第十話 「awakening angels~十二使徒の覚醒~」(3)-1

AD三二七五年六月二七日午前一時三五分


 言葉が出なかった。最初の印象を言うとそうなる。

 あらゆる意味で常識外れな体をしているアイオーンが目の前にいる。ゼロは、その光景に唖然とするより他なかった。

 全長約五〇メートル、全高約一〇メートルの四足になっているアイオーン。

 四脚型アイオーンは今までに下級アイオーンの『マルクト』が確認されている。

 しかし、このタイプは、明らかにマルクトではない。第一マルクトはこの五分の一程度の大きさしかない。


 否、確か前に一度だけあった。

 四脚で移動する獣のようなアイオーン。

 獅子と狼を合わせたかのような姿を持ち、サイズはこれとほぼ同質。

 聖戦時に殲滅に追い込めそうでいて追い込めなかった存在。

 その名は、十二使徒、マタイ。


 プロトタイプの検索データベースがその情報をはじき出した時、この戦場にいるプロトタイプのイーグ達は愕然とした。

 聖戦時に半分撃破することに成功したことは伝説として語り継がれている。

 しかし、その残り半分のうちの一体が今ここにいるのだ。

 たった一体で聖戦当時のM.W.S.大隊を全滅させたとすら言われている存在だ。

 その存在が、アイオーンが再現して十年目にして、再び地上に姿を見せたのだ。

 ぴりぴりとした空気が機体に乗っていても響き渡る。

 が、そんな雰囲気がお構いなしなのか、目の前の巨大アイオーン-マタイは大声で愚痴り始めた。


「だーっ! やっぱ納得いかねー! 久しぶりの地上だってーのに何でこんな戦場のど真ん中に出なきゃなんねぇんだ、ちくしょうめ!」

『あ、アイオーンが、変なこと言ってる……』


 整備デッキからレムが呆れた声を発する。


『というかこんなに口の悪いアイオーン初めて見たわ……』


 ルナは思わず人差し指で眉間を押さえ


『む~……』


と悶絶し始める程だ。

 両人の言うことは全く持ってその通りだ。

 確かに人語を解すアイオーンは今まで何例も報告されている。

 しかし、これ程にまで口の悪いアイオーンはそういない。


 だが、そんな愚痴を一つ言い終えた瞬間、アイオーン特有とも言える威厳に満ちた雰囲気へと変わる。

 コンダクターの気配でも感じ取ったのだろう。


『コンダクター、か……。アイオーンと同化してみる気分はどうだ、人間よ』


 一瞬二人の言葉が詰まった。

 確かにアイオーンと『同化』しているのかもしれない。

 しかし、それでもなお、彼女たちにはただ一つだけの、信念がある。


『自分は自分だ』


 あの二人はそう言った。それでこそ見込んだだけのことはあると、ゼロも思うほどだ。

 それに思わずマタイも納得したかのように一度首を縦に頷く。


「そうか。強ぇなぁ、あんたら。粋だねぇ」


 カブキ者のような台詞を一つ吐く、そんな男がそこにはいた。

 この男が、今アイオーンでなかったとしたら、いい友になれたかも知れない。

 ある兵士はそう思ったという。

 だが、目の前の人物は敵だ。叩きつぶすのみ。

 それを感じたからか、マタイは背骨の部分を浮き上がらせ、目の前にいる相手に食いつかんばかりの殺気を漲らせる。


「故に、撃滅する」


 そうマタイが言った直後だった。


「さっきからコクピットでピーピーうっせぇんだよ、警告が。さっさとぶっ潰すぞ」


 一歩前に紅神を出したが、今のゼロはボロボロだ。右肩が動かす度に痛む。息も上がっている。


 最悪だ、今日はついてねぇ日だ。


 心の中でそう愚痴ってからデュランダルを展開した。

 だが、その姿を確認したマタイは、驚いたように呟く。


「紅神だと……?! まさか残っていたとは……」

「あぁ?」


 ゼロは唸らずにはいられなかった。それに反応したのか否かは分からないが、マタイは口を開く。


「その機体は、人間だった頃の俺が乗っていた。もっとも、『聖戦』の時の面影なんぞ上半身以外残っていないがな」


 その言葉には、戦場にいる誰もが絶句していた。

『聖戦』の時、伝説と呼ばれた者達がいた。

 現在は『プロトタイプ』と呼ばれているエイジスのイーグ達、その数、実に百人。

 その中でも伝説と称されている人物が十人いる。型式がXA-001から010までのエイジスに乗っていた、最も長きにわたり聖戦を駆け抜けた者達だ。


