第十話 「awakening angels~十二使徒の覚醒~」(4)-2

 紅神はデュランダルを片手に背中を立てて対峙するマタイを見つめた。

 火の手が上がる周囲。アイオーンに足止めされて行動できない味方。


 静と動。今それが炎で遮られているかのようだ。

 紅神のボディが炎で照らされ、赤みが更に増して見える。

 ゼロはその様子を見て一瞬だけ呆れたように呟く。


「あの炎みてぇに焼き付くすっきゃ手はねぇか……」


 そう言ってゼロはコンソールユニットをいじってデュランダルを『ガンモード』にするように指示する……はずだった。

 ゼロは体に妙な気配を感じ、その言葉を発することをやめた。

 思わず口を手で押さえる。

 だが、その隙間から、赤い血がたれてくるのを理解できたのは、どれくらい経ってからだったのか。


 そして、吐血した。計器に血が飛び散る。

 むせる、そしてまた血を吐く。


 考えてもみれば、村正との戦いで腹に銃弾を五発も喰らったのだ、今までこういう症状が現れなかったことの方が奇跡に近い。

 視界が赤く染まり、ぼやけていく。

 心臓の音が張り裂けんばかりに聞こえる。


 死が、近づいてきているのか。


 ゼロは薄れ行く意識の中で思う。

 それと同時に精神力が足りなくなっていき跪く紅神。

 デュアルアイから輝きが失われる。


『ゼロ?! どうしたの、ゼロ!』


 ルナの声がコクピットに響く。

 だが、今のゼロには


『聞いたことのある声がする』


としか考えられない。

 頭に血が足りない。頭が回らない。


 誰だ、てめぇは……。


 そして、マタイが尻尾を伸ばし始める。

 その矛先は、紅神へと向かっていく。

 それに対して阻もうとブースターが点火を始めた空破。

 そんな様子をよそに、ゼロは視界が真っ白になり、意識が遠くへ飛んでいく。


 気づけば、また血の海にいた。朝に見た夢と何一つ変わらない光景の続きだ。

 血で出来た腕に引きずられていく。


『楽になっちまえよ』


 血の海の向こうから響くその声が反響してゼロの耳に届く。その声はある意味もう一人のゼロのようにも聞こえた。


 そうか、これが死か。

 それもいいか、一瞬そう思った。


 だが、その時声がした。


『この程度か?! 紅神のイーグとして意志を受け継いだのならば、俺の屍を踏み越えやがれ! 過去の存在である俺に負けてどうすんだ?!』


 この声は、マタイの声だ。いや、中にいる『マーク・ガストーク』とやらの声か。

 紅神のファーストイーグ、伝説だった男。


 伝説? 伝説になると言うことは、過去。

 俺は、今を生きている。

 俺は、過去に負けるわけにゃぁいかねぇんだ。

 ようやくはっきりしてきた。

 目の前の相手をぶっ殺す。いや、『屍を超えて』やる。

 それ以外何があるのか。いや、それ以外には何もないのだ。


 それを思うと、急に視界が元に戻り始めていた。

 幻覚だったのだろうか。あの悪夢は。

 それとも、今も夢の続きなのか。

 一度むせた。血が出ている。腹が痛んでいる。どうやらまだ現実らしい。


 現実の様子を把握すると、マタイの尻尾から剣劇が伸び、それを止めようと進み始めようとする空破がいた。

 震える手で再度IDSSにゼロは触れる。

 その瞬間、IDSSの波紋がこれまでにないほどの広がりを見せた。

 甲高くなり始めるマインドジェネレーターの駆動音。右腕にある召還印が熱くなって疼き出す。

デュアルアイに光が灯り、紅神は震えながらも立ち上がる。

 そして、マタイの尻尾から来るブレードをデュランダルで受け流した。

 その瞬間、夜の闇を照らして走る赤い闘気。まるでそれが火花のように美しく散る。

 受け流されたことでマタイは一度尻尾のブレードの展開を納め、


「ち、生きてやがったか」


と愚痴った。

 それに対してゼロは喘ぎながら口をぬぐい、


「簡単に、殺されやしねぇんだよ……!」


と言い放つ。


『ゼロ、大丈夫なの?!』


 さっきと同じ声色が聞こえた。今は何とか思い出せる。

 ルナ・ホーヒュニング、そんな名前だった。ルナの必至な声に対し、ゼロはただ一つだけ頷く。


 そしてここで彼はマタイの攻略法を考えた。

 ヒントは気配だ。奴は確かに俊敏だ。視覚で捉えられないなら感覚で捉えるまで。

 ゼロはすっと目を閉じ、目の前の相手がどう来るかを直観的に判断した。

 行動は横ステップ、ブースター出力は最大、そのイメージを紅神に伝える。

 するとどうだろう、マタイの特攻を避けたのだ。


「何?!」


 さすがにマタイは驚愕をあらわにした。

 それに対する防衛本能のようにマタイは疾走しながら更に尻尾のブレードを伸ばした。二本の筋繊維ブレードが紅神に対して挟み込むように迫る。

 だが、紅神は動かない。

 そして、紅神はデュランダルを一閃する。


 その直後、マタイのブレードを真っ二つに切り裂いた。

 まだ、生きる。諦めずに、生きてやる。

 その思いが、紅神を奮い立たせていることを、ゼロはよく分からなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「お前の力は……底なしか?!」


