第十一話「force~力を求めし者~」(2)-2

 アルティムにはかつてスラム化が著しかった地域の再開発が行われている場所が多い。今回狙われた場所もそんな一角だ。多数の鉄骨による仮足場が周囲に組まれているビルも目立つ。道路の舗装もまだ中途半端だ。

 そんな中で繰り広げられている銃撃戦。銃声が激しく響き渡り、空薬莢の墜ちる金属音がアスファルトにこだまする。


 しかし今現在戦闘しているのはゲリラ組織と警察だ。さすがに相手にならない。緊急に重機でシールドを築いたまでは良かったが、これもRPGを撃たれれば終わりだ。いつまで持つのかまったくわからん。


「まだ来ないのか?!」


 さすがにフェンリルの警察も焦りだした。戦闘してからかれこれ二分。相手の兵力の方が圧倒的に上だ。しかも『ライラックM-70SMG』のみならず、どこからくすねてきたのか今現在でも軍用として幅広く使用されている『スルトA-71』アサルトライフルまで持っている。

 対して警察側はもう軍用としては第一線を引いたお下がりのSMGが最大の武器だ。劣勢は目に見えている。

 その時、ついに防衛網が破られた。RPGが放たれ重機に直撃したのだ。巻き起こる爆発。それに安堵していったん銃撃を止めるアフリカ統一戦線。


「やったか?」


 メンバーの一人がそう呟いた時、一発の銃声が鳴り響いた。

 その直後、額から大量に血を流して倒れるアフリカ統一戦線のメンバー。


「何?!」

「た、隊長、あれを!」


 メンバーの一人が重機から上がった炎を指さす。その炎の中心から現れる一人の男。黒のロングコートをなびかせ、背中に布で包まれた長物を背負った男。

 ハイドラ・フェイケルだ。


 その時、アフリカ統一戦線のメンバー達に突然汗がにじみ出た。人間の持つ『気』にしては異様に冷たい気に震えたのだ。


「どうやら随分と派手にやったようだな」


 ハイドラはゆっくりと対峙しているアフリカ統一戦線に向けて歩を勧める。


「フェイケル殿! せめてボディアーマー着てください!」


 後方で負傷者の救援に当たっていた警察の一人がそう言ったが、彼は


「そんな物邪魔なだけだからいらん」


と言ってまた歩き出した。

 さすがにこれはなめられていると取られても不思議ではない。逆上した相手は


「野郎、なめたことしくさりやがって!」


とA-71の銃口をハイドラへと向けた。

 だが、その直後突然ハイドラの姿が目の前から消えた。周囲の者は何が起こったのかも分からなかった。

 後にその場にいた警察官は述懐す。


『その直後、いつの間にか彼が敵の真後ろに背を向けて立っていた』と。


 冗談のようにも聞こえるが、これは紛れもない事実だ。いつの間にかハイドラは敵の真後ろに悠然と立っていたのだ。

 ハイドラのコートが風に揺られる。静かな風だった。その静かな風に乗せるように、彼は静かに口を開く。


「甘いな。そして何より」


 彼はサングラスをかけ直すと同時に一言。


「遅い」


 その瞬間、彼の真後ろにいた三人の敵は大量の血をばらまきながらバラバラに砕け散った。

 誰もが唖然とし、誰もが恐怖を感じた。何が起きたのか、知覚することが全く出来ない。

 ただ一つ、ほんの数秒で、三人もの敵が瞬時に死んだという事実を除いては。


 ハイドラは更に歩を勧める。

 その時、目の前にいた数名の敵が震えながら銃口をハイドラへと向ける。その目は恐怖に揺らいでいる。

 だが、銃口が向けられていてもこの男はまだ目の前の敵に向けて歩き出している。

 その様子に恐怖が絶頂に達した敵はすぐさまトリガーを引いた。銃声が鳴り響き、空薬莢が墜ちる甲高い金属音が耳を刺激する。


 だが、撃っても撃っても、ハイドラは前進を続けている。それどころかあの男からは血が一滴たりとも出てこない。

 命中した。確かに攻撃は当たっている。しかし、何故一滴も血が流れないのだ?! いや、服すら傷ついていないではないか。


「なんだ、あれは?!  フェンリルの新兵器か?!」


 恐怖に駆られつつも敵は銃撃をやめない。

 その時、ハイドラのサングラスが弾かれた。縁に当たったらしい。ハイドラの顔も少し弾かれたように横を向く。


「当たったか!」


 一瞬だけガッツポーズをするアフリカ統一戦線のメンバー。

 だが、その歓びは僅か三秒ほどでこの上ない恐怖に変わった。


 目だ。ハイドラの持つ赤い目だ。その瞳があたかも血のように真っ赤に染まり、眼前の敵を睨め付けているのだ。

 人間の持てる殺気ではない。周囲全てが凍り付かんばかりの殺気だ。こんな気を発せられる人間など、世界に何人いるのだろうか。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ハイドラはゆっくりと首を戻し、その黒と赤の瞳で更に相手を威嚇する。