 アレックス・フォールディングス。

 ライン・アオイ・コバヤシ。

 板垣勇。

 モルフィアス・バーシュカイン。

 レナ・リヒト。

 マーク・ガストーク。

 ガイア・スクード。

 高杉鉄之助。

 アフマド・ウォード。

 アリーナ・ヴェイグ。


 その中で紅神に乗り合わせていた人物、それがマーク・ガストークだ。

 総撃破アイオーン数、のべ二八〇体。プロトタイプが開発され戦場に出て、アイオーンレーダーの装備もままならない機体でありながらたった六年でこの数値は伝説と呼ぶに相応しい値だ。

 そう、元最強の紅神乗りにしてファーストイーグ、それが彼だ。

 そして、その人物は、今姿を変え、目の前にいる。

 こんな因果的なことがあるのだろうかと、ゼロは思わずにはいられなかった。


「懐かしい、そうとしか、今の俺には言えん」


 感慨深そうに、マタイが言った。

 その直後、彼は目つきを強め、目の前の相手へと闘争本能を剥き出しにする。


「だからこそ、俺は苛まれる過去と共にその機体を潰す! 現紅神イーグよ、一対一の真剣勝負を所望する!」


 マタイは足の爪を展開した後、関節から巨大なブレードを出現させた。

 さすがにそうまで言われると黙っちゃいられないのがゼロの性格だ。

 それに、相手が名指ししてきたら答えるのが礼儀だ。

 もちろん、剣で。


 ゼロは紅神にデュランダルからオーラブレードを出すよう指示した。

 巨大ライフルを上下に付けたような特殊両刃銃剣『デュランダル』、その先端が、燃える。

 ゆらりと赤い炎が燃える。さながらゼロの闘志を表しているかのように。

 その覇気に答えるかのように、マタイはこれまでにないほど大声で相手に名乗りを上げた。


「覚えておくがいい、今の名にしてかを潰す者の名だ! 我は十二使徒が一人、マタイなり!」


 マタイはその直後、獣の咆哮を上げた。大地が振動するような雄叫びだ。

 それに答えるようにゼロもまた、声を上げ、名を宣誓する。


「ゼロだ、ゼロ・ストレイってんだ。覚えとけ」


 紅神はデュランダルを回転させた後、再びマニピュレーターにその剣を握る。

 ゼロはすうと一息吐いて呼吸を整える。

 高鳴る心臓の音。

 それと同時に広がる敵への高揚感、それが今の彼を支配していると言っても過言ではなかった。

 ゼロはデュランダルを、マタイへと向けた。

 いつも示す、彼なりの礼儀だ。

 しかし、他の連中からすれば彼らの行動は理解しがたいのだろう。

 それ故に数機が銃口をマタイへと向ける。

 一人で殲滅できるわけがないと思っているようだ。

 マタイはその様子にうなりを上げる。


「邪魔をするな……。これは俺とこいつとの真剣勝負だ。関係ねぇ奴はすっこんでろ!」


 そう言った瞬間、マタイの後ろにいたアイオーン達が戦闘準備に入った。

『知彗』の名を持つアイオーンのレーダー係『ホクマー』を中心に、格闘戦重視型重装甲タイプにして『力』の名を持つ『ゲブラー』、そしてそれをサポートする形で機動戦重視型にして『勝利』の名を持つ『ネツァーハ』が全部で三十。

 要するに牽制にして足止めだ。動き次第こちらも黙っちゃいない、そう言うサインである。

 これでは迂闊に手を出せない。紅神とマタイとの勝負を見守るしか手はない。


 しかも事ここに来て、華狼側が突如撤退した。

 叢雲からの通信で、相手方の母艦が攻撃を受けているらしいとの通信を傍受したと連絡があった。


『全機、急いでホームに戻れ!』


 男の声が東雲の外部スピーカーを伝わって響いている。

 その直後、一斉に反転して撤退していく華狼軍。その撤退はなかなかに鮮やかだったと、ゼロは唸った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アイオーンが攻めてこないか。それがルナにとっての気がかりの一つだった。

 幸いにしてマタイは紅神に付きっきりだ。マタイを倒して全アイオーンも消えるならありがたい。

 しかし、あのマタイという獣、あの時フラッシュバックで見えたあの画像と全く同じ獣だ。

 それにゼロの紅神は蹂躙されるのか?


 お願いだから、死なないで。


 ルナは一つ、コクピットの中で祈っていた。

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