第十話 「awakening angels~十二使徒の覚醒~」(3)-2

 辺りには不気味な静寂が築き上げられている。

 悪くないと、ゼロには思えた。勝負をする前にはうってつけの状態に思えるからだ。

 そろそろ仕掛けてくる頃だと、ゼロは感じる。デュランダルを構えた。

 マタイはその様子にニヤリと笑った後、叫ぶ。


「滅せよ! 俺の過去と共に!」


 それをゴングとして戦いが始まる。

 マタイが巨体に見合わぬほどの早さで大地を疾走する。

 マタイの速度は常軌を逸脱していた。

 レーダーがついて行けていないのだ。

 頼れるのは己の直感と紅神の機動性のみ。


 しかし、今のゼロはとてもではないがまともに戦闘できる状態ではない。

 胃がドロドロする、肩はもげそうなくらい痛い、視点が微妙に定まらない。

 その時、警報。

 マタイの初撃だ。

 マタイの後ろに生えていた二本の巨大な尻尾が急激に伸び、柔軟な『剣』を作り出している。

 その伸縮自在の筋繊維で出来た巨大刀が紅神に襲いかかる。

 紅神はそのブレードの来る場所から飛び立って回避する。

 当たった大地が砕け散り、砕けたアスファルトが轟音を立てる!


「今のを避けたか。やるな!」


 マタイは紅神の周囲を旋回しつつ楽しそうに言う。

 元々このコアとなっていた人物はそういう性格だったのだろうと想像するゼロだが、そんな彼の感傷を無視して襲いかかってくるのがマタイだ。

 今さっきのはほんの冗談だったらしく、一気に攻勢を掛けてくる。

 その動きたるや、残像が見えるほどだ。


「なんつー野郎だ……」


 ゼロは辟易とした表情を浮かべながら紅神を少し引かせオーラシューターを一発射出する。

 当然牽制目的だ。

 一瞬避けるマタイ。

 そして、その隙に接近する紅神。

 しかし、接近しようとしても離されるだけだ。

 いや、相手はこの事を知っているのだ。紅神では接近できないと言うことを。


 強襲能力特化機体である紅神には確かに充分すぎる機動力が与えられている。

 通常であれば充分に接近できるだけの機動力だ。それ故に接近戦において超絶的な破壊力を持つ試作型銃剣式武装『YAGB-062「デュランダル」』が与えられた。そして今はつい昨日導入された改良タイプのデュランダルが握られている。もっとも、もう改造が何代目かはよくわからないが。

 これだけで充分なはずだった。

 だが、相手の速度が音速を軽く超えるような機体との戦闘までは対応できていない。

 いや、そもそもM.W.S.やエイジスと言った機体の特性を考えた場合、このような戦いは想定外と言っても過言ではない。


 要するに相手は遊んでいるのだ。

 ゼロは腹が立ったが事実なのでしょうがない。これから戦いをどうするかだ。

 ゼロは寄ってくる相手の足下に向けてオーラシューターを一発放った。

 砕け散るアスファルト。

 再びそれと同時に接近する紅神。


 止めりゃいいんだろ!


 確かにその考え自体は当たっていた。誰しもが使う手段であり、今回の戦闘においても既に三回も使用されている常套手段の一つだ。

 だが、それは大いなる誤算だった。この手段は、霊的生物兵器であるアイオーンには通用しないのだ。

 虚を突かれたのは紅神だ。

 先程砕け散ったアスファルトから雲隠れのように移動したマタイは気づけば紅神の目の前にいる。


「何?!」


 ゼロは額に嫌な汗が浮かんだのを感じた。

 その瞬間、マタイは紅神の左腕にかみついていた。まるで動物の骨を食いちぎるように腕を思いっきり引っ張る。

 その時、関節部から火花が散り始め、血のように人工筋肉の冷却液が流れていく。

 そしてなんということはなく、あれだけ堅い天然レヴィナス製装甲の腕を引きちぎった。

 呆然とするゼロ。

 それと同時に機体とのリンクが離れた左腕はすうと粉雪のように消えてゆく。


 そして更に追撃。

 マタイは前後の足からもブレードを出し、それで紅神を斬りつけた。

 狙いは肩関節。

 右肩狙いだったが、それは何とか避けた。

 しかし右肩の装甲は持って行かれた。右肩装甲の一部がまたも消える。

 その後すぐさま後退する紅神。

 そしてゼロは一度動きを止め、呼吸を整える。


 息が上がっている。

 こんな戦い、久しぶりだ。正直きつい。

 その時またもや警報が響く。

 再度接近してくるマタイ。


 どうする?!


 ゼロは一瞬戸惑う。

 だが、今は避けるしかない。

 あの大質量体だ。当たったら一溜まりもない。

 ゼロは思いっきりフットペダルを踏み込み、回避した。

 するとそこは、紅神の射程範囲内。

 ゼロは飛びかかってくるマタイにタイミングを合わせ、紅神を少し屈めると、そのまま地面を這うように疾走。

 そして、マタイの下をすり抜ける寸前にデュランダルでマタイの左足を切り裂いた。

 それにより一瞬苦悶の表情を示すマタイ。

 ゼロは紅神をマタイの後方三〇メートルに滑り込ませるように位置に着いた。


 多少はこれで有利になるだろう。

 そう思っていたが、甘かった。

 マタイは器用に三本の足で地面に着地する。

 その直後、まるでガラスの破片のような何かがマタイの周囲に集まっていき、無くなった左前足を再度形成していく。


「やっぱダメか……」


 ゼロは一度頭を抱える。

 確かに甘く考えていた。

 相手はアイオーンの中でもトップクラスの実力だ。再生能力くらい持っていても不思議ではないのだ。

 気づくのに遅れた。


 しかし、同時に奇妙だとも思った。

 あれだけの巨体が実体化していれば、アスファルトにヒビの一つでも入るだろうが、それが全く見受けられない。

 何故だ。

 しかし、ゼロが疑問を感じても、またマタイは疾走してくる。

 相対するゼロは、いつ死ぬか分からない極限の状況下で、チャンスを待つしかなかった。

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