第十話 「awakening angels~十二使徒の覚醒~」(1)

AD三二七五年六月二七日午前一時二一分


「攻撃してる奴がいる?」


 ロックは思わず唸らずにはいられなかった。

 ECMポットの装甲に破損箇所確認。

 規模は小さいようだが、アンチM.W.S.ライフルを使って狙撃しているとしか思えない。


 気に食わん。


 ロックにとっては不協和音にしか聞こえなかった。

 不協和音は消し去らなければいけない。自分が音楽家ならなおさらだ。

 彼はこの戦場を会場と捉えている。観客は炎、楽器は銃撃音とつんざく金属音、そして中心で指揮しているのは自分。ならば指揮者として不協和音を消すのは観客のためだ。

 ロックはセイレーンに装備されていたオーラランサーを展開する。

 暫く高みの見物状態だったのだ。そろそろ出てきてもいい頃だ。

 スコーピオンに乗った雑兵共は想像以上に踏ん張っている。


 だが、いずれ全員死ぬのだ。奴が介入してくるからだ。

 逃げ場のない人生、せいぜい楽しめ。その人生一つもまた楽器だ。


 ロックはフットペダルを踏み込んでECMポットが浮遊している地点へと機体の足を運んだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「やっぱりしぶといわね……」


 アリスはボルトアクションを一度した瞬間に愚痴った。

 残りカートリッジ数は一、しかもそのうち半分は既に消耗した。

 残り僅か三発。さすがに焦りが見えた。

 さすがに夜間でライトもなく、その上スコープ使用不可の状況で三〇〇メートル離れた移動物体にワンホールショット出来る程の腕を持つ人物などそう簡単にいるとは思えない。


 アリスはハウリングウルフを担いでビル伝いにジャンプして移動する。

 幸いにもここは兵舎だ。屋上など安易にいける上、密集しているためジャンプしても余裕で移動できる。

 アリスはある程度距離を取ってから、再び寝そべりハウリングウルフを地面へと置く。

 銃弾を装填する。そして一度深呼吸をした後、九発目の射撃態勢に移る。


 肩が攣りそうになる。いくら衝撃吸収用のショックアブソーブをこれが付けていても、本来二人で運用する物を無理矢理一人用にして、しかもこれだけ連続で打ち込んでいるのだ。さすがに痛くなってくる。


