第十話 「awakening angels~十二使徒の覚醒~」(2)-1

AD三二七五年六月二七日午前一時二五分


「どうする……?!」


 レムはホーリーマザーのコクピット内で喘いでいた。

 相当自分の体力を消耗していた。額から汗がにじみ出ている。ヘルメットすら脱ぎ捨てていた。

 状況が逼迫していた。

 地上への通信手段はない。しかも先程からコクピット内で警報が鳴り響き続けている。


 コンソールパネルには自機の簡単な構成図が描かれているのだが、もう気付けば普段は白で構成されているはずのグラフィックが一部を除いて真っ赤に染まっている。

 要するに負荷を掛けすぎたのだ。紙一重で何度かかわしたもののそれがまずかった。

 左腕アクチュエーターや人工筋肉などのシステムは通常の二五%しか機能しておらず、ブレードライフルへのエネルギー供給もままならない。

 最悪の状況とはこれを言うのだろうと、レムは思っている。


 しかし、東雲は攻撃の手を緩めない。

 変形して戦闘機形態へとなった後、ホーリーマザーに突撃してくる。

 その突撃する最中、サブウィングとして装備されている曲舞にオーラが宿り始めた。

 蒼きオーラ、そのオーラが月光に照らされて神々しさに磨きを掛ける。

 相手の速度、実にマッハ二.五。

 しかも相手との距離、僅かに一五〇メートル、回避不可。

 レムは左腕のT-09ブレードライフルの出力を最大にしてその攻撃を受け止める。

 だが、相手は推定六三.一トンもの大質量体だ。ブレードライフル一本で支えられるほどの存在ではない。

 レムは機体のブースターをフルスロットルにして東雲の突撃予想地点より僅かに上方へと移動し、曲舞とブレードライフルを交差させる。


 蒼のオーラが互いに接し合いプラズマのような光を放ち、夜を照らす。

 そしてホーリーマザーは再び離れた。


 だが、離れたその直後だった。

 ブレードライフルの刀身が真っ二つに折れたのだ。

 しかもそれと同時についに左腕が限界を超えた。

 アクチュエーター破損、左腕使用不可。

 それが現在の状況だ。

 推進剤は残り一五%、機体もいつまで持つか分からない。


「ここまでか……!」


 レムは悔しさをにじませながらギュッと唇を噛んだ。

 しかし、その時だった。


(レム、少しの間、指だけ借りるわよ)


 頭に透き通った声が響く。セラフィムの声だ。聴覚を介さず脳に直接話しかける、それがセラフィムの意識伝達手段だ。少し慣れたとはいえ、まだ奇妙な感覚に陥る。

 すると、突然レムの両指の感覚がなくなった。まるでそこから先だけがすっぽりと消えてしまったかのように。

 その指は本人の意志とは無関係にコンソールパネルをタッチした後、この機体のセットアップメニューを開く。

 そしてその瞬間から、その指は驚異的なスピードで動き出した。


(左腕アクチュエーター、システムカット。脚部制御システム、スラスターと最低限の物以外クリア、オートバランサー機能を三〇%まで限定。その分の余剰エネルギーは全てマインドジェネレーター並びにスラスターに電力供給。左腕召還解除。バランス変更。バランスリペア、完了。システム調整、確認! エラーメッセージ?! そんなの知った事じゃないわ、全部承認!)


 セラフィムは信じられないほど熱くなっている。その上エイジスのセットアップまでやってのけたのだ。

 しかもやたらと思い切ったことをする。


 要するに無駄なシステムを全てカットしたのだ。それによりバランスは滅茶苦茶になる。

 だが、おかげでブースターやスラスターに回せる電力分が増えたことで推進剤の消耗は激しくなるものの、今までより遙かに優れた機動性を生むことが可能となる。

 こんな事が出来るセラフィムとは一体何者なのか?


 というよりあんなに興奮したセラフィムがまさかいるとは思わなかった。もう少し清楚なイメージかと思っていたが意外にも大胆なようだ。

 これ程にまでM.W.S.のシステムに詳しいということは、元々整備士かなんかだったんだろうと、レムは自己完結する。

 そして、再度フットペダルを踏み込んだ。


 耐Gスーツ越しに伝わってくるG。それが今のレムを包んでいる。

 今まで二年間、この機体を扱ってきたがこれ程にまで激しいGを感じたことはない。

 速度計を見てみるとついに機体の速度は音速を超えていた。

 これなら今までより何とかなる。

 レムは自信を漲らせ更にフットペダルを踏み、相手の攻撃を避け続け、カウンターを狙うこととした。

 チャンスが来るはずだ。

 そう思いながら。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その危機は一本の通信から舞い込んできた。