 その時の彼の表情は、嗤っていた。今までのハイドラとは何かが違っていた。それと同時に彼の黒の瞳がみるみる赤に染まっていく。

 両方の瞳が赤く染まった瞬間、豹変したかのようにハイドラは叫んだ。


「早々に死ね、力無き者共ぉ!」


 そしてハイドラは背中に巻いてあった長物を手に持った。すると突然その長物の下部から剣が出現し、巻いてあった布を破り裂きながら弧を描くように最前面へとセットされる。


 その長物の正体は極端に巨大な銃剣だ。そのサイズはハイドラの身長に匹敵する。姿を形容すると、アンチM.W.S.ライフルの銃身下部にバレルと同様の長さを持つ剣がセットされてあり、本来トリガーがあるべき場所もボックスマガジンに占拠され、トリガーはと言うとショックアブソーブの付いているべき箇所に斜めに取り付けてある。ちなみにショックアブソーブはない。

 どう考えてもこの装備はあらゆる面で欠陥まみれと言わざるを得ない。

 ではこの武装は何かというと、フェンリルの兵器開発部がかつてある武器ユニットのコアとなるべく開発したまでは良かったが、使用弾丸が一六.二ミリ×五五専用鉄鋼弾というイカレた代物のため普通の人間では扱いきれず倉庫に放ってあった物をハイドラが改修した物である。

 正式名称『YFSG-598「カウモーダキー」』、ハイドラ専用武装である。


 ハイドラは布をその場に捨てた後、重量が優に二〇キロにも達するそれを、信じがたいことに片手で持ちながらゆらりゆらりと敵へ向けて歩き始める。

 そして、大地を蹴って疾走し、目の前にいる敵兵士をカウモーダキーの重みで磨りつぶすように頭頂部から一閃する。大量の血を出しながら左右に真っ二つに割れる敵兵士。

 信じがたいことに割られるまで一秒と掛からなかった。まるで人間が紙くずのように斬られたのである。

 さすがにここまで来るともはや彼が『人間離れしている』などという次元ではなくなってくる。どう考えても彼は『異常』の部類だ。

 敵に嫌な汗がにじみ出ている。


 投降するか……。


 そう敵隊長が決心し、銃口を下げようとした直後、突然一機の作業用のM.W.S.がビルを突き破り出現した。先程強奪した機体のセキュリティ解除が完了し完全に強奪が完了したのだ。


 強奪されたのは『FWM-062イランド』だ。作業用のM.W.S.ながらその出力は二世代前の軍用M.W.S.に勝るとも劣らない。姿はと言うと、両腕にクレーンとアンカーユニットが取り付けられ、胴体はまるで戦闘ヘリのコクピット部のようになっている。当然頭部はそんな構造だから必要ない。故に頭を生産する費用がないため結構低価格で人気の機種である。

 普通の人間相手なら作業用でもM.W.S.一機いればオーバーキル状態にすることも可能だ。その自信故に、この時敵は最悪の選択をした。

 降伏するという選択肢の破棄である。


 そのため降ろし掛けていた銃口を一斉にハイドラへと向けた。

 だが、その時の彼の表情は一段と狂気に満ちた笑みを浮かべていた。敵はそのことに全く気づいていなかった。それに気づいていれば少しは彼らの運命が変わったかも知れない。

 まず敵は歩兵を後方に下げ、M.W.S.を前面に持って行った。普通の人間ならばこうするだろう。


 だが、ハイドラはそれに全く動じない。それどころか、M.W.S.相手に己の肉体のみで行く気だ。

 最早常人の考え方ではない。ハイドラはカウモーダキー片手にイランドに向けて疾走する。

 それを阻止せんばかりに一斉に与えられるこれまで以上の銃撃。

 銃が利かない可能性は高いが、それでも少しでも足止めになれば。それが彼らの魂胆だったのだろう。


 だが、ハイドラは全く怯まない。それどころかますます加速度を上げていく。

 その時、イランドの作業用クレーンアームがハイドラ目掛け攻撃する。

 それによって起こる地響きと砂煙。少しは手応えがあったかと思い一斉に銃弾がその砂煙に向けて放たれる。


 やったか!