 直後、突然突風が吹いた。目の前に現れた漆黒の巨体。手にはランサーを持っている。

 確か、セイレーンとか言う名前の機体だったか。ECMポットを出したのはこの機体だ。さすがに損傷状況とかをチェックしていたのだろう。

 その鋼鉄のボディで包まれた巨体を見たとき、アリスは一瞬だけ脳の中が真っ白になった。

 慣れたはずだったがやはり人間の持つ先天的恐怖はぬぐい去れないのだろう。巨体故に感じる恐怖心だ。

 アリスは移動しようとするが、とてもではないが人間がエイジスから逃げるなど不可能に近いし、ここでレイディバイダーを召還しても起動途中に間違いなくやられる。

 八方ふさがりとはこのことか。アリスはふとそう思う。


『不協和音は始末する』


 目の前のエイジスが外部スピーカーを使ってアリスに言った。どことなく、声の雰囲気は冷たい。

 アリスは一度舌打ちした後、すぐさまハウリングウルフを起こし、床に伏せて撃つのが原則のこの武器を両手で無理矢理抑え、そして、セイレーンに向けて一発放った。

 肩に思いっきり反動が来る。しかも今、自分の肩は間違いなくイカレた。指の感覚が全くなくなったのだ。

 そして弾丸はセイレーンを貫くことなく弾かれた。

 それに対し目の前のエイジスのイーグは呆れたように『それで潰せるとでも思ったのか?』と言った。

 だがしかし、アリスはと言うと、不適にニヤリと笑った。


「いや、これでいいのよ、これでね……」


 イーグはいぶかしんだだろう。

 しかし、その直後セイレーンの横で爆発が起こった。

 跳弾した先に、ECMポットがあるのだ。

 最初からエイジスを貫こうとは考えず、あえて跳弾させECMを破壊する。

 こうすればフェンリル側も状況は同じだ。しかも三機とも行動がバラバラだ。指揮系統が成っていない。

 となれば蹂躙するのは簡単だ。これで半分は勝利が決したと言える。

 だが、そこまで考えて、アリスは思考が止まった。

 肩が痛み出した。ハウリングウルフを思わず地面に落とす。

 その上相手は咆哮を上げながら自分に緑の気が刀身を覆っているオーラランスを突き立てようとする。


 あ~あ、こりゃ死ぬわ。やりたいこと、もう少し色々とあったんだけど、ま、いいか。


 アリスはあっさりとそう思った。

 どうせ死ぬならと、脳にあった不安要素の一切を削除しようとした、まさにその時だった。

 何かロケットが飛んでくるような音がした。

 その直後、セイレーンが突然刃を納め、すぐさまその場を離脱する。


 直後、彼女の目の前を巨大な何かが通っていった。

 そして遠くの方で爆発する。

 その時の爆風による衝撃がアリスを襲う。

 頭を抑えながら寝そべり屋上の縁をガードとしてその爆風に耐える。

 やはりロケット弾だ。


 そして、こんな武器を使う奴などこの戦場には確か奴しかいない。

 爆風が収まった瞬間、アリスは立ち上がって横を見る。

 アリスの予感は的中した。

 そこには発射済みのパンツァーファウストを片手に持った不知火がいた。

 もう『ご都合主義』としか言いようがないほどドンピシャなタイミングでの登場だ。

 こればかりは半分アリスも呆れた。

 だがそんなアリスの思いをよそに不知火はパンツァーファウストを捨てた直後、BHG-012Hを両手で持ち一斉にセイレーンへ向けて銃弾を発射した。

 響き渡る轟音にアリスも耳を塞ぐ。


 この近距離であの超大型ガトリングガンの銃声には耐え切れん。耳を塞いでいても銃声と空薬莢の落ちる振動が響いてくる。

 しかしセイレーンはその機動性でもって旋回しつつそれを避ける。

 もとよりブラスカも当たらないことくらい分かっているようだ。どうやらアリスから敵を離すための行動のようである。

 そしてある程度距離が離れたところで一度BHG-012Hを片手持ちに変更し


『やらせはせぇへんで』


と、ブラスカはセイレーンのイーグへと言いはなった。


「あんたあたしを難聴にする気?!」


 アリスにしては珍しく不知火に乗っているブラスカへと吠える。


『しゃーないやろ、これ以外手ぇあらへんかったんやから』


 まぁ確かにそうだ、反論はない。

 しかし、かといってやはりこれだけ激しい音をやられると耳が痛くなる。


 中耳炎になったら医療費全額請求した上来月の給料五割カットしてやる。


 アリスは心の中でそう愚痴りながらもレイディバイダーを召還して、撃破することとした。

 兵舎を押しつぶして現れた真っ赤に塗られた砲撃戦闘用エイジス『BA-08-Lレイディバイダー』、それが彼女の愛機だ。

 すぐさま起動を終わらせた後、敵機の位置を確認する。

 生き返ったレーダーに表示される敵機、前方に一機。

 しかしその直後、一発のミサイルが不知火とレイディバイダーに向かってきた。

 二機は瞬時にブースターをふかして回避する。


 その後、そのミサイルは地面に着弾し、その大地を抉った。

 アリスはレイディバイダーをそのミサイルが発射された方向に向かせた。

 そこには確かにいたのだ。

 一機だけ、形も、そしてパイロットの覇気も違うオーガー。

 コクピット越しにも伝わる殺気、そして、十字架に浮かぶドクロのエンブレム。

 ウィドゥメーカー・バート。

 その異名を持つ者の愛機が、レイディバイダーの向いた方向にいた。


『なかなか面白いショーだった。同じスナイパーとして勝負を願おう』


 光学レンズを最長距離までズームしてようやく確認がとれるような場所から通信が聞こえる。

 どうやら相手は相当スナイパーとしての腕に自信があるようだ。

 もっとも、腕がなければ異名などない。

 実際兵士の間で彼の名を知らない者はいない。そう、言うなれば『エース』の一人である。

 そんな人物と相対するのだ。普通の人間ならば少し緊張するのだろう。だが、不思議とアリスはそう言うことはまるで動じない。

 昔から、割とそうだった。

 肩が痛いがまぁ耐えよう、なんとかしよう。まぁそれでも充分厄介なことになりそうだけど。

 アリスはふと、あっさりとそう思う、ただそれだけだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 リュシフェルの打撃力は正直ルナの範疇を超えていた。

 まず一発目は肩の装甲狙いだ。

 避けたと思っていたが信じがたいことに肩装甲の一部がもげていた。

 その後第二撃、腕の付け根狙い。

 そればかりは当たるわけにはいかないためブースターを使って避けた。

 すると目の前の機体は大地を蹴り上げ、瞬時に移動、空破の目の前に立つ。


 殺られる。


 そう思ったが相手はエイジスにとっては無理難題とすら思えるハイキックを空破の頭部へと目がけて放ってくる。

 するとルナは空破のオートバランサーをわざとカットして転ばせる。

 大地に響き渡る振動とコクピット全体を包まんばかりに響き渡る轟音がルナの体に衝撃を与える。

 だが、これで避けられた。

 その後すぐさま機体のバランサーを復旧させた後、一度距離を置く。

 そこで一度大きく深呼吸をする。

 相手は想像以上だ。無理難題とも思える動きを連続で決めようとする。


 とち狂った人工筋肉作ってくれたわね、フェンリルの奴らは……!