 マタイは唸らざるを得なかった。

 尻尾の軌道を避けられるどころか斬劇で返されたマタイからしてみれば、これはもうあり得ない光景だったのだろう。

 しかも、先程まで死に体だったはずのこの男には、何故これ程の力が通っているのか。

 面白い男と当たったものだと、マタイには思えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そろそろだろうと、ゼロには思えた。


「てめぇ……もはやパワー残ってねぇんじゃねぇか?」


 その時、一瞬マタイが驚いた顔をしたのを見逃さなかった。

 あの時、着地したときに地面にヒビの一つも入っていなかったとき、仮説がゼロの中に生まれた。


 このアイオーンの図体は精神で出来ている。

 そう考えると、自然に最初から隠し球も一切無しにあれほど攻撃をやってくる理由にも説明が付いた。


 霊的兵器であるアイオーンだったらそれは考えられる。いくら強化したとはいえ人間の魂がそんな巨体を常に支えきれるわけがない。

 五〇メートルもの巨体だ、仮にその巨体全てを精神力で補っているのだとしたら? しかも攻撃のために伸びるブレードも全て精神力が源だったとしたら?

 そうだったとしたら具現化させているだけで一杯一杯になるはずだ。


 つまり、最初から全力でいったのではなく、行かざるを得なかったのだ。短期決戦しか出来ない肉体であるが故に。

 疲れが見え始めたマタイのスピードは明らかに先程より遅い。相手は相当疲れている。叩きつぶすなら今だ。しかし、相手はデュランダルガンモード一発で沈むとは思えなかった。


 ならば、YB-75も使うしかない。

 ゼロはそう思うと紅神の各種放熱フィンを展開させた。

 腕、肩、腰、そして足から展開するフィンから放たれる赤い熱気、その様はまるで紅神が燃えさかっているかのようにも見える。

 その直後、デュランダルの召還を一度解除し粉雪のようにデュランダルをすっと消した後、空破の手に何故か握られていたYB-75を分捕り握り、直後ぶら下がっている電力供給チューブを、YB-75を上に上げ腕の位置と同じ場所まで持ってきたと同時に腰にチューブの接続口を当てて強引にくっつけた。


 マニピュレーターのコネクターにセットされるYB-75。エネルギーバイパスはどうやら問題ないようだが、思いっきり腰を打ち付けながら接続したのが悪かったのか、コンソールパネルに展開された武装情報には弾数一、冷却期間、紅神放熱フィン展開により五秒まで短縮としか書かれていない。

 その上射程、わずか二〇メートル。

 当然二発目はない。余剰電力のほとんど全ての電力をこっちに回すため、一発撃った瞬間バッテリーの半分が一気に吹っ飛ぶからだ。

 だが、その分威力は折り紙付き、もはや博打である。


 そして、なんかギャーギャー分捕ったことに文句たれているルナを尻目にゼロは向かってくるマタイに照準を定めた。

 しかし、ぶれる。本来両手で支えながら撃つことが前提となっている巨大武装であるが故に片手では支えきれないのだ。サイトがぐらぐらと揺れる。

 一瞬のチャンスを待つしか道はない。


 そして、そのチャンスは確かに訪れた。

 紅神に襲いかかろうと飛び上がりつつ体中の毛という毛を剣に変換して剣の固まりとなってマタイは突っ込んでくる。

 月夜に光るその銀光りした体毛がどこかはかなくも美しかった。


 紅神に到着するまでわずか三秒。

 ゼロは、突っ込んでくるそのわずか三秒に賭けた。YB-75の砲身が甲高いうねりを上げ始める。


 3。

 ライフリング回転、チャンバー急激加圧完了。


 2。

 銃口をすぐさまマタイへと向ける。


 1。

 そして、マタイが牙を剥き、紅神へとかみつこうとしたまさにその瞬間、ゼロはトリガーを引いた。


 直後、銃身からあふれ出す光。そのビームの破壊力はゼロの想像を遙かに超えていた。

 マタイがその衝撃によって吹っ飛ばされたのだ。基地のアスファルトに轟音を立ててマタイが倒れる。

 その体は全身に渡って黒く焼け焦げていた。左前足に至ってはもはや筋繊維のみで繋がっている。


 倒すのは、今しかねぇ。


 そう思うと、いつの間にかフットペダルを踏んでいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ラグナロクの時も、似たような衝撃だった。体中が熱い。