 普通の人間ならばこれだけやれば普通数発は命中して死ぬ。

 だが砂煙が止んでみたらどうだ。

 あの男は、あの悪鬼は、イランドのコクピット上に立っているではないか。

 あれだけの銃弾を浴びておきながら傷一つ無く、血一つ流さず、果ては服すら傷ついていない。


 黒いロングコートが舞う。その舞ったコートの端がまるで悪魔の羽のようにも見える。

 ハイドラはコクピットで怯えているパイロットに対し狂気とも言える冷たい笑みを浮かべ、カウモーダキーの刃を強化ガラスに突き刺した。いとも簡単に防弾処理すら施されている強化ガラスにヒビが入った。

 欠陥機だったのか? それは否だ。

 ただ、この男が異常すぎるだけだ。


 そしてそれを突き刺したまま、ハイドラはカウモーダキーのトリガーを引いた。たった一発でガラスが砕け散り、それと同時にコクピットの中に人間であるかの班別すら難しい肉片が出来上がった。

 すると彼はカウモーダキーを引き抜いてすぐさまそこから天高く跳び、もっとも高い位置に達した瞬間カウモーダキーを構えた。


「Syaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


 奇声を上げながら、ハイドラは、カウモーダキーの刃で崩れそうなイランドを左右に一刀両断した。

 鋭く鳴り響く金属音、だがこの男にその音は聞こえているのかは分からなかった。

 そしてハイドラが地面に達した直後、イランドは完全に左右に割れ、周辺にあった建設途上の建物に崩れた。彼はそれに少しばかり唸った後、前方で愕然としている敵に向けて片手でカウモーダキーの銃口を向けた。

 その直後、彼の片方の瞳が黒みを帯びていき、普段の色を取り戻した。

 そこからは、今までの動作が嘘のように静かに相手に促した。


「これでもまだ投降しないか?」


 その言葉の後、すぐさま、相手は武器を捨てた。


 彼が『アバドン』という破壊神で呼ばれる意味、それは『敵の持つ勝利の可能性を全て破壊する』ことに由来している。

 味方には希望を、敵には絶望を与える自らを全く省みず、ただ一人で立ち向かう不器用な破壊神、それがハイドラ・フェイケルという男の記号である。


 その戦闘から一時間経って、ようやく現場は落ち着いた。

 敵の数は十名に作業用M.W.S.。だが生き残ったのはその半数にも満たない。それもたった一人で撃滅だ。それもナンバー二という国のトップの一人が、である。

 人々は改めてハイドラ・フェイケルという男の強大さを知らしめられたのだ。

 しかも事ここに来てこの男はひたすら


「バックアップも出来ずに申し訳ない」


と謝り放しの警察部隊隊長に対し


「別にお前の功績にしていい」


と、淡々と言ったのだ。


「し、しかし……」


 さすがに尻すぼみする。自分たちは何一つやっておらず、むしろ死傷者を出してしまったのだ。この戦場を処理したのは紛れもなく目の前の男であり、我々ではない。

 だから功績にすることは出来ないと思っていたのだが、ハイドラはそれにこう言った。


「確か、お前の所の娘がそろそろ誕生日だったな。この功績で少しいい待遇がもらえるだろう。何かそれでいい物買ってやれ。これがその証書だ」


 ハイドラは先程迎えに来た秘書から隊長は証書を手渡された。そこには彼のサインもある上にシャドウナイツの刻印まで押されている正真正銘の本物だ。

 その上この男、自分の娘の誕生日まで覚えている。

 こんな末端の男まで家族構成などが知られているのだ、いったいハイドラの脳内には何人の人間のデータが刻み込まれているのだ。

 そう感じざるを得ない瞬間であった。

 ここまでやられると逆に自分がむげに断るのは失礼だと、隊長は深く礼をした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 礼を言われるほどのことだったのだろうかと、ハイドラは警察の長官に対して思っていた。

 踵を返し、コブラへと向かう。


「フェイケル様、後三十分で会合がございます。お急ぎを」


 秘書の言葉にハイドラは頷いた。


「わかった。車があるから自分で行くよ。先に行っていてくれ」

「かしこまりました」


 秘書は頭を一つ下げて、ハイドラを迎えるはずだった車に一人で乗って会合の準備を整えるべく急いで本社ビルへと向かった。

 コブラの運転席に乗り込むと、一度ボーっと夕暮れに染まる空を眺めた。


 この瞬間が、一番落ち着いた。

 昔、相棒はよく、隣でタバコを吸っていた。ラフィは、隣でよく笑っていた。

 その二人も、もういない。

 空へとゆっくり手を伸ばした。


「ラフィ……マーク……俺は……」


 その言葉の響きはこの不器用な男の全てを司っているかのように静かで悲しい物であった。

 そして男はまた、その不器用な姿をさらしながらコブラのエンジンを入れクラッチを入れて本社へとその足を加速させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る