとスパーテイン以外誰もいないはずの部屋に声が響いた。
思わずギョッとする。
するとどうだろう、ソファーの影に一人の老人がいるではないか。顔面はしわくちゃだが、その奥底に見える眼光は鋭いそんな老人だ。
「ど、どっから入って来たんだ?!」
「お前達が悠長に話している間に堂々と正面扉からじゃ。まだ甘いのぉ、お主ら」
そう言って老人は呵々と笑い、ザウアー達の元へと寄ってきた。
孫・江淋ソン・コウリン、華狼第一位の称号『霊宝』を持つ男で三十年前に五十年ぶりに登場したカーティス一族以外からの華狼副会長でもある。現在は華狼『名誉』副会長になった。
ちなみに既に御年八五だが、杖も使わず元気に町中を闊歩し、時たま公園で上半身裸になりながら八極拳をやったりしているバイタリティ溢れるお年寄りである。それのみならず、彼は相手が会長だろうがお構いなしに情け容赦なく説教をかます剛胆な男でもある。
「ああ、先生。これはこれは」
思わずスパーテインも態度を改める。それもそうだ、彼やザウアーを筆頭とした称号を受け継ぐ者、ないしは称号を持っていずとも華狼で充分な実績を上げている者のほとんどは彼にあらゆる『文』を教えて貰ったのだから。
故に『先生』なのである。
「まったく、その年齢になっても減らず口は相変わらずじゃの。で、スパ坊もか?」
「いえ。そう言ったわけではございません。それよりも先生、私は今の世を先生がどう思っておられるのか、お聞かせ願いたい」
スパーテインは久々に彼の教えを聞きたくなった。
先程のザウアーから言われた言葉、即ち『アイオーンを殲滅するために利用する』に少し迷いが生じたことに彼は気づいていない。
その微かな迷いを江淋は感じ取ったのだろう、顎に立派に生えた白髭を弄りながらしゃべり出した。
「ふむ……そうじゃの、簡単に言うと『乱世』じゃが、それ以外にも数多くの欲望が根付いておる。『混沌』に近いやもしれぬの」
「混沌、ですか」
「そうじゃ。まぁ、人間の歴史なぞ殺し合いの歴史じゃ。それを繰り返しておるだけじゃよ、所詮。されど、その戦乱でのみ輝く命がある。それがお主らじゃ。戦いの申し子達よ、何を今更迷うのだね?」
「では、我らは乱世が終わったら、不要ですかな?」
「否、平和はのぉ、維持する方が難しいのじゃよ、わかっておろうに。その維持するための力をお主らは持っておる。だからのぉ、お主らは生きろ。乱世を終わらせよ」
江淋は微かに微笑みながらそう締め括った。
少しスパーテインの表情が和らぐ。胸の支えは少々取れたようだ。
「承知しました。少し気が楽になった気がします」
「そうか、ならよい」
そう言った直後、部屋に飾ってあった時計が十二時を告げた。結構長いこといたものだとスパーテインはふと思った。
「少々長居をしすぎましたな。では、私はこれにて」
頭を下げて退出しようと踵を返そうとした時、ザウアーがその動きを止める。
「ああ、待て、スパル。忘れてた。お前に渡したい物がある」
そう言ってザウアーは通信パネルで下の階で待っている秘書官を呼び寄せた。
二分後、秘書官がやってきた。
が、秘書官の後ろには汗だくになっている屈強な男が四人がかりで妙な鉄の塊を運んでいる。
そして秘書官の前に出た屈強な男達はその鉄の塊をスパーテインの前に置いた。
重苦しい音を立てて床に置かれたそれは巨大な武器ケースだった。異様に巨大で実に二五〇センチ程の大きさがある。これでは確かに四人がかりくらいでないと厳しいだろう。
スパーテインはそれを開けた。ヤケに重い扉を開けると金属の擦れ合う音が響く。音の感じからすると少し古めの武器らしい。なんとなくサビついているような音がしている。
そしてその開けたケースの中には外部のケースとは正反対に磨き上げられていた大剣が入っていた。だが、その大剣は刃渡り一八〇センチ、柄五五センチの超巨大な鉄塊であった。
ちなみに、重量は五〇キロに迫るためイーグでなければ運用不可能である。切れ味、破壊力、美しさ、どれをとってもパーフェクトに近かったが、その巨大さと重量故に誰も扱うことが出来ず、整備を繰り返しながら三〇年もの間、ザウアーの家の倉庫に眠っていた代物である。
スパーテインも、一度だけ子供の頃に見たことがあった。当時これを使おうとしても全く持てず悔しがった記憶がどこかにある。それを今になって自分が使うのだ、因果な物だとふと思った。
「懐かしいな、これ」
「だろ? こいつはお前しかこれを使いこなせる人材がいそうになかったからな。この間剣もやられただろ? だからやるよ、それ」
「いいのか?」
「剣は使ってなんぼのものだ。お前に使われれば喜ぶだろ。切れ味とか破壊力に関しては保証する」
「では、遠慮無く使わせて貰おう」
そう言ってスパーテインは頭を一つ下げた。
が、ザウアーは最後にこう付け足す。
「でもな、一つ言っておくが、その剣も破壊したら……殺す。あの剣だってわざわざお前が使うと言うから必至扱いていい刀鍛冶を探して最高の刀にしてやったのにお前は……」
「承知しているよ」
ザウアーの長々と続きそうな説教をスパーテインは『まるで先生の癖が移ったようだな……』などと思いながら止めた。
だが、そう言われたからには余計に大事に使うつもりである。この男もまた『筋』を通すことを優先する男なのだから。
しかし、ここでスパーテインは信じがたいことに四人がかりで持ってきた武器ケースをたった一人で担ぎ出した。どうやら所属基地に自分の力で持って帰る気である。
「……持って帰るのか、それ? 後で基地に届けるぞ」
「これもまた修行だ。それにこいつの重量を体に覚えさせたいのでな」
「……わかった。警察には言っておく」
そう言って一つため息を吐きながらザウアーは悠々と帰るスパーテインを見送った。
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