 マタイは、ぼやけている目で自身の体を見た。

 銀髪は見事に黒く染まっている。だが、かろうじて動ける。

 ならば、戦う。強引に立ち上がった。


「まだだ……ビーム如きで……!」


 そう言って立ち上がった直後だった。

 気づくのが遅すぎた。マタイの前には、既にあのビーム砲を地面に捨て、デュランダルをガンモードで展開し終えた紅神がいた。

 デュランダルガンモード、折りたたまれたデュランダルから伸びる二本の銃身、その銃口からは赤いオーラがあふれ出ている。

 バカなとしか、思えなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 マタイが驚愕しているのが、ゼロにはよく見えた。

 デュランダルを出力低下型にしたのは正解だった。本来一分三〇秒必要であったチャージ時間が低下したのだから。


 だが、それでもこの機体は確実にオーバーヒートを起こす。しかし、それで良かった。

 いくら低下型とはいえ本来のデュランダルの七割もの出力がある、その上相手は先程の攻撃で直撃を受けボロボロだ。相手を確実に破壊できる。


 とんでもねぇ装備にしやがって。逆にこっちの方がやべぇんじゃねぇのか?


 ゼロはどこか心の奥底で思っていた。

 しかし、機体が暴走する危険性もある。にもかかわらず、この男はこの兵器を撃つというのだ。

 イカレているのだろうと、ゼロは思ったが、それもまた一興だろうと感じる。

 そして、ゼロは喘ぎながら、殺気だった目を浮かべながら、マタイへと言い放つ。


「こいつぁ取って置きだ、もらっとけ……!」


 デュランダルをマタイの口に突っ込んだ後、トリガーを引いた。

 その直後にマタイを完全に貫通して放たれる赤い光の槍、その赤は夜を照らし、炎をもかき消さんばかりの明るさを放つ。

 さすがに零距離攻撃だ。マタイがこれ以上存在できるはずがなかった。

 そして、おおよそ十秒ほど後だろうか、夜を照らした赤い光が消え去っていく。


 それと同時に紅神のコクピットで鳴り響くエラー音。エネルギー切れ、マインドジェネレーターシステムダウン。紅神は力無く、今までの戦いがまるで嘘であったかのように、ゆっくりと倒れるように跪いた。

 そしてゼロもまた荒く喘ぐが、力が入らない。体中から力が抜けていく。手がダラリと、IDSSから離れていく。もはや今の彼には十メートル先も見えなかった。


 しかし、一個だけ分かる。

 目の前にいるのは、もはやぴくりとも動かない焼け焦げたマタイだ。今まで映えていた銀毛は完全に黒色へと焼けただれている。

 もはや戦闘の意志がないのは誰の目にも明らかだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 体中の力が抜けていく。それと同時に、縛っていた何かも消えていく気が、マタイにはしていた。

 何か、懐かしい友人が尋ねてきている。そんな気分にもなっている。


「さすがだ……。さすが……紅神だ……」


 笑っていた。喘いでいるが、笑っていた。

 これでようやく死ねるのだ。


 やっとわかった。

 何故戦うのか? その理由は死に場所を探していたからだ。

 自分を超え、そして殺してくれる誰か、それを探していたのだ。


 なんだ、簡単な事じゃないか。そう思うと、余計に面白く思えた。


「ざまぁねぇなぁ……。ラグナロクの衝撃波を食らって死んじまったなんてよ……。そのくせに紅神だけは半壊しつつも無事だった……。そして、死んだ魂は……『ジン』によって選ばれ……やがて……俺は魂すら……人でなくなった……」

『『ジン』……?』


 空破に乗ったイーグがその言葉にやたらと反応した。何故かその言葉を聞いた直後に悪寒が走ったのだろう。証拠に声が少し震えている。

 あれにコンダクターが乗っているのだろうと、マタイは思った。


「いずれ、分かるさ……」


 そう言ったとき、急に古い友が尋ねてきたのを感じた。


 死という名の、友。

 いずれ死ぬ。それは自然の摂理だ。その自然の摂理に、自分はまた帰るのだ。


 ゼロ・ストレイ。紅神乗りとしては、自分よりも上であるように感じた。

 こんな男と最後にやりあえたのだ。悔いなど、ない。

 月が広がっている。視界が白く染まった先で、仲間が杯を交わしている。自分もまた、人の姿に戻っていた。


 ここでいいか。


 マタイにはそう思えた。

 何か言った気がするが、思い出せない。

 思い出さなくていいと、マーク・ガストークには思えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 マタイの体が風化する。灰へと変わっていった。


 モルに会ったらよろしく伝えてくれ。


 そんな言葉が、マタイの最期の言葉だった。

 同時にアイオーンも消えた。

 夜の基地に風が吹く。その風と同化するように、その灰もまた宙へと消えていく。

 それを見ながらゼロは、どこか感慨深い思いで言った。


「死に場所提供した駄賃くれぇ、払いやがれ……」


 ゼロらしい、霊に向けた言葉だった。

 そこで、彼の意識はぷつりと消える。

 それ以降何が起こったのか、そのことを彼は知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る