 叢雲の周辺に張り付いていた敵機を撃滅している最中に緊急通信として空破のコクピットに舞い込んだのだ。


『フレーズヴェルグへ、ソードダンサーの機体ダメージが深刻です! 救援を!』


 ソードダンサー、レムのコードネーム。

 それを聞いた瞬間、一瞬だがルナの背筋が凍った。

 その直後ダメージ状況のデータが送られてきたが、そのダメージの深刻さは想像を遙かに超えていた。

 レムの機体であるホーリーマザーの装甲はただでさえ薄いのだ。これ以上ダメージが蓄積されればどうなるか分かったものではない。

 しかも相手はプロトタイプと来た、それも空戦重視型。自分の機体では僅かな時間しか空中戦はできない。

 自分が行っても状況は変わらない。


「どうする……?!」


 ルナは一瞬迷う。

 だが、機動性のある相手は一瞬でもいいから止まらせればいい。

 そう思った瞬間に思い浮かんだ手は、地上からダイレクトで援護射撃を行うという物だった。

 何か空中まで届く射程を持つ武器……ある。

 たった一つだけ、ある。


「YB-75を要請します」


 ルナは叢雲にそう返答した。


『了解、整備デッキへ繋ぎます』


 オペレーターの顔がモニターから消えて代わりにウェスパーの顔が表示される。


『おい、ルナ、お前本気か?!』

「グリップもプロトタイプ用に換装済みでしょ?! ならやってやるわよ!」


 紅神に装備するからと言ってこの装備のグリップはプロトタイプ用に換装済みだったはずだ。

 しかし、紅神はデュランダルを発射するだけのエネルギーがあるが、空破にはそれほどのエネルギーはない。


 しかし、ルナは本気だった。こう言う時冗談は絶対に言わないというのが、自分の性分だからだ。

 だからか、ウェスパーは渋々とOKの返事をした。

 それからすぐ後、空破の近くに巨大な輸送車が着いた。

 その輸送車には大量のバッテリーとYB-75がセットされている。

 上空一〇〇〇メートルクラスの場所までビームのエネルギーを持たせるためにはこれ程の電力が必要なのだ。その電力量、実にM.W.S.三機分のバッテリー最大量に匹敵する。


 空破はYB-75を掴むと各部を解放して冷却態勢を整える。

 その後照準を空中へとあわせた。

 ルナはコンソールパネルに表示されている内容を確かめる。

 弾数は一発。次弾発射までに掛かる冷却時間は三十秒。


「出来る限り精密に射撃しないと……」


 ルナは一度、深呼吸をした。


「出力上昇、ライフリング回転開始」


 AIがそう言った直後、YB-75の銃口に光が集まっていく。

 そしてAIは一言


「射撃可能」


といった瞬間、ルナは叫ぶ。


「いけええええええ!」


 その叫び声に呼応するかの如く、その光は遙か上空へと雲を突き抜け進んでいった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「下より高熱源体接近。ビームです」


 東雲のAIがヴォルフに危機を促した。

 やばい。

 ヴォルフは機体のフットペダルをこれ以上踏めない段階にまで踏み込んでその光を避ける。

 避けた、確かに東雲はその攻撃を避けたのだ。

 しかし、それが仇となった。


 気付けば、あのエイジスは目の前で銃剣を振り上げていた。

 一瞬でいいから止まらせればいい。機動性のある機体に対しては最も有効な手段だ。

 一瞬起こる反応速度の鈍りにイーグはつけ込んだのだろう。

 曲舞を出そうとしても間に合わない。

 ヴォルフはすぐさま敵機の攻撃から回避することを選択したが、腕を一本やられた。

 機体に振動が伝わる。

 しかもさっきの攻撃を必至になって回避したおかげで推進剤が底を突きそうになっている。

 このままではまずい。

 ヴォルフは下にいる小隊に撤退の準備を始めるように促した後、機体を少し降下させた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 喘いでいた。敵機が去っていく。

 上空には何の敵の反応もない。そう思うと、急にレムは腕の力が抜けていくのを感じた。

 直後、強制的に通信システムが立ち上げられた。

 遮断していたのを解除されたようだ。

 それに、何故か安心している自分がいることにレムは気付いた。


「ソードダンサーからホームへ。少し機体の破損状況が激しいンで一度帰還して補給するよ」

『ホーム了解』


 それだけで通信を切った。


「オートバランサー、システム復旧。T-09召還解除。余剰電力、下半身に集中。オートパイロットモードに移行、帰還する」


 レムはそうだけ告げて機体の制御を全てAIに任せた。

 震えている。その震えを抑えるだけで、今の彼女には精一杯だった。体を押さえつけるように、自分を抱いた。

 怖かった、正直に言うとそうなる。

 そして、負けた。レムは素直にそう思った。

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