第十話 「awakening angels~十二使徒の覚醒~」(4)-3
「七体目、か」
ロックは隣の男にそう呟いていた。
マタイが倒れたその様子を遠くの崖から監視していた。
隣の男の姿は、いつ見ても威圧感がある。目の周囲に仮面を『縫いつけて』あるし、身長も自分より頭一つ巨大だ。その仮面の奥底には生を全く感じられない瞳がある。
本名は知らないし、本人も教える気がないらしい。ただ、プロディシオという名前だけは聞いている。
しかし、この男は狂気じみた見た目と違い冷静に状況を分析する。だからロックも信頼を置いていた。
「そうだ、記録上は、な。マタイの復活はこれ以上望めまい」
「だろうな。これでまた音階が変わることとなる。やれやれ、演奏者としてみれば厄介なことこの上ないな」
プロディシオの言葉にロックが続く。
だがその直後、
「そうでもあるまい」
と、後ろからまた別の声がする。女の声だ。
ロックはゆっくりと振り向くがさして驚かない。
そこにはイントレッセがいた。
「遅いお出ましだな、『眼』よ」
「その名で呼ばれるのはあまり好きではないのぉ、ブレードビート。まぁよい。また違うところから監視しておったのじゃが、マタイがやられるとはのぉ……。これだから人間界は面白いぞえ」
「アクシデントはいつだって起こる物さ。もっとも、俺達の上にいるあいつにとってはどこまでが想定の範囲だかは分からないけど。だが、演劇にはアクシデントがあった方が味になる」
ロックは言った。
この戦いが茶番劇でしかないことを知っていた。しかし、イントレッセは妙に憮然とした表情をしている。
恐らく納得いっていないのだろう。こういう手合いが一番厄介だと、ロックは感じている。
イレギュラーをいつまで生かすか。それだけをロックは考えていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
イントレッセは数歩前進し、崖から、そこら中から火の上がる基地を見つめた。
「なら、茶番劇をより面白くしてみようかの。どちらにせよ興味深い獲物がいるようじゃしな。もっとも、お主も随分と派手におちょくったみたいじゃがの」
その言葉にロックは軽く笑う。その笑みには狂気じみた何かがある。だからこの男は余り好きになれないのだ。
「別にこの程度、どうということはないさ。さて、ゼルストルングに報告するか」
「了解。早急に撤退する。ところで、お前はここに残るのか?」
プロディシオの言葉にイントレッセは一つ頷く。正直こっちの男は、見た目はこんな感じだが、仮面でない方の目からは、優しさがあふれている。不思議な男だった。こういう男は嫌いではない。
ロックとプロディシオがそのまま踵を返しその崖を離れていった。
もう一度、岸から見てみる。
跪いている力無き紅神に対し、何かの畏怖を感じた。
今紅神はアンカーに引っ張られて強引に叢雲へと搬送されている。その姿はもはや弱々しい。
なのに何故、あの機体には適わないと思ってしまうのだろう。
いや、そうではない。むしろ、中の人材には適わないと魂が告げているような気がしたのだ。
イントレッセはその様子を見ながらまるで予言でもするかのように、静かに言った。
「もう一波乱、あるやもしれぬな……」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「撤退命令は出していない?!」
ヴォルフは華狼軍陸上空母『帝釈天』の艦長へと問いただした。
異様に無骨な執務室だ、無駄を徹底して省く華狼らしいと言えば華狼らしい作りである。
そこにある机を対岸として立っているヴォルフと座っている艦長とが対峙していた。
艦内は混乱を迎えていた。あのアイオーンが現れた際に流れた撤退命令、あの命令が存在しなかったというのだ。
あり得ない。
「あの通信は、確かに我々の使っている暗号通信用の周波数に来ていました、間違いありません」
ヴォルフは未だに信じられなかった。確かに少々苦戦もしたがあのまま押し切れる状況だった。
にもかかわらず出された撤退命令。
あのアイオーンの出現が想定外だったからしょうがないと思った。
だが実際にはそんな命令はなく、帰ってきた瞬間にカタパルトデッキが友軍を迎え入れられずに混乱、数機が着艦時に衝突し脚部関節破損という騒ぎを生んだ。
さすがにこの事態は艦長も頭を抱えるばかりだ。
少し唸った後にヴォルフに言う。
「もちろん、私とて君がそのようなミスをするとは思わん。今ハッキングされた形跡を……」
その直後、兵士が大慌てで執務室に入ってきた。急いで敬礼をするとその兵士は艦長の前に報告書を置いた。
「間違いありません、我々の暗号コードに進入し撤退命令を出した物かと」
やられた。ヴォルフはそう思った。
悔しさは同じなのだろう。艦長も奥歯をギュッと咬んでいる。
部隊用に配置されていたSNDがハッキングを受けたのだ。恐らく内部の情報もかなり漏れていると見て間違いない。
だが、一体やったのは誰だ?
普通の人物なら絶対に突破することが不可能と言われているSNDのセキュリティを敗れる人物などそうそういないはずだ。
「やってくれるな……。相手は?」
「まだ、特定できていません。瞬時に兆単位でのダミーマーカーをばらまかれましたので逆探知も不可能です。特定できませんよ……、お手上げです」
兵士が言った一通りの説明を聞いた後、艦長は頭を抱えた。
「セキュリティの強化をせねばなるまいな……。これ以上荒らされれば本国に支障が出る」
「それに関しては先程よりやっております」
「三十分で処理できるか?」
「どうにか」
「ならやってくれ、粗が出る前に、な」
艦長はそう言った後、兵士はまた一つ敬礼をして執務室を後にした。
それを見送ったヴォルフは艦長に対し
「して、どうするのです、次の戦いは?」
と聞く。
艦長はそれに重い声で答える。
「作戦は失敗だ。これ以上続けたら、恐らくハッキングした相手の思うつぼになる。それだけは避けなければなるまい。それに、こちらにも、これ以上追撃できるだけの戦力はないしな……。ゴブリンにオーガー、東雲は修理中。それに対し、相手はプロトタイプが後一機残っている。厳しいよ、これは。一度帰還する。その間、各機の修理、並びに補給を」
「了解しました」
そう言ってヴォルフも敬礼し部屋を去った。
ヴォルフは執務室の近くで、妙な感覚を抱いた。
今までずっと気づかなかったのが不思議でしょうがなかったのだが、何かが動き始めた。
そんな予感が、今の彼を支配していた。
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