 ルナは心の中で愚痴った。

 どうせスコーピオンかと思っていたが、内部から徹底的に変えているらしい。前に内通者が持ってきた情報曰く、エイジスとM.W.S.の合いの子として完成した機体だと言うが、本当に無茶苦茶な物を作ってくれたと、呆れるより他ない。


 しかし、それ以上にルナを呆れさせる要素がある。

 相手が自分を殺す気がないのだ。というより、誰がどう見ても手加減しているようにしか見えない。

 先程空破を自分が転ばせた拍子に追い打ちが来るかと思ったら全くそのそぶりを見せない。

 間違いない、自分は遊ばれている。

 そう思うとルナは無性に腹が立った。


 しかしあの機動性だ、接近戦で勝負を挑む以外に手段はない。

 しかも相手はシールドナックル、ゲイルレズを放っても防御されるのがいいオチだ。

 ここまで来るともはや己の腕以外に信じる要素は存在しない。

 だからルナは気合いを入れる意味でヘルメットを後部ポットに脱ぎ捨てた。

 そして一度両方の頬をぴしっと叩いて気合いを入れる。


「闘魂注入、完了!」


 そう言い終わった瞬間、ルナは不敵に笑った後、空破の人差し指一本を立てて自分の方へとその指を動かす。

 つまり、『掛かってきな』と挑発したのだ。

 それが相手にとっては余程屈辱的だったのだろう。ブースターを最大限にふかして突っ込んできた。

 するとルナはゲイルレズを取り出して下部に付いていたグレネードランチャーを一発、突っ込んで来るであろう予測ポイントへ向けて射出した。

 それにギョッとしたのか相手はシールドナックルを展開して防御を固める。


 その爆風によるダメージなど無いことは百も承知。あくまで狙いは足止めだ。

 爆風と同時に跳ね上がるアスファルトの塊。それが大量にあった場合、相手は進軍するのに一瞬躊躇する。

 それを狙った攻撃だ。

 相手が気付いた頃には、既に自分は目の前にいるのだ。

 空破はオーラブラストナックルを展開し、胴体に狙いを定める。

 なるべくコクピットは避ける。

 そう思っていたはずが、その刃は胴体ではなく肩に向いた。

 そして削れるリュシフェルの肩部装甲。

 その後思わずルナは後退する。


 背筋が凍らんばかりの信じられないほどの殺気、それが機体越しにも伝わってきたのだ。

 ルナの額に冷や汗がにじみ出る。

 その殺気が狙いを鈍らせた。

 ルナは一度頭を振って頭を冷やす。

 そして再度呼吸を置く。

 相手はまだ健在だ。


 だが、何故だ? 何故仕掛けてこない?

 狙っているのか?


 いや、違う、相手は仕掛けることが出来ないのだ。

 まるで苦しんでいるかのように、突然リュシフェルのオーラの揺らぎが小さくなり出したのだ。

 それにルナは思わず叫ぶ。


「エミリア姉ちゃん!」

 その声の直後、少しだけ、ノイズ混じりの声だったが、聞いたのだ。


『ルナ?』


と、前の機体のイーグが言ったのを。

 しかし、それを確かめる余裕もなく、突然リュシフェルは後退を始めた。

 追おうかと思った、しかし、それどころではなかった。

 今は味方の救護が最優先だ。


 何、これが最後のチャンスと決まったわけではない。

 まだ可能性はある、それに賭けてみよう。


 ルナはそう思って敵機のいるポイントへと向かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ち、下がったか……」


 ロックはまたも唸る。リュシフェルが突然後退をした。それと同時に入り込んでくる撤退命令。

 いいタイミングだ。ロックはそう思い、セイレーンにオーラランサーを下げさせた。

 オーラハルバードを持っていた目の前の機体のイーグは顔をしかめているのだろう。


「『音程』が少し狂ったようだ。今日はやめだ、撤退する」


 ロックはそう言うとセイレーンのブースターを吹かして後退し、空へと消えていった。

 雑兵共も退却を始めている。

 思ったより生き延びたか。冷めた目で、ロックは撤退する味方を見ていた。

 村正は、まだ来ない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なんなんや、あいつ……」


 ブラスカは思わずため息を吐いた。相手はただ者ではないのは分かった。

 だが、どうも撤退の目的が『自分の調子が狂った』だけには見えなかったのだ。

 何か裏があるような、そんな気がした。

 しかし、今はそれに構っている暇はない。

 不知火は方向を反転させ、レイディバイダーとオーガーの戦っているポイントへと移動した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「何か臭いな……」


 ブラッドはふとファントムエッジのコクピットでそう唸った。

 周囲を掃討し終えた彼の黒色の機体の周囲にはまるで死体のように大破した機体の残骸が転がっている。

 しかも反応がある機体はことごとく潰した。つまり完全に戦闘機能、並びに行動能力を奪ったのだ。

 彼はあらゆる事に容赦しない、そんな性格だ。だからこういう事にも徹底的に疑り深く見るのだ。

 確かにルナは敵のエースを撤退させた、それは間違いない。

 だが、それにしたって撤退が早すぎる。

 まるで今回のこと自体『仕組まれていた』かのようなそんな気になる。

 何か変だ、彼の堪がそう教える。

 彼の不吉な予感はことごとく的中するのだ。

 そしてその真実を知ることになるのはこれから一ヶ月も先の話になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る